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芸術と自然の美を巡る旅  

究極の愛を描いたワーグナー芸術の最高峰

ワーグナー『トリスタンとイゾルデ
Wagner "Tristan and Isolde"


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 「トリスタンとイゾルデ」は愛と死の美学を音楽で表現したヴァーグナー芸術の最高峰ともいえる作品です。新国立劇場では「トリスタンとイゾルデ」が初演となり、会場は満員の人で熱気があふれておりました。





"Tristan and Isolde" is one of the best musical drama in Wagner.
"Tristan and Isolde" is a musical expression of the "aesthetics of love and death."




《あらすじ》

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第一幕:コーンウォールに向かう船の上

アイルランドの王女、イゾルデは自分の婚約者を殺した仇と知らず、トリスタンを介抱するうち、愛するようになります。時が経って、トリスタンは、イゾルデをコーンウォールのマルケ王に嫁がせるように計り、迎え来る役を引き受けます。歳をとったマルケ王との政略結婚を強いられ、仇を愛してしまった罪とでイゾルデは苦しみます。彼女は、侍女ブランゲーネに死の薬を用意させ、その薬の入った杯をトリスタンに飲ませます。イゾルデも一緒に死のうとその杯を飲みますが、実はその薬は侍女ブランゲーネが摩り替えた愛の秘薬でした。


愛の秘薬の力で、心の中に押さていた愛に目覚め、トリスタンとイゾルデは情愛に燃え上がります。我に返り、侍女ブランゲーネの口から薬が愛の秘薬であると聞いてイゾルデは唖然とした時、船はコーンウォールの港に着き、イゾルデはマルケ王に嫁いで行きます。



第2幕:コーンウォールの城内にあるイゾルデの館の前

居室の前庭で、密会を重ねるトリスタンとイゾルデ。しかし、家臣のメロートはトリスタンに嫉妬して、マルケ王にふたりの密会の場を見せようと陰謀を企てます。


究極の愛を描いたワーグナー芸術の最高峰_a0113718_10393631.jpg マルケ王が狩りに出た夜、メロートの計略と知らず、イゾルデはトリスタンと宮殿の庭で密会します。抱き合い恋の炎が燃え上がるふたりの所にマルケ王が戻って来ます。妻と、忠実な勇士だったトリスタンの逢い引きを知り、マルケ王は衝撃のため落胆します。トリスタンは剣を抜いてメロートを挑発します。メロートもマルケ王の恥辱をそそぐため剣を抜きますかが、トリスタンは剣を抜いて、自らメロートの剣に身をまかせ、負荷での傷を負います。







第3幕:コーンウォールから海を隔てたカレオールの古城の跡

自分の城に戻ったトリスタンは、傷が癒えず昏睡状態です。従者のクルヴェナルは主人を哀れみイゾルデを呼びにやります。長い時が過ぎ、やっとイゾルデが到着しますが、トリスタンは彼女の腕の中で息をひきとります。秘薬に翻弄されたふたりの愛のいきさつを知ったマルケ王は、二人を赦そうと後を追って来ますが、マルケ王の一行を襲撃と誤解したクルヴェナルは、戦いを挑んでメロートと刺し、自分も討たれてしまいます。悲しみに沈むマルケ王と侍女ブランゲーネが見守るなか、イゾルデは愛する人の亡骸に寄り添い、悲嘆のなかで昇天していきます。


なお。載せている画像は「トリスタンとイゾルデ」の禁断の愛の世界を描いたラファエロ前派を中心とした絵画です。




《トリスタンとイゾルデ」の音楽》

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 第1幕、前奏曲からライトモチーフ{動機)を馳駆した物語を予見させるような音楽です。弦楽器のためらうような響きから始まり、クラリネットのトリスタンの動機、愛の動機、憧れの動機、愛の魔酒の動機と続きます。ヴァイオリンが愛の動機を歌い音楽は最高潮になります。前奏曲から聴く人を高揚させていきます。


