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『ニーベルングの指環』第3日 ワーグナー究極の楽劇 オペラと楽劇の違い

ワーグナー『神々の黄昏』

Richard Wagner' “Twilight of the Gods


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新国立劇場では、飯守泰次郎芸術監督の下、201510月から、ワーグナーの『ニーベルングの指環(リング)』をドイツで活躍したゲッツ・フリードリヒ演出フィンランド国立歌劇場の舞台をベースに飯守泰次郎が自ら指揮して上演してきました。その第4弾となる楽劇「『神々の黄昏』の公演は、2015年から3シーズンにわたり新制作上演してきた『ニーベルングの指環』の完結であります。 日本のワーグナー指揮の第一人者・飯守泰次郎さんの新国立劇場芸術監督としての最後のワーグナーの舞台という意気込みが感じられ、白熱のワーグナーの楽劇の醍醐味を体感できました。





Thisfamous work concludes Richard WAGNER's opera tetralogy, "Der Ring desNibelungen". It makes clear the whole story of this massive music drama,portraying the downfall of the gods, whose ambition to rule the world has metits ruin. This performance brings the "Ring" tetralogy to itsconclusion, concluding the new "Ring" cycle at the New NationalTheatre Tokyo, produced over the past three seasons. The director,Götz FRIEDRICH, puts his characteristic insight to work, throwing into sharprelief the inner life of the characters that appear, and effortlessly drawingspectators into the drama of the "Ring". The conductor is IIMORITaijiro, who has been Artistic Director of Opera for the three "Ring"operas to date, and the Yomiuri Nippon Symphony Orchestra makes its firstappearance in the orchestra pit of the New National Theatre, Tokyo. When youclick the "Translate to English" in the lowerright, you can read thisarticle in English.




前作『ジークフリート』では、炎の中で眠る美女ヴリュンフィルデを英雄ジークフリートが目覚めさせるところで最高潮に達し幕を閉じました。しかし、恐れを知らぬ無敵の英雄であるはずだったジークフリートが、いとも簡単に騙され、指環を狙う悪人・ハーゲンに殺されてしまいます。最後は神性を取り戻したジークフリートの妻、ヴリュンフィルデが、世界を焼き尽くし燃え上がる炎の中に飛び込み、指環をラインの乙女の手に戻し、巨大な四部作を結末が導きます。(詳細なあらすじは最後に整理しましたのでご参照ください。)



『神々の黄昏』の音楽

音楽的視点で見ると『神々の黄昏』、はすばらしい音楽に溢れています。序幕で幕が開くと、3人のルノンがこれまでの物語を振り返り、オーケストラが語られる場面を回想します。長いメロディから断片的な旋律に至るまで自由に加工、変形、結合によって紡ぎだされ、オーケストラは絵画的と思えるほど豊かな描写力で観客をワークナーの世界に導かれていきます。



2場では、『神々の黄昏』で唯一の愛の歌、ブリュンヒルデとジークフリートの愛の二重唱、オーケストラによる「ジークフリート、ラインへの旅」の間奏曲も美しく、美しいなものを肯定的に表現するワーグナーの音楽が見事です。


a0113718_21404583.jpg1幕で、第2場のジークフリートがグンダーの兄弟の契りかわす、テノールとバリトンの二重唱、第2幕のハーゲンとアルベリヒの「不気味な悪魔的対話」、復讐の鬼と化したブリュンヒルデとグンター、2人を利用して指環を奪おうとするハーゲンの身の毛もよだつような三重唱など異色の音楽が心に響きました。否定的な内容を極限まで描き尽くすし、邪悪なもの、醜いものをも芸術的に表現するワーグナーの美意識に力を感じました。


その中で別の意味で圧巻だったのは、『ニーベルングの指環』の『ラインの黄金』冒頭から12時間以上が経過して、初めて登場する合唱が場面でした。第2幕第3場、ハーゲンの呼びかけに呼応して集まったギービヒ家の家臣たちによる迫力満点の合唱は 多彩な技巧にあぶれていました。複雑で目まぐるしく拍子が変化いく合唱に、オーケストラが重層的に様々な事柄や登場人物の感情を表現し、歌手、合唱、オーケストラが多層的に絡み合いながら一体となっていく合唱音楽の白眉と言える圧倒的な迫力でした。 ストーリーが暗転していく第1幕の真ん中に、この合唱を入れた絶妙な音楽的センスは、ワーグナーならではと思いました。


a0113718_21420190.jpg2幕、第2場で、ハーゲンがジークフリートを殺害し、驚いたグンターとハーゲンの激しい応酬でハーゲンが存在感を見せつけます。瀕死のジークフリートがブリュンヒルデを美しい歌で回想する「ブリュンヒルデ、聖なる花嫁」を歌います。第3場への間奏となる「ジークフリートの葬送行進曲」荘厳な雰囲気包み込みました。


3場では、ブリュンヒルデが登場すると、その後はブリュンヒルデの独り舞台で「ブリュンヒルデの自己犠牲」と呼ばれる壮大な音楽に、舞台も炎に包まれていく長大なフィナーレでした。


 音楽面では、ワーグナー円熟期の充実した作曲技法をすべてと言っていいほど盛り込まれています。今までの作品と比べ、オーケストラに大きな役割が与えられています。



 『神々の黄昏』は、序曲や前奏曲による従来のワーグナーの作品にもまして、重要な場面で声や言葉を入れず、ライトモティーフを縦横に組み合わせて、「ジークフリートラインへの旅」、第3幕の「ジークフリートの葬送」に代表されるように、オーケストラの演奏だけで様々な事象を表現していまました。


a0113718_21431311.jpg 全体を異なる複数の旋律を同時に演奏する対位法が駆使され、ライトモティーフを重層的に折り重ねることによって壮大な音楽の響きや多彩で変幻自在な音楽の響きが舞台を引っ張っていくのを感じました。最後の「ブリュンヒルデの自己犠牲」に続く4管編成の大管弦楽が織りなす壮大な幕切れは、ワーグナーがエンディングで言葉を使わずに総てを音楽に託したのだと感じました。


