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世界最大のブリューゲルのコレクション / ブリューゲルの魅力

ウィーン美術史美術館  

KunsthistorischesMuseum Wien


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 王宮広場ブルグ門からリンクを挟んで左にウィーン美術史美術館と右に自然史博物館が左右対称に建っており。中央のマリア・テレジア広場にはマリア・テレジア像が立っています。この建物は19世紀後半に建てられた装飾的建物で、最初から博物館として計画的にデザインされたものです。巨匠ハーゼナウアーによる、建物内部の色遣いのバランスと、素晴らしい装飾を楽しめます。





The most famous ofKunsthistorisches Museum Wien is Brueghel's collection. Kunsthistorisches Museum Wien holds 12of the 40 points of Bruegel, boasting the world's best. Kunsthistorisches Museum Wien has a room of Brueghel wheremasterpieces such as "Youth of children", "Hunter in thesnow" are gathered in one room. Emperor Rudolph IIis the largest collector in the history of Hapsburg and most of the collectionsof Bruegel which are said to be treasure of art historical museum, specifically"Winter Hunter", "Child's Play", "Tower ofBabel", " Farmers' marriage "were collected by Rudolph II.




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 ウィーン美術史美術館の見どころひとつが、豪華絢爛な階段ホールで、大理石の彫像や金の装飾、色彩豊かなフレスコ画で装飾された空間です。天中を飾る巨大な絵画は、『ルネサンス賛歌』は140m²の大作で凄い迫力です。この作品はオーストリア・ハンガリー帝国時代の画家、ムンカーツィが描いたもので、フレスコではなく、キャンバスに描かれています。この天井画には、ティツィアーノ、ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロ、ヴェロネーゼといったルネッサンス絵画の巨匠達が登場しています。




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 ウィーン美術史美術館内には豪華カフェゲルストナーのカフェがあります、これほど豪華な内装のカフェは珍しい、世界で一番美しいカフェともいわれています。値段は意外に安く、ここで何種類かのソフトクリームを乗せたパフェは食べ買いがありました。




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世界最大のブリューゲルのコレクション

 美術史美術館で最も有名なのはブリューゲルの作品で、ブリューゲルの40点のうち12点がウィーン美術史美術館に収蔵され、世界一を誇っています。ブリューゲルの部屋があり、『子供の遊戯』『雪中の狩人』などの傑作が1室に集められています。皇帝ルドルフ二世は、スペイン・ハプスブルク家のフェリペ二世のマドリードの宮廷で成長したこともあり、スペインでの素晴らしい絵画コレクションの影響も受けたハプスブルク史上最大の蒐集家で、美術史美術館の至宝と言われるブリューゲルのコレクションのほとんど、具体的には『冬の狩人』、『子供の遊び』、『バベルの塔』、『農民の結婚』などがルドルフ二世によって集められました。


 ピーテル・ブリューゲルは16世紀のフランドルの画家でネーデルランド絵画で最大の巨匠です。1563年結婚してブリュッセルに移り住み、作品40点のうち30点はブリュッセル製作されたと言われています。


 「謝肉祭と四旬節の喧嘩」と「子供の遊戯」はベルリン美術館にある「ネーデルランドの諺」とともに初期の3大作品といわれています。




「子供の遊戯」  1560年)



種類
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 ブリューゲルは画面の空白を恐れるかのように、画面ぎっしりと、200人もの子供が、902種類にも余る遊びの様子を描いています。数多くの子供達が様々な遊戯で遊ぶ様子が描かれています。小さい人物ですが一人一人動きがあって見ていて飽きません。子供は遊びの中で人との繋がりを知り、やれること、やってはいけないことを学びます。ブリューゲルは「子供の遊戯」で遊びが子供の成長においていかに大事なものであるかを描いたのです。思いっきり遊び友達を作って、楽しんで世の中のルールを知り、成長していく姿を描いていると見ることもできます。


 しかし、一度疑念を持ってみると、無邪気な子供に見えていたものが、どれも子供か大人か分からぬ仮面めいた顔つきの、ただ小さな人物たちがそれぞれの営みに夢中になっていて、200人もの子供がいるのに、それらが互いに無関係な、孤立した、鬼神に取りつかれたような衝動に取りつかれて動かされている孤独な存在の集団のようです。これはブリューゲルが、現実の人間たちの生存の姿の投影と見ることもできます。






『謝肉祭と四旬節の喧嘩』  (1525年)



