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絵画・美術においてロマン主義とは何か? 新古典主義との違い

シャセリオー

Théodore Chassériau


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 日本では今まで知られていなかったフランスのロマン主義巨匠シャセリオーの芸術を日本ではじめ本格的に紹介する美術展が、東京西洋美術館で開催されました。シャセリオーは、師アングルに「この子はやがて絵画界のナポレオンになる」と言わしめた逸材であり、若干16歳でサロンにデビューし、やがてアングルとは決別、独自の作品世界の探求へ向かいますが、道半ば、37歳で急逝しました。





His work had a significant impact on thestyle of Puvis de Chavannes and Gustave Moreau, and—through those artists'influence—reverberations in the work of Paul Gauguin and Henri Matisse..Thereis in Paris a Society for the painter: Association des Amis de ThéodoreChassériau. Works of Chassériau arein the Musée du Louvre where a room is dedicated to him, in the Musée d'Orsay,and in the Musée de Versailles.


 シャセリオーは、新古典派の巨匠、ドミニク・アングルにわずか11歳で弟子入りしました。アングルが絶賛したほどの天才・早熟ぶりだったそうです。しかし、アングルがフランス国内での待遇に不満を持ち、ローマへ旅立ってからは、シャセリオーはアングルの作風を離れ、アングルのライバル、ドラクロワらが属する「ロマン派」に傾倒していきました。シャセリオーは、シェイクスピアやバイロン、ラマルティーヌなどの文学を重要な着想源として、抒情に満ちた新たな物語画の世界を色彩豊かに創造していきます。



『自画像』  1835年 99×82cm ルーヴル美術館

a0113718_13191058.jpg アングルがローマへ旅立ち、パリに残された16歳のシャセリオーが手がけた自画像です。シャセリオーは自画像も写真もほとんど残しておらず貴重な1枚です。すでに師アングルの端正な様式を想起させる成熟した画風の一方で、顔の右半分を覆う深い陰影がロマン主義的な内なる情熱をにじませています。エキゾチックな顔立ちに複雑な思いがあったともいわれます。



ロマン主義と新名古典主義の本質的違い

 ところでこの美術展の案内で、シャセリオーはロマン主義の画家として紹介されているのに始め少し違和感を持ちました。日本学校で教える美術史では、ロマン主義美術を代表するのは、ジェリコーとドラクロワと教えていますが、シャセリオー展に展示されている絵画の大部分は、ジェリコーとドラクロワの作品と全く似ても似つかない作品でした。シャセリオーをロマン主義の画家と認識するためには、美術において、基本的に「ロマン主義とは何か」を考え直す必要があります。


 アングルらの新古典主義には、古代美術の「高く澄み切った偉大さ」への回帰があり、古代ギリシア。ローマの古典的理想美に対する熱烈的な崇拝が多かれ少なかれあります。大切なことは、新古典主義とロマン主義の特徴には、「絵画技法」は関係ないということです。



 新古典主義の巨匠、アングルにとって絵画とは「理想美の追求」であり、理想の美を実現するためには、モチーフの形を忠実に再建するという基本中の基本に従わないことさえあります。例えば、アングルの代表作『グランド・オダリスク』では、女性の身体の形に大幅なデフォルメも厭わない姿勢がみられます。



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 ロマン主義は感情に重きを置き、制約からの自由や感情表現や創造性を生かすために表現の自由は欠かせないものとなります。主題の選択は感情に掻き立てられ、力強く精彩を放つようになり、野性的な激しさを増し、人間の制御を逃れ、不穏になりがちな性格を帯びてきます。愛や信仰、愛国心、家族の大切さなどと結びついてゆくと、主観性は弱まってきますので、画家自身の人生観や感性により、多様化していく傾向が潜在的にあると言えます。ロマン主義絵画をある特定の画家の作品で教えるのは無理があることが分ります。


 アングルとシャセリオーが決別したのは、お互いの才能や技量に限界や失望を感じたからではなく、シャセリオーが理想美の追求するアングルとの方向性の違いを感じてきたからです。シャセリオーはアングルを尊敬していましたので、シャセリオーの芸術には、しばしばアングルの古典主義とドラクロワのロマン主義を調和しようという試みの跡が認められていますが、芸樹の方向性の違いは如何ともしがたく苦悩していた形跡も認められます。



