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ポン=タヴァン派、総合主義とゴーギャン絵画の魅力

ゴーギャンポン=タヴァンの画家たち

Gauguin  and the Painters of  Pont-Aven

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 パナソニック 汐留ミュージアムで、「ゴーギャンとポン=タヴァンの画家たち展が開催されていました。ゴーギャンは、壮大な自然に包まれたフランス、ブルターニュの小村ポン=タヴァンとその周辺に繰り返し滞在し、ポン=タヴァン派の仲間たちと、20世紀の扉を開く「総合主義」という芸術理論を実践しました。






 Pont-Aven, a small village in Brittany in the northwest of France, was a center of creative activity that captivated many artists even before Paul Gauguin's first visit.



ゴーギャンのポン=タヴァン訪問


 1886年夏、ゴーギャンは芸術家の集まる場所として有名なポン=タヴァンを訪れます。7月中旬から10月中旬までポン=タヴァンに滞在して、18点の油彩画を残しました。a0113718_08040253.jpgゴーギャンはポンタヴァンに移り、印象派の外光的描写を捨てて、独自の装飾的画風に向いました。ポン=タヴァンを訪れたゴーギャンは、新しい表現を探求していたポール・セリュジエ、エミール・ベルナールらとともに、土着の宗教や独特の文化をテーマに、強調された輪郭線と単純化された色面によって構成され 装飾的で神秘的な表現力のある絵画を表現力のある絵画描きい、そのグループがポン=タヴァン派と呼ばれています。


a0113718_09492699.jpg ゴーギャンを中心としたポンタヴァン派の絵画は、ナビ派などに大きな影響を与え、若い画家たちの支持を受けていました。しかし、世間からは受け入れられず、孤独と絶望との闘いの日々だったようです。「黄色いキリストのある自画像」はゴーギャンの新しい表現を見つけるための苦悩を表現しているようです。




Gauguin came to the village from Paris in 1886. He was entranced by the majestic natural scenery and clear light he found there, as well as the traditions and folk culture that were preserved and still practiced by the locals. He returned a number of times to create new pieces, and it was here that he encountered Émile Bernard and his colleagues, with whom he established Synthetism—a new post-Impressionist style that sought to synthesize natural forms and the artist’s imagination in a single work.1 Furthermore, Gauguin became a close mentor to the young painter Paul Sérusier, who would go on to help found Les Nabis, an art movement led by artists such as Maurice Denis.




総合主義の創出


 2年後、ゴーギャンは絵が全く売れないパリの生活に嫌気がさし、再びにポン=タヴァンに滞在します。エミール・ベルナールがゴッホの推薦状持ってゴーギャンを訪問します。ゴーギャンは20歳若年のベルナールを心から歓迎し、この若き画家の情熱や絵画の理論化の能力と、モチーフを単純化して太い輪郭線で描き、強い輪郭線に囲まれた奥行き感のない一色塗の色面で構成する表現様式・クロワゾニスムに強い関心を示しまし、ゴーギャン自らもクロワゾニスムを試し始めました。エミール・ベルナールはa0113718_08144399.jpg

ゴーギャンとともにポン=タヴァン派の理論的創立者でもありました。の2人の交流は、二つの空間や二つの概念の両義性を解決する手法として、客観的現実と想像力の投影との間の釣り合いを、同じひとつの画面に構成するという方法として、「総合主義」を生みだします。


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 エミール・ベルナールのクロワゾニスム技法で描かれた代表作『草地のブルターニュの女たち』(右図)を見て、ゴーギャンは議論を重ね、総合主義の代表作『天使と戦うヤコブ』(左図)を描きました。


 


 ゴーギャンらの主張によれば、芸術は三つの要素 ――自然形態の外観、主題に対する画家自らの感覚、線・色彩・形態についての美学的な考察――を「総合」しなければならなかった。この「総合」の理念は、一種の写実主義である印象派が色彩分割によって解体した自然描写に対する反動でした。印象派の解体的、分析的反動、現実と想像、主観と客観、感覚と美学的思想などを総合することにより、絵画のあるべき姿を創出しようとしました。その装飾的で神秘的な表現力は、象徴主義など後の美術に大きな影響を与えました。


