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自然と建築、芸術と文化、伝統とモダンの調和したj街・建築様式の博物館

ザルツブルグ

Salzburg

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 ザルツブルクは、世界で有数の美しい街です。「教会国家」としての長い歴史を持つ建造物から、バロック時代に由来する多くの建築物群、モーツァルトの生家など音楽にまつわる多くの遺産で知られています。いろいろな構造スタイルを持った歴史的中心街は、建築文化の宝庫です。狭い道を通っていくと、中世やロマネスク、ルネサンスもバロック時代の建築物や古典派的な市民の家々が立ち並んでいます。市内旧市街やその他の歴史的建築物は、ユネスコ世界遺産に「ザルツブルク市街の歴史地区」として登録されています。





Salzburgis an Austrian city on the border of Germany, with views of the Eastern Alps.The city is divided by the Salzach River, with medieval and baroque buildingsof the pedestrian Altstadt (Old City) on its left bank, facing the 19th-centuryNeustadt (New City) on its right. The Altstadt birthplace of famed composerMozart is preserved as a museum displaying his childhood instruments.





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 ザルツブルクは、ドイツとの国境に近く、オーストリア北西部ザルツブルク州の州都ザルツブルクは、標高424メートル、15万人の人口、南西側はドイツ領のベルヒテスガーデンに接し、西はミュンヘンらに近く、オーストリア支配下に入ったのは19世紀以降で、それまではドイツ諸邦のひとつという歴史的経緯から、ウィーンにも増してドイツ・バイエルン州との文化的関係が深いと言えます。


 ザルツブルクは、町の中心を南から北に流れる清流ザルツァッハ川の西側に位置し、ツェントルムと呼ばれる旧市街と、川の東側に位置する新市街とに分かれます。新市街には1606年に建てられたミラベル宮殿と庭園、州立劇場、聖アンドレ寺院、モーツァルテウム音楽院があります。




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 ミラベル宮殿は、1606年、大司教ヴォルフ・ディートリヒが愛人ザロメ・アルトのために建てたとされるのがミラベル宮殿です。ヨハン・カスパール・ツッカリの設計によりますが、1818年に火災があり、そのあと修復され、現在はザルツブルク市長公邸として用いられています。 2階には壮麗な「大理石の間」があり、モーツァルト親子もここで演奏をおこなっている。2階にのぼる階段は「天使の階段」と呼ばれ、1723年にラファエル・ドナーによって造られたものです。 このミラベル宮殿のマーブルホールでは、今なおコンサートが開催されています。ミラベル宮殿には、1690年にフィッシャー・フォン・エルラッハによって設計された美しいミラベル庭園が付設されています。庭園には、ギリシャ神話の神々の彫刻がならび、「ペガサスの噴水」のまわりは、映画『サウンド・オブ・ミュージック』でジュリー・アンドリュース演じるマリア先生が子どもたちと一緒に「ドレミの歌」を歌い、踊ったところであります。


 エルラッハは、参事会聖堂、ヨハンネスシュピタール聖堂、ウルズリーネン聖堂があります。マカルト小橋とシュターツ橋いずれかの橋で旧市街へ渡ると、モーツァルトの生家のあるゲトライデ通りにでまa0113718_09321984.jpgす。旧市街にはザルツブルクを支配していた大司教の住居レジデンツがあります。 ジデンツの東には2つの塔を持つ大聖堂があり、レジデンツ広場、モーツァルト広場と続きます。大聖堂の南側には、大きなサンクト・ペーター寺院、その西隣には音楽祭に使われる祝祭大劇場、モーツァルトのための旧祝祭小劇場、岩壁に面した乗馬学校跡のコンサートホールがあります。