 今までワーグナーが自分の作品を従来のオペラと区別して「楽劇」と名付けて差別化している理由がよく理解できていませんでしたが、今回の『神々の黄昏』の舞台を鑑賞して、これが「楽劇」なのだと体感しました。『神々の黄昏』は究極の「楽劇」であり、ワーグナーが凄い音楽家であることを改めて感じました。




脚本と登場人物

 ワーグナーが、台本の執筆開始から26年もの歳月を費やして完成された「リング」ですが、『ラインの黄金』からの前3作の台本は、「神々の黄昏」を"補完"するために書かれたものだったようです。『神々の黄昏』こそが「リング」全体の根幹をなす作品と考えていたようです。 



 ジークフリートは、ブリュンヒルデと別れると、グンダー、ハーゲンとの出会という運命により、舞台は、邪悪な陰謀、欲望、策略、欺瞞、反目、裏切り…そして復讐、殺人、破壊、といった否定的な内容で埋めつくされます。ジークフリートは、騙されて魔酒を飲み、謀略に陥れられたジークフリートはブリュンヒルデを裏a0113718_21453521.jpg切ります。ブリュンヒルデは盲目の怒りに猛り狂って彼の弱点をハーゲンに教えてしまい、英雄ジークフリートはハーゲンに殺されてしまいます。混乱が曲に達した時、ブリュンヒルデは全てを知り、誰かが終止符を打たなければ世界は救われない決断します。薪を積み上げさせて火を放ち、ジークフリートの亡骸を火葬し、自ら愛馬とともに炎の中に飛び込みます。炎は天高く燃え上がり、天上の神々の世界まで燃えつくしてしまいます。地上はラインの川が総てを飲み込み、指環はラインの乙女たちの手に戻ります。


ドラマの進行が早くそれだけ見ると話では面白いですが、前作の『ワリキューレ』『ジークフリート』から見ると、ジークリンデ、ジークムントやブリュンヒルデの努力は何も生み出さず、解説書でよく書かれているような、愛による新しい世界を予感などどこにあるのでしょうか。音楽は確かに比類なくすばらしいですが、『ニーベルングの指環』の最終章のドラマとしては、野球でいえば場外ホームラン級の大ファウルにしか見えないのです。この脚本は、ワーグナーが『ニーベルングの指環』という比類なく壮大な音楽を最大限に生かすために作られた脚本ではないかと思えば、納得のいく話ですが。



もう一つ気になるのがドラマにおける主役の不在です。


 無敵の英雄であるはずだったジークフリートは、確かに無双の強い肉体だが、精神的な発達が追い付いておらず、ブリュンヒルデの教えから何も学ばず、脳裏に唯一残されたブリュンヒルデとの愛の記録も抹消され、策略の世界に引き込まれ。彼を取り巻く新しい社会の中で、支配や所有の欲望にとらわれてしまいます。「恐れを知らぬ自由な英雄」は自らの使命である自由なユートピアの実現も自覚しないまま、ハーゲンの槍に殺されてしまいます。


a0113718_21480087.jpg ブリュンヒルデは、3幕後半に神性が復活し、天界までも焼き尽くし、自らの自己犠牲となり、指環はラインの乙女たちに返し、救済に導くところは正に独り舞台で完全にヒロインを演じていました。しかし、第2幕のブリュンヒルデは、ハーゲンの罠にはまって終始不機嫌で醜く、盲目の怒りに猛り狂って、ジークフリート弱点を明かして、ジークフリート死に至らしめてしまいます。オペラ歌手は俳優でないので複雑な演技は出来ませんから、第2幕のブリュンヒルデの醜さは、脚本か演出によるものでしょう。舞台あいさつでは、最後のヒロイン・ブリュンヒルデを主役扱いするのは当然だと思いますが、第3幕後半で大活躍したブリュンヒルデを『神々の黄昏』物語の全体の主役するのは無理があると思います。



『神々の黄昏』には、憎悪と暴力で世界を支配しようと企てたニーベルング族のアルベリヒが人間の女性に産ませた息子でグンターの異父弟である、ハーゲンという最も恐るべき人物が登場します。武人の風格を備え、第2幕で婚礼準備を取り仕切る姿は堂々たる迫力で、グンダーの家臣の信頼を一身に集めています。ハーゲンはアルベリヒと違って憎々しいほど落ち着き払い、圧倒的な説得力と余裕とユーモアさえ感じさせます。 ジークフリートを倒すシナリオを書き、推進したのはハーa0113718_21495896.jpgゲンでした。 ジークフリートとハーゲンの戦いはハーゲンの完全な勝ちでした。頭の良さも含めて悪の魅力に満ちています。アルベリヒの呪いに自らも捕らえられ最後は命を落としますが、悪のヒーローであることは疑いのないところです。ただ、ワーグナーは、彼を主役にするのを嫌ってか、ハーゲンに魅力的なアリアは一切与えていません。



