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ボナール、モーリス・ドニ、ポール・セリュジエ、ヴュイヤールの魅力

ナビ派   その全貌と歴史的な意義

Les Nabis

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 ボナール、ヴュイヤール、ドニ、セリュジエ、ヴァロットンらを中心とするナビ派の画家たちは、ゴーガンから影響を受け、自らを「ナビ(預言者)」と呼んで、近代都市生活の諸相を平坦フラットな色の面で表す装飾性と目に見えないものを描く内面性に新たな芸術表現を模索し、日常と神秘をあわせ持つ一見控えめで洗練された画面のうちに、20世紀美術の静かな革新性を秘めています。





TheMusée d'Orsay in Paris teams up with the Mitsubishi Ichigokan Museum for whatis likely to be one of this spring's most crowded art shows in town. Zooming inon late 19th-century post-Impressionist collective Les Nabis, which includedthe likes of Pierre Bonnard, Édouard Vuillard and Maurice Denis, the exhibitionexplores how these 'prophets' of modern art both inspired the rise of newavant-garde methodologies and functioned as the last representatives of theImpressionist legacy in an era that would soon see the rise of far moreexperimental approaches. When youclick the "Translate to English" in the lower right, you can readthis article in English.




ゴーギャンの「総合主義」と「ナビ派」の誕生

 ゴーギャンは、浮世絵やステンドグラスの美に触発されて、二次元的遠近法、表現豊かなデフォルメ、明確な遠近法により、モチーフの単純化と平坦な色面による表現を試みていました。エミール・ベルナールは色面と明確な臨機各線で縁取るクロワゾニスムを追求し、ゴーギャンとともに、「総合主義」を生み出しました。彼らが目指した「総合主義」とは、客観的現実と想像力の投影によりひとつの画面に構成することで、強く太い輪郭線によって対象の形態を捉え、単純化された形態・色彩と主観や思想との綜合を目指ことでした。「総合主義」とは、画面上の造形要素における秩序を重んじながら、精神的価値を盛り込もうとすることであり、外なる世界(感覚)と内なる世界(想像力)の綜合を追求することでした。ゴーギャンの『説教の後の幻影)』では、強い輪郭線と平坦な色彩というクロワゾニスムの手法が用いられているだけでなく、構図の点でも、女性たちのいる現実の世界と、その女性たちが見ている天使とヤコブの闘いの幻影とが一つの画面にまとめられており、綜合主義を代表する傑作と言えます。



a0113718_06160282.jpg ゴーギャンがタヒチに出発する前の作品です。黄色いキリストは受難と庇護、グロテスクな顔をした自画像は、画家の受難と野生性を示しています。主観と客観の総合を目指した「総合主義」と野生的思いの狭間にいるゴーギャンのマニフェスト的な作品と言えます。



文字をクリックすると、皴しい説明をみることができます。

ゴーギャンの「総合主義」




 ナビ派」とは19世紀末パリ、ゴーガンの美学から影響を受け、自らを新たな美の「ナビ(ヘブライ語で"預言者"の意味)」と称した前衛的な若き芸術家グループです。

 若いポール・セリュジエが、ブルターニュを訪れた時、ゴーギャンは森の中で、「あの樹はいったい何色に見えるかね。多少赤みがかって見える?それなら画面には真赤な色を置きたまえ。その影は青みがかっているね。それなら最も美しい青を画面に置きたまえ……。」と助言したといわれています。ゴーギャンの大胆な色彩に衝撃を受けたセリュジエはパリに戻り、アカデミー・ジュリアンの仲間であるピエール・ボナール、エドゥアール・ヴュイヤール、モーリス・ドニ、ポール・ランソンにゴーギャンの美の感性を伝えました。ナビ派の芸術観は、画面それ自体の秩序を追求するものでした。モーリス・ドニは、「絵画作品とは、本質的にある一定の秩序のもとに集められた色彩によって覆われた平坦な表面である。」、ボナールは「絵画とは小さな嘘をいくつも重ねて大きな真実を作ることである。」と芸術の装飾性を主張しており、ゴーギャンの「総合主義」から影響を見ることができます。



ピエール・ボナール Pierre Bonnard

1867-1947| フランス | 後期印象派・ナビ派・親密派

 

 ポスト印象派とモダンアートの中間点に位置する画家で、幻想性と非現実性を調和させた柔らかな色彩を効果的に用いた独自の表現様式を確立し、明瞭な光と華やかさ満ちた絵画を制作しました。人物画、特に裸婦作品が多いですが、風景画や肖像画、風俗的画題の作品、ロートレックの影響を受けて商用ポスターや挿絵などのでも優れた作品を残しています。



