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優れた文学を生んだ抽象的で幻想的な都市・ペテルブルグとその歴史

サンクトペテルブルグの宮殿と寺院
Palaces and Temples of St. Petersburg

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 世界最大級の美術館エルミタージュ美術館、世界で最も美しい宮殿といわれるエカテリーナ宮殿、そして、世界で最も美しい王宮の庭園といわれるピョートル大帝なの宮殿を一度見ておきたいと思い、ロシア・サンクトペテルブルグの旅に出かけました。サンクトペテルブルグでは、他にも魅力的な宮殿や寺院を見つけましたので写真で紹介します。 それらはもちろん美しく見事なものでしたが、それに加えて心に焼きついたのは、まばゆいばかりの王宮とは対照的なサンクトペテルブルグの重たい雰囲気、言い換えれば影の部分でした。





In St. Petersburg, there are attractive palacesand temples besides Hermitage Palace and Isaac Temple. I will introduce thesebeautiful buildings with numerous pictures.




 バスの車窓から、観光名所ではない人々が暮らすペテルブルグの街角、街で生活する人々をずっとカメラで追っていました。街を歩く多くの人々の表情は厳しく、厳しい現実に生きている生活観を感じました。ロシア人は他人のことをあまり考えない傾向が強いと言われます。道路には不法駐車が多く、道路が広いにも関わらず、度々大渋滞に遭遇します。道路を走る車は渋滞でなければ猛スピードで走っており、道路を横断するのは命がけということです。他人の面倒には関わりたくないという傾向が強く、盗難や暴力沙汰に巻き込まれても誰も助けてくれないという話も聞きます。それがロシア人気質だという人もいますが、有名な文化人類学者は、民族に元来の気質など存在せず、長い歴史や生活環境によって作られたものだといいます。




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海軍大聖堂



 

 ペテルブルグでもすり、置き引き、強盗などの犯罪がかなりあるようです。貧しいグルジア人、アルメニア人などが流れ込んできて、職がなく、貧しいロシア人とともに犯罪の温床となっているとも言われています。共産主義時代の弾圧のなごりで、他人の面倒には関わりたくないという傾向が強く、盗難や暴力沙汰に巻き込まれても誰も助けてくれないという話も聞きます。それがロシア人気質だという人もいますが、有名な文化人類学者は、民族に元来の気質など存在せず、長い歴史や生活環境によって作られたものだといいます。ロシアの歴史を見ると、ロシアの庶民の厳しい生活の歴史が想像されます。




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スモーリヌイ聖堂




 中世以前のロシアは様々な民族から居住して混血を重ねていたようです。その中からモスクワ公国が台頭し、16世紀、イヴァン4世(雷帝)のころからツァーリ(皇帝)を名乗り、近代化と皇帝集権化、シベリア進出などの領土拡大を進めていきました。このころからツァーリズムといわれる接待君主制が国を支配するようになりました。



 帝政ロシア時代のツァーリズムを経済的に支えるため。農奴制がひかれ、農民の移動の自由を奪われ、人頭税や徴兵制が導入されました。皇帝はブルジョアジーの支持を得るため、重商主義政策をとりました。ロシアの皇帝は、専制権力の維持が神から与えられた義務と考えていたようです。教会は、皇帝の完全な支配化にあり、ロシアでは皇帝=神という思想が人民にも根づいていたものと考えられます。





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ウラジミール大聖堂



 ロシア皇帝に支配される人々は、救い主となる良きツァーリの出現を期待していたと言われています。歴代皇帝は貴族の支持を取り付けるため、農奴制を推し進めていました。女帝エカテリーナⅡ世の時代、農奴たちは不満をつのらせ、現実の農奴制で統治するツァーリを悪しきツァーリと考え、「ピョートル3世」プガチョフの元に武装蜂起しました。農奴制に苦しむロシア農奴やコサックや古儀式派の信者が結集したプガチョフの乱です。人民たちは偽皇帝・初期の段階では、オスマン帝国との戦争で疲弊した農民の不満を背景に成功し、プガチョフを、「救い主ツァーリ」と期待したようです。反乱は結局鎮圧され、エカテリーナⅡ世は、農奴に対する恐怖から反動的な姿勢を強めることになります。残党にも厳しい弾圧が加えられました。