 町のほとんどどこからでも見える南の高台にはヨーロッパ中世のものとしては完璧に保存されているホーエンザルツブルク城があります。 城へは1892年に開通したケーブルカーで登ることができます。この城からの眺望は市街地側の眺望と共に、ブルクホーフ(城の中庭)と言われる南側の眺望も美しくウンタースベルク山が綺麗に見渡せる。ケーブルカーの下の駅から東に行くと高台に紀元700年頃に創設されノンベルク尼僧院があります。



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 紀元前より岩塩の交易によって栄えてきたこの町は、「ザルツ(塩の)ブルク(城)」と呼称されていました。中世において塩は、「白い黄金」と呼ばれるほど貴重なものであました。9世紀には司教座が置かれて宗教都市として栄え、ザルツァッハ川左岸の旧市街には、教会や歴史的建造物が数多く建てられ、「北のローマ」あるいは「北のフィレンツェ」と呼ばれていました。



 塩の交易で栄えてきたザルツブルクであすが、都市としての歴史は、696年、ライン・フランケン地方の司教であった聖ルーペルトが亡命し、バイエルンのテオド大公が、西はキームゼーから南はザルツァッハ川上流の土地を寄進し、司教区管轄地とすることを認めて、ルーペルトがメンヒスベルク山麓に聖ペーター僧院教会を創設したことに始まります。 8世紀には最初の大聖堂が大修道院司祭聖ヴィルギリウスによって創設され、9世紀には司教座が置かれて「司教都市」となり、12世紀中ごろまでには小規模ながら市民都市としての姿ができあがりました。




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 1481、神聖ローマ帝国直属の都市となって以来、大司教が世俗の領主を兼ねて宗教と政治をともに支配する絶大な権力者となり、都市のバロック化がはじまりました。



 旧市街と呼ばれるザルツァッハ川左岸地域には、大聖堂、ホーエンザルツブルク城、聖ペーター僧院教会、レジデンツなどの歴史的建造物があり、市壁や中世都市の構造をよく残した数々の小路が残っています。モーツァルトの生家やミヒャエル・ハイドンの墓など音楽家にまつわる旧跡もたくさんあります。




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 レジデンツ広場ツェントルムと呼ばれる旧市街の中心に位置し、中央には「アトラス神の噴水」があり、三方を大聖堂(南)、レジデンツ(西)、グロッケンシュピール(東)に囲まれた一画となっています。広場西側にはその名称の由来となったレジデンツ(宮殿)が建っています。 現在の宮殿は1619年に完成したもので、歴代の大司教が居住して政治をおこなった場所で、すべての部屋の天井にはアレクサンドロス大王の絵が描かれています。




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 このの広場の中央にある立派なレジデンツブルネン (レジデンツの噴水) は、ザルツブルグ最大の噴水で、映画『サウンド オブ ミュージック』の背景に使われました。イタリア人芸術家のトンマーゾ・ディ・ガローネが手掛けた、精巧に作られた馬、イルカ、ギリシャ神話のアトラス神の像があります。 


 レジデンツ広場の両端には、ザルツブルグの歴史的建造物が建っています。西側に建つのは、13 世紀に建設された豪奢な宮殿、レジデンツです。宮殿内には 180 もの部屋があり、中でもモーツァルトが演奏したことのある「リッターザール」(騎士の間)は。現在もザルツブルグ宮殿コンサートの会場として使用されています。ヨーロッパの上質な美術品を集めたレジデンツ ギャラリーもあります。


 広場の東側、モーツァルト広場の隣に建つのは、新レジデンツです。博物館が複数集まっており、パノラマ博物館には、ヨハン・ミヒャエル・サットラーが制作した円形のパノラマ絵画で、1829 年のザルツブルグの街が描かれています。観賞用のプラットフォームに立って眺めれば、そのすばらしさは息をのむほどです。広場の東側には35個の鐘をつけた新宮殿(州庁舎)の鐘楼があり、7時、11時、18時の13回、モーツァルトの曲を演奏します。