シャセリオーの描いた女性像

 シャセリオーの早期成熟の主な作品の中には、スザンナとエナメル(1839年)、ダイアナ(1840年)、アンレーメダ(1840年)、エスターそのすべてが、女性のヌードを描写する上で非常に個人的な理想を明らかにしています。これらの年のシャッセリオーの主要な宗教画であるオリーブ山のキリスト(1840年と1844年に扱われた主題)と十字架からの降下(1842年)は、当時の芸術家のチャンピオン、テオフィル・ゴーティエに値する評価を受けました。


Among the chief works of his early maturityare Susanna and the Elders and Venus Anadyomene (both 1839), Diana Surprised byActaeon (1840), Andromeda Chained to the Rock by the Nereids (1840), and TheToilette of Esther (1841), all of which reveal a very personal ideal indepicting the female nude. Chassériau's major religious paintings from theseyears, Christ on the Mount of Olives (a subject he treated in 1840 and again in1844) and The Descent from the Cross (1842), received mixed reviews from thecritics; among the artist's champions was Théophile Gautier.



 シャセリオーは、いわゆるギリシャ・ローマ~ルネサンス絵画の伝統を踏まえた「新古典派」を捨てて、感情的で動きのある絵の中に個性を盛り込むスタイルの「ロマン派」絵画の一派に属しました。彼が活躍した1940年代以降、様々な方向を模索していたロマン派の運動がやや落ち着いてきており、彼はいわば「遅れてきた最後の大物」的な登場だったようです。シャセリオーは「遅れてきた最後の大物」的な存在でした。シャセリオーは1850年代から隆盛してきた写実主義の代表格、クールベや、自然を好んで描いたバルビゾン派のテオドール・ルソー)らとも親しくして、彼らの作風も自分自身の絵画へと柔軟に取り込んでいきました。


『アポロンとダフネ』 1845年 ルーヴル美術館


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 オヴィディウスの『変身物語』を題材とする本作では、アポロンの求愛を逃れるため、ニンフのダフネが月桂樹に姿を変える場面が描かれています。画面は温かい色調で満たされていますが、流れるように曲線を描くダフネの体はすでに樹木化が始まって周囲の木々との一体化へ向かい、感情を失った顔は足元に跪くアポロンの熱情を拒否しています。手の届かぬ存在に焦がれる太陽と詩の神アポロンの姿には、美/芸術を追い求める詩人/芸術家の関係を見ることができます。「アポロンとダフネ」は何度も沢山の画家により繰り返し描かれたテーマですが、シャセリオーは、いかにもロマン派らしい情感豊かな構図がで描いています。



『サッフォー』  1849年 ルーヴル美術館(オルセー美術館に寄託)

a0113718_15095707.jpg 恋に破れ、海に身を投げた伝説を持つ古代ギリシアの詩人サッフォーを、ラマルティーヌの詩に着想を得て、重い決断を下す直前の姿として描かれています。シャセリオーの関心は、運命に翻弄される女性の脆く痛切な感情の表現にありました。岩陰でじっと自らの心の奥底を見つめる姿と向こう側に広がる夜の海の対比を通じて、彼女の絶望と孤独の深さが巧みに表現されています。


『泉のほとりで眠るニンフ』  1850年 CNAP

(アヴィニョン、カルヴェ美術館に寄託)


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 森の泉のかたわらで眠る裸婦を伝統を踏まえて描いているように見えますが、生身の女性の裸体がクールベの裸婦を想起させる写実的な表現も用いられています。



『カバリュス嬢の肖像』  848年 カンペール美術館


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 医師の娘マリー=テレーズ・カバリュスは、総裁政府時代のパリの社交界に君臨した「テルミドールの聖母」テレーズ・カバリュス(タリアン夫人)を祖母に持ち、当時のパリで最も美しい女性に数えられました。ドレスの白からケープの淡いピンク、花束の薄紫まで繊細な色彩のグラデーションが、花で縁取られたモデルの柔らかい表情とあいまって、コローの人物像に通じる叙情を醸し出しています。この作品は二月革命勃発直のころに描かれたものですが、騒乱のパリから隔絶されたノスタルジックで静謐な時間が流れています。モデルの髪や手に配した水仙やパルマ菫の香気は密やかな官能性感じさせルトともに、近づく春の気配も伝わってくるようです。この美術展でも特に華やかで印象的なこの作品は、見ていると時間を忘れるほど不思議な魅力に溢れた作品で、非常に写実的に丁寧に描かれています。



 シャセリオーは、女性を美しく描く技量に卓越していました。肖像画、神話画、風俗画などどのジャンルにおいても、シャセリオーの描く女性の美しさは卓越しており、どの女性も見る人を魅了します。



