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ルターの宗教改革に貢献したデューラーと並ぶドイツ・ルネサンスの最大の画家

ルーカス・クラナッハ

Lucas Cranach the Elder

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 ルーカス・クラナッハはアルブレヒト・デューラーと並ぶ、北方ルネサンスを代表するドイツ人画家ですが、彼の作品を見る機会は今日本ではあまりありませんでした。ウィーン美術史美術館の特別協力により、この稀有な天才芸術家・ルーカス・クラナッハの全貌に迫る美術展が東京西洋美術館で解されました。





LucasCranach the Elder(1472-1553), who rose to fame as a court painter atWittenberg, is one of the greatest artists of the German Renaissance. Blessedwith a business acumen far in advance of his time, he established a largeworkshop and mass-produced paintings. He also played a role in the ProtestantReformation launched by Martin Luther. Yet, what has stamped the name of LucasCranach in people's minds ar his depictions of such heroines of legend asJudith and Salome, Lucretia and Venus with a singular eroticism in portraitslascivious but intelligent, flirtatious but cool and composed. Cranach'spaintings captivated the people of his milieu,and they still exert a strongfascination over viewers,centuries later.


This,the first exhibition devoted to Lucas Cranach the Elder in Japan, will explorethe entire scope of Cranach's work and trace his influences on modern andcontemporary artists. Scheduled to be held in 2016 and 2017-precisely fivehundred years after the Reformation began-the exhibition will offer a rareopportunity to experience the power of the "temptaion" Cranachelicits across the centuries



 ルーカス・クラナッハは1472年に画家ヨハネスの子として、ドイツ・ニューレンベルク地方のクロナッハに生まれました。当時の風習もあり、姓名は地名に由来しています。最初の絵画教育が、父ヨハネスによって行われましたが、1502年頃にウィーンへ赴き画業を開始ました。ウィーンで精力的に多くの作品を制作しました。画家としての才能が開花したのは30歳頃で、3年間のウィーンでの修行は大成功でした。3年間のウィーンでの修行は大成功で、 彼自身の手になるウィーン滞在中の作品が彼のオリジナル作品として今日定着しています。このため、ウィーンの美術史美術館やアカデミー絵画館にクラナッハ初期の傑作が多く残されています。

 ウィーンは、当時人文主義が開花していたため、クラーナハは先端的な人文主義者たちと親しく交わり、豊かな知的環境の中で画家として頭角を現わしました。クラーナハの芸術は、学芸を庇護する権力者の眼を惹き、1505年、ザクセン選帝侯フリードリヒ賢明公に見初められたクラーナハは、宮廷画家としてヴィッテンベルクに招かれ、宮廷画家として活動しました。


宮廷画家としてのクラナッハ

 ザクセン公国の都ヴィッテンベルクは、当時神聖ローマ帝国の政治的・文化的な中心地のひとつ、クラーナハは、時代に先駆けて大型の絵画工房を開設し、膨大な絵画制作の依頼を受注し、流行の主題を様々に変奏して描き、市場の期待に応え多大な人気を博しました。クラーナハの成功は1510年頃に確立した宮廷的で流麗な様式に支えられていました。クラーナハは、共同制作者たちが容易に構図を複製し改変できるようにし、印象深い蛇をモティーフとしたサインにより、の自作に商標を与えましたす。


 ザクセン公家に仕えたクラーナハは、1508年のネーデルラント旅行の成果やイタリア・ルネサンス美術から受けた影響を独自に消化しながら、宮廷人たちの趣味や信仰心に見合った作品や政治的宣伝に貢献する作品を数多く生みだしていきました。クラーナハは、つねに革新者を演じ続けた画家でした。アルプス以北のヨーロッパに裸体表現の発展をもたらし、独特のイメージ世界を開拓しました。


 クラナッハは、プロテスタントを庇護する君主につかえていましたが、カトリックにとって重要な聖母像も描きました。クラナッハの描く聖母はどこかあどけなさを残す作品もありまか。「聖母の教育」では、幼いマリアが母親の前で機織りをしている様子を描いています。



a0113718_14392760.jpg『聖母子と洗礼者ヨハネ』 1535

この作品では聖母マリアの眼は見る人をみつめており、観る人は聖母マリアと見つめ合っているような雰囲気を感じます。マリアは聖母というより魅惑的な女性であり、飛躍かもしれませんが、マリアは恋の対象として清純なエロスを放っているようにさえ感じます。





『聖カテリナの殉教』 1510

a0113718_14413098.jpg キプロス出身のカテリナは、教養と知性を備え、美人の誉れ高かった。 50人もの異教徒の宗教家を言い負かして、彼らを彼女の信仰に改宗させた逸話の持ち主です。 カテリナ自身が大車輪の刑に処せられようとした時、天から火と炎がなだれ落ちて刑の執行を邪魔したと言い伝えられています。 結局彼女は断頭されました。




 この作品はこの逸話を作品にしたものです。現在ブダペストにある教会に所属するこの作品は、ウィッテンベルク祭壇画をベースに描き直されたものです。「聖カテリナの殉教」よりもむしろ。聖カテリナが起こした天変地異を描いています。天から落ちてくる 火と炎の凄まじさや大車輪が吹き飛んでゆく様子がよりアリルに描かれていて、荒々しい鮮烈な表現はクラナッハ芸術の特徴の一面を表しています。断頭人の形相も凄まじく、信仰に殉じ澄みきった心境で佇むカテリナを中心に、彼女の死の瞬間が凍りつき停止しているような印象与えます。 周囲の大混乱の中で聖カテリナは凛として美しく描かれています。現代絵画のような華やかな色彩により絵画全体が華やかで、悲壮感が全く感じられない作品に仕上がっています。 



『ゲッセマネの祈り』

 ゲッセマネの逸話はキリスト教で極めて重要な場面を強い印象に描いています。光り輝く天使の色彩の明るさに血の色を加えたような捕吏たちが来る背後の夜明けの空の色と明るさ。ほんの一部分に描かれた空が暗示する受難の物語性に相応しい夜明けの空の表現です。黄とオレンジに染まった夜明けの空、および接近する捕吏の群れの描写は、この時代の他の画家にも共通する描き方だと解説されていまか。