ワークナーは脚本であえて主役の不在にすることで、本当の主役は音楽そのものであることを強調したかったのかもしれません。



今回の舞台の感想

ジークフリート役はバイロイト音楽祭でこの役を何度も歌っている世界的なワーグナー歌手・ステファン・グールドが演じました。今回の新国立劇場の『ニーベルングの指環』では、『ラインの黄金』でローゲ、『ワルキューレ』でジークムント、『ジークフリート』と『神々の黄昏』ではジークフリートを歌いましたが、どの役でも詩的な美しさを持って歌い分けました。今回の『神々の黄昏』のジークフリートは、どちらかと言え軽薄でカッコ悪い役でしたが、ブリュンヒルデとの愛の二重唱、ラインの乙女たちとの美しい歌のハーモニー、ハーゲンらに過去を回想して「ミーメに養育され、ノートゥングを自ら鍛え直し、竜に変身した巨人を倒し、ブリュンヒルデの眠る岩山に向かう思い出し一同に聞かせる歌も魅力的で、ジークフリートに人間的魅力を感じさせたのは左図がだと思いました。軽やかな歌での声の柔らかな軽快さが強く印象に残りました。


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ブリュンヒルデ役には、バイロイト音楽祭の常連で、今年のバイロイトの「トリスタンとイゾルデ」でステファン・グールドと共演して大好評を博したペトラ・ラングが起用されました。ジークフリートとの恋の歌の語らいでの女性らしい魅力のあふれる美しい歌声、ジークフリートの裏切りに怒りに猛り狂った時の野獣的で怖いような歌の表現、3幕後半の神性が復活したブリュンヒルデでは、凛としてひとりで舞台の全員を取り仕切る優しさを秘めた強さを表現したなどの、歌の表現を場面に合わせて表現力すばらしさは、声の質や声量を超えて、ヒロインとして存在感はすばらしいものでした。


裏の主役とも位置付けられるハーゲン役には、バイロイトやベルリン・ドイツ・オペラなどでハーゲン役も歌いアルベルト・ペーゼンドルファーが演じましたが歌唱も含めた存在感の強さはすばらしく魅力的でした。ただ、ステファン・グールドやペトラ・ラングと比べて声量でやや負けていたのは、このふたりが相手にして攻めるのは酷だと思います。


大1幕、第3場で姉のブリュンヒルデに指環を手放すように説得しに来たヴァルトラウテ役には、名メゾ・ソプラノのワーグナー歌手として名高い、ヴァルトラウト・マイヤーが演じ、ブリュンヒルデと対等の歌のやり取りは迫力がありました。



グンターの妹グートルーネ役の安藤 赴美子さんは、歌に透明感がありグートルーネをピュアで純粋なキャラクターに演じていたのは、物語に厚みを持たせる意味でよかったと思います。


想定外に印象に残ったのは、アルベリヒ役の島村 武男さんで、ハーゲンに語り掛けるアルベリヒの苦悩を表現するため、高音をピアニシモで歌うという難しい場面を効果的に演じ、ハーゲンに人間味を感じさせる役割を見事に果たしていました。


先に触れましたが、第2幕第3場、ハーゲンの呼びかけに呼応して集まったギービヒ家の家臣たちによる迫力満点の合唱も素晴らしく、今回出番は少なかったですが、新国立劇場合唱団のレベルの高さを改めて感じました。これだけの存在感があったのに、最後の舞台あいさつで新国立劇場合唱団の方々を舞台に立たせなかったのは、不可解でした。


a0113718_21564335.jpg飯守泰次郎指揮の読売日本交響楽団の演奏は、日本のワーグナー指揮の第1人者、飯守泰次郎さんの演奏を知る人には、語るべくもなくこれぞワーグナーという演奏という重厚かつ繊細で、ドラマティックな変化も豊かな、ダイナミック演奏に酔わされました。飯守泰次郎さんが新国立劇場の軽術監督として、最後のワーグナー演目ということになり余韻が残りましたが、飯守泰次郎さんが魂のこもったワーグナーを、また聞く機会を楽しみにしております。


 最後にご参考までに、この舞台のあらすじを使われた音楽とともに記載しましたので、ご参照ください。



あらすじ

『ニーベルングの指環』第1日 『ワルキューレ』

『ニーベルングの指環』第2日 『ジークフリート』

に続く『ニーベルングの指環』第3日 に当たります。

    ( 文字をクリックすると。鑑賞レポートにリンクします。


【序幕】

 前奏では、ブリュンヒルデの「目覚めの動機」が木管楽器とホルンによって奏され、続いて弦楽器による「波の動機」と「智の神エルダの動機」が絡み合い、神々の終末を予感させる重苦しい雰囲気を感じさせます。


[第1場

 幕が開くと、智の神エルダの娘である3人の運命の女神ノルンたちが、彼方の岩山を眺めて夜明けを待っています。第1のノルン・長女(アルト)は「過去」語ります。かつて世界樹は緑を大きく広げ、森が育ち、森は泉を生み出し世界を潤していた。若き日のヴォータンは、泉で永久の知恵を願い、片方の目を捧げることと引き換えに、神々の長となって、トネリコの枝を折って、世界を支配する契約の文字が刻まれた力の象徴である槍の柄に仕立てた。 第2のノルン・二女(メゾ・ソプラノ)が続きます。世界を支配したヴォータンの槍も、勇者ジークフリートによって打ち砕かれてしまいまった。ヴォータンは枯れたトネリコの木を根こそ薪にして、ヴァルハル城の周囲を取り囲むように高く積み上げられている。 第3のノルン・三女(ソプラノ)は未来を憂います。薪が燃える時、神々の終末が訪れてしまうだろうと、永遠の知恵の終焉を悟り、地の底に降りていく。「まどろみの動機」「天のトネリコの動機」「ヴァルハルの動機」「運命の動機」「呪いの動機」などが次々と聴こえてきます。この3人の運命の女神ノルンの場面から、世界は絶望的であることが感じられます。



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[2]