『気絶したマゼッパを見つけるコサックの娘』 

1851年 ルーヴル美術館     

a0113718_15141275.jpg ロマン主義の時代、ウクライナの英雄マゼッパは、不倫の恋の咎で野生馬に縛りつけられて荒野に追放された姿を好んで描かれました。バイロンの詩を着想源としたこの作品では、色鮮やかな衣装と黒い瞳のコサックの娘を中心に描いています。メランコリックな夕空を背景に立ちつくす巫女のような娘の無垢な姿は力尽きた人馬の姿と美しい対比を作り出しています。世紀末象徴主義のモローの世界に通ずるものがあります。



『コンスタンティーヌのユダヤの娘』  1846-1856年 

エティエンヌ・ブレトン・コレクション

a0113718_15144460.jpg シャセリオーがアルジェリアへ写生旅行の途上、現地の女性をモデルに描いた半身像で、回想のなかで描かれたユダヤ人女性の胸像です。娘の強い視線が印象的で、柔らかな布を描き出すための素早く生き生きとした筆遣いが目を引きます。西洋人とは明らかに少し異なる風貌として描かれた女性の「眼力」が非常に印象的で、観る人を魅了します。シャセリオーがエキゾチックな絵画を描いた絵画の中で、東方的雰囲気を強く感じさせます。顔以外の上半身部分は、少し省略された「習作」レベルの作品だそうですが、作品としての完成度の高い傑作だと感じました。



肖像画

 師アングルと同様、シャセリオーは『アレクシ・ド・トクヴィル』や『カバリュス嬢の肖像』のような油彩の大作も含めて、優れた肖像画をたくさん残しています。このほか、繊細な素描によって親しい人々の肖像も手がけ、これらの肖像を通して、画家を取り巻いた人々や環境、七月王政期から第二共和政期にかけてのパリの雰囲気を感じさせます。


『アレクシ・ド・トクヴィル』  1850年 ヴェルサイユ宮美術館

a0113718_15174581.jpg この作品は『アメリカのデモクラシー』をはじめとする著作で知られる歴史家トクヴィルの最も知られた肖像です。トクヴィルとシャセリオーは家族ぐるみのつきあいで、代表作となる会計検査院の壁画の注文を得た背景には彼の尽力があったともいわれます。椅子の背の宝石のように輝く緑を差し色にしつつ、抑えた色調で統一された画面のなかでモデルの知的な精神性が際立っています。



『ドサージュの肖像』   1850年 フランス外務省

a0113718_15193095.jpg 黒衣に身を包み、超然とした態度でこちらを見る銀髪の男性。モデルはフランスの外交官として各国を渡り歩き、七月王政期(1830-1848年)には長く外務省の政務長官を務めたエミール・ドサージュ伯爵です。モデルの特徴を生き生きととらえたこの個性的な肖像は、スペインの画家ゴヤの作風も想起させます。



東方文化への憧憬

 アフリカから小アジアにかけての、オリエントの国々の人々や風物、風景は多くの芸術家たちを魅了し、旅へと誘いました。1846年にアルジェリア方面を旅したシャセリオーも旅先で数々のスケッチを手がけ、帰国後はこれらを着想源とした作品の数々を生み出します。シャセリオーの作品から「異国的な香り」が強くただよってくるのは、彼の父は一年の大半を植民地への遠征で過ごすなど、生い立ちや家庭環境から来るものと考えられます。異国的で勇壮な騎馬像やアラブ馬の一方で、洋の東西を問わぬ家族の日常的情景を好んで描いたシャセリオー独特の作品世界を、ドラクロワからルノワールまで19世紀のオリエンタリスム絵画の系譜のなかで見ていきます。


『コンスタンティーヌのユダヤ人街の情景』 

1851年 メトロポリタン美術館   


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 シャセリオーが生涯大切にしたモチーフの一つが、「赤ん坊と母親」というテーマでで、「赤ん坊とそれを抱く母親」がモチーフとして多数使われています。天井から吊り下げられた揺り籠の赤ん坊をあやす2人のユダヤ女性たちを描いています。おそらく家族であろう3人の姿は、聖母子と聖アンナも思わせます。優しく親密な一体感を示す母子像は、主題を問わず、シャセリオー作品に繰り返し描かれたテーマでした。シャセリオーの東方主題の作品の魅力は、エキゾチズムというより、画家独特の東方文化への深い共感とある種のノスタルジーの表現にあることを伝えているように感じます。