 ナポレオンのロシア侵入した時代、ロシア人民はナポレオンを「救い主ツァーリ」と期待したようで、ロシア人民がロシア民族主義を高揚させましたが、ロシア帝政専制政治は欧州の神聖同盟で指導的役割を果たし、ロシア帝国の地位を守りました。この時代、ツァーリズムは欧州の反動の主役となり、民族運動を鎮圧抑圧しました。





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アレクサンドル宮殿



 ドストエフスキーは「救い主ツァーリ」が国を治める、ロシア革命後の社会主義のような社会を問題提起して、このような社会が抑圧される人々を救えるのかを、文学を通して人々に考えさせました。



 ロシアの文豪、ドストエフスキーは大作「カラマゾフの兄弟」の中でイワンに、高潔で道徳的で知性をめぐらせて配慮する態度で人民を統治する大審問官の物語を語らせます。大審問官の人間性は途方もなく大きく、発せられる言葉は神の眼光のごとく鋭く、高潔です。ドストエフスキーはこの小説の中で、ロシアの人民が出現を熱望する「救い主ツァーリ」を出現させて見せたのかもしれません。イワンは、「大審問官」の叙事詩を語る中で、「パン」と「奇蹟」と「権威」がほんとうに人間にとって必要なのか、「権威」の元で生きる人々が本当に幸せなのかを問いかけます。



 しかし、ロシアの人民は、ナポレオンの後も「救い主ツァーリ」を追い求めていたように思います。農奴解放が実現し、帝政ロシアが倒され、「プロレタリアート独裁」という名の共産主義政権が実現します。ロシアが西欧諸国のように自由主義経済の民主主義を選ばず、独裁的な共産主義政治を選んだのは、共産主義政権に「救い主ツァーリ」を期待したのかも知れません。「カラマゾフの兄弟」の「大審問官」の叙事詩で「救い主ツァーリ」の思想に疑問を投げかけたドストエフスキーは、奇しくも次の来るべき時代の独裁的な共産主義政治に対しても問題提起したことになりました。





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ソフィア大聖堂





 ソ連、共産主義政権のスターリン時代、大粛清により、政治家や軍人、国民が死刑、流罪などにより粛清されました。流罪の受け入れ先としてシベリアに大規模な強制収容所が整備され、「反革命罪」で死刑判決を受けた人は取調べ中に亡くなった人を除いて約72万人といわれています。第二次世界大戦中に亡くなったソ連人は、戦死者、粛清で亡くなった人を合わせて2000万以上と言われています。このとてつもなく大きな犠牲により、ソ連は戦争勝利に大きく貢献したとして、国家の威信が高まり、世界における超大国の地位を確立したのでした。



 ソ連崩壊後、「救い主ツァーリ」を信ずるロシア人はいないと思います。しかし、ロシアの人民は長い歴史の中で、「救い主」となるはずの「ツァーリ」に裏切られ続けてきたように思います。絢爛豪華なエルミタージュ美術館、エカテリーナ宮殿などを見ると、逆説的ではありますが、ロシアの国力を高めて名君といわれるピョートル大帝もエカテリーナⅡ世も、貧困に苦しむロシアの人民のことなど全く眼中になかったことが分かります。ロシアの人民は「救い主」ではなかった「ツァーリ」に長い歴史の中で苦しめられてきて、厳しい表情と他人のことなど考えていられない気質が作られてしまったとしたら、それも悲しい現実ともいえます。



 ガチョフの乱の後、19世紀ペテルブルグには、プーシキン、ゴーゴリ、ツルゲーネフ、トルストイ、ドストエフスキーと次々に文豪が登場し、ロシア社会を鋭く風刺し、生きることに対する問題提起を残しました。ドストエフスキーは「救い主ツァーリ」が国を治める、ロシア革命後の社会主義のような社会を問題提起して、このような社会が抑圧される人々を救えるのかを、文学を通して人々に考えさせました。



a0113718_15552215.jpg ドストエフスキーは大作「カラマゾフの兄弟」の中でイワンに、高潔で道徳的で知性をめぐらせて配慮する態度で人民を統治する大審問官の物語を語らせます。大審問官の人間性は途方もなく大きく、発せられる言葉は神の眼光のごとく鋭く高潔で、あまねく知性に配慮する態度は、真に道徳的です。彼の言葉は鋭く神の威光があり、リーダーとして途方もなく人間的に大きいのです。「大審問官」の問題提起は「パン」と「奇蹟」ドストエフスキーはこの小説の中で、ロシアの人民が出現を熱望する「救い主ツァーリ」を出現させて見せたのかもしれません。イワンは、「大審問官」の叙事詩を語る中で、「パン」と「奇蹟」と「権威」がほんとうに人間にとって必要なのか、「権威」の元で生きる人々が本当に幸せなのかを問いかけます。