 ブリュンヒルデが眠っていた岩山の頂。「ブリュンヒルデの動機」が繰り替えされた後、ホルンが「ジークフリート英雄の動機」を演奏され、オーケストラの演奏が最高潮に達した時、ブリュンヒルデとジークフリートが登場し、愛の語らいの二重唱が歌われます。ジークフリートは愛の証として世界を支配する魔力を持つライ
ンの黄金で作られた指環をブリュンヒルデに渡しますが、指環の力と呪いがかけらa0113718_22023256.jpgれていることを知りません。ブリュンヒルデは愛馬グラーネをジークフリートに贈ります。「ジークフリート愛の動機」「ワルキューレの動機」などが演奏され。音楽が最高潮に達したところでジークフリートは、武勲と修行のための旅に出発します。「ジークフリート英雄の動機」が鳴り響き、「ブリュンヒルデの動機」が折り重なります。


 ここからオーケストラによる「ジークフリート、ラインへの旅」の音楽が演奏され、舞台裏から「ジークフリート角笛の動機」が聞こえてきます。音楽の前半は「恋の絆の動機」に導かれるように旅をするジークフリートの姿が描かれ、後半はライン川の雄大な流れに乗ってギービヒ家に近づいていく彼の姿が描かれています。ギービヒ家に近づくにつれて、ジークフリートの先行きを暗示するように、音楽にかげりが見え始め、黒雲を感じさせつつ、第1幕に入っていきます。




【第1幕】

[第1場 ]

 弦楽器による「ハーゲンの動機」とともに幕が開き、ギービヒ家の館の大広間の舞台となります。「ギービヒ家の動機」を背景に、ライン川のほとりで勢力を誇るギービヒ家の長グンターとその妹グートルーネ、そして異父兄弟であるハーゲンが話をしています。ハーゲンは、ニーベルング族のアルベリヒが宝物でギービヒの妃を誘惑し、二人の間に生まれた子供です。アルベリヒの野望を引き継いで指環の奪還の機会を狙っているハーゲンは、グンターに森の彼方の岩山に眠っているブリュンヒルデという最高の女性が花嫁をもらうべきだと進言します。ハーゲンは、さらにグートルーネには、ジークフリートこそが夫にふさわしいと勧めます。 弦楽器が「ジークフリートの動機」、ホルンの「ジークフリート角笛の動機」が演奏されます。 結婚を実現させるための秘策として、ハーゲンはジークフリートに忘れ薬を飲ませてブリュンヒルデのことを忘れさせようと企みます。グンターとグートルーネがその陰謀に乗ることを同意したところに、ジークフリートの角笛が聞こえてきます。船でライン川を遡って近づいてくるジークフリートをハーゲンは館に招き入れます。オーケストラは「波の動機」を演奏しジークフリートが次第に接近してくる様子を描きます。




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[ 第2場 ]

 ジークフリートが到着すると、ハーゲンは挨拶の言葉をかけます。「呪いの動機」を管弦楽が鳴り響き、この出会いがジークフリートの運命を暗転させることなることが音楽で示します。「ジークフリートの動機」とともに上陸したジークフリートは、グンターに対決か友好かのどちらかを選べと迫ります。グンターは「世界一の勇者にわが土地も民も財産も全てを捧げる」と友好の気持ちを示します。



 そうした対話の後「グートルーネの動機」とともに、グートルーネが来て、忘れ薬が入った飲み物をジークフリートに飲ませます。それを口にした途端、ジークフリートはブリュンヒルデのことを忘れ、目の前のグートルーネに一目ぼれし、求婚したいとグンターに伝えます。グンターはブリュンヒルデを妻としたいので、彼女と結婚する条件として、炎に囲まれた岩山を越えてブリュンヒルデを連れてくれることを要求します。ジークフリートはそれを承諾し、グンターとワインにそれぞれの血を入れて、誓いの酒を酌み交わし兄弟分の契りを結びます。 オーケストラは「呪いの動機」「契約の動機」を演奏します。契約の意味と行く末を知っているハーゲンはこの契りには参加しません。ハーゲンの執念を感じさせる暗く重いモノローグは、全ては指環を手にするための策略でと吐露します。



[第3場 ]

a0113718_22084056.jpg 岩山でブリュンヒルデがひとり指環を大切に持ってジークフリートを待っています。「ワルキューレの動機」が変化した音楽とともに、ブリュンヒルデの妹ヴァルトラウテがやって来ます。彼女は神々の終末の危機を脱するために、姉が指環を手放すように説得しに来ました。「不機嫌の動機」なども交えて、父ヴォータンとヴァルハルの窮地を切々と訴えるヴァルトラウテ。「ヴァルハルの動機」「トネリコの動機」「運命の動機」などが次々と演奏され、ヴァルトラウテの話を音楽で辿っていきます。しかし、ブリュンヒルデはジークフリートの愛の証である指環を手放すつもりはない拒否し、説得に失敗したヴァルトラウテは、ヴァルハルへと帰って行きます。


 角笛が鳴り、ジークフリートが戻ってきたと喜ぶブリュンヒルデ。何者かが炎を越えてやってくることが描くため「魔の炎の音楽」が演奏されます。しかし、ブリュンヒルデの前に現れたのは、隠れ頭巾でグンターの姿に変身したジークフリートでした。ブリュンヒルデは見知らぬ男の出現に悲鳴を上げ、男の求愛に「私は指環で守られている」と言って抵抗します。男は無理やり指環を取り上げ自分の指にはめてしまいます。グンターに義理立てし、ジークフリートはブリュンヒルデとの間にノートゥングの剣を突き立て境界とし、「誓いの動機」とともに、彼女に手を出さないことを宣言します。呆然自失のブリュンヒルデを残して幕が閉じます。




【第2幕】

陰鬱な雰囲気の前奏曲は、ニーベルング族のアルベリヒにより指環にかけられた呪いの重苦しさと、ジークフリートとブリュンヒルデに待ち受ける暗い運命の暗示しているようです。