『雌馬を見せるアラブの商人』  1853年 ルーヴル美術館

a0113718_15212771.jpg 遠景に北アフリカ独特の白い街並みを望む青空の下、艶やかな黒毛のアラブ馬の取引をする商人たちが描かれています。多くのロマン主義の画家たちと同様、シャセリオーは生命力にあふれた馬に魅了され、多数描きました。男たちの交渉のかたわらでは、いつも通り、体を寄せ合う母子像が描きこまれています。またシャセリオーの描く馬は、顔の表情がとにかくかわいく、馬への愛情が感じられます。黒の雌馬を描いた作品は馬の「かわいさ」に目を惹かれます。





宗教画

 サン・メリ教会、サン・ロック教会、サン=フィリップ=デュ=ルール教会など今も残るパリの教会や、1871年のパリ・コミューンで破壊されたオルセー河岸の会計検査院など、数々の公共建築物の天井や壁の装飾にシャセリオーは若くして取り組み、大画面に寓意画や宗教画を描き出しました。


『東方三博士の礼拝』  856年 プティ・パレ美術館



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 37で急逝したシャセリオーが最後に描いた作品の1つです。遺作となった伝統的な宗教画「東方三博士の祈り」でも、真ん中に神々しい母親と赤ちゃんが描かれました。救世主誕生のお告げを受けて馬小屋の聖母子のもとを礼拝に訪れた東方の三博士はそれぞれ褐色、黒、白と肌の色が違い、異なる民族をあらわしています。聖母子像については、子を抱く母の姿はシャセリオーが繰り返し描いてきたテーマです、マリアの顔は最後の恋人マリー・カンタキュゼーヌ公女の面影を宿すといわれます。本作は彼女が所有していた作品の一つです。



晩年とシャセリオーの美術史に残した影響と意義

 表舞台から去ったシャセリオーの芸術は、世紀転換期、パリ・コミューンで破壊された後廃墟と化していた会計検査院の壁を飾ったシャセリオーの代表作の壁画の救出運動の高まりとともに、再び脚光を浴びます。この大壁画に決定的な影響を受けたギュスターヴ・モローやピュヴィス・ド・シャヴァンヌらの作品とともに、シャセリオーから世紀末の象徴主義の世紀末の水脈として再評価されました。


 シャセリオーは、画家仲間の中に熱狂的なファンが多数いたことで有名な話です。 ロマン派の詩人テオフィル・ゴーティエは、「純粋で完璧な明確な画家はほかにいたが、シャセリオーほど我々の心をかき乱した画家はいなかった」という言葉を残しています。シャセリオーの影響を受けた画家は多数いましたが、その中でも美術史上最も重要な足跡を残した2人の画家が紹介されていました。


ギュスターヴ・モロー「若者の死」

a0113718_15232816.jpg ギュスターヴ・モロー。聖書や神話をテーマに幻想的な絵画を沢山描いた象徴主義の先駆けのような画家ですが、モローは、シャセリオーの作品を大いに気に入り、美術学校エコール・デ・ボザールを辞めて、シャセリオーの隣の家に引っ越してくるほどの力の入れようでした。その後モローはフランスの象徴主義の巨匠として画境を大成し、再度美術学校に戻って、ジョルジュ・ルオーやアンリ・マティスを育てました。






シャヴァンヌ「海辺の乙女たち」

a0113718_15241475.jpg シャヴァンヌは19世紀最大の壁画アーティストとして有名ですが、シャセリオーの手がけた会計検査院での大壁画を見て多大なインスピレーションを受けました。シャセリオーと公私共に付き合いがあり、シャセリオーが亡くなって以後、シャセリオーの最後の妻を支えました



師アングルへの思い

 新古典主義の巨匠で、シャセリオーの師匠でもあるアングルとシャセリオーは、美術に対する方向性の違いで決別しましたが、二人の画業の人生を比べてみると、人間として芸術家としてみるとその影響力も含めて、この二人はよく似ていたのではないかと感ずると、感慨深いものがあります。20歳で師匠アングルとイタリアで再開した時、作風の違いから師弟関係を解消したその後も、人前ではずっと「アングルの弟子」であることを誇らしげに強調していました。シャセリオーの師匠アングルへの思いが感じ取れます。



参考文献:

シャセリオー展公式カタログ

DavidBlayney Brown (原著) 