ナビ派として画家活動を開始してから、独自的で日常性の高い画題を数多く手がけていることから『親密派』(アンティミスム:装飾性と平面性を融合させた表現様式で、物語性の希薄な日常の室内生活空間を画題とする作品を手がけた画派)の代表的な画家となりました。 ボナールの作風は平面的、装飾的な構成で、ポール・セザンヌや印象派、フォーヴィスムなど様々な絵画様式から影響を受け、日本趣味(ジャポニスム)の影響が色濃く反映しています。人物やテーブルなどが画面の端で断ち切られた構図は浮世絵版画の影響と考えられます。



ボナールの画面は地味ですが暖色を主調にした華やかな色彩に変化していったのは。1909年、南仏を初めて訪問し、この地に強く惹かれ、パレットの中の色彩の鮮やかさがより一層増してゆき、印象派とも日本の版画とも一線を画すボナール独自の華麗な色彩表現を確立していきます。生涯にわたって「白」を研究し「黄色」も特別な意味を持っています。



1925年、南仏のル・カンネで別荘を購入し、マルトと結婚。南仏を拠点としニューヨーク、シカゴ、ロンドン、アムステルダムなど国内外で絵画作品を展示し、高い評価を得ました。ボナールの作品に描かれる女性はほとんどが妻・マルトをモデルにしている。マルトは異常なまでの入浴好きで、ボナールがマルトをモデルとした作品は380点にものぼります。



 その後、病弱なマルトの転地療養のためもあり、1912年にはパリ西郊ヴェルノン、1925年には南仏ル・カネに家を構え、もっぱら庭の風景、室内情景、静物などの身近な題材を描きました。「絵画は、一つの充足する小さな世界でなければならない」という理念の基、装飾性と平面性を融合させた表現様式でもっぱら庭の風景、室内情景、静物などの身近な題材を描き続けました。



ボナールの連作『庭の女性たち』 1890-91

  『庭の女性たち 白い水玉模様の服を着た女性』

  『庭の女性たち 猫と座る女性』

  『庭の女性たち ショルダー・ケープを着た女性』

  『庭の女性たち 格子柄の服を着た女性》

    デトランプ/カンヴァスに貼付けた紙、装飾パネル 160.5×48cm 



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 ボナールは「四季の女性」というテーマで多くの作品を描きました。4点の連作は四季を象徴しています。女性像は、四季や人生における段階を象徴しています。庭にいる女性たちは女性の服は平面的に描かれ、色彩の斑点によってアラベスク装飾のように表されています。服の柄と植物模様、色彩の調和が特徴的な作品です。春では、水玉模様の女性が春の到来に心が浮足立っているようです。他の3つの作品も季節に応じて全く違った雰囲気に描かれていて、独立した作品として楽しめるように描かれています。このように、季節を感じさせる表現の工夫がみられボナールの連作『庭の女性たち』では、引き伸ばされた細長い人物像の衣装が、それらを取り囲む植物文様の装飾と見事に調和しています。屏風として制作されたこの作品は、ナビ派の新たな美学が、装飾的な芸術に立脚していることを示しています。この作品は、今までの西洋絵画では見られない縦長の形をしておりますが。これは日本の浮世絵や掛軸にインスピレーションを受けたものと考えられます。一方で人物の心理描写の表現も際立っています。



ピエール・ボナール『ベッドでまどろむ女』1899-1900

 快楽の産中ともいえる作品です。情事の後の女性の露呈、情熱は世紀末芸術的雰囲気を具現化しています。散乱したベッドの上に横たわる裸婦を描いた作品で、画面の中央へほぼ水平に配されています。あからさまに性的行為後を連想させる乱れたベッドの上の裸婦は全身を脱力させながら仰向けに横たわっており、その挑発的あられもない姿には否が応にも親密な男性の存在を感じさせます。自然主義的な思想や表現が顕著に表れています。また腰から臀部にかけて当てられる鮮烈であa0113718_06294284.jpgりながら柔和性をも感じさせる光彩の描写と、上半身部分の深い陰影表現には閉ざされた室内ならではの密接的な印象を観る者に与える。さらに画面下部には一匹の犬が配されており、ここに18世紀半ばの都市流行に対する郷愁性を見出すことができます。波打つかのような裸婦の緩やかな曲線や寝具の厚ぼったい皺の描写に画家の客観性と鋭い観察眼が示されています。


