バレエ絵画の最高傑作の初来日
印象派や後期印象派の画家の作品展は頻繁に開かれていますが、ドカ個人の作品展は珍しく、久々に横浜美術館で開催されました。
エドガー・ドガはマネより2歳年下で、印象派の展覧会には参加するなど印象派の画家たちと行動をともにし、印象派から影響を受けました。しかし、マネと同様その作品は印象派の作品とは一線を画していました。ドガは印象派グループに参加し、アカデミズムに対する反逆精神を印象派の画家たちと共有していましたが、風景画に妙味を示さず、印象派の特色である色彩の分割や色彩配置にも関心を示しませんでした。モネやシスレーが自己の感覚に従って描いていたのに対して、ドガは知的に築き上げた秩序を重んじました。ドガは自然の風景よりも人間のいる風景を好み、都会の人工照明を用いて、明暗のコントラストによりものの存在をくっきり主張しようとしました。
先入観なしに現実を見て、現実を美化や理想化しない点では、印象派の画家たちと共通しますが、ドガはイタリアでルネサンス絵画の模写研究に没頭した時期もあり、伝統的世界を手本していました。実証的精神で知的で詩情あふれる世界に新たな芸術の可能性を築こうとした点では、むしろマネの後継者だったのかも知れません。
むしろドガはマネ以上に、現実の美を生きている人間に求め、風俗的なものに興味を持ったようです。バレエの稽古場の踊り子、スカートの丈を整える衣装係などドガは日常を生きる人たちの一瞬の場面を好んで描きました。誰からも省みられず次の瞬間に忘れ去れてしまうような人たち営みに眼を注ぎました。
デッサンを得意として形態を明確に描き、鋭い観察力と優れた表現力で踊り子、馬などの激しい動きを的確にとらえました。生き生きとした、時には大胆な構図と動きを瞬時にとらえて、対象に生命感を注ぎ込む技量は日本の浮世絵から学んだ部分もあるかも知れません。
今回の美術展の目玉は、バレエ絵画の最高傑作といわれる「エトワール」です。小さな作品ですが、非常に美しくインパクトのある作品でした。踊り子だけにスポットライトが当たり、周辺は暗い陰影に包まれています。背景の人たちを荒っぽいタッチで塗りつぶし、エトワールの踊り子だけを柔らく繊細な日用言で描いています。このタッチと明暗の落差がエトワールの身体の動きの軽やかで柔らかい美しさを際立たせています。これほどの作品をドガは紙にパステルを用いて描かれているというのも驚きです。この「エトワール」だけ見ただけで、横浜までドカ展を見に来た価値があったと思いました。
「エトワール」が圧倒的にすばらしい作品だったので、会場にいた時間の半分は「エトワール」の前にいたような気もします。しかし他の作品も魅力的なものがたくさんありました。
最初の展示室では、マンテーニャの模写など初期の作品も展示され、その頃の作品からも優れた才能を感じ取ることが出来ました。この頃は想像上の物語を描いていたようですが、途中から想像上の物語、幻想、歴史など現実から離れたテーマで絵を描くことをしなくなりました。
「田舎の競馬場で」は第1回印象派展の出品作で、外光派的画風の作品ですが、横長の画面の右端に馬車と人物を集めた大胆な構図で画面を引き締めています。この作品は何度も日本に来ている作品です。
ドガの描いた肖像画、例えば「エドモンド・モルビリ夫妻」の肖像画は、表情もしくさも繊細に丁寧に描かれていて二人の心理的な関係が巧みに表現されていました。「綿花取引所の人々」はモデルの個性を的確に表夏していて。集団肖像画といってもよい作品でした。
「14歳の小さな踊り子」というブロンズ像も非常に美しく温かみのある造形表現で、真実の探求を重要視したドガの精神が息づいているように感じました。
「バレエの授業」もオルセー美術館から来た作品で、「エトワール」が来なければ、この美術展の目玉となっていたと思われる作品で、高度に計算された構図と色彩により非常に美しい作品に仕上がっています。