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 子細に細部を見ると人々は誰もしたたかな総菜感を持ってそこにいながら、表情はあまりに単純化されて、仮面に変貌していくような不気味な気配を持っています。もはや人間の顔か仮面か区別のつかない、知性、自我、個性、など人間的なものが希薄で、風習の中に不気味に濃厚な生命力を持っているような―存在に見えてきます。彼らが生存するグループの風習に従って、利己と愚考に満ちた姿だけが描かれているように感ずるのです。





『聖パウロの回心』 1567年作




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 マスカスへ向か聖パウロの軍隊を描いています。兵士は鎧と武器を持ち、聖人は当時よく見られた青い上着と長い靴下を身に纏っています。ブリューゲルは、あえて描いた当時の当時の服装で描いており、聖書の示唆を当時の社会重ねて描いたのではないかと考えられます。





『ゴルゴタの丘への行進』  1564年)




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 死刑を宣告されたキリストは、恐怖と苦悩に満ち、右下では、聖母マリア達がうなだれています。右上にはゴルゴダの丘が描かれています。ゴルゴダの丘は、アラム語にて頭蓋骨の意味をもち、丘の上には、2本の十字架が立てられ、窃盗犯が磔にされようとしています。キリストを磔にした十字架を立てる為に、穴が掘られています。群衆は公開処刑を見物しようと集まってきています。群集は公開処刑を騒ぎ立て祝祭やカーニバルのような雰囲気です。


 この作品の主役は「十字架を担うキリスト」なのでしょうか。むしろこの作品の特色は、主人公であるはずの十字架を担うキリストが絵画の中に埋没しており、むしろ聖母マリアの嘆いている姿と群衆一人一人の個性的な動きの方が存在感があるように感じます。絵画の本当の主役は庶民たちの群衆なのではないでしょうか。






『ベツレヘムの嬰児虐殺』   1567年頃)




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 ヘロデ王による嬰児虐殺はマタイの福音書に出てくる話だ。新しい王がベツレヘムに生まれたと、東方の三博士から聞いたヘロデ王が、自分の王位が奪われるのを恐れて、ベツレヘムにいる2歳未満の男児をすべて殺せと命じたエピソードを描いた作品です。槍や刀で突き刺される子ども、殺されて裸のまま母親の膝に横たわる子ども、自分の子どもの命乞いをする父親、罪もない幼い子供たちを見境なく殺す野蛮な兵士たち、すさまじい情景を迫力を以て描かいています。後方描かれているスペイン軍の特徴の槍を突き立てた兵士たちの一団と中心には白いひげの男が馬に跨っていますが、これはスペインのアルバ公を暗示しているといわれています。聖書のエピソードを借りて、スペインによるフランドル支配の残虐性を訴えたものと考えられます。


 『嬰児虐殺』『ベツレヘムの』『ゴルゴタの丘への行進』『ベツレヘムの人口調査』『狂女フリート』『死の勝利』 ブリューゲルは、歴史的現実を描きました。ブリューゲルの絵の多くで、地平は業火に焼け、絞首刑台は遠い丘にシルエットで描かれています。死刑は日常の事実であり、死んだ子供を抱えて号泣する母親、鬼の首でもあるかのように首切られ嬰児たちは、ブリューゲルは時代の現実だったのです。このような衝撃的な出来後でさえも、天地運航の些細な出来事のように、ブリューゲルは冷徹な目で描いています。





『バベルの塔』  1563




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 繁栄する人間はおごり、天に届く塔を作ろうとした旧約聖書に出てくる有名な場面です。バベルの塔の物語は人間のおごり、愚行に対する神の審判、怒りをテーマとし、「バベルの塔」と云えばこの作品を思い浮かべるほど有名な作品です。


 一見すると、実にすばらしい都市空間俯瞰図です。目を塔にやらなければ、中世都市の主や青のレンガ色の屋根の家々、丹念に描かれた街の家々、緑の木々、水路、水橋、井戸、この平穏な海岸都市の真ん中に、奇怪な山塊を演出させ、天に至らしめんとする建造物が造られています。塔はまだ岩塊が残っているところもあります。雲にかかる巨大な建物はどの部分にも膨大な労働者がありのようにびっしりととりついて仕事をしています。土木の各工程、運搬器具などの道具、大工、レンガ工などの労働形態が、緻密に正確に描かれています。


 技術と労働力を馳駆して、平穏な人々の営みが息づく街に、グロテスクで不気味な天まで届く建造物を造ろうとする意志は何なのでしょう。科学技術文明の飛躍的な進歩と生活者の視点がない数字だけの経済発展に対する普遍的信仰が根底にあるのかも知れません。未開な自然は野蛮であり、新開発で見せかけだけきれいになった都市、数十回で地球を破壊しうる破壊的な核兵器や1回の事故で広大な地域の生活を破壊しうる原発施設を保有しているのが先進国であるという、根本的に狂った価値観が地球の運目を支配している。この絵はそのような風潮に対する痛烈な風刺画に見えてくるのです。