ピエール・ボナール『逆光の裸婦』 1908

a0113718_06334878.jpg 愛の妻マルトをモデルに室内の裸婦を描いた画家の典型的作品のひとつです。画面中央やや右側に香水を己の体に付ける若いマルトが一糸纏わぬ姿で描かれており、その無防備で私的な情景は、あたかもマルトの日常を垣間見ている感覚すら抱かせます。画面左側にはマルトが自身の裸体を映している鏡と化粧台、そしてその下方には浴槽代わりのたらいが配されており、画面右側には薔薇柄を思わせる長椅子と黄色・緑色・橙色の柄で彩られた横壁が描かれています。さらに画面奥の大きな窓にはレースのカーテンが掛けられており、射し込む陽光を柔らかく遮光しています。流動的な田土の描写は、重量感や力強を感じさせ、カーテンによって程よく遮られた光の洪水の効果で画面全体には明るい色彩感に溢れています。カーテンのうねる様な質感や、逆光的に描かれるマルトの背中で反射する光と陰影部分のコントラスト、青味がかった色彩が基調となる窓と化粧台部分、赤味の差したマルトの裸体と床と長椅子、黄色味を強く感じさせる横壁と見事な色彩的対比もこの作品の特徴です。




モーリス・ドニ  MauriceDenis

1870-1943| フランス | 後期印象派・ナビ派・フランス象徴派


 ナビ派、フランス象徴派を代表する画家で版画家。装飾性に富んだ叙情性豊かな象徴的絵画や版画を手がけ、ナビ派の画家として確固たる地位を確立。日常に典拠を得た親密的で柔和な作品の他、信仰心と精神性を感じさせる宗教画や神話画、挿絵、壁画装飾など様々な作品を制作しました。


 モーリス・ドニは、優れた理論家で、ナビ派を象徴する作品『護符(タリスマン、ポン・タヴェンの愛の森)』の制作者でもあるポール・セリュジエと共に同派の絵画表現理論の中核を担いました。


 1870年、仏英海峡サンマロ湾に面するグランヴィルに生まれ、パリ郊外サン=ジェルマン=アン=レで幼少期を過ごした後、ブルターニュ地方ポン=タヴェンで制作活動をおこなっていた総合主義の創始者ポール・ゴーギャン、エミール・ベルナールらの新しい絵画表現に魅了され、同年、セリュジエによる『護符(タリスマン、ポン・タヴェンの愛の森)』の完成によりナビ派(預言者の意)の結成に至ります。


 理論的な芸術論文「絵画とは軍馬や裸婦、或いは何かの逸話である以前に、本質的には一定の秩序の上に集められた色彩で覆われる平面であることをまずは認識すべきである~(序文抜粋)」を寄稿、ポール・セザンヌ以降の近代絵画の定義や理論考察に多大な影響を与えました。


 敬虔なカトリック教徒であったモーリス・ドニは、フィレンツェ派のフラ・アンジェリコに代表される初期ルネサンスや新古典主義に強い影響を受け、聖書の話を題材にした作品を多く残しています。『磔刑像の奉納』は美しいナビのイコンと称されました。


 オディロン・ルドンにも大きな関心と尊敬の念を持ち、シャンゼリゼ劇場やヴェジネの教会付属礼拝堂を始めとした壁画装飾等の仕事をしながら、50年近くブルターニュの情景を描き続けました。


 モーリス・ドニの絵画画面にある色彩の秩序を追求し、図形や柄とモチーフを一体化させることで、平面的な構成の美しさ・装飾性を得ようとしました。モーリス・ドニの作品は、色使いが暖かでやわらかく大らかで余裕のある表情が特徴的ですが、これはモーリス・ドニの家庭は裕福で彼の大らかな人柄も反映していると考えられます。またドニは自身の子どもたちの誕生や家族の肖像を描きました。


 ナビ派分裂後の後期は、ドニの主要な関心は宗教的な主題に向けられ、宗教画と壁画に傾倒するようになりました。アール・ヌーヴォー的な要素も感じられ作風の作品も多く描くようになりました。



モーリス・ドニ『ミューズたち』1893



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 ナビ派随一の理論家モーリス・ドニ若き日の代表作『ミューズたち(ムーサたち)』は、画家が幼少期を過ごしたパリ郊外サン=ジェルマン=アン=レにある栃の木)が茂る城の林を舞台に、神話において太陽神アポロンに付き従い諸芸術を司る「美声」のカリオペ、「名声・歴史・」のクレイオ、「舞踏」のテルプシコレ、「喜び・音楽」のエウテルペ、「豊穣・歓声・喜劇」のタレイア、「歌・悲劇」のメルポメネ、「愛・叙事詩」のエラト、「多歌声」のポリムニア、「天空」のウラニアの9人の詩神ミューズたちが優美にひと時を過ごす情景が描かれています。4つの集団に分けられたミューズたちは神話的な衣服ではなく、現代的に様式化された衣服を身に着けています。このように神話など古典主題に典拠を置きながら、日常的な現代性を感じさせる絵画展開はモーリス・ドニの大きな特徴です。また表現様式においても、明確な輪郭線で囲まれた対象の内部に平面的かつ装飾的な色彩を乗せる手法はモーリス・ドが論文で発表した「絵画とは本質的には一定の秩序の上に集められた色彩で覆われる平面である」の実践的展開といえます。 特に極めて様式化された装飾性豊かな栃の木(マロニエ)の葉の表現や、柔らかい曲線で流々と描かれるミューズらと太く垂直に伸びる樹の幹の安定的な展開との絶妙な対比などは、ドニの芸術思想の典型例といえます。