 



 ドストエフスキーも「地下室の手記」のなかで、ペテルブルグは地球上で最も抽象的で人為的な町といっています。更に「罪と罰」の中では、ペテルブルグの影の部分を克明に表現しています。ペテルブルグには地方から多数の人々が流れ込んできたため、「罪と罰」の中で故郷喪失者の吹き溜まりと表現しています。急増加する人口でプーと建築が急増し、窓のない部屋、空気のない町、雑踏の人だかり、至る所に見られる漆喰と砂ほこり。夏の猛暑のペテルブルグは炎熱く、悪臭による焦熱地獄。殺人や自殺がいつ起きても不思議ではない町として描いています。ドストエフスキーの小説では自殺が重要なモチーフやテーマになっています、トルストイもアンナカレーニナで自殺が唯一の脱出というテーマを扱っています。



 ドストエフスキーがペテルブルグを地獄と言っているのは貧民街だけではありません。ピョートル大帝の「青銅の騎士像」など歴代の皇帝の像がいたるところにあり、ニコライ橋からイサク寺院や宮殿の壮大なパノラマ。しかし、貧民の窮状を見ながら立派に並ぶ皇帝の蔵たちは沈黙を守るばかりです。ペテルブルは「神は高く、皇帝は遠い町」と表現されています。






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 ゴーゴリはトルストイは西欧の物質文化に流されていく文明を嫌い、ロシア独自の道を模索し、ロシアを愛し、新しい時代を築こうとする魂を文学で表現しました。


 ロシアの文豪たちは、現実の厳しいロシアの社会も描き、個の厳しいロシアの現実に対してどう生きるかを模索しています。小説の舞台の多くは、ロシア最大の文化都市・ペテルブルグです。ゴーゴリは、ペテルブルグを何もかも虚構と幻影の町と表現しています。




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そもそも、ペテルブルは人間の生活の営みに先行して築かれ発展してきた町です。ペテルブルは、ビョート大帝が沼地の上に多くの人々の犠牲を払って人為的に築いた町です。無地島に要塞が築かれその中に、ペテロ・パウロ寺院が築かれ。そこに政治犯のための監獄と造幣局が築かれました。ドストエフスキーも監獄に一時幽閉されました。



 現在も美しく見える壮大なパノラマは、ロシアの皇帝、教会のシンボルであり、人為性、観念性、抽象性を壮麗に巨大化したものに過ぎない。「罪と罰」のなかで、ラスコニコフは、この壮大な一見美しいパノラマに違和感を感じます。壮麗なパノラマを地獄の景観と感じ、冬宮やイサク寺院を聴く耳を持たず無言で君臨しているペテルブルグ地獄の悪魔の本拠と感じ、無言の抵抗感を感じます。この感覚は当時の生活に貧窮した人々の感覚を小説の中で代弁したのかも知れません。





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パブロフスキー宮殿



 帝政ロシアの皇帝たちとロシア人民との関係は、エカテリーナ宮殿に象徴されています。エカテリーナ宮殿は、王妃エカテリーナのためにピョートル大帝が建造し、エリザベート女帝の命により、金伯を惜しげもなく使って絢爛豪華に改装され、エカテリーナ2世によって更に効果に改装されました。この3人は帝政ロシアの最盛期を君臨した皇帝でしたが、ロシアの人民に富を再分配するような意識は全くなく、税を私物化した、極端な言い方をすれば、“泥棒政治家”であったように思います。この時代帝国は繁栄したかもしれませんが、人民の多くは潤うことがなく、人民からみれば、賢政とはかけ離れた支配が行われていたのではないでしょうか。



 現在のロシアの生活状況は、当時と比べると格段に良くなっていると思いますが、町を歩く人々、工事現場で働く人々の表情を見ると未だ厳しい状況で生活している人が多いような気もします。日本でも厳しい状況で生活している人は増える傾向にあるので、どちらが住みやすい社会科は簡単に論じられませんが。