 下部に三人の使徒が描かれているが、その肢体はどことなく幼子のそれのように見えます。屈みこんでいるので身長に対して頭部が大きく描かれています。純真な幼子の聖性を表す意図があるのか、『サムソンとデリラ』のサムソン、『ロトとその娘たち』のロトなどに通ずる印象を受け、逸話の一瞬間を描いた作品に共通する特徴のようです。 


a0113718_14442560.jpg『子どもたちを祝福するキリスト』1540年頃、

 キリスト教に子どもたちへ向ける慈愛は聖マリアが象徴的引き受けているとかんかられるので、珍しい作品といえます。キリストがすべての人間の救いを、マリアが子どもや病人や弱者への慈愛や神が過てる人間への苛烈な罰を与えるものことをキリスト教が論理構造を持っており、神が子どもに慈愛を示し祝福し、奇蹟を行うのは宗教として特段に珍しいことではありませんが、このような宗教画はあまり見られません。マルティン・ルターと同時代を生きたクラーナハに芽生えた人間主義的な意識を反映して、キリストをヒューマニズム的に身近なものとして描いているのかも知れません。

 ルーカス・クラナッハは多くの祭壇画も描きましたが、ラナッハの晩年の「不似合いな二人」 シリーズの小品は、その精緻な描写力と人間観察の凄まじさを見せ付けています。




肖像画家としてのルーカス クラナッハ

 ザクセン選帝侯の宮廷画家であったと同時に、戦略的な工房運営により新たな美術市場を開拓したクラーナハは、多種多様なテーマの作品を生乱しました。特にクラーナハが最も得意としひとつが肖像画であり、作品の最大の割合は、肖像画でした。16世紀前半のドイツでは、肖像画は新しい絵画領域でした。クラーナハは、宮廷画家として、また事業家として、ザクセン公家の人々、政治家、学者など、ときの権力者や著名人たちと密に交流しながら、数々の肖像を描きました。ルネサンス期のドイツにおける最大の肖像画家となりました。


Thelargest proportion of Cranach's output is of portraits, and it is chieflythanks to him that we know what the German Reformers and their princelyadherents looked like. He painted not only Martin Luther himself but alsoLuther's wife, mother and father. He also depicted leading Catholics likeAlbert of Brandenburg, archbishop elector of Mainz, Anthony Granvelle and theDuke of Alva.


 クラーナハはモデルの理想化や象徴化を好ます、彼が描き残したのは、日々変容しゆく人々の面貌のつかのまの表情を豊かに表現した観察記録であり、社会的な「顔の記憶」でした。クラーナハの肖像画に宿る「リアリズム」は、人の記憶として後世へと保存し、長く記憶されうる定型的なイメージを作り上げました。


 クラーナハの肖像画の特徴は、暗がりの中に浮き上がらせた顔 はほんの少し影を付けただけで、 内側から輝いて見えるように感じられます。あるいはルターの大で崇高画面設定の中で、まるで宝石のように輝いて見えてくるため、同世代の人々は家の中に飾るため 自分の肖像画をルターに描いて貰いたいという衝動を抑えることができなくなる程、人気があったと伝えられています。


 ルターの人物画の中には、1514年にサクソン侯が 結婚式の衣装をまとった一対の全身像もありますが、全身大の世俗的な人物画としては、 世界で始めての ことだったといわれています。 物静かで真面目な顔の表情が、 当時のドイツ人たちの 気質によく合っていたと考えられます。クラーナハは肖像画を通して、当時の衣服を細密描写のように描いたりして社会の相貌を記録に残しました。



「ザクセン選帝侯アウグスト」「アンナ・フォン・デーネマルク」

 この作品で興味深いのは、モデルの顔つきや服装です。イタリア人とは明らかに違い、北欧系やドイツ人のような顔つきです。豪華な正装もフィレンツェの王族たちとは全然違い独特なファッションが印象的です。



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a0113718_14464125.jpg「神聖ローマ皇帝カール5世」

神聖ローマ皇帝、カール5世の肖像画です。謁見は許されず、資料を見て描いたとはいえ、行き過ぎた美化をせず、写実的に描こうとし多様で、宮廷画家の描くオフィシャル画像にして、表情も豊かにリアリスティックナハの個性と面白さが感じられます。







絵画の大量生産

 クラナッハは、大工房のマイスターとして、数多くの作品を制作すると共に、裕福なギルドマイスターあるいは市長としてザクセンの 文化と社会の発展に貢献したことが知られています。息子のルーカス・クラーナハ(子)や弟子たちとの協働作業により、画期的な絵画の大量生産を実現しました。制作した作品にはザクセン選帝侯から授けられた蛇の署名を入れ、これを商標として機能させることで自作のブランド化に成功し、絵画制作を事業として展開した先駆者の才能を発揮しました。


 クラーナハは芸術を一種の経済活動とも考えていたらしく、描いたイメージを不特定多数の人々に散布することのできる版画により仕事を展開させました。クラーナハにとって、複製媒体である版画は、絵画に劣らない重要な手段でした。16世紀初頭のドイツでは、大量生産を可能とする技術であり、特定の注文主の趣味や意向に拘束されない自発的な創作活動を可能にしました。



『ヘロデの饗宴』 1531年 

a0113718_14491844.jpg クラナッハにとっては、絵画芸術の仕事は教会関係であろうと俗世間のものであろうと無関係でした。マルチン・ルターの 宗教改革の進展に伴って、ドイツの新教世界では従来のマリア像 などの 絵の需要が激減しました。クラナッハも宗教的な題材の作品を描く機会が殆ど少なくなりました。 しかし、全ての信者が新教に改宗したわけではないので、クラナッハはカソリックの信者から宗教画の依頼があった場合は喜んで描いてあげました。この作品は、そのような背景から作品と考えられます。但しこの頃はラナッハの工房は隆盛を極め、 息子のクラナッハ・ジュニアの活躍も顕著になっていました。。