 ポン=タヴァン派と呼ばれるグループも、エミール・ベルナールをはじめ、ポール・セリュジエらも合流して、総勢9名になりました。1889年春、ゴーギャンらはパリ万博に合わせて「印象主義および総合主義グループの絵画展」を開催しました。その後再びポン=タヴァンに戻るものの、アカデミズム絵画の画家たちも大勢滞在しているポン=タヴァンに我慢ができず、彼の仲間とともにル・プールデュに移りマリ・アンリの宿に落ち着き、宿の食堂を協働して装飾するなどで互いに刺激し合い芸術的交流を持ちました。a0113718_09442567.jpgゴーギャンに出会うと総合主義に転向するか、感化される画家は後を絶ちませんでした。ゴーギャンらのもとには、モーリス・ドニ、ルイ・ロワ、ジョルジュ・ラコンブ、アンリ・ドラヴァレー、マクシミリアン・リュス、アンリ・モレ、シャルル・ラヴェル、ルイ・アンクタンら多くの若い才能ある芸術家が集まり、ゴーギャンはこの時期2年間で100点近い重要な作品を描き、ゴーギャンの生涯で最も実り豊かな時代でした。この心満たされた日々は本来自信家だったゴーギャンの自らの才能に対する自信を確かなものにさせました。ポン=タヴァンでの生活はゴーギャンの後の芸術の重要な転機となり、その後西洋文明を捨て、さらなる「原始」を求めてタヒチに向かう夢を膨らませます。 


a0113718_09504483.jpg ポン=タヴァン派とは、多数の若い芸術家たちを、そのカリスマ性でまとめたゴーギャンの支配的な個性と天才の周りで結晶化したものでした。ポン=タヴァン派からナビ派や象徴主義が生まれ、より神秘的なルドン、モロー、クリムト、アンソールらの世紀末美術にも強い影響を与えました。その活躍の場となったブルターニュとポン=タヴァンは、20世紀美術を宣言する最初の大きな前衛芸術運動の拠点といえるのではないでしょうか。



It is surely no exaggeration to say that the artistic explorations that took place in Pont-Aven drove the development of 20th century art and launched a new era in art history. This exhibition presents visitors with an opportunity to trace the major transition from Impressionism to Synthetism and Les Nabis, and then to Symbolism, and to view first-hand the individuality and staggering talent of Gauguin and his contemporaries who worked in and around Pont-Aven. By then, the Pont-Aven group consisted of a large number of young artists who were drawn to Gauguin's charisma, dominating individuality, and genius—and it was here in Pont-Aven and the rest of Brittany that they played a key role in launching the major art movements that came to shape the world of 20th century art.



その後のゴーギャン~ゴーギャン美術の魅力


 結局ゴーギャンは文明社会に苦悩する日々から逃れ「楽園」を求めてタヒチに向います。「タヒチの女たち」ではタヒチの原始性と神秘性を、原色を中心として総合的に使って生き生きと象徴的に表現しています。

 ゴーギャンはかつて自信家で、自分の絵の才能を信じて証券会社の社員をやめ、画業に専心します。その背景には、株式相場が大暴落して株式仲買人としての安定した生活に絶対的な保証はないと感じた事もあるそうです。しかし、将来絶対認められるという自信にもかかわらず画家として評価されませんでした。西洋文明に絶望したゴーギャンが楽園を求め、南太平洋のタヒチに渡ります。a0113718_12562017.jpgしかしタヒチは西欧化され彼が夢に見ていた楽園の面影はなく、原始の風景を求めて島の反対側にあるマタイエアという村に移り住んで現地の女性の絵を多く描きます。しかし経済的に行き詰まり、ゴーギャンはフランスに帰ります。


 1893年夏、タヒチから戻ったゴーギャンは新しい作品の販売のためにパリに戻りました。しかし一度捨てた妻子に再び受け入れられるはずもなく、同棲していた女性にも逃げられ、パリに居場所を失ったゴーギャンは、その後再びプールデュ、ポン=タヴァンに滞在します。そして数ヵ月後フランスを去り、オセアニアに新たな追究をすべく、マルキーズ諸島に向かいます。再びタヒチに渡ります。