[第1場 ]

 幕が開くとハーゲンが柱にもたれかかり、まどろみながら見張りを続けています。そこに父アルベリヒが現れます。弦楽器が重苦しいリズムを刻む中で、2人の"対話"が始まります。ハーゲンの夢の中の出来事とも現実とも取れる演出ですが、拍節の強拍と弱拍のパターンを変えて独特の効果を出す手法で人物の迷いや心理的な動揺、精神的な揺らぎを表わすワーグナーがよく使う音楽が流れていますので、多分アルベリヒの登場は、ハーゲンの精神の中での出来事なのでしょうか。アルベリヒは「恨みとねたみこそが、我々に共通するエネルギーである」と言い、ハーゲンに世界を征服するために指環の奪還を誓わせようとします。「呪いの動機」や「指環の動機」と「殺人の動機」が現れては消えていきます。ハーゲンは「心配無用だ」と答えます。



[ 第2場 ]

 夜明けとともにジークフリートが「ジークフリート角笛の動機」とともに帰ってきます。ブリュンヒルデの拉致を誇らしげにハーゲンに話すジークフリート。嫉妬心を燃やすグートルーネに対して変な言い訳をして安心させます。



[ 第3場 ]

 ハーゲンが「ホイホー!」と大声で連呼し、ギービヒ家の軍勢や家臣を呼び集めます。ホルンによる野牛の角笛の響きが呼応し、オーケストラはホルンを主体とした「ギービヒの角笛の動機」を力強く奏でる。舞台上に大勢のギービヒ家の家臣が集まり、活力に満ちた動的な合唱が登場すしますハーゲンは婚礼のための招集であることを告げ、家臣たちは陽気に歌い出します。歌の中で、フリッカをはじめ「ラインの黄金」で登場した神々の名前が挙げられ、ハーゲンはおどけた調子を歌を披露し、合唱は「結婚の祝福の動機」の旋律を高々と歌い上げます。



[ 第4場 ]

a0113718_22120695.jpg グンターとブリュンヒルデが館に到着し、家臣たちが出迎えます。「ワルキューレの動機」に「不機嫌の動機」が絡む音楽の中で、グンターは2組の結婚式を挙げることを宣言します。憔悴したブリュンヒルデはジークフリートの姿を見つけて愕然とします。ジークフリートは薬によってブリュンヒルデを忘れているので、彼女の姿をうつろな眼差しで眺めています。ブリュンヒルデは、グンターに奪われたはずの指環がジークフリートの指にあることを見つけ、さらに驚きます。オーケストラは「呪いの動機」、「怨念の動機」、「ラインの黄金の動機」を演奏します。



 「これは欺瞞だ!」と激しく詰め寄るブリュンヒルデ。彼女とジークフリートの言い合いに割って入り、火に油を注ぐように仕向けるハーゲン。拍節の強拍と弱拍のパターンを変えて躍動させる音楽が使われ、ブリュンヒルデと群集の動揺を表わします。ハーゲンは「いいか、この女の言い分をよく聞くのだ!」と巧みに群集を先導していきます。家臣たちの前で面目を失うグンター。突然の異様な事態に驚く家臣たちも絡んで、劇的緊張が高まっていきます。



 ジークフリートはハーゲンが突き出した誓いの槍に手を当て、自らの潔白を宣誓します。オーケストラは、第1幕でジークフリートとグンターが兄弟の契りを交わした際に使われた「贖罪の動機」を演奏する。そこに激怒により恐ろしい血相をしたブリュンヒルデが割って入り、ジークフリートと同じ旋律に乗って激しい口調で、その言い分を真っ向から否定していきます。皆騒然とする中、ジークフリートは「この女は正気ではない。女と争うなら進んで身を引く」と弁明をしながら、婚礼準備のために一同を引き連れてその場を去り、ハーゲンとグンター、ブリュンヒルデの3人が残ります。



[ 第5場 ]

 呆然と立ち尽くすブリュンヒルデにハーゲンが近づきます。ハーゲンは自分の槍にかけて誓ったブリュンヒルデの言葉は真実であり、ジークフリートへの復讐を手伝うと申し出ます。ブリュンヒルデは、ハーゲンには無敵の英雄であるジークフリートを倒すことは不可能だと言い、ジークフリートは彼女の秘術を受けて不死身になったことを明かします。ハーゲンは言葉巧みにジークフリートの弱点を聞き出そうとします。オーケストラは「怨念の動機」を繰り返します。怒りで正常な判断力を失ったブリュンヒルデは、ジークフリートは敵に背中を見せるような臆病なまねは決してしないから背中には秘術を施していないこと告白してしまいます。愛情が転じての憎しみがブリュンヒルデをしてジークフリートの弱点を明かしてしまう、ハーゲンはグンターの名誉を守るためには「ジークフリートの死」しかないとグンターも鼓舞しますが、グンターは妹のことを思ってジークフリートの暗殺を躊躇する。


a0113718_13243364.jpg ハーゲンはジークフリートの持つ指環を手に入れれば、世界を支配できるとそそのかし、グンターもジークフリート殺害に同意してしまいます。2人はジークフリートを狩りに呼び出して、背中を槍で突くことにする。復讐を誓うブリュンヒルデとグンター、2人を利用して指環を奪おうとするハーゲンによる三重唱。音楽は「贖罪の動機」「苦痛の動機」などを繰り返します。「ギービヒの角笛の動機」とともに館からジークフリートとグートルーネの婚礼の行列が繰り出してくる中、金管楽器による「苦痛の動機」が鳴り響き幕が下ります。



[第3幕]