 幕が開くと、冒頭「水夫の歌」が流れ、イゾルデが「西の方に目が向くが、船は東(コーンウォール)に向う」と歌い、彼女の心の奥に潜む怒りと苦しみを死の動機も交えて表現します。底を巧みに表現しています。

 イゾルデは「私のために選ばれながら・・」と憧れの動機に載せてイゾルデが「タントロスの歌」でトリスタンとの過去のいきさつを歌います。歌が進むに連れて、イゾルデの怒りがこみ上げてきて激しい怒りの表現になっていきます。「トリスタンが謝罪に来なければ上陸することはできない」とイゾルデが歌って、トリスタンを呼び、毒薬を用意させます。トリスタンが「姫、お望みのことをおおせ下さい」と歌うと、イゾルデはトリスタンに死の薬を差し出します。イゾルデの歌が段々高揚していきます。「裏切り者。貴方のために飲むのよ」イゾルデが歌い、ふたりで薬を飲み干します。しかし実はこの薬は毒薬ではなく愛の秘薬で音楽が一変します。今まで押さえ気味に歌っていましたが、ふたりは高揚して爆発したように輝き出し、甘味な陶酔的な世界に入ります。二人の愛は燃え上がり、官能的な愛の二重唱「ああ、心の波が高まる」を歌います。抑えていたお互いの愛の心が高揚します。抑えていたふたりの愛が高揚していく音楽は大変ドラマティックです。

究極の愛を描いたワーグナー芸術の最高峰_a0113718_11571098.jpg 第2幕は光の動機、フルートの憧れの動機、クラリネットの焦燥の動機、歓喜の動機、が演奏される前奏曲。幕が開くと、イゾルデがトリスタンの愛を語る「まだ聴こえて・・「愛の女神のお望みは」」で恋する女の心を表現して歌います。トリスタンが登場し「トリスタン!イゾルデ!」と抱き合い30分にわたる愛の二重唱が歌われます。危うく甘味で官能的な愛と死の動機を含む音楽、「夜の歌」は悦楽の極みに達し聴く人も官能的な世界に引き込まれる魅惑的な音楽が続きます。ブランゲーネが甘味な「見張りの歌」でふたりに警告すると、二人は抱擁を続け「聞いてください恋人よ」「それならば一緒に死のう」と一層官能的な歌を歌いあいます。突然照明が夜から昼へ反転して、マルケ王の到着ます。二人の裏切りを知ったマルケ王は「トリスタンをこんなにあいていいたのに」「後妻を取らない戸決めていたのに、トリスタンに強く押されて妻を迎えたのに」と嘆きを歌います。沈黙の後トリスタンが「一緒に死のう」イゾルデが私もついていきます」と非常に甘く美しい歌を歌います。トリスタンはメロートの剣に身を投げ出し、幕が閉じます。

 第3幕では孤独の動機、嘆きの動機による前奏曲に続いて幕が開き、トリスタンが深手の傷を負って瀕死の状態から目を覚まし嘆きの歌から始まり、内省的な静かな歌、情熱的に激しく自己表現したイゾルデに対する愛の歌、錯乱状態になり「イゾルデが来る」「その船にイゾルデが乗っていて」と感情が激しく揺れ動く様子が見事に音楽で表現されています。テノールは声量、音域、体力。気力の限界に挑戦するようなアリアの連続が、イゾルデが到着するまで続きます。イゾルデが到着しますが、トリスタンは「この太陽」の一言の後、息絶えます。イゾルデは「私よ。私よ」と音楽の拍子、速度が目まぐるしく変化しイゾルデの心の乱れを歌で表現します。マルケ王が到着し、イゾルデは目を覚まし、愛と死を歌った「穏やかな、静かな、彼の微笑」を歌い上げながら昇天していって幕を閉じます。



 イゾルデの昇天は、ワーグナーはヴェネツィア派の巨匠、ティツィアーノの名画「聖母被昇天」をイメージして作曲したと言われています。その話を知ったので、画集でこの作品を見てから聴きに行きましたが、確かに、イゾルデの昇天の音楽はティツィアーノの名画「聖母被昇天」のイメージそのものでした。