 この美術展では、イラン生まれの現代アーティスト、レイラ・パズーキによる作品が展示されていました。世界中の複製画の半数以上を制作していると言われる中国の大芬油画村の画家100人が6時間という制限時間の中で描いたクラーナハの『正義の寓意』が壁一面を埋め尽くせられていました。絵画の複製、再生産というクラーナハが先駆的に行った事業を現代において再現した作品だそうです。



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版画家としてのルーカス クラナッハ

 クラーナハにとって版画は、版画は絵画よりも実験的な表現をおこないやすい手段でした。版画により、屈曲した「線」の運動——うねり、もつれ、リズムを展開し、絵画作品に展開していきました。クラーナハは、西洋版画史の中核のドイツで、多色刷り木版を最初に試みました。多色刷り版画では、複雑にうごめく黒い線が鮮やかな色彩と小さな画面のなかで絡みあい、新しい視覚世界を織りなしていきました。クラーナハによる多色刷りの先駆的実験は、後の画家たちに大きな表現の可能性を開示しました。


 クラナッハの他の木版画作品として注目される作品には、槍試合を取り上げた1509年頃の 一連のシリーズがある。ここでは馬に騎乗した中世の騎士たち数十人が、 槍を互いに振りかざし合っています。 1508年に制作された「パリスの審判」では裸の女神三人 を前に、 馬から下りて話しかける騎士の姿にパリスを描いていいます。情景設定が中世の町の郊外であることも、当時の人たちの心を捉えました。



a0113718_14502217.jpg「聖アントニウスの誘惑」

 この作品では、天使と悪魔が戦うシーンが描かれているのですが、ファンタジックで中世的な妖しい雰囲気に描かれています。


 ドイツでは15世紀後半から木版画や銅版画が発達しました。ラーナハと、デューラー、メッケネム、ショーンガウアーなど、同時代のドイツ人巨匠達の版画を比較すると技巧的に一番上手なのはデューラーですが、クラーナハの版画はコミカルで寓意にあふれる面白い作品が多くみられます。




ルターの宗教改革との関係

 151710月、ドイツの神学者・マルティン・ルターがローマ教皇の腐敗を批判するラテン語の文書を発表しました『95ヶ条の論題』です。マインツ大司教アルブレヒト・フォン・ブランデンブルクの政治的な思惑とも絡み、贖宥状に疑問を抱いたルターは、それを購入することによって煉獄の霊魂の罪が贖われるなどという教皇側のふれ込みは欺瞞であるとして、神学論争を仕掛けたのでした。その後に『95ヶ条の論題』はドイツ語に訳されて世間に広まり、それが契機となって本格的な「宗教改革」がはじまります。イタリア・ルネサンスの人文主義、ヨハネス・グーテンベルク以後の活版印刷術とも連動しながら、ルターに端を発する宗教改革は、ヨーロッパを「近代」のへと向かわせることになりました。


a0113718_14513435.jpg ヴィッテンベルクが後にマルティン・ルターによる宗教改革の震源地となり、クラーナハの活躍の本拠地となった場だったのは運命的な出会いと言えます。マルチン・ルターが ウィッテンベルク神学校の教授に就任したのは1508年で、 二人のこの 町での活動期は完全に重複しています。クラーナハの革新的な精神は、改革精神に持ったマルティン・ルターに共鳴し、二人を盟友となりました。クラーナハはマルティン・ルターだけでなく、ルターの妻、母親と父親を描くルターの肖像やルターの思想を視覚化したイメージを普及させました。ドイツの宗教改革とその豪壮な支持者は、ルターがどのような感じの人かをクラーナハの肖像画を通じて知っていたようです。




 ヴィッテンベルクで活動したクラーナハは、ルターと極めて近しい間柄になったことにより、ルターの思考を独自に視覚化した絵画や版画を生みだすことで、彼と高度な共闘関係を結びました。クラーナハは宗教改革期のドイツ社会の集合的記憶を精彩に浮かび上がらせました。木版画を用いてルターの思想を視覚化した作品を多くの人々にはルターの思想を伝えました。他にも新約聖書の挿し絵として木版画を描くなど、彼の制作活動は宗教改革を支える媒体としての役割も担いました。クラーナハのルターの宗教改革活動で果たした役割は、極めて大きいものでした。


 クラーナハは描くことで新たな思想を語り、描くことによって社会変革の一端を担ったと考えられます。クラーナハはルターの肖像画を何度も手がけることで、その「顔」を社会に知らしめ、それまでのキリスト教図像学には存在しなかったイメージをみずから創出することで、いわば芸術の宗教改革を行なうとしたのではないかと考えられます。


 ルターの肖像画の1枚で妻のカタリナ・フォン・ボラと共に描かれています。カトリック教会では一部の例外を除いて現在も神父の妻帯は認められていません。聖職者の独身制を否定したルターはカトリック教会から非難されながらも彼女と結婚しました。プロテスタントとカトリック教会の結婚観の違いがこの作品から分かるような気がします。


 クラーナハは一方で、ブランデンブルクのアルバート、マインツ、アンソニー・グランヴェルとアルバ公爵の大司教のような一流のカトリック教徒を描きました。ルターと対立する勢力の諸侯の作品も描いていることから、人の思想信条と関係なく、仕事の発注を受ければ作品を提供するビジネス的な感覚とも両立させていたようです。



クラーナハの裸婦像

 16世紀初頭のドイツに芽生えた人文主義は、イタリア・ルネサンスの影響のもと、古典古代の知を養分として異教の神話世界に対する新たな関心を形成しました。クラーナハは、詩人や学者たちと人文主義的関心を共有しながら、ヴィーナス、ディアナ、ルクレティアといった異教の女神や古代のヒロインたちを「裸」で表現することに、ドイツのどの画家よりも強く熱中ました。