モーリス・ドニ『鳩のいる風景』

 咲ききほこる花と果樹園の収穫の様子は、幸福や平静さを,鳩が飲む水の噴水は命と若さを象徴しています。温かく柔らかい落ち着いた雰囲気の作品で、精神世界と現実世界の融合を表現しています。


モーリス・ドニ『キリストの墓を訪れる聖女たち』1894

a0113718_06445900.jpgモーリス・ドニ初期を代表的宗教画作品のひとつで、磔刑に処されゴルゴタの丘の墓に葬られた主イエスが復活を遂げた出来事を描いています。墓上へ現れた天使がマグダラのマリアを始めとした三人の聖女へ聖告する逸話『キリストの墓を訪れる聖女たち』と、主イエスの聖体が消えた墓の傍らで途方に暮れ涙を流していたマグダラのマリアの後ろに突如、復活した主イエスが現れ、マリアが主の存在に気付いて近寄ろうとしますが、主イエスから「我に触れるな」と窘められた逸話『我に触れるな』の二つの主題を宗教画作品として描いています。 画面前景右側には三人の聖女とひとりの少女を、画面左側には主イエスの復活を告げる天使らを配し、キリストの墓を訪れる3人のマリアを主題とした場面が展開していますが、表描写は日常で再現されかのように現実的な表現で描いています。また画家が深く愛していた妻マルトと共に過ごしたサン=ジェルマン=アン=レの果樹園や小さな家々が描かれています。日常的生活の中に宗教的精神性を表現したモーリス・ドニの神秘的で独創性豊かな宗教画には、敬虔なキリスト教徒であるモーリス・ドニの姿勢を明確に示しています。前景の登場人物らを縁取る目にも鮮やかな黄色や光を反射する家々の黄色(暖色)と、大地の深く多様的な青色や緑色(寒色)との色彩的対比や、平面的で構成的な対象を表現する表現手法は画家としての高い力量を感じさせます。





ポール・セリュジエ(ポール・セリジェ) Paul Sérusier  

1864-1927| フランス | 後期印象派・ナビ派(ポン・タヴェン派)


 ポール・セリュジエは、フランス、ポン=タヴァン1でゴーギャンから助言を受けた色使いの斬新さに感銘を受けて、自身が学んだアカデミー・ジュリアン*2の仲間たちと共にナビ派を創設しました。鮮やかな原色を使用した色面のみによる平面的画面構成と抽象性の高い単純化された形象表現で絵画を展開しました。ポール・セリュジエはモーリス・ドニと共にナビ派の絵画表現理論の中核であり、1921年には色彩とその調和に関する理論書「絵画のABC」を出版しています。


ポール・セリュジェ『タリスマン(護符』

 ゴーギャンの指導の下に描いたこの実験的な作品『護符(タリスマン)』はパリに持ち帰られ、その革新的な表現は仲間たちから熱烈に歓迎されナビ派の経典のように扱われ、ボナール、ドニ、ランソンらがナビ派を結成する引き金となりました。ナビ派の起源・象徴となる作品としてナビ派の作品の中でも最も重要視されている作品です。



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 小さな、『タリスマン』は黄色、緑色、水色などの色の面で、木々や川などの情景を表し、ポン=タヴァンの森を描いているようです。しかし、奥行きもなく、陰影もありません。風景が大胆に単純化され、樹木の造形はすでに崩れて、まるで抽象絵画のようです。また画家の作品には宗教的かつ神秘的な側面が強く感じられます。手前は川あるいは湖の水面を描いていますが、向こう側の森を望んでいるようなのですが、水面に映った森の木々が異様に大きく描かれており、遠近感も崩れています。色彩も写実から解き放たれています。