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 グロッケンシュピールの北側はモーツァルト広場とよばれ、中央にモーツァルト像があり、カフェやレストランが並んでいます。 その北のモーツァルト小橋によってザルツァッハ川右岸の新市街と結ばれています。レジデンツ広場の南側、大聖堂のさらに南には大聖堂広場があり、聖ペーター僧院教会とのあいだの狭い坂道の裾にホーエンザルツブルク城へのケーブルカー搭乗口があります。


 ザルツブルグ大聖堂は、ヨーロッパ有数の美しさを誇る教会で、8 世紀に建造されたザルツブルグで最も重要な歴史的建造物の 1 つです。最初のドーム (Dom) 774年に前期ロマネスク建築により、2度目のドームは、後期ロマネスク様式に改築され5つあるバシリカ様式の建築でドイツ皇帝聖堂との混合形式でした。今日のザルツブルク大聖堂は、イタリア出身のサンティーノ・ソラーリオによって設計された大聖堂は、ドームの乗る大理石の双塔をもち、ペディメントをはさんで構成されたファサードを特徴としています。多数の彫刻によって装飾され、内装は光の効果をふんだんに利用しており、イタリアのバロック様式を取り入れた美しい建築です。 1万人もの人員が収容可能であり、大規模なミサがとりおこなわれ、ヨーロッパ最大のパイプ・オルガンを所蔵しています。1961年に設けられた聖堂の鐘もドイツ語圏では最大のものです。



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下記の文字をクリックすると写真ギラリーを見ることができます。

ザルツブルク大聖堂の美しい内装装飾の写真



 聖ペーター僧院教会の西側には、クレメンス・ホルツマイスターの設計により1960年に完成したザルa0113718_10385104.jpgツブルク祝祭大劇場があり、ステージの規模は世界最大級を誇ります。大劇場のこけら落としは、ザルツブルク出身のヘルベルト・フォン・カラヤン指揮の「ばらの騎士」が上演成されました。 現在は『魔笛』の上演などにおいて独特の舞台を提供しています。映画『サウンド・オブ・ミュージック』のコンテストの会場になったことでも有名です。




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 聖ペーター僧院教会は、ドイツ語圏のなかでは最も古いとされる男子修道院です。当初はロマネスク様式を主として建てられ、三廊式バシリカの形式をもち、回廊西翼や玄関にはロマネスク様式の、マリア礼拝堂には初期ゴシック様式の古い建築様式を今に伝えています。18世紀後半には後期バロック様式で改築され、内装はきわめて壮麗かつ優美さも加わり、ロココ様式の片鱗もみられるようです。


 聖ペーター教会墓地は、ロマン主義の時代には、ロマン主義者たちが強烈に魅力を感じた場所となり、ロマネスク-ゴシック期の岩窟礼拝堂、グロッタや初期キリスト教徒の地下納骨堂(カタコンベ)も見学することができます。


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 ホーエンザルツブルク城は、1077年、神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世とローマ教皇グレゴリウス7世の間に起こった叙任権闘争のさなか、教皇派の大司教ゲプハルトが皇帝派の南ドイツ諸侯に対抗すべく建築した防衛施設で、旧市の南端、メンヒスブルク山の山頂に立地します。「赤ひげ王」として知られる神聖ローマ皇帝フリードリヒ1"によってザルツブルクの町が焼き払われたことがあったが、この城はそのときも無事でした。



 ホーエンザルツブルク城は、町のほとんどどこからでも見ることができ、1.3キロメートルにわたって続く高さ約50メートルの高地をなしている。一番高い場所(ホーアー・シュトゥック)の標高は508メートルであります。城のなかには、等身大の12使徒像がならんだ1498年建造の「聖ゲオルク礼拝堂」、ザルツブルクの町の人びとに時を告げる、1502年製作の機械オルガン「ザルツブルクの雄牛」があり、いずれもレオンハルト・フォン・コイチャッハ大司教(在位1495-1519年)の大拡張によるものである。その後も歴代の大司教により増改築がくり返され、17世紀後半にはほぼ現在の姿に近づいたと考えられます。