岩波 世界の美術「ロマン主義」2004

   岩波 世界の美術「新古典主義」2001







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by desire_san | 2017-05-17 15:28 | 美術展 & アート | Trackback(1) | Comments(8)
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Tracked from Art & Bell b.. at 2017-05-18 09:08
タイトル : シャセリオー展 @国立西洋美術館
昨日、国立西洋美術館でシャセリオー展を見てきました。ちらし表面は(↓)の美人です。これは、フランス・ロマン主義の異才テオドール・シャセリオーの芸術を日本で初めて本格的に紹介する展覧会。今回の展覧会には、絵画約40点、水彩・素描約30点、版画約19点が出展されている。シャセリオーの絵画作品数は260点前後だが、所在不明作品も多い。シャセリオーが37歳で早逝したことや代表作の壁画が破壊されたこともあって、正当な評価が遅れたため、フランス国内で回顧展が開催されたのも1933年と2002年の2回を数えるだけ...... more
Commented by bernardbuffet at 2017-05-17 21:08
Chasseriauの名を冠した展覧会は今回が初めてではないでしょうか。
ロマン派と新古典派の違いは微妙な所がありますね。仰る通り、この違いは絵画技法に依存するものはないのですが、時に混乱することがあるようです。
Commented by desire_san at 2017-05-18 17:56
bernardbuffetさん、コメントありがとうございます。
ご指摘のように、シャセリオーを冠した展覧会はにほんで初めてだと思います。
学校の授業では何でも分類佑傾向がありますが、本来芸術はそれぞれの芸術家独独の画風があり、逆に全く独自性がなければ、それは芸術ではないと思います。
今回、ロマン派と新古典派の違いを考察しましたが、私としてはその芸術家がどこに分類されるかより、その芸術家の個性を愛したいと思っています。
Commented by mcap-cr at 2017-05-18 19:53
シャセリオーの解説を有難うございました。
ロマン主義とは何か、根本的な課題なのですね。
私は、シャセリオーは、アングルよりもどちらかといえばドラクロワに強く影響を受けたように感じました。
アングルの世界は素晴らしいですが、シャセリオーは自己評価ではアングルを超えてしまった部分があって、ドラクロワに向かっていったのではないかと感じました。
作品を見ても両方の影響を強く受けていると思いました。
長生きしていればどれだけの大家になったのかと考えると早死したのが残念でなりません。
Commented by desire_san at 2017-05-18 20:19
mcap-crさん、私のブログを読んでいただいてありがとうございます。
アングルは理想の美を生涯追及した画家ですが、シャセリオーは自分の感動を絵画に表現したかったのでしょうね。シャセリオーは生涯アングルを尊敬し、アングルもシャセリオーの才能を認めていましたが、相いれないものがあったのだと思います。

シャセリオーがな回帰していればほ、ドラクロアの良きライバルになっていたかもしれませんね。
Commented by Hara_Meary at 2017-05-19 20:58 x
こんにちは。
丁寧でわかりやすいご説明をよませていただき。大変勉強になりました。私もシャセリオーの作品を始めて見たとき、ロマン主義の巨匠と呼ばれているのが良くわかりませんでした。dezireさんのご説明を読ませていただいて、よく理解できました。ありがとうございます。
Commented by Kyon at 2017-05-20 00:35 x
こんばんは。
ブログ読ませていただき、勉強になりました…!!
無知なものでアングルについてもあまり知らないので、いろいろ知りたいなぁと思いました^^
Commented by kawasaki-ch at 2017-05-27 10:13
> desire_sanさん
kwasasaki-chです。当方ブログへのコメントありがとうございます。
美術には詳しくないのですが、「新古典主義とロマン主義の特徴には、「絵画技法」は関係ない」という主張は、とても良く響いてきます。シャセリオーとアングルを並べてみると、両者とも「美しい」という表現以外口に上りませんが、しかしその「美しい」に違いを含めて述べている自分がいます。「美しさ」を「理想」に近づけるか、「美しさ」を「ありのまま」に描くか(内面の揺らぎとか葛藤とかも含めて──それが場合によっては美しさを傷つけたとしても)の違いかなぁなどと、ぼんやり考えさせられました。
Commented by desire_san at 2017-05-27 14:17
kawasaki-chさん、コメントありがとうございます。
ご指摘のように、シャセリオーとアングルを比べてみると、どちらも「美しい」絵画ですから、観る人から見ると、新古典主義とロマン主義の違いはあまり気にならないかもしれませんね。新古典主義とロマン主義の違いは、芸術家が何を目指して描いているかという問題で、絵を観る人にとっては、自分の好みに合っているか否かの方が重要かも知れませんね。

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