 日常世界から離脱した異常な情愛の世界を、ワーグナーは半音階とトリスタン和声と呼ばれる和声法を用いて無調音楽に通じるような斬新な音楽で表現しました。ワーグナーにとってはドラマが目的であり、音楽はそれを表現する手段として、ドラマと音楽を融合し、愛とエロスと死の究極の芸術作品を作りました。「無銘の芸術行為」を唱えたワーグナーは自らのオペラを、音楽,文学,演出,造形美術などの総合した芸術作品として、「楽劇」と名づけました。


 ワーグナーの音楽は、ひとつの旋律が終わる前に次の旋律を音楽が途切れることなく重ねていく無限旋律で、聴く人に休む時間を与えず、更に様々なライトモチーフを音楽の中に潜ませて、聴く人を特殊な世界に導いていって陶酔させてしまう魔力のような力があります。「トリスタンとイゾルデ」はその極地ともいえる作品で、頭で考えると理解できない世界に、聴く人を音楽の力で強引に引き込んでしまいます。

「トリスタンとイゾルデ」の音楽的な魅力は、極めて絶妙なバランスの和音の使い方です。不安定な音に聞こえる和声と極めて単純な落ち着いた和声とバランスさています。複雑怪奇な「トリスタン和声」は機能和声法をギリギリまで拡大解釈して見せる手腕、ストレスの解決には次の不協和音を生み、延々と続く和声のうねりは、トリスタンとイゾルデ二人の永遠に解決されることのない愛を感じさせます。トリスタン和声は官能美をたたえた音を鳴り響かせ、法悦感を喚起する麻薬的効果が聴衆を陶酔の世界へと誘い音楽的快感の虜とさせます。楽理を超越した仮想によるカタルシス的な憧憬と情動の浄化、幻影への陶酔の求心効果、「音楽」の魅力を表現しつくした芸術中の芸術、これがワーグナーの楽劇であり、トリスタンとイゾルデ」なのだと思います。



《新国立劇場の公演の感想》

ヒロインのイゾルデは、第3幕の前半以外は、全て舞台でスポットライトを浴びて歌い続けます。しかも、怒り、悲しみ、情愛、官能的快感まで幅広い表現が要求されます。
 
究極の愛を描いたワーグナー芸術の最高峰_a0113718_12121470.jpg トリスタン役のヘンデルテノールの歌手も、この作品では力強く輝かしい高音から重厚な低音まで幅広い音域で、高貴な雰囲気、細かい心理描写、甘く官能的な表現など多様な音楽表現が要求され、第3幕では、トリスタンが息絶えるまでほとんどひとり舞台で、情熱的な表現から狂乱の表現まで歌います。この役は、多くのテノール歌手を死に追いやったとまで言われた難役です。

 
 しかもオーケストラは歌を伴奏するのではなく、歌とは番った音楽を鳴らし続け、歌はオーケストラと音楽を競い合うことになります。従って主役のふたりは。高いレベルの音楽表現を続けられる、強靭な体力、気力、集中力が必要だと思いました。


究極の愛を描いたワーグナー芸術の最高峰_a0113718_1216388.jpg 今回ヒロインのイゾルデを歌ったイレーネ・テオリンはバイロイト音楽祭でイゾルデを2回歌たった実績のある世界のイゾルデ歌いの一人です。新国立劇場の「ジークフリート」「神々の黄昏」ではブリュンヒルデを歌いました。イゾルデはブリュンヒルデより繊細で複雑な性格ですが、テオリンは演技をあまり気にせず、音楽表現だけでイゾルデの変化する心の動きを表現していたように感じました。


 今回トリスタンを演じたステファン・グールドはウイーン国立歌劇場など欧州の主要劇場で、「バジルファル」『ニーベルングの指環』などワーグナーの作品を演じタ幅広いレパートリーの歌手で、声に透明感があり声量も豊かで、燃え上がる情愛から甘い音楽表現まで、見事に表現していました。