Confident and that was Gauguin also will be live by carrying a painful heart of pain. Gauguin art of charm, I think that it is the original brute interiority to the experience of suffering as a kind of symbolism. The Gauguin of the epic "Do we go anywhere from whether we are to where is someone we come", sadness and humor, is serious and stupidity will live together. In this world of living hard I am deeply sympathetic to weakness made out of useless human beings including yours. I in this epic of Gauguin, I felt even as entrusted the world of the future of humanity itself. Gauguin draw the essence of human weakness. This picture of Gauguin, the image of death will have been depicted as flowing along the screen from the raw. When the essence of Gauguin art is in the interiority. I felt that the biggest attraction of Gauguin painting is oderate weight feeling of interiority.t


 自信家であったゴーギャンも手痛い心の痛みを背負って生きることになります。ゴーギャンの芸術の魅力は、一種の象徴性と苦悩の経験に元づく内面性ではないかと思います。2009年に東京国立近代美術館で開催された「ゴーギャン展」で紹介された大作「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」に凝集されています。



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大作「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」の構図には、悲しみとおかしみ、真面目さと愚かさが同居います。強がらないと生きにくいこの世で、自分も含めたダメ人間たちの内なる弱さに深く共鳴し、人類そのものの世界の未来が託されているようにも感じます。


この大作は、現代に生きる私たちを予言しているとも見ることができます。科学技術やIT技術が進歩し、どんどん世の中が便利いき、医療技術が進歩して平均寿命はどんどん長く言っていますが、長期経済停滞や芸材発展しても、なくなるどころかますます深刻になっていく貧困と格差、成長信仰が崩壊した後の政治不信と社会の分断、冷戦が終わっても安定に行きつかない世界秩序、民主主義の崩壊を予言させるような事件が世界各地で起こっています。ゴーギャンの「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」は、現代と未来に生きる我々と我々の子孫たちの姿を描いているようにも感じられるのです。


 夢や時間を飛び越えて、人間の弱さの本質が描かれています。生から死のイメージが画面に沿って流れるように描かれていてゴーギャン芸術の本質が内面性にあることを理解できます。ゴーギャンの絵画の最大の魅力はこの内面性の深さが絵画画面に与える適度の重量感ではないかと私は感じます。

2015.12.3 パナソニック 汐留ミュージアム)


参考文献:ガブリエレ・クレパルディ/著 樺山紘一/日本語版監

       「ゴーギャン 夢と現実のはざまで」2007年、昭文社

     「ゴーギャンとポン=タヴァンの画家たち」展覧会図録

     ゴーギャンとポン=タヴァン派展(1993)図録(東京新聞)

     

       

