 第2幕の重苦しく緊迫した幕切れから一転した、第3幕は前奏曲は、のどかな雰囲気を醸しだし、穏やかな雰囲気を漂わせた幕開けとなります。この意表を突いた大胆な音が間の転換の巧みさは、ワーグナーならではといえます。


 ジークフリートとハーゲンらギービヒ家の一行による勇壮な狩の様子は、「ジークフリート角笛の動機」がホルンで力強く演奏されると、それに応えて「苦痛の動機」と「ギービヒの角笛の動機」と、オーケストラだけで表現されa0113718_22190427.jpgます。 次に『ラインの黄金』冒頭に回帰するかのように、ホルンが1本ずつ増えていきながら全8本になるまで「自然の生成の動機」が奏でられます。さらに「ラインの乙女の動機」などが現れ、狩で獲物を追い走り回るうちにジークフリートがライン河の側までやってきたことが音楽によって表現されます。



[ 第1場


[ 第2場 ]

 「ギービヒの角笛の動機」と「ジークフリート角笛の動機」が交錯し音楽が高揚したところで、森の中からギービヒ家の男たちの呼び声が響き、ジークフリートが「ホイヘー!」と応じます。グンター、ハーゲンらの一行がジークフリートと合流すします。ここで休憩を取り酒盛りを始める一行だが、グンターはブリュンヒルデの行動に意気消沈としてしまい元気がありません。ハーゲンが「あなたは鳥の歌う言葉を理解できると聞いたが本当か?」と仕掛けると、ジークフリートは「俺の若い頃の話を歌って聞かせよう」とグンターを励ますためにも、これまでの出来事を詳しく語り始めます。


 ジークフリートはミーメに養育され、ノートゥングを自ら鍛え直したことから始まるを歌に沿って、オーケストラは「小鳥の動機」「ニーベルングの動機」)、「剣(ノートゥング)の動機」、「森のささやきの動機」、「指環の動機」などのライトモティーフを回想するように演奏していきます。ハーゲンは記憶を呼び醒す薬を入れた酒を、さり気なくジークフリートに飲ませます。ここでは魔法を象徴する「隠れ頭巾」の動機が現れ、鳥の声に導かれて岩山へ向かった話をしていくうちに、ブリュンヒルデとの出会いを思い出し一同に明かしてしまいます。弦楽器が「ジークフリート愛の動機」を高らかに奏でます。グンターは驚きますが。ハーゲンは間髪を入れず、飛び去る2羽の大ガラスにジークフリートの注意を向けさせ、ジークフリートが後ろを振り向いたすきに、その背中を槍で突き刺します。金管楽器による「苦痛の動機」と「呪いの動機」が重なり合う。「ジークフリートの動機」に続いて「死の動機」が演奏され、ギービヒ家の家臣たちが「ハーゲン、何をするんだ!」と問い詰めます。ハーゲンは「偽りの誓いを罰したのだ」と言い放ちます。


 ホルンと木管による「目覚めの動機」とともに、『ジークフリート』第3幕第3場の音楽が再現され、彼の記憶と思いが鮮明に蘇ったことが表現します。ークフリートは、「ブリュンヒルデがあいさつをしている・・・」と瀕死の息の中で言葉を発します。「ヴェルズング苦難の動機」にティンパニによる「死の動機」が折り重なり、彼の命が尽きくたことかが表現されます。


 ティンパニに金管楽器も加わって「死の動機」がフォルティシモで強奏され、「ジークフリートの葬送行進曲」が始まります。「死の動機」に「ヴェルズング族の動機」が続き、「ジークムントの嘆きの動機」、「ジークリンデの動機」(を経て、「剣の動機」が輝かしくトランペットで演奏され、これを受けてホルンが「ジークフリートの動機」をさらに力強く演奏。「ジークフリート英雄の動機」に至るまで、さまざまなライトモティーフが次々に現われて音楽が重層的に構築されていきます。最後に「呪いの動機」が聴こえてくると「ジークフリート英雄の動機」が短調に転じて、音楽は静まっていきます。



[ 第3場 ]

 舞台は再びギービヒ家の館で、不吉な胸騒ぎを覚えるグートルーネ。そこへハーゲンに率いられてジークフリートの亡骸を担いだ一行が帰ってきます。グンターはショックを受けたグートルーネは詰め寄られると、グンターはハーゲンの犯行だと明かします。開き直ったハーゲンは、ジークフリート殺害はグンターの花嫁に手をつけた裏切りへの正当な処罰であり、指環は自分のもの と主張します。 これに対してグンターは、指環は妻であるグートルーネが相続すべきであり、ギービヒ家のものだと主張し、ニーベルングの息子であるハーゲンに指環を所有する資格はないと拒みます。トロンボーンの「呪いの動機」が鳴り響き、ハーゲンはグンターを殺害してしまいます。ハーゲンがジークフリートの亡骸から指環を外そうと近づきますが、「剣の動機」が聞こえ、指環を外すことができません。


 今までこつ然と姿を消していたブリュンヒルデが、威厳を取り戻して登場します。「神々の黄昏の動機」に続いて、ゆっくりと「智の神エルダの動機」が演奏されます。ブリュンヒルデが人間を超越し、神性を取り戻したことを音楽が示します。ブリュンヒルデはグートルーネに対して「私は彼の正当な妻です」と宣言します。


 ここから「ブリュンヒルデの自己犠牲」の音楽が始まります。ブリュンヒルデはギービヒ家の家臣たちに河畔に薪を積み上げるよう命じ、ジークフリートの亡骸を薪の上に運ばせます。指環を手に取ったブリュンヒルデは、ラインの乙女たちに返すと宣言します。「契約(槍)の動機」をトロンボーンが強奏し、ブリュンヒルデはカラスに「飛んで帰り、主人に伝えなさい。ここラインで聞いたことを」と命じます。続いて「ローゲ(火)の動機」が現れ、「そこで炎を上げているローゲをヴァルハルに向かわせなさい。今、神々の黄昏が始まろうとしている」と呼び掛けると同時に松明を投じ、薪を燃え上がらせます。ブリュンヒルデは「ワルキューレの動機」とともに愛馬グラーネにまたがって、その炎の中に飛び込みます。