 クラーナハが描いた細身の体形が特徴的な裸体画は、時代を超えて人々を魅了してきました。身体には透明のヴェールがかけられ、本来裸を隠すはずのそれが逆説的に観る者の視線を細部にまで誘導し独特なエロティシズムを醸し出しています。クラーナハが描いた細身の体形が特徴的な裸体画は、時代を超えて人々を魅了してきました。身体には透明のヴェールがかけられ、本来裸を隠すはずのそれが逆説的に観る者の視線を細部にまで誘導し独特なエロティシズム
を醸し出しています。初めて見ると優雅ですが少し気味悪いところがありますが、ずっと見ていると、ずっと見ていると抗し難い魅力を感じてきます。


a0113718_14524146.jpg『ヴィーナス」』1532年  

 クラナッハの女神像の殆どは、60歳近くになって)制作されていいます。クラナッハの代表作とされるフランクフルトの「ヴィーナス」は、小品ながら。彼の傑作とされ、美術愛好家の馴染みの作品となっています。裸身の美しい肌の描き方が素晴らしく、黒の背景をバックに浮かび上がってきます。全体的にほっそりとした身体と極端にくびれた腰、妖艶な表情、薄い透明のヴェールといったクラーナハの裸体画の特徴は同時期のイタリア人画家の描く裸体画には見られないものです。透き通った布で恥部を覆いながらその布の線維のひだが観る人の細部への視線を誘うことになりエロティシズムを漂わせています。

 ボッティチェリやティツィアーノ、ジョルジョーネなど、ルネサンス期のイタリア人画家によって描かれたヴィーナスは、丸みを帯びた身体と柔和な表情が一般的で、クラナッハが描くヴィーナスとは全く異なります。



『正義の寓意(ルクレティア)』1537


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 正義の女神であるユスティティアの像は裁判所などで飾られる習慣があり、天秤と剣を手に目隠しをする姿が定番ですが、クラーナハの裸体画として描かれています。黒を背景に透明な衣装をまとった4分の3身体の裸体が画面をはみ出さんばかりに描かれており、観る人と真っすぐに向き合っています。正義の裸であるなら、それは何にも縛られない純粋性を意味しているのでしょうか。女性は魅惑的な色香を放って、観る人を誘惑します。



a0113718_14560295.jpg『ルクレティア』

『ヴィーナス」』とともにクラナッハの、名作の誉れ高い作品です。少女とも成熟した 女性とも定かでない不思議な雰囲気を漂わせています。小ぶりな胸と 張り出した腹というプロポーションの特異さが絶妙で、描線は極めて精緻で微妙なのが魅力的です。




『泉のニンフ』

 あどけなさの残る丸顔、少女のような小さな乳房。腹部は、妊娠しているかのように少し膨らんでいます。特に美しいa0113718_14573341.jpgわけではありませんが、非常に官能的な作品です。ニンフは眠っているように見せかけて、宝石で飾りたてた肢体を見せて誘っているようです。足元のウズラと背景の泉は、生と性の象徴のようです。木に結ばれた弓矢は、ニンフが愛の狩人であることしめしています。


クラナッハの描く、腰の細くくびれた独特なプロポーションのヴィーナス像は、ティツィアーノやジョルジョーネのヴィーナスとは異なった、観る人を魅惑するような独特の官能的な女性の裸体表で人気を博していました。クラナッハが描いた「裸」のイメージは、人間のエロティックな情動や性的な欲望を刺激する存在でした。裸婦の絵を求める注文主の需要が多かったことは事実ですが、クラナッハ自身も描くそうした女性たちのイメージに、自らも魅せられていたとさえ思われます。



 クラーナハが描いた裸婦の多くは、柔らかな曲線をなす華奢なボディ・ラインにより見る者を誘う。クラーナハが描いた裸婦はたいてい「裸」にはなりきっておらず、その身体は遠くからでは見えない極薄のヴェールをまとっています。あまりに透き通って素肌を隠さないクラーナハのヴェールは、その覆われつつも露わな女性たちの身体により、多くの人々の欲望を刺激するのです。クラーナハが描いた裸婦絵は人を誘い惑わせます。クラーナハは、その「誘惑」の効力を知っていたはずです。


 同じようなポーズの裸婦に、ゴヤの『裸のマハ』(プラド美術館)がありますが、肉感的でこの世的なマハより、クラナッハのニンフの方が、想像力を刺激する、ずっと官能的な女性です。

 

 クラナッハの裸婦には、あの世とこの世の境目にいるような精霊的な要素があり、能の登場人物のような、幽玄の世界の住人である。だからこそ、気味の悪さがつきまといます。クラナッハは宗教改革をけん引した人ですから、裸婦像により観る人を誘惑することにより警告し道徳的教訓を与えた、と観ることもできるとは思いますが、クラナッハはもっと現実主義的に、道徳的教訓を隠れ蓑にして、すらりとした客体で観る人を刺激する絵を描いて売ること自体が目的だったように思いました。

 

 バプテスマのヨハネの首を持ち、甘い恍惚に浸るサロメも、子供に乳をふくませるキリっとした流し目の女性も、境界線のあいまいなところにいる美女たちです。言い方は適切でないかもしれませんが、少女ポルノと通ずるものがあるような気がしました。




 クラーナハの多種多様な絵画をあらためて見渡すとき、「女の力」という根源的主題が浮かび上ってきます。イヴの誘いに負けて禁断の果実を食べてしまったアダム。敵将ホロフェルネスのふところに潜り込み、彼を油断させることで惨殺したユディト。踊りによって王を悦ばせ、褒美に聖ヨハネの斬首を求めたサロメ。王女オンファレの美貌に骨抜きにされ、羊毛を紡ぐはめになった豪傑ヘラクレス。娘たちに酔わされ、近親相姦をおかしてしまったロト。ヨーロッパの美術史や文化史における「女の力」とは、女性の身体的な魅力や性的な誘惑によって、男性が堕落ないし破滅に陥る物語のことを言います。それは古代神話、旧約聖書、新約聖書、より世俗的な寓話など、実に広範な源泉の中から見出される「誘惑」のイメージです、