 ペテルブルグの郊外に出ると、スターリン時代の四角いアパートがたくさん建っていました。スターリン時代のアパートは堅固で、耐久性に優れ人気が高いそうです。それ以降のブレジネフ時代の建造物は手抜き工事が多く、人々は安心できるスターリン時代のアパートに人気があるようです。



 知らない国を旅することは、感動的な芸術、文化を肌で感ずることができるとともに、それぞれの国の人々の生活の一部を体感することができます。今回の旅でも、私の価値観や美意識が少し変化したように思いました。旅で新しい世界を知ることは、今まで知らなかった価値観や美意識を学び、その積み重ねが、人生をより豊かなものにしてくれると信じています。これからも新しい出会いを求めて未知の国の旅を続けたいと思います。



参考文献:

ドストエフスキー「カラマゾフの兄弟」{米川正夫訳}河出書房

ドストエフスキー「罪と罰」{米川正夫訳}河出書房

江川卓「謎解き罪と罰」新潮社

小野文雄「サンクト・ペテルブルグ」中央公論社



サンクトペテルブルグ写真ギャラリー

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by desire_san | 2017-10-11 14:50 | ロシア | Trackback(2) | Comments(23)
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Commented by miminibanana at 2011-08-01 19:21
拙ブログへのコメント、ありがとうございました。
すばらしいお写真ばかりですね!
お訪ねになった土地やご覧になっているアートから
人生を豊かにするスパイスを受け取っていらっしゃると
感銘を受けました。
Commented by sumus_co at 2011-08-01 22:01
ロシアはほんとうに不思議な国ですねえ。御写真と御文章を拝読していっそうその感を強くしました。もしナポレオンが統治していたらどうなったか、じつに興味の尽きない妄想です。ドストエフスキーもいくらかは読んだような記憶もありますが、小生はアンドレイ・タルコフスキーの映画にロシアの奥深さをはっきりと感じました。「アンドレイ・ルブリョフ」や「鏡」は忘れがたいものです。きわめて美しく、そしてなんとも不可解な。
Commented by desire_san at 2011-08-01 22:50
miminibananaさん、sumus_coさん、コメントありがとうございます。

ロシア、特にサンクト・ペテルブルグは、本当に不思議な町ですね。
ロシア映画は、トルストイやドストエフスキーの作品を映画化したものしか見た事がありませんが、アメリカや西欧の映画とは違ったロシア映画の奥深さは、感じました。
Commented by すがわら ひろこ at 2011-08-02 00:26 x
自由に旅が出来るめぐまれた環境でいいですね。いろいろな国でいろいろなものに触れて、見聞を深められるのは、すばらしことです。
Commented by coco-an at 2011-08-02 08:41
美しい田舎の街、落ち着きます。
歴史を感じさせる建物の数々には圧倒されるものがありますね。
「カラマーゾフの兄弟」、今度読んでみたいと思います。
Commented by miniature at 2011-08-02 13:16 x
コメント、ありがとうございました。
とても綺麗な写真がたくさんあって素晴らしいですね。
裏もあれば表もある・・・そんな歴史があるからこそのロシアはとても興味深い国だと思います。
Commented by pinps at 2011-08-02 16:48
desire_sanコメントありがとうございます。良い旅を経験されたようですね。ロシアに限らず外国に行けば自分の(日本)常識が通じません。だからこそ、注意が必要だしおもしろいと思う。誰か忘れたけど、
「自分で思い出を創り、思い出に自分は創られる」
まさにこの通りだと思います。
Commented at 2011-08-02 20:57
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by Shushi at 2011-08-02 23:05 x
素晴らしい写真と文章!おなかいっぱいになりました。15年ほど前、ドイツ行きのANA便に乗っていたとき、ちょうどペテルブルグの上空を通過したのを思い出しました。雪に閉ざされた大都会の街並みを食い入るように眺めたのを思い出しました。
Commented by zae06141 at 2011-08-02 23:10
こんばんは。拝見いたしました。私のドストエフスキー観は、ワルター・シューバルト 「ドストエフスキーとニーチェ」に影響されています。その前提で思うことは、ドストエフスキーは、西欧思想(科学も宗教も含め)とは、伝統的ロシア共同体の社会と秩序を破壊する「外部のもの」であり、西欧思想たる社会主義は、ロシア全体をペテルスブルクのような故郷喪失社会にしてしまう。そのような社会に秩序を齎すには独裁制か、伝統的社会への回帰しかなく、しかし彼の見る伝統的社会とは、実際には願望の中にしか存在しない。。。。ではどうすればよいのか、という結論を出さず、社会秩序と統治という人類史の大きな課題の問題提起をしたところが、彼が時代を超えて読まれる理由ではないかと思っています(desire_sanさんの書かれていることとあまり代わりませんが。。。)
 