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 ここからは、オーケストラが、すべての情景や出来事を音楽に語らせる。ギービヒ家の館が炎上し、ライン河は氾濫。その濁流に指環が流され、それを取りにラインの乙女たちが姿を現すと、ハーゲンは「指環から離れろ!」と叫びますが、流れに巻き込まれていきます。指環はようやく乙女たちの手元に戻った。ブリュンヒルデの自己犠牲によって呪いは解かれ、すべては救済されたのです。


 火と水による破壊を経て最後に救済を暗示する幕切れで、ジークリンデが歌いあげた“救済の動機”が再び現れ、「愛の救済の動機」のメロディが穏やかに消え入ってゆき、長大な『リング』の幕は閉じます。ひとつの世界が終焉に至るさまを鮮やかに描いていました。




参考文献

音楽之友社編 スタンダード・オペラ鑑賞ブック「ドイツ・オペラ」下、

日本ワーグナー協会監修三光長治/高辻知義/三宅幸夫 翻訳

 ワーグナー 舞台祝祭劇『ニーベルングの指環』第3日神々の黄昏」

                         白水社







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by desire_san | 2017-10-15 15:42 | オペラ | Trackback | Comments(18)
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Commented by rollingwest at 2017-10-14 21:34
その後、体調はいかがですか?週末から今週半ばまでは暑いくらいの陽気が続きましたが、今日からは一挙に気温が下がり晩秋のような気温でしたね。これたら寒い長雨天気になっていく予報ですが体調を崩さぬようお体を御自愛下さい。。
久し振りに山の記事を公開いたしました。
Commented by Dr.Markurquros at 2017-10-16 16:22 x
丁寧で分りやすい解説とご意見を一気に読ませていただきました。飯守泰次郎さんが芸術監督になって、新演出で再演された「ニーベルングの指環」は、一瞬の弛緩もなく、緻密に、情熱を込めて紡ぎ上げた飯守さんの演奏に大満足でした。ヘルシンキ歌劇場のためにフリードリヒの最晩年の演出は、斬新さはありませんでしたが、ワーグナーの音楽を邪魔しない舞台でよかったと思いました。
Commented by desire_san at 2017-10-16 16:24
rollingwestさん、いつもご丁寧にありがとうございます。
山の記事は早速拝見しにまいります。
Commented by desire_san at 2017-10-16 16:27
Dr.Markurqurosさん、コメントありがとうございます。
オペラ音楽を邪魔しない演出というのは大切ですね。
最近の現代演出は、オペラのストーリーを紺頼佐瀬、せっかくの音楽を邪魔するような演出が結構多いですね。
Commented by きぃこ at 2017-10-16 20:18 x
こんにちは、私のブログにご訪問いただきありがとうございました。

物凄くお詳しいんですねー!私なぞ、知識はほとんどなく感情優先でいつも鑑賞しているものですから、違ったタイプの方に出会うと新鮮な驚きです。ワーグナーはこういうタイプのファンの方が多いのかな、とも思いますが。