侍女・ブランゲーネ役のエレナ・ツィトコーワは以前新国立劇場の「こうもり」のオルロフスキー公爵の役であでやかな男装の麗人を演じて、容姿に相応しい華やかな音楽表現が印象に残っている人でしたが、イゾルデを思いやる控えめな性格を上手に音楽表現していて「こうもり」とは別人のようでした。

 クルヴェナール役のユッカ・ラジライネンは、内面的な表現のトリスタンとイゾルデと異なる昼の世界に生きる明るく粗野な性格を歌で見事に表現していて、第3幕のトリスタンとの歌の競演の場面でも、声量や音域の広さでステファン・グールドと対等に歌を競い合っていました。


 演出のデイヴィッド・マクヴィカーは英国ロイヤルオペラ、メトロポリタン歌劇場、ザルツブルグ音楽祭など世界の主要な劇場で演出を手がけている一流の演出家ということですが、舞台に水を張り、第1幕は船が進む海、第2幕は宮殿の池、第三幕はまた海を表現し、スケールの大きい舞台を演出していました。赤い太陽で夜の世界など、光をうまく使って落ち着いたやや幻想的な世界を効果的に表現していたように感じました。


究極の愛を描いたワーグナー芸術の最高峰_a0113718_12301473.jpg ただひとつ残念たったのは、特殊な照明を使ってイゾルデの昇天を表現していましたが、音楽がティツィアーノ「聖母被昇天」をイメージしているのであれば、イゾルデが後に消えていくので行くのではなくて、天に昇っていくイメージの演出にすれば、もっと劇的なエンディングになったと思いました。ピアノ線のワイアーロープで空を飛ぶ演出は、新国立劇場のバレエ「こうもり」や「ラ・シルフィード」でも行っていました。イゾルデ役の巨漢のイレーネ・テオリンをピアノ線で吊るのは無理にしても、新国立劇場の舞台設備を使えば、天に昇るイメージをつくることは十分可能だったと思います。



 大野大和指揮の東京フィルハーモニー交響楽団のオーケストラは、歌手と張り合いながら、輝かし響き、厚みと重量感あるワーグナーの音楽世界を築き上げていました。


《トリスタンとイゾルデ」の世界》

トリスタンとイゾルデ」も究極の愛と死の物語です。許婚を殺したトリスタンに対して、イゾルデは激しい憎しみの感情の裏側に、深い愛の気持ちを秘めていました。イゾルデは、自分がマルケ王への謙譲物だと告げるための使者として来たトリスタンに対し、自分の愛が裏切られたと感じ、激しい怒りを感じまました。しかし、トリスタンも心の底ではイゾルデを愛していました。社会の規範と自分の名誉心といった昼の世界が恋心を抑制していたのです。


究極の愛を描いたワーグナー芸術の最高峰_a0113718_12404233.jpg しかし、愛の秘薬はトリスタンを名誉心などの抑制から解き放ち、イゾルデも愛の秘薬を飲むことにより憎悪や怒りの気持ちから開放されます。二人は昼の世界から、情熱的に愛し合うよう夜の世界の人となります。ここで愛の秘薬とは何かが気になりますが、トーマス・マンは「愛の秘薬は水でも良かった」と言っています。薬の効果などどうでもよくて、ふたりは死の薬を一緒に飲むほど心の中では愛し合っていたということです。

 しかし、社会規範や性の規範から逸脱することは、昼の世界を呪い、社会秩序と敵対することであり、魂を夜の世界に捧げることは、死をも享受することを意味します。

 死の毒薬と思って愛の秘薬を飲んだ時点から、ふたりは死を意識しており、永遠の愛に陶酔することは、死を覚悟することでもあります。トリスタンがメロートに闘いを挑み、相手の剣に身を投げ出すことは、昼の世界ではかなわぬイゾルデへの愛のために死を選ぶことを意味します。

 イゾルデも、トリスタンが死に切れない間は生に踏みとどまりますが、トリスタンが息を引き取ると、自らも死を選びます。究極の愛のために死を選ぶという考え方は、ヴェルディーの「アイーダ」やジヨルダーノの「アンドレア・シェニエ」にも見られますが、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」ではその思想が純化されたものになり、その音楽全体のテーマとなっています。