ブリューゲルは1566年に1年かかかって、2ヶ月毎の農民の生活を描いた6枚の連作月暦画を描いています。

ブリューゲルは1566年に1年かかかって、2ヶ月毎の農民の生活を描いた6枚の連作月暦画を描いています。

早春(暗い日)

夏 (干し草の収穫)・・・プラハ城

秋 (穀物の収穫)・・・メトロポリタン美術館

晩秋(牛群の帰り)

冬 (雪中の狩人)

の5枚が現存しているそうです。

ウィーン美術史美術館には「暗い日」「牛群の帰り」「雪中の狩人」の3枚があります







『雪中の狩人』   (1565



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  厳しい冬の営み  想い鉛色の雲に被われた地上は一面に雪で埋もれている池も河も重い空を映して、かすかな緑青色をおびた鉛色に氷結し、そこに着ぶれした子供達が遊び、人々が背中を丸めて道を急ぎます。全てが遠く小さく、彼らの遠く小さく、彼らの叫びも歓声も聞こえず、世界は寒気の中に静まりかえっています。その世界に今人の三人の猟師が乏しい獲物を背に、疲れきった犬を連れてか帰っていきます。猟師は今深い雪の中で空しい労働を終え、ようやく村を望める丘まで登りつきました。まだ三人が歩かなければならない距離を感ずる。直立する木々が彼らを囲み、まるで世界から孤立しているように自分達だけで歩む姿を強調している。冬支度で忙しい人々は彼らに目もくれず、宿の人々は自分の営みで手一杯で何かを焼く焚き火の火は寒さの厳しさを伝えるように一直線に炎を上げています。狩人は後ろ向きで顔さえ見えなませんが、白と緑と濃褐色の自然の中で、一人一人はずっしりとした存在感を持っています。そこに描かれているのはどこにでもいるに人間なのです。


 これが人間の生だとこの絵は伝えています。人間は決して自然を超える優者ではなく、人間の運命はす、この静まり返った厳しい冬の中のように、自然の動きに深く従い、そこに組み込まれているのです。そこには人間の肥大化もエネルギーもなく、緻密に眺められ描かれた中に位置づけられます。遠景に点在する細部は、緻密なミニチュア絵画のように、それぞれ自分自身の世界を形成しています。



 1568年作の「農民の婚宴」と「農民の踊り」は、伝統的な農民の結婚式の様子を描いたもので、この2作品は対で描かれたものと考えられています。





『農民の結婚式』  (1568年)




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 金持ちで世間知らずのお坊ちゃんがこの絵を見たら、紙で作った王冠の天蓋の下で、丸々として醜く愚かそうな顔の花嫁を粗野でまのぬけた客たちが取り囲んでいる、客たちは粗末な小屋で、粗末な食器でがつがつ食べている、貧しい者たち哀れな祝杯としか見えないかもしれません。貧しい家庭に育った娘の結婚式はこっけいで、少し心あるお坊ちゃんなら痛ましいと感ずるかもしれません。多分そんな彼らには、永久にブリューゲルの世界を理解できないでしょう。


 ブリューゲルは、自然とともに働き、婚礼でははめをはずして楽しむ、真に人間らしい暮らしを、一人ひとり個性的な相貌をもつ人間として描いたのです。納屋のなかの婚宴で、緑の幕の前に座る花嫁は人間的魅力を感じさせ、座り込んでお皿をなめる子どもなどの細部描写がじつにほほえましく感じませんか。ブリューゲルも近郊の農村の縁日や結婚式を何度も訪ねたと伝えられています。座り込んでお皿をなめる子どもなど、細部描写がじつに楽しいそうです。






『農民の踊り』 1568頃)




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 ブリューゲルは、野卑、好色、野放的な愚かさといった農民たちが身に着けている本能的悪徳を鋭くとらえて、比類のない力強さで人物たちを描いています。ブリューゲルは、社会は、貧民、乞食、かたわ者、淫売婦、色々な意味での悪人なども含めた多様な人間存在が織りなす生活空間であり、群衆はその醜や狂気、不条理や悪徳社会階層、身分、所属階級、職業などによって特徴づけられていて、それをむき出しにして生きているのが人間だと考えて、人間を描くということは視野にそれを描くことだと考えていたようです。