 ところで、「価値観や美意識が少し変化した」点について、どのように変化したのか興味があるところです。写真は解像度が高く、拡大して拝見しました。郊外や繁華街がどの付近なのか、知りたいところです。それにしても、エルミタージュ、初めてじっくり写真を見ましたが凄いですね。いつの日か行ってみたいと思う次第です。
Commented by Detachment801 at 2011-08-03 06:52
拙Blogへのご訪問及びコメントまで頂きありがとうございました、
ロシアにはあまり馴染みがないだけに一般の生活、街並み、行きかう車両などが生き生きと見る事ができる写真に心を打たれています、他にも美術、演劇などの項も興味深く拝見させて頂いている最中です、これから少しずつ楽しみに読み進めて行きたいと思っています。レンブラントの絵画に対する考察もとても興味深いですね。早速お気に入りブログに入れさせて頂いてます。今後とも宜しくお願い致します。
Commented by sugiyamenko at 2011-08-03 10:29 x
先日は、当ブログへコメントをいただき有難うございました。
私のロシアは極東地域が主体ですが、やはりサンクトやモスクワはそれ以上に歴史を感じさてくれますね。
山の写真にも見惚れていますが、カムチャツカのも素晴らしく手軽に楽しめる山もあります。
これを機会にまたお邪魔します。
Commented by desire_san at 2011-08-03 10:34
皆様、長い文章を読んでいただいて、色々興味あるコメントをいただき、ありがとうございます。

裏話ですが、ロシアの町や郊外、農村を撮った膨大な写真を合成して載せたのは、結構手間がかかりました。ペテルブルグの町やその周辺、ロシアという国の生活がどんなものか、雰囲気を少しでも感じていただけたらと願っています。

zae06141さんのドストエフスキー観は、共感します。ドストエフスキーが共産主義的思想を持っていたとか、アナーキズム的だとか書いている本もありますが、私はzae06141さんが言われるように、大きな課題の問題提起をして、みんなに真剣に考えて欲しかったのだと思います。

ドストエフスキーについて、いろいろご意見など持っておられる方、この場でご紹介いただけると、私も勉強になりますので、感謝致します。
Commented by 直太凧 at 2011-08-03 11:38 x
こんにちは!先日はコメントをありがとうございます。
ペテルブルグのお写真、私が撮ったものより断然きれいで美しいです。
しかも、雪がないとこんなにきれいなんですね(笑)
私が行った時は川も凍ってましたので。。
ドストエフスキーは、日本人にすごく人気だって、ドストエフスキー博物館の人が言ってました。私はドストエフスキーはもちろん、プーシキンやゴーゴリなんかも素晴らしい作家だと考えております。
それから、犯罪は多いですよね…。とりわけ、ネフスキー通りなんかは多いそうです。地下鉄でもネフスキー通りはあまり使うな、とロシア人の先生に言われました。
私は何といっても、エルミタージュ美術館が大好きです。
学生は無料だし、それからアレクサンドル・ソクーロフ監督の「エルミタージュ幻想」の場所にいるのだと思い、すごく興奮しました。

また、お邪魔いたします。
Commented by ゆりこ at 2011-08-03 20:06 x
こんばんは。

ロシアの人たちが、農奴制などでいかに苦しい生活をしてきたのか、それでも「救い主ツァーリ」の望みをかけていたというお話は、何か悲しいですね。

ロシアの人たちが、自分以外信ずる者がなくなった、自分だけがよければ・・・という気持ちになるのも分かるような気がします。

ドストエフスキーの小説は読みましたが、「罪と罰」のソーニャ、「カラマゾフの兄弟」のアリーシャが、人間の生き方の方向性を示しているようにも思えますが、そんなに単純ではないのでしょうか。
Commented by 失われたアウラを求めて at 2011-08-03 21:03 x
こんにちは。ドストエフスキー全集を初め、関連本を含めると本棚1つほどの書物を所持しているのですが、ここ20年はクラシック音楽ばかりでドストエフスキーを読む時間が持てずにいたのですが、3週間ほど前、サントリーホールへの往復電車の中で、加賀乙彦著『小説家が読むドストエフスキー』(集英社新書)をちょうど読み終えたところでしたので、記事を大変興味深く読ませて頂きました。カラマーゾフの兄弟も2度読みましたが、久しぶりにまた読んでみたくなりました。
Commented by 山脇由美 at 2011-08-04 08:54 x
こんにちは。