 今回の美術展では、他にブルターニュ地方の風森の中を流れる川の風景を基に描いたその後の作品も展示されていました、『タリスマン』に見られる極度の抽象化や遠近感の乱れは無く平面性と装飾性は際立ってきます。ポン=タヴァンの森を、幻想世界を導くモチーフとして扱っているように見えます。赤のフィルタリングを施したような画面全体の色彩が、その効果を助長しています。


ポール・セリュジェ 1895

『ショールを掛けたブルターニュの女たち-ドゥワルヌネの少女たち』 

a0113718_06544083.jpg フランス北西部ブルターニュ地方の女たちが、ドゥワルヌネ付近の海岸の浜辺沿いの丘で寛ぐ情景を描います。画面下部にはブルターニュ独特の民族衣装を身に着け、様々な色のショールを肩に羽織った女性5人配され会話を交わしている様子が描かれています。 画面奥には日傘を差す二組の女性らが描かれ、画面左の女性らは海岸の方へと視線を向けています。遠近感を感じさせない単純明快な構図・画面展開、陰影を全く表現しない平面的な描写や、細く流々とした輪郭線、簡素かつ単純・パターン的な線で描写される草の表現、淡白に描かれる女たちの顔立ち、女性達が身に着ける前掛けのやや複雑な装飾的な文様表現、段階的に濃淡の階調が推移する色彩処理、画面奥の遠景の浜辺の表現なども従来の西洋絵画としては極めて特徴的で、日本絵画、特に浮世絵の影響ではないかと考えられます。





エドゥアール・ヴュイヤール Édouard Vuillard

 他のナビ派の画家よりもさらに平面的、装飾的傾向が顕著である。室内情景など、身近な題材を好んで描き、『親密派』(アンティミスム:装飾性と平面性を融合させた表現様式で、物語性の希薄な日常の室内生活空間を画題とする作品を手がけた画派)と称しました。ヴュイヤールの絵画は、その渋い色調で、穏やかな人柄を彷彿とさせる。晩年にはパリのシャイヨー宮の室内装飾を担当しました。



ヴュイヤール作『八角形の自画像』

a0113718_07081223.jpg 黄色い髪、オレンジ色の髭、青い上着が織りなす鮮烈な色彩は純化へと還元され、補色の対比を意識したベタ塗りによって劇的な表現力を高めています。絵画を再現描写から解放しようとした画家の意思は、ゴッホやゴーギャンに匹敵し、フォーヴィスムの大胆さを先取りする前衛性を感じます。



ヴュイヤールの『ベッドにて』 1891

a0113718_07110598.jpg ナビの画家たちが魅了された夢や想像に関連した題材がテーマで、このヴュイヤールの作品も、「夢」とそれが象徴するものが描かれているという解釈で説明されています。しかし、ベッドで深い眠りに就いている人物の表情が、瞑想というよりは心地よい眠りの幸福感に満ちており、単純化された形状の淡い色面で構成された画面には、ベッドの向こうに水平線と青い空が広がり、安らかな眠りの中、夢に現れている平穏な光景を象徴しています。水平線と交わるTの字型の赤茶色の造形は、水面に映る太陽の光を何か象徴的なものと重ね合わせているのかもしれません。




ヴュイヤール

『公園』(遊ぶ子供たち、問いかけ、乳母、会話、赤い傘)連作

1894年 泥絵具・画布 | オルセー美術館

 『公園』(遊ぶ子供たち、問いかけ、乳母、会話、赤い傘)』は、泥絵具(デトランプ、テンペラの一種)を用いて制作された、パノラマ的な視点で子どもたちの世界を表現したエドゥアール・ヴュイヤールの代表作です。日常的な情景が描かれかれており、椅子を借りて座ってみていると、講演の中に自分も座っているようで、心が休まります。 



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 前衛芸術としてナビ派を擁護していた雑誌「ルヴュ・ブランシュ」の主催者タデ・ナタンソンの兄アレクサンドル・ナタンソンの依頼により、自宅の食堂の装飾画として制作された91組のパネル作品『公園』の中で、オルセー美術館が所蔵する5作品『遊ぶ子供たち(215×88cm)』、『問いかけ(215×92cm)』、『乳母(213×73cm)』、『会話(213×154cm)』、『赤い傘(214×81cm)』が約35年経過して売却され、オルセー美術館に収蔵されました。