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by desire_san | 2015-12-19 08:22 | 美術展 & アート | Trackback(3) | Comments(24)
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Commented by ふっこ at 2015-12-20 20:26 x
こんばんは。拙ブログへの御訪問とコメントの書き込み、どうもありがとうございました。
ゴーギャンや、ポン=タヴァンに集った画家達については、知らないことが多く、今回の展覧会では色々勉強になりました。
また面白そうな企画を見付けて、足を運びたいと思います。
Commented by desire_san at 2015-12-20 21:28
ふっこさん、ありがとうございます。ゴーギャンは日本ではあまりに月がないのか、ゴーギャンの本格的な回顧展は、2009年に東京国立近代美術館で開催された「ゴーギャン展」だけで、大規模に傑作を集めたゴーギャンの本格的な回顧展は、2009年に東京国立近代美術館で開催された「ゴーギャン展」ほとんど開かれていません。ゴーギャンとポン=タヴァン派の美術展は22年ぶりです。日本人好みではないとは思いますが、世界の美術史に与えた影響の大きさは、後期印象派の画家では、セザンヌに次いで大きいことが、この美術展でもわかりました。
Commented by ゆりこ at 2015-12-21 00:04 x
こんばんは。
いつ見ながらわかりやすいご解説、大変勉強になりまはした。ナビ派とゴーギャンの関係が分かったような気がしました。芸術の装飾性を主張するナビ派はゴーギャンの「総合主義」から影響を受だったのですね。
Commented by Masayuki_Mori at 2015-12-21 00:07 x
dezireさん、ゆりこさん、こんばんは。
ナビ派について少し書かせていただきます。若いポール・セリュジエが、ブルターニュを訪れた時、ポール・ゴーギャンから森のの中で、「あの樹はいったい何色に見えるかね。多少赤みがかって見える? それなら画面には真赤な色を置きたまえ。その影は どちらかと言えば青みがかっているね。それでは君のパレットの中の最も美しい青を画面に置きたまえ……。」と助言したといわれています。ゴーギャンの大胆な色彩に衝撃を受けたセリュジエはパリに戻り、アカデミー・ジュリアンの仲間であるピエール・ボナール、エドゥアール・ヴュイヤール、モーリス・ドニ、ポール・ランソンにゴーギャンの美の感性を伝えました。ナビ派の芸術観は、、画面それ自体の秩序を追求するものだったようです。モーリス・ドニは、「絵画作品とは、本質的にある一定の秩序のもとに集められた色彩によって覆われた平坦な表面である。」と語り、ボナールは「絵画とは小さな嘘をいくつも重ねて大きな真実を作ることである。」と言っています。
Commented by 平石悟 at 2015-12-21 00:56 x
面白い議論になっていますね。ここで一緒に語らねばならないのは象徴主義です。象徴主義は総合主義から生まれましたが、芸術を理想は観念の表現と考え、観念に表現するのだから総合的で象徴的であると考えたようです。形態や記号を総体的に理解される形で描くには主観的、事物は主体によって感受される記号であり、装飾的なものに行きつきました。観念に感受可能な形を着せるため、象徴派は事物を忠実には描かず、理想世界を喚起し、魂の状態の表現を特別扱いする印象や感覚を探求しました。象徴主義はロマン主義的な側面もありますが、シャルル・ボードレール、マラルメ、ランボーらの詩人の影響もあると思われます、ポール・ヴェルレーヌは象徴主義の規範を示しました。
Commented by みよ at 2015-12-21 01:07 x
私のブログへのご訪問、コメントありがとうございます。

とても詳しくわかりやすく丁寧にまとめられた文章に、もう一度展覧会を思い出して楽しませていただきました。
今回、ゴーギャンのより全体を知ることができて、男としては失望もしましたが、彼の絵は今もとても好きです。
Commented by desire_san at 2015-12-21 02:15
みよさん、ゴーギャンはお書きになっているように、妻や家族を顧みず、自分勝手で確かに男としては最低男ですね。そういう芸術家は結構たくさんいると思いますが、作品の魅力は、人柄とは関係なく、ゴーギャンの作品は非常に魅力的ですね。
その人を知ることはあまり芸術鑑賞には役に立たないような気もします。
Commented by Ich at 2015-12-21 11:06 x
しばらくネットから離れておりまして貴殿の記事を拝読し新たなゴーギャン像が浮かび上がって参りました。正直、好き嫌いで表現しますとゴーギャンの絵の世界は好きな方ではありません。ゴッホとは似て非なりで、心の深さの大きな違いを感じます。しかし只今desire氏のゴーギャンの作品紹介によって別の角度から彼を見るとエキセントリックなまでの美の追求に少し救われました。ゴーギャンの作品の魅力発見です。ありがとうございました^^
Commented by desire_san at 2015-12-21 11:48
Ichさん、コメントありがとうございます。
ゴーギャンやゴッホの絵は日本人好みでないと私も思います。ゴッホが日本人に人気があるのは、悲劇的な人生が判官びいきの国民性から来ているものでしょうが、それに比べゴーギャンの自信家で傲慢な性格は私も抵抗を感じます。しかしこの展覧会を機会にゴーキャンの美術の変遷を追っていくと、Ichさんが書かれている「エキセントリックなまでの美の追求」が芸術作品として次々と斬新な「美」を提供し、前衛画家として非常に魅力的な人だと感じるようになりました。温雅化でいえば、人間的には絶対関わりたくない性格のワーグナーですが、音楽的な魅力は虜にされるものがある、ゴーギャンもそれに通ずるような気がします。
Commented by パールライス at 2015-12-21 14:16 x
dezire様
返事が遅くなりまして、申し訳土座いません。
ブログ拝見させて頂きました。
美術にお詳しいですね。お見それいたしました。
それなのに、私の拙いブログをご覧頂き、恥ずかしい限りです。
「総合主義」やっと分かりました。
ありがとうございました。
Commented by mamejam at 2015-12-22 10:27
コメントありがとうございました! もっとゴーギャンの作品を見たかったですが、日本では人気がないのですね。各時代毎の作品で流れがつかめるとわかりやすいので、もっと開催してほしいですね。
Commented by desire_san at 2015-12-22 22:54
パールライスさん、ご訪問ありがとうございます。
「総合主義」といううのは難しいですね。私もやっと考え方は理解できましたが、作品から「総合主義」の表現を読み取るのは大変難しいですね。
Commented by desire_san at 2015-12-22 22:56
mamejamさん、日本であまりゴーギャンの傑作を見る機会が少ないは残念ですね。印象派関係では、ルノワール、モネ、ゴッホの展覧会は結構たくさんありましたが、セザンヌ以上にゴーギャンは少ないですね。
Commented by desire_san at 2015-12-22 23:00
ゆりこさん、Moriさん、 平石さん、総合主義とナビ派と象徴主義についての議論を興味深く読ませていただき、私もこれらの違いが理解できたように思います。ありがとうございました。
Commented by chariot at 2015-12-23 08:11 x
私のブログに訪問していただき、有難うございます。
desireさんの分かりやすい解説を読んで、ゴーギャンという癖のある画家について、またいろいろ考えました。
総合主義によってゴーギャンの果たした役割が大きいことが分かり、それもゴーギャンが大変な自信家だったお陰かなと思います。
Commented by desire_san at 2015-12-23 08:24
chariot産、ブログを読んでいただいてありがとうございます。ゴーぎゃは後期印象派の画家の中で、セザンヌに次いでこうせいに大きな影響を与えた画家だと思います。世の中に評価されなくても我が道を突き進んだのは彼が自信家だったからかもしれませんが、実は相当悩みながら絵を描いていた画家だったこともわかりました。
Commented by rollingwest at 2015-12-23 09:01
年末まで芸術に接する文化心に感心します。
Commented by パパリン at 2015-12-23 09:25 x
初めまして
私の情けないブログにお越しいただきありがとうございます。
またお邪魔します。
Commented by yukiko at 2015-12-23 16:20 x
同じ展覧会を見ても、こうも考察の度合いが違うんですね。
「総合主義」はよく理解できていませんでしたが、やっと理解できました。