  愛の究極のために死を選ぶという考え方は、社会規範を厳しい当時の社会を考える有りうる話かも知れませんが、やはり現代社会に住む私たちには理解しにくいことです。まして、ワーグナーの世界は、愛のために死を選ぶのではなく、愛=死、魂の救済=死という世界を描いており、私には理屈では全く理解できません。

 ワーグナーの思想のなかでは、真の恋愛とは相手の属性に対するものではなく、恋愛は恋人同士の性的一体化にあります。失恋者は一体化から逃れられていないから精神分裂が多いと考えます。「あなたはトリスタン、私はイゾルデ、もはやトリスタンではない。」イゾルデも同時にこれと同じ事を逆から言います。最後に救済は、例えば「さまよえるオランダ人」ではゼンタの愛が救済につながりますが、「パルジファル」では聖なる愚か者があらゆる性的な誘惑を断ち切ることで、アムフォルタス王やクンドリーを救済する、初期と後期の作品で一貫性がありません。あえて共通性を求めるのならば「共悩」という言葉で表現できるのかもしれません。共悩はワーグナー初期からの重要なモチーフで、「オランダ人」の中でゼンタはオランダ人の不幸な境遇に同情し、オランダ人は救済を願うがゆえにゼンタを愛します。「暗い炎がこの胸に燃えているのを私は感じる/不幸な身の私は、この炎を恋と呼んでよいのだろうか/いやいや、これは救いを求める憧憬なのだ」ここでの苦悩は厭世的な苦悩です。太古の昔にはすべてに巨大なエネルギーがあり、神話や儀式は宇宙の始めのときのエネルギーを回復しようとする試みと考えます。ワーグナー楽劇を創作することで現代に宗教的儀式の世界を作りだました。この世界(異界)は徹底して反秩序、夜の世界、苦悩から解放された世界です。これは一種の子宮回帰願望かもしれません。「トリスタンとイゾルデ」の演出で子宮を想起させる舞台にあるばあいもあります。ワーグナーは「トリスタンとイゾルデ」が完全に演奏された場合、聴衆は気が狂うのではないかと心配したといわれています。ワーグナーはこの楽劇の思想的を予想していたのかもしれません。


 確かに、ワーグナーの音楽を聴きながら舞台を観ていると、永遠の愛=死を選んで昇天していくトリスタンとイゾルデに共感させられてしまうのです。ワーグナーの音楽は、聴く人を力づくに特殊な世界に導いていって陶酔させてしまう魔力のような力があります。「トリスタンとイゾルデ」はワーグナーの音楽でも特に強い魔力を持った作品で、日常ありえないような世界の擬似大変をすることができました。

1010.12.25 〔新国立劇場]


参考文献:新国立劇場トリスタンとイゾルデ」パンレット

     音楽の友社編・スタンダードオペラ鑑賞ブック「ドイツオペラ」

     三宅新二「ヴァーグナーのオペラ女性像」鳥影社










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by desire_san | 2011-02-15 10:41 | オペラ | Trackback(2) | Comments(36)
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Tracked from ラ・フォル・ジュルネ・オ.. at 2011-01-10 22:52
タイトル : 1/4 新国立劇場「トリスタンとイゾルデ」
 新国立劇場  14:00~ 3階正面 ワーグナー:トリスタンとイゾルデ トリスタン:ステファン・グールド イゾルデ:イレーネ・テオリン マルケ王:ギド・イェンティンス クル...... more
Tracked from オペラの夜 at 2011-01-29 22:45
タイトル : ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」
<新制作プレミエ上演> 2010年12月25日(土)14:00/新国立劇場 指揮/大野和士 東京フィルハーモニー交響楽団 新国立劇場合唱団 演出/デイヴィッド・マクヴィカー 美術・衣裳/ロバート・ジョーンズ 照明/ポール・コンスタブル 振付/アンドリュー・ジョージ トリ...... more
Commented by マリナ(ドイツ在住) at 2011-01-09 20:09 x
ワーグナー生誕200年まで後2年、これから益々ワーグナーの作品が上演せれる機会が多くなると思います。私はまだこの作品見ていないのでぜひみたいです!詳しいあらすじ、舞台の写真、ありがとうございます。
Commented by hirune-neko at 2011-01-09 22:06
比較的、プッチーニの作品が好きなのですが
いずれにしてもオペラは長丁場なため
アリアだけを聴くことが多いようです。
トリスタンとイゾルデは、ブログに書かれた
あらすじを読んで、改めて興味を深めました。
有難うございます。
Commented by のり2 at 2011-01-09 22:31 x
こんばんは!
お久しぶりです。
訪問&コメントありがとうございます。