 人類が生み出した科学技術文明や経済発展に対する何の疑問もなく信仰する人々、自らの愚かしさに眼もくれず科学技術文明が与えた玩具に遊び興ずる人々、地峡の生き物という視点を失い、小さなセクト主義、民族主義、愛国心の虚構に踊らされ世界中に続く戦乱、現代社会も、ブリューゲルは時代と似たような残酷さや理不尽がうごめいています。ブリューゲルが生きた16世紀は、多分現在より深刻で絶没的だったのかも知れません。



 16世紀のネーデルラントはスペインの支配下にありました、ブリューゲルは当時の民衆の苦しみを暗喩しているという見方もあります。しかしこの聖書の主題はブリューゲル以前、他の国々の画家たちも描いていました。この作品には、「主人公の埋没」「嘆きの聖母マリアの突出した存在」「群衆一人一人の個性的な動き」などの特色があります。ブリューゲルの作品を否定的にしか見られない人たちには、作品に語らせるブリューゲルの力にもっと注目して作品を見てほしいと思います。



 ブリューゲルは、無表情に働く農民の姿を愚かな行いも含めて、農民の生活をリアリズムに表現しました。余計な演出や表情がないだけ、当時の人々の生活をリアルに伝えています。農民たちや子供たちの群衆画は、意図的な構図があるわけではなく、ブリューゲルの時代の農民や子供をただリアルに描き集めただけです。みんな無表情で、黙々とその時代を生きています。その時代にみんなこのように生きているんだ!ということが強烈に伝わって来る恐るべきリアリズムの迫力です。見る人はブリューゲルのリアリズムがゆえに、その時代にタイムスリップしてしまったような感覚になることさえあります。



 ブリューゲルは16世紀の不条理や悪徳的階層制度や無教育よって特徴づけられている、無知、粗野、愚かしさをむき出しにして生きている貧しい農民たちを力強く描いています。ブリューゲルは、絶望の中に希望があるかのように、自然に包まれた充実した世界を信じていました。ブリューゲルが描いた木々の煌き、鳥の歌や子供たちのはしゃいた踊りの画面には、肯定的な空気が流れています。これが宇宙の営みであり、自然の中の人間であり、自然と共存した民衆の営みの中にこそ人間本来の姿なのではないかと考えていたのではないか思います。


参考文献:森洋子 編著 「ブリューゲル全作品」1988

森洋子 著 「ブリューゲル探訪」 2008





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by desire_san | 2017-07-28 22:43 | ウィーン美術の旅 | Trackback | Comments(6)
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Commented by KIroro_Cross at 2017-07-23 19:48 x
こんばんは。ウィーン美術史美術館のブリューゲルの紹介ありがとうございます。
全開ご紹介いただいた『ブリューゲルイカロスの墜落』を見て考えてみました。イカロスの足は 壊れた十字架を表しているように感じました、十字架は カトリックとプロテスタントの両方で使われていますから、もしそうなら否定をしているということでしょうか。科学研究者は、宇宙の真理を探究していますので、宇宙の真理を解明しそれに則って生きるようになったらそれが「悟り」なのでしょう。悟った人間は宗教を信じないでしょう。宗教は、神が創ったものでは無く人間が作った一つの枠組みに過ぎないことを分かっているからです。宗教を信じることは神を信じることと別です。中世のキリスト教は人々を洗脳し管理し束縛し搾取するための組織であり宇宙の真理とは 遠くかけ離だと分かってきたからです。ブリューゲルの絵のほとんどは「俯瞰」として描かれています。「俯瞰」とは神の視点で、神の目から見たら 幸せに生きるには「世俗に囚われた心を捨てなさい」「宗教に縛られた生き方を捨てなさい」「宇宙の真理にのみ則って生きなさい」ということがブリューゲルの絵で表されているように思えるのです。

Commented at 2017-07-24 20:32
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2017-07-24 20:39
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by desire_san at 2017-07-25 10:56
KIroro_Crossさん、コメントありがとうございます。
ブリューゲル「イカロスの墜落」は字架を表していて、カトリックとプロテスタントの両方でを否定をしているという見方は、タイへ訓主色いと思いました。確かに、ブリューゲルはキリスト教を信仰していたと考えられる絵は殆どありませんし、自然とともに生きることが本来の人間の生きる道と考えていたと感が売られますので、KIroro_Crossさんの護憲画も、理解できます。
Commented by desire_san at 2017-07-25 10:59
peace-511さん、美術史美術館のカフェは再恋にすてきでした。
一人旅ならではのくつろぎの時間ですね。
美術史美術館にはラファエロは1点しかありませんでしたが、「草原の聖母」は、ひときわ輝きを放っていました。
Commented by desire_san at 2017-07-25 11:02
peace-511さん、メメントありがとうございます。
私はデジブックはしておりません。  お役に立てずすみません。

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