他の記事も読ませていただきましたが、どれもまとまっていて、私のような知識のない人間にも分かりやすかったです。勉強になりました。
Commented by desire_san at 2015-12-23 16:59
yukikoさん、コメントありがとうございます。
「総合主義」というのは確かに難しいですね。おそらくゴーギャンやエミール・ベルナールの絵画の理想や目標を理論化したものだと思います。ゆりこさん、Moriさん、 平石さんから、総合主義とナビ派と象徴主義実際の違いについてコメントをいただき私も理解がふかまりました。しかし、実際に作品を見てなかなか違いがわかりませんね。
Commented by desire_san at 2015-12-23 17:00
パパリンさん、ご訪問ありがとうございます。
いろいろとトピックを載せていますので、またのご訪問をお待ちしています。

Commented by cafe-mason-jar at 2015-12-24 23:57
その人を知ることはあまり芸術鑑賞には役に立たないような気がします、の書き込みに賛同します。多面性があるのが人として自然なこと。傲慢であるか、慈悲深いか、それは他人に見せるたった一面でしかないのですから。

こちらのblogに出逢ったことを機に、展覧会に足を運んでいます。
モコ
Commented by desire_san at 2015-12-25 08:15
cafe-mason-jarさん、人によって程度の違いはあると思いますが、どんな人間にもいろいろな面があると思います。芸術家や名優やアスリートの場合、かなりスエトイックな面を持っていると思いますので、多重人格と思われるほど、多面性があっても不思議はないのではないでしょうか。私は芸術家は作品を、俳優は演技を、アスリートは達成したことを称賛しますが、会って人間性を知っている人以外、個人的にその人のファンになることはありませんね。人間として魅力ある人かは会ってみなければわかりませんので。ちょっと変わっているといわれるかもしれませんね。
Commented by 本読みオヤジ at 2015-12-26 11:50 x
ブログ拝見しました。そもそもポン=タヴァン派の知識がなかったので、大変勉強になりました。こうした背景を知って美術展を観ると、また絵が違って見えそうです。ありがとうございました。

心に残った自然とアート   


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