新国「イゾルデ」概ね良い公演だったようですね。
気にはなっていたのですが結局行けませんでしたが。
次回の「椿姫」はいよいよチョーフィが新国立劇場に初登場ですね。
Commented by nao at 2011-01-09 23:08 x
トリスタンの鑑賞 楽しまれたようで なによりです。

自分は と言いますと
新国立のワーグナーと考えれば 大野の指揮に支えられ まずまずであったと思われますが
その他に関しては 予想を上回ることも無く むしろ、演出はマクヴィカーとして精彩を感じられず
歌手陣も 良さが そこまで出ているものとは思えませんでした。
また オケが付いてきていないという意味では 演奏にも多くの問題点が浮き彫りにされたように思えてなりませんでした……
そんな訳で
正直、自分にとっては 残念ながら あまり充実感の高い観劇にはなりませんでした……
Commented by felice_vita at 2011-01-10 07:57
こんにちは。大野さん、ということで興味を持っていたのですが、「トリスタン・・・」はまだ自分の中に落ちてきていないので、desire_sanさまの解説&感想、大変参考になりました。Wagner、歌い手と演出さえ整えば、というかこの2つが揃わないと難しいですよね。その意味では今回はまずまず満足度の高いものだったようですね。
Commented by めいすい at 2011-01-10 14:28 x
 こんにちは。「トリスタンとイゾルデ」の記事、力作ですね。記事を書くために、いろいろな資料によりワーグナーの世界を的確に表現しているのを見るにつけ、新国立の「トリスタンとイゾルデ」に、多くの感銘を受けたことがよく分かります。
Commented by やっくん at 2011-01-10 15:19 x
私はまだ本場のオペラを見たことがないのです。日本のものは見たことがありますけど、このようなオペラは当然原語で歌うのでしょうから、映画で言うところの字幕みたいなものはあるのですか。
Commented by つるりんこ at 2011-01-10 16:24 x
新国立劇場の「トリスタンとイゾルデ」、見応えのある舞台でしたね、大野和士さんの指揮も素晴らしかったです。確かに幕切れは昇天というより入水自殺?という感じでしたが。
Commented by desire_san at 2011-01-10 17:02
やっくん、日本で上演されるオペラは字幕があるのが普通です。時々日本語に葺き替えて歌う舞台もありましたが、マイナーですね。本場、イタリアなど海外で観る場合は、当然日本語の字幕はありません。オペラ通の人はほとんどストーリーを知っているので、字幕は不要という意見もありますが、私はみんなが気軽にオペラを楽しめるように、字幕はつけるべきだと思っています。但し、日本はチケットが高いので気軽にとはいきませんね。イタリアなど本場では、国が支援しているため、日本よりずっとチケットが安いです。
Commented by Verdi at 2011-01-10 23:12 x
desireさん、こんにちは。コメント、有り難う御座いました。トラックバックさせて頂きましたので、差し支えなければ御承認頂ければ幸いであります。