ドストエフスキーは、お恥ずかしがら、読んだ事がありませんが。「罪と罰」は、鮫島由美子さんがソーニャ役で出演したオペラを鑑賞したことがあります。

オペラは、ソーニャがヒロインで、「ラ・ボーエム」のような雰囲気でした。

このブログを読ませていただき、ドストエフスキーの小説「罪と罰」は、オペラとはまったく違った社会性のある作品であることがわかりました。
お蔭様で小説「罪と罰」にも興味を持ちましたので、このブログを頭において、一度読んでみたいと思います。
Commented by Masayuki_Mori at 2011-08-04 12:01 x
ドストエフスキーの文学はすばらしいと思いますが、いったい本当は何が言いたいのか分からなくなることがあります。

ラスコニコフに大地に接吻させたソーニャなのか、少年たちに「カラマゾフ万歳!」と叫ばせたアリーシャなのか。ドストエフスキーは神を信じているのか、ほんとうは無神論者なのか。

その疑問の答えのひとつが、zae06141さんのコメントであると思いました。

日本の遠藤周作も神の存在に悩み続けましたが、ドストエフスキーも悩みながら作品を通じて問題提起していったのでないかと思います。
Commented by 平石悟 at 2011-08-04 15:34 x
ロシア歴代の皇帝の支配は、農奴は徹底的に搾取され、想像を絶するものだったようですね。その帝政を倒したロシア革命の後も、現実は、人民は厳しい支配下にあったようですね。最近は、ロシア人は経済活動は相当自由になり、生活はかなり自由になったようですね。それでも、政治に関しては、厳しい制約があるようで、ジャーナリストは命がけで仕事をしていると聞きました。
Commented by ディック at 2011-08-07 20:59 x
「救い主ツァーリ」を求めて止まないロシア人民の話、とても興味深く読みました。ずっとそのような歴史が続いているというのは、たとえば日本のことを考えると、とても理解しにくいですね。
たとえば江戸時代から、江戸や上方の文化程度は非常に高かったし、表面的には武士の政権に頭を下げてはいても、批判的精神は失ってはいなかった。
ロシアって、国民の教育水準が異常に低い人たちが大半だったということなのかなあ、とか、考えてしまいました。
Commented by snowdrop-momo at 2014-12-28 07:25
等身大のロシアリポート、興味深く拝読しました。
市街や農村の写真もこうして並べて頂くと、マッスとしてつかめますね。
ソチ五輪のころ、プーシキンの短い詩を辞書を引きつつ読んでいると、国会情勢を報じるロシア語が耳に飛び込んできて、ロシアの波乱の歴史を実感しました。

拙ブログへのコメントによると、複数のブログを作っておられるとのこと。
写真ギャラリーの他にどのようなものをお持ちなのか
お教えくださると嬉しいです(ブログ自体に不慣れで済みません…)。
Commented by desire_san at 2014-12-28 10:56
snowdrop-momoさん、ロシアのレポートを読んでいただいてありがとうございます。

写真ギャラリーは、http://fotologue.jp/dezire/
と、http://dezire.blog66.fc2.com/
に写真などをのせております。
必要に応じて、http://desireart.exblog.jp/
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忍苦の張り方は、
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Commented by Haroemoryus at 2017-10-11 16:45 x
どの国にも長い歴史の中でメシア待望論があります・ロシアのプーチン大統領の容貌には、メシアカリスマ性を感じますね。やはりロシアはそういう国民性なのでしょうか。
西欧諸国は、民主主義が進化しており、ある程度国民の意見を政治に反映させるシステムが出来上がっています。それに比べると、日本は生活者視点に欠如した政治家、伝えるべきことをしっかりと国民に伝えようとしないNHKをはじめとしたマスコミ、政治家や政党が都のような社会を目指しているかを知り得ない多くの国民、から構成されている日本の政治は、日本の民主主義が機能していると言い難く、かなり危うい状態にあるように思えてなりません。


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