新国のリング、終わってしまって淋しいですね。今後も意欲的な作品を見せてほしいものです。
Commented by desire_san at 2017-10-18 06:10
きぃこさん、コメントありがとうございます。
私のブログを読んでいただいてありがとうございます。
私はワーグナーよりむしろイタリアオペラはフランスオペラが好きですが、ワークナーの特にこの作品はある程度勉強すればするほど理解が深まる作品と思い、少し勉強して整理しました。新国立劇場のオペラ部門の次期芸術監督ははフランスで活躍されている大野和士さんになるそうなので、今まで招宴しなかった、グノー、サン・サーンス、どびっじっドビッシーのオペラを情亜鉛してくれるのではないかとたのしみらにと楽しみににしています。
Commented by KIroro_Cross at 2017-10-18 09:57 x
丁寧で詳しいご感想を一気に読まして頂き大変共感しました。かつて、新国立劇場の「ラインの黄金」に対して音楽評論家・鈴木淳史さんが、「現代ではチープさだけが際立ち、この公演の意義を認めていなられない、なぜ国を代表するオペラハウスが、古色蒼然とした演出を他国からわざわざ借りて来くるに至ったか。その審美眼、その決定の不透明さが気に掛かる」とまで言飯守音楽監督を暗に非難していました。私は「ラインの黄金」の舞台観ていませんが、「ワリキューレ」から「神々の黄昏」まで鑑賞し、ゲッツ・フリードリヒの演出は、決して古びてはいないどころか、古典的な雰囲気の中にあって非常に良かったと思いました。飯守泰次郎の指揮でダイナミックな演奏で、好き嫌いが分れるところかもしれませんが、素晴らしい歌手たちちの歌唱も含めて、素晴らしい舞台だと思いました。
Commented by desire_san at 2017-10-18 11:00
KIroro_Crossさん、コメントありがとうございます。
音楽評論家・鈴木淳史氏の「ラインの黄金」音楽評論家・鈴木淳史氏に対する話は聞いたことがありますが、私は芸術の創作活動をしていない評論家の話はあまり気にしていませんので、忘れていました。芸術は鑑賞する人の感性によるもので、私は自分が良かったと思えば行った価値は十分あると思っています。他人がどういおうと、自分が感動したならばそれで十部なのでは良ければ其れでよいのではにないでしょうか。
Commented by Amerinoseoria at 2017-10-19 13:02 x
ワーグナーは、「楽劇」では、人間の意識下に流れる「原旋律」を内にはらんだ詩人の「言葉」が作曲家の「音」に受精することによって旋律が産み落とされると考えており、音楽→詩→音楽という循環論的生成プロセスを主張していました。しかし、楽劇の中でも『ニュルンベルクのマイスタージンガー』は、歌詞が音楽に劣らず、重要だと言われています。この作品の制作過程では、音楽とは切り離して台本の完成を先行したとみられます。ワーグナーは、この作品の「楽劇」制作の理論から逸脱していたといえるようです。
Commented by desire_san at 2017-10-19 18:42
Amerinoseoriaさん、コメントありがとうございます。
「詩人の「言葉」が作曲家の「音」に受精することによって旋律が産み落とされる」という表現にゆ大変共感しました。
『ニュルンベルクのマイスタージンガー』は、ワークナーの背化の作品と比べると、全く感じが違いますね。他の作品ではほとんど感じなかったドイツの民族主義か溢れております。これも楽劇なのでしょうか?
Commented by 失われたアウラアウラ at 2017-10-21 12:40 x
こんにちは。ご無沙汰しています。相変わらず、長文の力作ブログで読むのすら大変なほどでしたが、充実した内容で、私はワグネリアンでもないので、「主役の不在」などをはじめとして、いろいろと、なるほど、と思ったり、考えさせられる言説等も多く、大変興味深く感じました。今後も力作ブログを期待しております。
Commented by rollingwest at 2017-10-21 13:04
芸術の秋ですね。いつまで続くこの長雨、南からは台風の接近・・、毎年異常気象が強まっていることを感じます。今週末は登山をする計画だったのですが、長雨・台風で中止にしました。今年は山の錦秋を楽しめないのではないか・・と、ほぼ諦め状態です。(泣) 展覧会三昧の方が正解かも・・
Commented by desire_san at 2017-10-21 16:59
失われたアウラアウラさん コメントありがとうございます。
私はワグネリアンでもないのではないのですが、「リング」は非常に難しい音楽で、ある程度予習をしていかないと、「さっぱり分からなかった」となりかねないので、今回は気合を入れて、へ輪しく勉強していったので、聴きごたえがありました。
失われたアウラアウラさんの音楽ブログも楽しみにしております。
Commented by Joyce Meyer at 2017-10-21 21:46 x
森鷗外の小説にある気高い女性像は、鷗外が、ワーグナーの『神々の黄昏』におけるブリュンヒルデの自己犠牲の尊さに共感したからだそうです。山椒大夫が典型的ですが、舞姫やうたかたの記も気高い女性が主人公に、ブリュンヒルデを投影が見られます。アガサ・クリスティーの「死との約束」や江戸川乱歩に「戦後五人男」も、「ブリュンヒルデの自己犠牲」に影響されてかれたそうです。ワーグナーの影響の大きさは凄いですね。
Commented by Hara_Meary at 2017-10-22 10:38 x
ワーグナーが唱えた「楽劇」は、学生時代からつい10数年前くらいまでとかは文字の上での知識でしかありませんでした。そのうち、オケと人間の声が一体となって進んでいく劇なんだということを実感しました。
Commented by lesamantsd at 2017-10-22 10:43 x
ワーグナーは歌詞が音楽に劣らず、重要だと言われています。実際、ワーグナー自身が作曲が終わる前に、歌詞の朗読会を、指輪やマイスタージンガーで行っています。ワーグナーは、「楽劇」では、人間の意識下に流れる「原旋律」を内にはらんだ詩人の「言葉」が作曲家の「音」に受精することによって旋律が産み落とされると考えており、音楽→詩→音楽という循環論的生成プロセスを主張していました。しかし、「神々の黄昏」では、まさしくオケが推進していく劇、全体を大きく聴いていると、その世界に呑みこまれていくように実感じました。
Commented by snowdrop-momo at 2018-02-01 19:33
こんばんは。大変な寒さですが、つつがなくお過ごしですか。過去記事にお邪魔いたします。
ワーグナー、運慶、北斎、富士山…desireさんのブログは超大物がどっさり登場しますね!

ワーグナーの楽劇、オペラやクラシック音楽に大きな足跡を残しましたが、むしろ映画音楽が直接の後継者になった気がします。音楽史上、もっと高く評価されてもいいと思うのですが…

鴎外は「トリスタンとイゾルデ」の一節をよく口ずさんでいたと、鴎外の子供が回想しています。若き日にドイツに残した金髪の恋人を思い出していたようです。

「リング」では、ウォータンがいちばん好きです。desireさんはジークフリートでしょうか?
リングにはまっていた時期、ライトモチーフの使い方を調べたり、勉強すればするほど手応えの出てくる作曲家だと実感しました。まとまりのないコメントですみません。


Commented by desire_san at 2018-02-01 22:19
snowdrop-momoさん いつもためになるコメントをありがとうございます。

「リング」で私が一番好きなのは、ブリュンヒルデです。
この楽劇の好きな一面は、紙のウォータンも、英雄のジークフリートも誤りを犯すとところが、いかにも人間の現実社会らしく感じるところです。

ワーグナー唯一の喜劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」やベートーヴェンの「フィデリオ」は、「正しい者は、努力すれば最後は勝利する」という木村拓哉の人気ドラマのような嘘くささを感じて、好きではありません。グローバリズムと新自由主義経済の現代社会では、いくら正しくても弱い人間、貧しい人間が権力者に対して勝利した、なんて話は聞いたことがありません。
むしろ現実を達観したモーツアルトやイタリアオペラの方が好きですね。

心に残った自然とアート   


by desire_san
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