今回の公演、相応のレベルのものだったとは思いますが(歌唱陣は特に今トリスタンをこの面子で出来るならまぁ御の字でしょう)、演出はなかなか難しい所なのかな、と思います。
個人的には、「イゾルデは来なかった」演出が結構好きなんですけどね....(笑)
ではでは、今後ともよろしくお願いします。
Commented by ajskrim at 2011-01-11 01:16 x
こんにちは。とても読み応えのある、丁寧な解説、たっぷりと勉強になりました。公演に出かける前に読めればもっとよかったです(笑)。私の見た29日の公演は、最後のイゾルデが去る場面、どなたかが早すぎる拍手をしてしまって、余韻を味わうことが出来ず残念でした。興奮のあまり・・・という気持ちもわからなくはないのですが・・・。暗闇に映し出される光の舞台演出も強烈で、それこそ「無限旋律」のごとく、舞台全体が今も私の脳裏から無限に離れない感じです。長大なオペラの醍醐味を味わうことができたように思いました。
Commented by believers72 at 2011-01-11 13:39
desire_sanさま、私のブログへコメントありがとうございます。
しかし素晴らしく丁寧な記事ですね、じっくり読ませていただきました。
新国公演は大野さん以下キャストがすごかったですが、賛否あるようですね。
この演目自体、とても一筋縄ではいかないようなものですし、
聴く側の思い入れも多様だと思いますので、
特に演出への満足度は場内大喝采とはなり難い演目かと思います。
最近は割にシンプルな演出が多いような気がしますが(予算の関係もあるかも?)、
個人的には大胆な演出のを観てみたいですねえ・・
Commented by Shushi at 2011-01-11 23:42 x
興味深く拝読いたしました。いつも勉強になります。なるほど、新国最後のイゾルデの死の場面、ティツィアーノ的に聖母被昇天のような演出だとまた違った良さが出てきそうですね。
Commented by seiunzi at 2011-01-11 23:49 x
こんばんは。
訪問&コメントありがとうございます。
トリスタンとイゾルデ、確かに人を引き付けて虜にする魔力がありますね。私もその魅力に取りつかれてしまった一人です。会場にもそんな人たちがたくさん集まっていたみたいですよ。
Commented by desire_san at 2011-01-12 00:20
皆様、コメントありがとうございます。
「トリスタンとイゾルデ」は確かに、歌手も相当の力量が必要ですし、演出も、オーケストラの演奏も難しい作品だと思います。

ブログや新聞の評論の中には今回の舞台に批判的なものもあるようです。しかし、私の芸術作品を鑑賞する姿勢として、美しいものを美しいと感じることができる感性と、ささやかな欠点を受け流す度量が必要だと思っています。その逆ですと、どの作品にも満足せず、批判的な論調しか出てきません。何よりも、長時間、生の舞台の鑑賞に時間を費やし、喜びを感じない本人が惨めです。
何事もそうだと思いますが、改善や発展につながせる建設的な批評は意味があると思いますが、ただ否定するだけの批判は、私は気にしないことにしています。
Commented by Masayuki_Mori at 2011-01-12 06:29 x
こんにちは。desireさんのご意見に共感します。私も日本のオペラをこの前に見て、大変感して帰り、気分を良くしていました。
ところが、ある人のブログを観たら、「自分は本場のオペラしか観ないが、たまに日本のオペラをみたら、・・・が悪い、・・が悪い、やはりオペラは本場で観なければダメた。。」と書いてありました。
確かに、本場のオペラと比べればそうなのかも知れませんが、そんなことは”本場のオペラしかみない”人なら、そんなにことは見る前から分かっているはずで、それを分かっていて、日本のオペラになどこなければよいのに、と思いまます。それを分かっていて、わざわざきて、ブログでけなすような人は、単なる皮肉屋にすぎず、本当にオペラが愛する人ではないのではないかと思いました。
desireさんの言う、美しいものを美しいと感じることができる感性と、ささやかな欠点を受け流す度量があれば、よほどひどい舞台でない限り、楽しめるのではないかと思いました。
Commented by marupuri23 at 2011-01-12 11:45
desireさん、いつも記事のご案内をいただきありがとうございます。
こちらこそ、今年もどうぞよろしくお願い致します。