ドガは卓越した描写力をもつ才能に溢れるすばらしい画家であることは間違いないのですが、マネと比べると高度に計算された節度と抑制がきいていて、「エトワール」のような特別の思いを込めた作品以外では表現が客観的で少し醒めた感じもします。しかし、晩年は眼を患い卓越した描写力に衰えが見え始めると、痛々しいほど心を込めた作品を描いていることがこの美術展で理解できました。(2010.12.4)
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これ程の作品、中々日本では見れないのでしょうね。
家にも小さい踊り子の版画が1つあるのですが、あのタッチが大好きです。
ドガ展の余韻がいつまでも残っています。
「エトワール」は、実物の持つパワーに圧倒されました。
ドガはバレリーナや馬など姿や動きの美しいものに惹かれた
のでしょうね。繊細な人だったのだろうなぁと思いました。
ドガ展へいらっしゃったのですね、よかったでしょう
バレリーナの餌でお馴染みのドガ、展覧会でゆっくり名画をご覧になられたそうで
ご満足のひとときでいらっしゃいましたね。
それにしても失明しつつあったとは、まったく知らないことでした
ブログお仲間になりたくさん楽しませていただき、ありがとうございました。
いろんな山だけでなく美術館巡りにも連れて行って頂きました。
うっとりと眺める至福のひと時をありがとうございました。
来年も幸せ気分を頂きに、通わせてもらいます。
よろしくお願いします
先般のゴッホ,今回のドガと立て続けに素晴らしい絵をご覧になっていて,いい年末を過ごされていますね。
ドガの絵の「表現が客観的で少し醒めた感じもします。」といった貴兄の解釈,面白く思います。やはり「エトワール」は格別なんですね。
>「エトワール」のような特別の思いを込めた作品以外では表現が客観的で少し醒めた感じもします。
なるほどなぁ、とドガ作品を頭の中で思い浮かべてみました。
構図云々ではなく、俯瞰的な視点を持っていたのかもしれませんね。
ブログにコメントありがとうございました。
横浜美術館は僕も一回行ったことあります、大きくて常設展など内容も充実していて良い美術館ですよね。
とても詳しくドガについて書かれていたので、とても勉強になりました!
コメント、ありがとうございます。
絵画をゆっくりと鑑賞できるのは、いいですね。
学生のころは、ちょこちょこと行きましたが、最近はご無沙汰になっています。
いい刺激をいただき、ありがとうございます。
こちらの記事、いつかこの絵の現物を観る機会が来た時に思い出すと思います、ありがとうございます!
ゴッホ展は、1月からの福岡開催に行く予定ですので、desireさんの記事を先に読ませて頂いて良かったです。
ローマで開催中のゴッホ展は、来年2月上旬まで開かれていますので、
来月イタリアへ行かれるご友人の方がもし行かれたら、感想聞かせて頂ければ嬉しいです。
私は、画家については詳しくはありませんが、写真撮影の為に絵画展を見に行く事があります。
絵画を見て主に構図を参考にしています、ドガは自然の風景よりも人間のいる風景を好みとありましたがこれは参考になります。
こちらでもドガ展があればぜひ見に行きたいですね。
バレリーナ「エトワール」の美しく描かれた踊り子には、心から感動してしまいました。特に、光と影の大胆な、そして、微妙なコントラストを上手に表現されているので、私も含めて絵画好きの人には、ブログで紹介していただいて良かったと思います。
時々、ブログを見に来ますので、素晴らしいdesireさんのブログ、頑張ってください。
追伸:イタリアは現在、寒波が来ているので、雪と氷の世界です!