 公園の作品『遊ぶ子供たち』では中景に走り回る子供たちが描かれ、前景にはその親であろう二人の婦人らが長椅子に座り談笑しています。その前には一本の樹木が配されており画面展開的な面白さを与えています。『問いかけ』では母親らしき婦人が飾り帽子を被る子供に何か声をかけている姿が描かれ、『遊ぶ子供たち』と『問いかけ』は背景などの繋がりから隣り合う作品であったことを想像できます。一方、『乳母』、『会話』、『赤い傘』の3作品は背景の柵などから同一の視点・構図によって画面が展開していますが、地面に落ちる影などの繋がりが認められず、個々が独立しているようです。 何れの作品も日本の版画を思わせるような平面性や明確な輪郭線が顕著に描かれ、隣り合う色面の優れた調和性や光に満ちた明瞭な色彩など、日常的な画題を装飾性豊かに扱ったヴュイヤール作品の特徴が見事に生かされています。近づいてみると素早く子供たちには動的な表現で描かれています。無垢で可愛い子どもの姿を描いているだけでなく、幼少期特有の危うさや不安といった暗い側面も探求しているようです。。





フェリックス・ヴァロットン FélixEdouard Vallotton

 美術批評の出版や著作、戯曲を書き、小説も書いていたヴァロットンは、晩年、静物画や「合成風景画」に力を入れました。「合成風景画」とは、写生するのではなく、アトリエで記憶と想像から創作する風景画のことです。ヴァロットンが描く室内情景は、静けさの中に秘密や苦悩、駆け引きや緊迫したドラマが満ちており、奇妙な感覚や不安を呼び起こします。線的で大胆な木版画は19世紀末の平面芸術(グラフィックアート)界に新たな可能性を示し、油彩画では後の超現実主義(シュルレアリスム)を予感させる作品を残しています。生涯描き続けた裸婦や風景画、肖像画や家庭的な風俗画、静物画でなど数多くの作品を精力的に制作し、優れた作品を残しています。 ヴァロットンの平面的な表現や明確な輪郭線、素朴な様式、奇抜と調和が混在した造形と色面の対比的描写には、ロートレック、アンリ・ルソー、ゴッホらの影響も指摘され、日本版画展の影響も見られます。


 2014年三菱一号館美術感で、ヴァロットンの回顧展が開かれましたが、ヴァロットンの単純な線描によるてきかくなデッサンや浮世絵や写真から影響を受けた大胆なフレーミングや平面的な画面構成、洗練された色彩表現など特徴で、研ぎ澄まされた観察眼を通して描かれた世界には。冷たい炎の画家とも称された抑圧された暴力性も見え隠れし、その多面性お現代性に魅了されました。


 ポスト=ナビ期のヴァロットンの作品はファンを獲得、その誠実さ、その技術的クオリティは尊敬を受けましたが、様式の地味さは批判の対象ともなりました。そのた雰囲気は、1920年代にドイツで全盛を極めた新即物主義を予見していました。



フェリックス・ヴァロットン『ボール』1899

a0113718_07241035.jpg  フランス語の意味は広く フランス語の意味は広く、「ボール、風船、・・・・」です。良く見ると右中央部の赤い物体には光輝いて赤い糸様なものも見える気がします。風船のようにも見えますが、何故か「ボール」の作品名がついてしまっています。左の影の部分に黄色っぽいボールが見えます。この作品の正しい画題は、「バルーン」又は「ボールと風船」のような気がします。左半分は影に覆われ、右半分と強い対照となっています。子供が赤い風船を飛ばしてしまった瞬間を描いているようです。奥の小さな人物像(二人の婦人)も気になります。 


フェリックス・ヴァロットン『夕食・ランプの光』 1899

a0113718_17493501.jpg 家族には笑顔が見えないこの暗い雰囲気、楽しい語らいのない食卓なんてこの過程には有り得ないのか。食事は楽しいに、こしたことはないが、深刻な話をしなければならない時もあるのだろう。薄暗いランプの光が家族のゆれる心を表しているように感じます。本当はヴァロットンは何を描きたかったでしょうか。




ナビ派の美術史の果たした役割

 ナビ派の芸術運動は、結成後10年くらい続きましたが、各自が独自の方向に芸術を展開していったため、メンバーの方向性が分散し、自然消滅してしまいました。しかし、生前は、その時代の人には革新的で斬新すぎたため理解できず、世間一般に知られることもなく、全く絵が売れずなかったゴーギャンの「総合主義」の美学を、一般の人に馴染みやすいものに変革し、親しめる作品、心休まる作品、売れる作品に具現化しました。日常生活の中の詩情に目を向けさせたことも今まで煮なかったことかもしれません。 ナビ派の芸術家たちにはいろいろな分野から注文が入り、宗教画作品から市内装飾まで幅広く広めていきました。ナビ派の芸術家は独自の方向に芸術を展開していったためナビ派は自然消滅してしまいましたが、総合主義的美学がフォーヴィスムやア-ルヌーボーなど様々な分野に展開されることにより、美術史に無形の豊かさや幅広さを残したことは間違いないと思います。



参考資料:

現代の絵画〈8〉ボナールとナビ派 (1974)

ジュリアン ベル, 島田 紀夫, 中村 みどり ()「ボナール1999/1

ギ・コジュヴァル「ヴュイヤ-ル ゆらめく装飾画 」創元社(大阪)2017

「オルセーのナビ派展」公式カタログ

サルヴァスタイル美術館 | 常設展示






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by desire_san | 2017-04-18 17:50 | 美術展 & アート | Trackback(1) | Comments(14)
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Tracked from dezire_photo.. at 2017-04-17 18:59
タイトル : ポン=タヴァン派、総合主義とゴーギャン絵画の魅力
ゴーギャンとポン=タヴァンの画家たちGauguin  and the Painters of  Pont-Aven パナソニック 汐留ミュージアムで、「ゴーギャンとポン=タヴァンの画家たち展が開催されていました。ゴーギャンは、壮大な自然に包まれたフランス、ブルターニュの小村ポン=タヴァンとその周辺に繰り返し滞在し、ポン=タヴァン派の仲間たちと、20世紀の扉を開く「総合主義」という芸術理論を実践しました。... more
Commented by nijinotami at 2017-04-16 17:57
こんにちは。ブログにお立ち寄りいただき、ありがとうございました。

展覧会を見るまで「ナビ派」について何も知りませんでした。ブログを読ませていただき、ぼんやりしていたナビ派の輪郭が見えてきたように思います。たとえば、「親密派のボナール」「ヴァロットンの合成風景画」そして、近代都市生活の芸術としてのナビ派。おかげで勉強になりました。
ワタシのブログは、見たものを忘れないために書き付けているものですが、知識が広がると記憶も鮮やかになりますね。
ありがとうございました!
岡村ゆかり


Commented by desire_san at 2017-04-16 23:31
岡村さん、コメントありがとうございました。
今までナビ派の画家だけを扱った美術展がありませんでしたので、私もナビ派の画家と言われているボナールやモーリス・ドニたちのの作品のどこが新しいのかよく知りませんでした。それでこの機会に、「ナビ派」とは何かからスタートして少し勉強して、自分なりに整理してみた次第です。ご指摘のように、知識や感性は知れば知るほどな魔ぶべきことが何かが見えてきて、知らない世界が自分の手の届くところに近づいてくるような気がします。
これからも、いろいろ自分なりにレビューを書いていきたいと思いますまで、よろしくお願いいたします。
Commented by スーラ・ウタガワ at 2017-04-17 09:48 x
ゴーギャンとナビ派の画家達の関係を
とてもわかりやすくまとめていられて感嘆しました。

わたくしも印象派のただ感じたままみたままを描く絵画から
想像したイメージを日本の浮世絵の影響からか
単純な色彩と形態で描く彼らの作品は大好きです。

ほかのページも興味深く拝見いたしました。
わたくしのブログもコンセプトは美術ですので
とても親近感があります。
(もっとも、わたくしのほうはかなり斜めに見ている
あまのじゃくなブログですが・・・)
また、拝見させていただきます。
Commented by desire_san at 2017-04-17 13:06
スーラ・ウタガワさん<
コメントありがとうございます。
私もモネやピサロのような純粋な信州派の絵を見ると心が休まります。印書委は時代のゴッホの絵も好きです、
しかし、ゴーギャンは感じたままに描くことでは満足せず、自分で色彩や画面を構成して、絵画画面を自分で創造したかったのでしょう。ある意味でセザンヌもそうですが、セザンヌ賭場意識がマット句碑となり、ポンダヴァン派と威張れる仲間たちにしか理解されませんでした。次の世代のナビ派の画たちがゴーギャンの意思をついて、世の中に作品を送り込んでいきました。
好き嫌いから言うなら、ゴーギャンもナビ派も苦手でしたが、色々勉強していくと嫌いだったものの魅力が分った来る、これが美術観衆のだいご味だと思っています。
なかなか容易ではありませんが、出来るだけ包括的に整理して理解するように心がけています。
スーラ・ウタガワ a産のように、私のブログに興味を持っていだく方がおられると、大変うれしく、やる気が出てきますね。
これを機会に、よろしくお願いいたします。