 クラーナハは、こうした「女の力」「女のたくらみ」というテーマを、自らの芸術の根幹をなすものとして選び、くりかえし描いきました。それらの絵画には「女の力」には気をつけよという男性に対する戒めの教訓的な意味合いが込められていました。しかし、クラーナハの絵画は、それを見つめる者を誘惑する「イメージの力」を放っているのです。



『ホロフェルネスの首を持つユディト』

 旧約聖書外伝の「ユディト記」のユディットの物語があります。



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 メラリの娘ユディトはマナセと結婚したが夫を病で失って寡婦となった。彼女は美しく魅力的な女性で多くの財産をもち、神に対して強い信仰をもっていたため人々から尊敬されていました。アッシリアの王がカドネツァルとメディア王との戦いで協力しなかった諸民族を攻撃するため派遣され司令官ホロフェルネスは、軍勢をひきいユダヤのベトリアという町を囲みました。町の指導者オジアは降伏を決意しますが、ユディトはオジアと民を励まし神への信頼を訴えました。そしてユディト自身が着飾ってホロフェルネスのもとに向かいました。ホロフェルネスは酒宴にユディトを呼び出しますが、ホロフェルネスは泥酔し天幕中にユディトは眠っていたホロフェルネスの短剣をとって彼の首を切り落としました。将軍を失った敵軍は退却、かくてユダヤは討伐を免れたという話です。


 クラーナハの代表作であるとともに、西洋絵画で残酷シーンの一場面を描いたと「怖い絵」の代表的な的な作品です。クラーナハの描いたユディトは、感情を冷静な表情と黒い背景から浮き立つような透明感のある白い肌が特徴的で、妖艶で見る人を挑発するような視線に惹きつけられます。こっちを見つめる純潔な少女のような美しいユディトと、生首の生々しくリアルな表現がと異様な対比を見せます。生首に向けられた冷徹な視線、の仕事をやりきった感のあるすまし顔の醒めた視線が、この不釣り合いなモチーフとの関係を微妙にまとめている画面は、美しい緊張感があります。このような残酷な画面を角も美しく描けるのか驚きというほかありません。ユディットとホロフェルネスの関係を、サロメとヨハネの関係に置き換えたものです。


 これまでにカラヴァッジョ、ジョルジョーネ、クリムトなど、様々な画家によってこのテーマは描かれており、画家の個性が際立った作品となっています。クラナッハの作品は、カラヴァッジョの描いたどこか腰の引けた様子で嫌々首を斬っているように見えるユディトとは対照的な表現です。


「ホロフェルネスの首を持つユディット」「洗礼者ヨハネの首を持つサロメ」といつたテーマの作品を、クラナッハは、1530年以降、多く描きました。切断された男の首を得意げに持つ、若い女性の表情が描かれています。この物語のテーマを何故クラナッハが繰り返し描いたのかに対する有力な説は、宮廷の貴婦人たちの肖像画だとする解釈です。 貴婦人たちから肖像画の注文を受けたクラナッハは、単に婦人たちの表情を描くだけではなく、ユディットとだぶらせることによってその気高さを表現しようとしたという説です。



a0113718_15032113.jpg『ヘラクレスとオンファレ』

 クラーナハの得意とした「女性の妖しさ」をテーマとした寓意画です。英雄ヘラクレスも、女性たちに誘惑されてめろめろになっています。だらしなさすぎるヘラクレスの表情としたたかな女性の表情がの豊かな表現が印象的です。クラーナハは、この「ヘラクレスとオンファレ」だけで、合計20枚以上の同じような構図で同タイトルの作品を遺しています。



a0113718_15002938.jpg『ロトと日の娘たち』

 逃げる途中で降りかつてしまった妻は潮の柱となり、娘たちは父と交わって子孫を残す決意をします。老人を中央に配し、その傍らに跪く娘が空ろな表情で父親を見上げている。画面右上部には地獄の業火も描き込んで、旧約聖書に主題した 作品に迄高めたクラナッハの感嘆すべき力量を感じます。






a0113718_15041459.jpg『サムソンとデリア』

 怪力のサムソンはペリシテ人のデリアを恋人としますが、デリアはリシテ人陣買収され怪力の源が神であることを知り、サムソンが眠っているときにデリアに髪を切られたという逸話による作品です。クラナッハが描いたデリアの美しい顔とデリアのまとうビロードの質感の描写に、クラナッハの優れた技術が現れ、不思議な魅力を作品に与えています。






『不似合いな二人』1530

a0113718_15055066.jpg 「不似合いな二人」のシリーズは、クラナッハが1530(つまり58)頃から 描き始めているらしく、 画面全体の4割程度は黒のバックで処理し、人物が浮き上がって見えてくるクラナッハ人物画の特徴を発揮しています。紅の厚手ビロード製のワンピースを纏った若い女が、毛皮のコートを着た禿げ頭の男の老人に頬付けしています。 二人とも向かい合って立っていますが、よく見ると女の手は 男の大きな財布手を 突っ込んで、お金を 巻き上げようとしています。人類の古来からある職業の女性を描いたものですが、この若い女の「えも言われぬ」怪しげな顔の表情では、観る者を惹きつけます。猜疑心に満ち何とか打開策を見つけようと男のスキを狙って厭らしくも 小賢しく振舞っている姿を見事に描写しています。小品ですが、精緻な描写力と人間観察の凄まじさを感じさせる作品です。クラナッハの人生に対する 洞察力の深さは、現代にも共通する画題で、クラナッハの現代的な感覚や人間性を感じさせます。女性が美しい画ゆえに芸術作品として魅力を監視させます。


TheIll-Matched Couple, 1532.

Theoldest extant picture by Cranach is the Rest of the Virgin during the Flightinto Egypt, of 1504. The painting already shows remarkable skill and grace, andthe pine forest in the background shows a painter familiar with the mountainscenery of Thuringia. There is more forest gloom in landscapes of a later time.