今年は、オルセー美術館の改修工事のおかげで、東京でオルセー美術館の名作をたくさん鑑賞でき、ありがたく思っています。ドガは印象派の展覧会に度々参加していたので印象派の画家の系列に入れられているにすぎないと思います。実際のドガは印象主義には興味がなく、古典的な作家、特にアングルの影響を受けて作品を制作したとみられ、描かれた作品はアングルの影響が見られます。優れたデッサンと画面構成の能力は印象派の画家より優れていたと私は思います。晩年のパステル画は色彩も豊かになりました。晩年は目を患って細かい描写表現にかわり、精神的な作品を残しました。印象派とは一線を画し、独自の家風を貫いた画家だと私は思います。
ドガが印象派展に出品しながら、印象派と違う絵を描いていたのには、いろいろな説があるそうです。ひとつの説は、ドガは裕福な家庭に育ち、その時は印象派に参加していました。その頃は裕福だったのでは浮世絵に興味を持ちコレクションを持っていたそうです。しかし、ドガの父が事業に失敗してから、絵描きで食べていかなければならなくなり、生活のため売れるような絵を描かなければならず、印象派的な絵を描かなくなったことです。
もうひとつの説は、目が悪くなって。印象派の画家のように外に出て絵が描けなくなったため、バレーリーナを描いたという説です。印象派の仲間との関係が悪くなり性格が偏屈になり、印象派から離れて行ったという説もあるそうです。どれが正しいのかは良くわかりません。確かな話でなくで失礼しました。
NHK日曜美術館でも今回のドガ展を取り上げていましたね。
desireさんのレポートでもいろいろ勉強させてもらいました。
私は絵画はまったくの素人ですが、こうやって少しづつ知識が増えていくのが楽しみになってきました。
私は、横浜美術館近くに済んでいるのに、年内多忙で、なかなか行けそうになくて、残念です。
ドガは画家だと思ったら、彫刻も作っていることと、彫刻を描画の素材としていることを初めて知りました。年をとって視力が低下し、それても描ける絵を追求したことも初めて知りました。妻子もなく、親類には恵まれない寂し人生だったことも初めてしりました。ドガ展に行っていろいろ学べました。
ドガが印象派かどうかは、印象派の定義の問題だと思います。印象主義に基づいて、色彩分割や野外の制作にこだわったかというてんでは、マネやドガは決してそうではありませんでした。アカデミズムに対する考え方や、誰と好んで交友したか、印象派展への出展などを考えると、印象派の画家に入れてよいのではないでしょうか。
desire_photo&artさんは絵画、音楽、山登りetc、にと守備範囲が広くいらっしゃるのですね。凄いです。わたしは絵画は詳しくはないのですが、ぼちぼち美術館へ行ったりするのを楽しんでます・笑。
これを観るだけでも横浜にいく価値はありますよね。
展覧会にはまめにお出かけになってお詳しいですね。
知ってるようで知らないエトワールを描いたドガ、くらいの知識で出かけてしまったため、本当に勉強になりました。時系列で見ていくとその変貌がわかり、よかったです。
こうして帰ってきてお邪魔させてもらい、繊細なドガに改めて触れさせてもらいました。
「エトワール」だけの為に横浜美術館に来た価値があるというdesire_sanさんの気持ちが分かります^^
私はバレエが大好きなので「踊り子」シリーズを興味深く拝見しました。
ブログへのご訪問をありがとうございます。
こちらこそ、詳しい解説を楽しく拝見させて頂きました。うんうんと、頷きながら読みました。
晩年に沢山ブロンズ像を作っていたのに驚きました。
台座の割りに、大きな作品もあって
台座の留め金をはずしても、倒れないのかしら、と気になりました^^。
ブログにコメントありがとうございます
「バレエの授業」を見たかったのですが行けそうもありません、残念です。
絵やバレエがお好きなようなので、「現代のドガ」と呼ばれるロバート・ハインデルの作品はどう思われますか?
先日はコメントくださりありがとうございました。
エトワール、パステルだったと言うのは本当に驚きで、間近で見る事ができて感激でした!
やはり目玉作品だけあって、特にここだけ人垣がすごかったですね。。
ドガ展、本当によかったですね。
横浜美術館の年間パスを持っているので、2回見ました。
>この「エトワール」だけ見ただけで、横浜までドカ展を見に来た価値があったと思いました。
この気持ち、同感です!
最後にもう一度見たくて暮れの29日に3回目のドガ展へ行きましたが、入場制限で表まで長い列が...
さすがに諦めて、ポストカードだけ買って帰りました。
でもあの鮮やかさは実物じゃないと...
先日は、お越しくださり、ありがとうございます^^。
文化的なことは、大好きですので
リンクを頂いて帰りますね^^。
本年も宜しくお願いいたします!
素敵な一年となりますよう!
二度目を見に行く予定だったのですが、相続税の申告期限が迫るなどいろいろと忙しく、実現できませんでした。
残念です。この一作だけでも満足できるような作品でした。
「カンディンスキーと青騎士」のこともアップされるのでしょうね。