Commented by Keiko_Kinoshita at 2017-04-17 13:17 x
dezireさん、こんにちは。
私は、ボナールやモーリス・ドニなどいわゆるナビ派の画の絵のどこが良いのか全く分かりませんでした。直感的に見ると、ゴーギャンの絵画とは似ても似つかず、どういう関係になっているのか全く分かりませんでした、
dezireさんの非常に感性と論理による分りやすいご説明を読み、目から鱗がとれたように、この世界が見えてきました。さすがdezireさんはすごいと改めて思いました。いつも美術の世界の分らなかったことを丁寧に教えていただいて、ありがとうございます。
Commented by desire_san at 2017-04-17 13:28
Kinoshitaさん、いつも私のブログを読んでいただいてありがとうございます。
私も「ナビ派展」を見るまで、Kinoshitaさんと同じようにビ派の画家のさくひんのどこが良いのかわかりませんでした。日本での「ナビ派」をテーマにした美術展はおそらく初めてではないでしょうか。ナビ派を扱った本もほどンとありませんでしたが、「ナビ派展」でナビ派の作品をまとめてみることで、かなりナビ派が目指しているところが分ってきました。やはり、本物を見てみないと、差の良さは分からないと改めて監視セた次第です。
東京に住んでいると、日本に来る美術展を背とンド見ることができ、喜びを感じる機会に恵まれていると改めて感じました。
分から否ことが一つでもわかるようになると、幸せな気分になりますね。その代りまた新たな世界を知り、分らないことを見つけてしまいますが。
Commented by hokui44do05 at 2017-04-17 16:14
お知らせいただきありがとうございました。
私は見た絵からいろいろ勝手な思いを巡らせるのが好きなので
美術館では音声ガイドをつけませんでしたが、
こちらを読んで勉強させていただきました。
またもう一度観に行きたいと思いました。
Commented by かしまし娘 at 2017-04-17 17:22 x
desire様
絵画は素人で、あまり熱心に美術館に通っているわけではないので、
「ナビ派」という言葉を初めて知りました。
ブログを読ませて頂いて、絵を見ただけでは判らなかった物を
知ることが出来ました。ありがとうございました。
Commented by desire_san at 2017-04-17 18:51
hokui44do05さん、コメントありがとうございます。
私も音声ガイドは使ったことはありません。hokui44do05さんと似ていますが、まず自分の感性に頼って作品と向き合いたいからです。勝手な思いを巡らせるのも好きですね。
ナビ派はゴーギャンの影響を受けているということですが、どちらかというとゴーギャンの絵画の方が前衛的な気がしますので、ナビ派の温和な表現はどこが新しいのかわかりにくかったです。私もナビ派に対する理解が深まったので、もう一度見につてみたいと思っています。
Commented by desire_san at 2017-04-17 18:56
かしまし娘さん、私のブログを読んでいただいてありがとうございます。
「ナビ派」と言っても、ナビ派と言える絵画をが方とが描いていたのは数年間で、各自自らの方向に変貌していったので、どこまでをナビ派と言えるのか、分りにくいですね。
私も分からないところがいろいろありますが、自分流に、かなり強引にまとめてみました。
少しでもお役に立てましたら、大変うれしいです。
Commented by a_delp at 2017-04-18 06:34 x
今回の展覧会は、ナビ派の活動期間は10年あまりだったにもかかわらず、後の現代美術への架橋となっていることがわかる洗練された企画展だったと思います。「派」と言っても、ボナール、ヴュイヤール、セリュジエらから、ヴァロットン、ランソン、ラコンブまで、バラエティー豊かで、見どころ満載でした。個人的に気になったのは、ドニが描いた子供の表情で、他の柔らかいモチーフの中で子供の表情だけが異様です。マルトが最初に生んだ子供の不幸が関係しているのかもしれませんが、印象に残っています。
Commented by desire_san at 2017-04-18 18:06
a_delpさん、コメントありがとうございます。
モーリス・ドニの子供の作品は少なかったですが、以前子供を描いた作品ばかり描いた「モーリス・ドニ展」を見に行って唖然としました。今まで見ていたモーリス・ドニ展ーの作品とは全く雰囲気が違い、本当にドニが描いた作品か、信じられませんでした。ドニが子供を描くときは、他のモチーフを描くのと同じ気持ちでは描けないな面的な理由があったの手はないでしょうか。
Commented by 明菜 at 2017-04-18 20:07 x
先日は弊ブログにコメント頂き、ありがとうございました。
美術への造詣の深さ、尊敬します。
勉強になりました。

弊職はボナールの「親密さ」が好きです。
「ベッドでまどろむ女」もそうですが、不道徳な明かりが堪らないです。
Commented by desire_san at 2017-04-18 20:26
明菜さん、私のブログを見ていただいてありがとうございます。
ボナールの絵は確かに親しみやすいですル。
他の絵を見ると常識的で温厚そうな性格のような気がするのですが、「ベッドでまどろむ女」のような作品を書いた間を知り、ボナールという人は私が考えていたほど甘くないな、と思いました。

心に残った自然とアート   


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