デューラーとの比較とククラーナハの後世への影響

 ククラーナハが生きた16世紀、イタリアではすでにレオナルド・ダヴィンチやラファエロ、ミケランジェロらにより、一点透視図法や空気遠近法など、写実的な近代絵画技法に基づくルネサンス絵画の技法が浸透していました。しかし、アルプス山脈を越えた「北方」地域であるドイツでは、マクシミリアン1世がデューラーら芸術家を庇護してドイツの地にルネッサンスの花を咲かせていました。デューラーはイタリア・ルネサンス絵画の影響を受けていましたが、前時代的な「後期ゴシック様式」の中世的な絵画手法の画家も多く活躍していました。ドイツのルネサンスを代表する画家であるアルブレヒト・デューラーとは1歳違いでお互いに交流があったと言われています。クラーナハはデューラーを意識して、同じ題材の作品も描いています。

 クラーナハは、「後期ゴシック様式」の香りがする作品を描いており、ローマやフィレンツェより時間軸的には50100年くらい前の画風に近いといえます。クラーナハの絵は、寓意にあふれた妖しくも個性的な宗教画や、多様な裸体画特徴的です。クラーナハも非常に絵のうまい画家ですが、例えば、デューラーの神業ともいえる精密な表現の版画と比べると、漫画のように見えるほど器量には差があると感じました。



『アダム』『イブ』 1528年 Uffizi美術館所蔵

 1507年制作 のデューラーの 「アダムとイブ」に基づいて描かれたと考えられています。クラナッハもデューラーも共にニュールンブルグ 地方の出身で二人の間に交流があったことは間違いないようです。 デューラーは抜群のデッサン力を活かして、アダムもイブも人間のプロポーションを非常に正確に模して 描かれています。足元はまさしく瓦礫の小石を配した創世期を連想させるように処理されています。


 クラナッハの「アダムとイブ」は12頭身のタテ長な姿で板の上に描かれた 一対の油彩画です。体形が細長くデフォルメされていますが、全く違和感 がなく寧ろ美しく見えます。 イブの顔の左上隅には、蛇の頭部が恐怖感を与えることなくちょっぴりユーモラスに描き込んでいます。クラナッハの描写力は一段と洗練されてきています 1510年制作の作品では、1枚の絵の真ん中に大きく知恵の樹を置き、左にアダム、 右にイブを配していました。色彩は画面全体が焦茶色のトーンで、 全体としてオーソドックスな描き方となってきています。



a0113718_15063598.jpg『メランコリア』

 クラーナハによるメランコリーは、デューラーの伝説的な版画の傑作と同じ主題の作品ですが、全く違う作風で、比べること自体意味を持たないように感じました。

 

 憂鬱を表した悪夢的イメージは背後に退き、子どもの姿をした天使たちが陽気なダンスを踊っています。笛を吹き太鼓を叩く姿もあり一人一人それぞれのポーズが滑稽で笑えます。


「当時、子どもの踊りは鬱を癒すと言われていた」というようなことが書いてありました。確かにこんなキュートな踊りを見せられた憂鬱な気分も吹っ飛ぶかもしれません。



a0113718_15071936.jpg デューラーはイタリアでの芸術家の扱われ方に触発されて、ドイツでの芸術家の地位を高めようと、年皇帝マクシミリアンの宮廷画家となり、マンテーニャに影響を受けながら芸術性の高みを極めようと努力した画家で、版画を芸術として確立し、ドイツ国内のみならず、諸外国にまで最高水準の画家として名声を得ることを目指しました。



 クラーナハは、芸術を一種の経済活動とも考えていたらしく、多種多様の画風を試験的に制作して、あくまで絵画史上のニーズに答えうる作封を確立し、工房を活用して絵画の大量生産を行ない実益を追求したと言えます。一方でマルティン・ルターの宗教改革を全面的に支援し、芸術により宗教改革に大きく貢献しました。純粋な芸術家というより絵画の才能を道具として現世的な成功を収めた事業家と観ることができると思います。




ピカソはこのクラーナハの作品にインスピレーションを得てリトグラフの連作を描きました。


a0113718_15181655.jpgパブロ・ピカソ『ダビデとパテシバ』

 ダビデはパテシバが水浴しているのを見てパテシバに求愛しますが、パテシバは郡地にいる夫の司令官に銘じてこれを殺させます。パブロ・ピカソはクラーナハが描いた女性の肖像に魅せられ、そのエロティシズムと欲望のイメージを引き出し誇張して、新たな生命を吹き込みました。ピカソの興味が作品を経るごとにバテシバから侍女の胸元へと移っていくさまが、黒い背景から浮き出る白い部分を目で追っていくことで分かります。



参考文献:

 クラーナハ展公式カタログ 2016年

 クラーナハ展―500年後の誘惑|ホームページ(TBSテレビ)

田辺 幹之助 (, 監修), 新藤 淳 (), 岩谷 秋美 ()