 ザルツブルク旧市街にはゲトライデ通り、ユーデンガッセ、ゴルト通り、ブロート通り、河畔通り、新市街にはリンツ通り、シュタイン通りなど数々の路があり、これら不規則に絡み合った細い小路こそが中世の都市構造の雰囲気を感じさせてくれます。その街並みにはアーケードをめぐらせた中庭がともなっています。それぞれの小路では、中世様式、ロマネスク様式、ルネサンス様式、バロック様式など各様式a0113718_10325321.jpgで建てられた建築物や、ハプスブルク君主国の時代における擬古典的で優雅な民家を見ることができます。旧市街(ツェントラル)中心部のゲトライデ通りには商店、同業者組合、業者などの装飾的な鉄細工の看板がたくさん並んでおり、ユーデン通りとならび、ザルツブルク旧市街で最も繁華な小路となっています。 ユーデン通りは、その名のとおり、かつてユダヤ人の居住したゲットーのあった小路です。ゲトライデ通りは、ザルツブルグの有名なショッピング街。細い中世の家が建ち並び、モーツァルトの生家および博物館があることでも知られています。



参考文献:オーストリア観光局資料



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by desire_san | 2017-04-10 14:00 | オーストリア | Trackback(1) | Comments(4)
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Tracked from dezire_photo.. at 2017-04-10 21:02
タイトル : ザルツブルグを愛し、愛されたモーツァルトの運命を変えた決断
ザルツブルグとモーツァルトWolfgang Amadeus Mozart in Salzburg写真;モーツァルトが1766年12月に交響曲作曲家として地元デビューを果たしたザルツブルク大聖堂 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは世界中の音楽ファンに愛されている偉大な作曲家です。ザルツブルクは、モーツァルトが1756年に誕生してから25歳まで住んでいた事で、音楽を愛する世界の人々にとっていわば巡礼地になっています。モーツァルトは350の作品をザルツブルクで作曲し、音楽家としてのキャリアを重ね、...... more
Commented by 山脇由美 at 2017-04-10 21:31 x
dezireさん、こんばんは。
私はザルツブルグに音楽の勉強のため3年住んでいました。アルプスの山々をバックにした美しいザルツブルク旧市街は、いつも素晴らしいですが、雪山を背景にしたザルツブルグの美しさは最高ですね。ショップが立ち並ぶ旧市街のゲトライデガッセ通りに華を添えるのは、ユニークで繊細な鉄細工の看板の数々です。始めてこられた方はなかなか気が付かないと思いますが、かわいらしくエレガントな看板の一つひとつがまさに芸術作品のようです。。中世の世界に飛び込んだ気分になれる、歩くだけで楽しいです。
Commented by desire_san at 2017-04-10 21:33
山脇さん、ご無沙汰しております。
ザルツブルグにに山脇さんが留学されていたことは初めて知りました。こんな美しい街に住んでいらしたとはすばらしい体験でしたね。冬のザルツブルグの美しさは、格別でしょうね。機会がありましたら、お会いしてお話を聞かせてください。
Commented at 2017-04-11 12:01
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by desire_san at 2017-04-11 13:28
peace-51さん、コメントありがとうございます。
ザルツブルは、中世様式、ロマネスク様式、ルネサンス様式、バロック様式など各様式で建てられた建築が見事に調和し、見所の多いところですが、丸1日も時間が取れなかったため、精一杯見たころをレポートしました。おそらく見所の半分も見ていないような気がします。
映画「沈黙-サイレンス」は、日本人スタッフで作った作品でしたら、小指の映画賞を独占しただろうと思うほど、久しぶりに骨のある日本映画(本当はハリウッド映画)を見た気がします。黒澤明さんたちが活躍した時代なら、日本人でこのレベルの映画は作れたのではないかと思いました。

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