{ドイツ・ルネサンスの挑戦デューラーとクラーナハ} 2016 東京美術







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by desire_san | 2017-01-13 13:56 | 北方ルネサンスとフランドル美術 | Trackback(1) | Comments(19)
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Tracked from Art & Bell b.. at 2017-01-13 16:19
タイトル : クラーナハ @国立西洋美術館
 これは本邦初の「クラーナハ展」である。この展覧会については、10月にクラーナハの画を鑑別する「自分の眼」というタイトルのブログ記事を書いているが、12月2日(金)のTVで「ぶらぶら美術館 クラーナハ展」(解説者:国立西洋美術館研究員・新藤淳さん)を見て学ぶことが多かったので、改めて「クラーナハ展」の全貌を俯瞰する記事を書くこととした。  展覧会のフライヤーには「五百年後の誘惑」とか「冷たい視線が惑わせる。」といった蠱惑的なのキャッチコピーが並んでいる。  「クラーナハ展」の展示は6章に分か...... more
Commented by Ruiese at 2017-01-10 19:49 x
こんにちは。
東京では「ルーカス・クラナッハ展」開かれているのですね。
ルーカス・クラナッハは日本ではなじみの薄い画家だと思いましたが、「ルーカス・クラナッハ展」が開かれるとは意外でした。西欧では人気のある画家ですが、評価の分れる難しい画家ですので、dezireさんがどうまとめのか、楽しみに読ませていただきました。かなり長いレポートで読みごたえがありましたが、ここまでルーカス・クラナッハの芸術を整理するのは、大変ご苦労されたとご拝察いたします。
 ルーカス・クラナッハの芸術の本質をしっかりつかまれており、さすがだと思いました。フランス人もこの内容に納得すると思います。デューラーと比較されているのは、大変分りやすく、私も理解が深まりました。ありがとうございました。
Commented by ゆりこ at 2017-01-10 20:03 x
こんばんは。
私も「クラナッハ展」に行きました。
12月中にdezireさんのレポートがアップされると思い、それを読んでから行こうと思っていましたが、待ちきれず、も12月中に行ってしまいました。よく知らない画家だったので、久しぶりにイヤホンガイドを使ってみましたが、イヤホンガイドは絵に何が描かれているかばかり説明していて、画家をほめるだけで本質が分らず、結局よくわからず、少し薄気味の悪い画家という印象を持って帰りました。dezireさんのご説明を読んで、クラナッハの絵は美しいのに、なぜ薄気味が悪く感じたのかがよくわかりました。デューラーとの比較を読ませていただき、クラナッハの本質が分ったような気がします。お陰様でクラナッハのことがよくわかりましたが、正直もう一度見に行きたいとは思いませんね。(笑)
Commented by desire_san at 2017-01-10 20:11
Ruiese さん、長いブログヲ読んでいただいてありがとうございました。
ご指摘のように、ルーカス・クラナッハは非常に理解しにくいところのある画家ですね。西欧でも評価の分れているのは初めて知りましたが、デューラーのような生粋の芸術家と違って、お金のためなら何でもやる所もあり、一方でルターの宗教改革を支援したり、何とか書き終わっても、人間として理解できないところがあります。疑問が生ずるとそれについて調べて書き加えたりしていたので、どんどん長くなってしまいました。 Ruieseさんのような方に読んでいただけると、書いてよかったと思い、大変励みになります。ありがとうございました。
Commented by desire_san at 2017-01-10 20:23
ゆりこさん 長大なブログを読んでいだきありがとうございました。
クラナッハは色々な面を持った画家で、私もなかなか理解できず、参考文献として書いた本の他にいろいろ調べて、やっと駒出かけた次第です。疑問を持つと調べて書き加えたので、こんなに長くなって舞いましたが、ある程度クラナッハを理解できたと自負しております。
イヤホンガイドは、変なたとえですが、NHKニュースのように事実を羅列するだけで、問題点を掘り下げたり、批判的な意見などは決して紹介しません。 ゆりこさんのように、絵画に高い感性をお持ちの方には物足りないのは当然と思います。ゆりこさんでしたら、説明など聴かず感ずるがままに楽しまれたらよろしいのではないでしょうか。美しいのがなぜか薄気味が悪い画家というのは的を得ていると思います。
Commented by sarai at 2017-01-13 17:05 x
dezireさん、saraiです。私のブログにお出でいただき、ありがとうございました。

さて、膨大なクラナッハの記事を書かれましたね。クラナッハに目がない私としては大変、ご同慶の至りといったところです。ヨーロッパの美術館に行くと、まず探す画家の一人がクラナッハです。今回、遂に日本でも本格的なクラナッハ展があるというので、ずっと楽しみにしていて、始まるとすぐに駆け付けました。結果はウーン・・・。美術史美術館の最高のコレクションのユディットもなぜかウィーンで見るときのような感動がなく、ブログの記事もあえて書きませんでした。ネガティブなことを書き、ごめんなさい。dezireさんの記事はこれから熟読させてもらいます。

とりあえずはお礼と労作へのブラボーを送ります。

追加・・・ベルリンの絵画館のクラナッハ・コレクションの記事のURLを張っておきました。
Commented by desire_san at 2017-01-13 18:31
saraiさん  私の長い鑑賞レポートを読んでいただきありがとうございます。
ベルリンの絵画館のクラナッハ・コレクションのURLをありがとうございます。
 クラナッハの作品は、例えばカラヴァジョやエル・グレコのような圧倒的な迫力があるわけでもなく、この美術展の目玉である『ユディット』にしても、確かに美しく描いていますが、左下にユディットの美しさを否定するような切断された生首がリアルに描かれていて、そのアンバランスさにより、「感動」してもう一度見たいという気持ちに水を懸けられた思いをアジアをされます。裸婦像にしても性欲を刺激するものがあり、素直に美しいと感じられない。主な美術展は私も鑑賞レポートを書くようにしています。批判的な記事を書くのは好みませんのですが、、クラナッハについては苦労しました。こんなに長くなってしまつたのは、クラナッハの魅力を差がほしてまとめるのに悪戦苦闘したためです。

海外の旅の美術を求めての旅が多く、主要な美術展はフォローしております。
これを機会によろしくお願いいたします。
Commented by 瑚兎利 at 2017-01-13 19:39 x
コメント、ありがとうございました。
画集などで見るのと美術館で見るのとでは印象が違いますか?
ウイーンの美術史美術館は遠い昔に行ったことがあるのですが、閉館間際だったので、クラナッハのところまでは行きつかなかったと思います。
ブログの画像を拝見すると、クラナッハの女性は表情がいいですね。
一見無表情なようでいて、何か含みがあるような・・・

英語で、Catherine Wheelという言葉を目にしたことが何度かあるのですが、なんだろう、と思っていました。
ググったら、ネズミ花火のことだそうですが・・・
でも、こちらの記事の、「聖カテリナの殉教」のところでわかりました。
ありがとうございます。
Commented by Conrad at 2017-01-13 23:22 x
こんばんは。国立西洋美術館にも出品されてない作品まで、代表作を多く網羅されていてとても勉強になりました。今回の展覧会でクラナッハの魅力に触れることができましたが、それはクラナッハのごく一部であることも分かりました。クラナッハをもっと観たくなります。
Commented by desire_san at 2017-01-14 09:32
瑚兎利さん、コメントありがとうございます。
渡派もウイーンの美術史美術館に行きましたが、観たかった絵がたくさんあり、クラナッハの傑作を見ずに終わってしまいました。
クラナッハは女性の表情も見事にとらえていますが、群像でもそれぞれの表情がうまく、楽しめますね。
「聖カテリナの殉教」は非常に斬新な印象を持ちました。
Commented by desire_san at 2017-01-14 09:37
Conradさん、コメントありがとうございます。
クラナッハの絵は多様性があり、ドイツの美術館には、また違った印象の作品があるそうです。
国立西洋美術館は、観客動員をあまり気にせず、クラナッハのように、日本ではあまりなジネのない画家の作品展もやってくれるので、ありがたいです。
Commented by たにつち(登山道の管理日記) at 2017-01-16 00:03 x
こちら初めまして。先日は、拙ブログにコメントありがとうございました。
クラナハの生涯と全章にまたがるたいへんな力作の記事ですね。
『ヘロデの饗宴』 1531年は、私が行ったときはなかったです。期間展示だったのでしょうか。「生首シリーズ」で見られなくて残念でした。
肖像画家の側面も強いなか、やっぱり影響を残した一番特徴的には裸婦なんですかね。
私は、薄気味悪いとは感じませんでしたが、理想の美でないリアルを書こうとしたのかなとも思いました。それとも違った理想の追求だったのか・・想像でしかありませんけど・・。
駄文をつらつらすいませんでした~。
あ、山や高山植物の写真もやられるんですね、当方と少し趣味が重なるかもです。
どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします。
Commented by desire_san at 2017-01-16 18:33
たにつち(登山道の管理日記)さん、私のぶろぐを読んでいただきありがとうございます。
この時代の画家となると門外不出の傑作も多く、クラナハ絵画の全貌を揃えるのは無理な話なので、どうしても企画者の意図が繁栄されてしまうのは仕方がないのでしょうね。
展示されていた裸婦の作品が同じ傾向の作品ばかりだったのは、ドイツの美術館が消して外国には出さない作品がなかったからだと思います。ドイツの美術館にはほとんど行ったことがないので画集で見ただけですが、デューラーの裸婦に近い作品もかなり書いているようです。今回のクラナハを観るが画切り、リアリズムの傾向はありますが、自分の理想の美を描く傾向も感じました。
Commented at 2017-01-17 11:19
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by desire_san at 2017-01-17 16:40
草野俊哉さん、私のブログを読んでいただいてありがとうございます。 私は。芸術家に対して畏敬の念を持っていますので、非建設的な、批判・否定を目的手としたブログはかきません。 私も、芸術至上主義がではなく、美術品に商品としての価値を追求することも、芸術家と生きていき、自分の芸術を多くの人に知ってもらうために必要という考え方も理解致します。クラナッハもそのような柔軟な考え方の持ち主だったのだと思います。それは決して悪いこととは思っていません。

それから非公開表示は、投稿者の方が設定するもので、私からはできません。内容を拝見する限り、論争になるような内容と思います。草野さんのコメントを非建設的に批判したり、中傷するようなコメントは、私の方から削除しますので、ご心配なく。
これを機会に、よろしくお願いいたします。
Commented by rollingwest at 2017-01-18 23:08
今年もアカデミックが続きますね~!
Commented by 金田治 at 2017-01-19 19:53 x
大変面白く拝読いたしました。クラーナハの幻想性は日常をはじめから求めていないところから始まるように思います。黒バックを選んだのは宗教画のような精神性というか、ほかのものに気を散らさないで一点を見つめるように仕向けたいからでしょう。北方文化圏では女性というものの位置が第一義的に性対象としてあったといえるのでしょう。それに対してイタリアの女性像は地中海の伝統的な母神信仰に根差していましたから、多産、肥沃、豊穣などをイメージしていて、母親的な人格として描かれたのだと思います。裸婦ですと、イタリアでは婚礼の道具類に描かれる習慣もあり、女性に見せる目的も多分にありました。北方ではそのような裸婦の位置づけは少なく、母性よりも異性として、よりエロティックに幻想的に追求されたのでしょう。それはクラーナハ個人の趣味というよりも集団意識であったのだろうと思います。
Commented by chocolat_cosmos at 2017-01-19 20:03
お訪ねするのが大変遅くなり失礼いたしました。
いつもこちらで記事を拝読すると、もう一度同じ美術展へ出かけたくなります。今回の展示作品以外にも彼の代表作が網羅され、非常に読み応えのある内容で、大変勉強になりました。ありがとうございました。
「ヴィーナス」と共に、この展覧会で心に残ったもう1枚がルターの肖像画でした。クラーナハの描いた作品には同時代を生きた2人の親密な精神が宿っているのですね。そして、デューラーと比較された部分もやはり大変興味深かったです。
Commented by desire_san at 2017-01-19 21:52
金田治さん、興味深いご見解ありがとうございます。
女性に対する、イタリアと北方文化圏で違いがあるという見方は、なるほどと思いました。
チィティアーノやローマ・バロックとルーベンスの違いは、そこにあるのかもしれませんね。
クラーナハは、顧客のニーズに答えるサン品を書く画家なので、クラーナハ個人の趣味というよりも当時の顧客の集団意識を反映しているという見方は出来ると思いますね。
Commented by desire_san at 2017-01-19 21:57
chocolat_cosmosさん、私のブログを丁寧にお読みいただきありがとうございます。
少しでもお役に立てれば、大変うれしいです。
芸術至上主義のデューラーと、現実主義者のクラーナハは、レンブラントとルーベンス以上に大大局的な存在で、その二人が同時代に活躍したのは、大変面白いと思いました。

心に残った自然とアート   


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