今回の公演についての記事、大変読み応えがあって素晴しいですね。勉強させていただきました。美しい絵画にもうっとりです。
感想を拙ブログに載せておりますので、よろしければご覧下さい。批判的な部分があるかもしれませんが、私はオペラを愛しておりますし、感動と美しさを求めて劇場へ通っているということを、お伝えしておきたいと思います。
様々な意見があるかとは思いますが、自分の感じ方をまず大事に、かつそれだけに囚われない視野の広さを持つことが、感性を磨くためには必要かもしれませんね。
Commented by Satoshi at 2011-01-12 16:40 x
こんにちは。
Masayuki_Moriさん、desireさんのご意見に共感します。評論家と称する人たちが゛私がせつかく酔い思い出と思っていたオペラや演劇の舞台を雑誌などで酷評しているのに出会い、不快な思いをしたことが何度もあります。未だプロの評論家は、ある程度的を得ている場合もあり、出演者がその評論を読んで自らを高める方向に行くことはあるかも知れません。しかし、本当に分かっているのかどうかも怪しい自称オペラマニアが、ブログやツイッテーで、一生懸命がんばている歌手や演奏家をひどく言うのは、その人が本当に音楽やオペラを愛しているのか、疑いたくなりますね。たしかにdesireさんが言われるように、そんな人は無視した方がよいかも知れませんね。
Commented by desire_san at 2011-01-12 16:56
marupuri23さん
ブログを読ませていただきました。「自分の感じ方をまず大事に、かつそれだけに囚われない視野の広さを持つ」という考え方、同感です。
Commented by calaf at 2011-01-12 17:51 x
今回のオペラは、年末年始にかかり、多忙であったことと、数年前に鑑賞したり、クラシカの放送番組で観て、あまりに冗長すぎて今回の鑑賞はやめました。これからの予定としては、新国立劇場の「マノン・レスコー」とフィレンツエ歌劇場公演の「運命の力」を楽しみにしています。
Commented by ゆりこ at 2011-01-12 18:02 x
こんばんは。10年くらい前に「2千年の恋」というドラマがありました。中山美穂扮する少し仕事ができるが本当の恋を知らない普通のOLが、自分よりも若く人間的にも魅力的男性と出会い恋をしますが、その男性は北朝鮮から日本の要人を暗殺するために派遣されている工作員で、そのOLの女性を守るために、工作員は日本からも北朝鮮からも命を狙われる、というような話だったと記憶しています。
 ドラマの中で北朝鮮の工作員を金城武が演ずる金城武が中山美穂に「トリスタンとイゾルデ」の話をして、自分に恋をしてはいけないと諭す場面、金城毅がオペラ「トリスタンとイゾルデ」の会場で暗殺に失敗して中山美穂と一緒に殺される話だったと思います。北朝鮮の工作員を演ずる金城武がすごく素敵で、禁じられた恋であっても恋をしたい男という設定に説得力がありました。オペラの話でないことを長々と書いてすみません。

Commented by 智子 at 2011-01-12 19:34 x
dezireさん、今晩は。「2千年の恋」は私も見ていました。日本に不法入国した某国テロ工作員の男(金城武)とシステムエンジニアの女性(中山美穂)が恋に落ちます。まさに社会の規範から考えれば、してはいけない恋でした。ラストでは策略で、中山美穂の胸の前に爆弾テロの時限スイッチが置かれ、爆弾テロを阻止したい金城武が涙を流しながら時限スイッチを撃ち抜き、その弾丸は中山美穂の胸も打ち抜きます。警察の狙撃隊が銃を構える中、金城武が死を覚悟して中山美穂の元に駆けつけようとするとき狙撃隊の金城武の胸を打ち抜きます。ドラマの所々に「トリスタンとイゾルデ」が登場していましたね。

Commented by Rueise at 2011-01-12 20:08 x
ゆりこさん、智子さんが書かれている「2千年の恋」のドラマは私も見ていました。ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」と話しをオーバーラップさせ、ドラマを通して「トリスタンとイゾルデ」の話や音楽が関わってきていましたね。私はそれまでワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」という作品はハイライトをCDで聞いたくらいですが、この「2千年の恋」を見て興味を持ってワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を見に行きました。オペラ初心者の私には難しすぎで、しかも恐ろしく時間が長くて、後半は劇場の中にいるのが苦痛でしかありませんでしたが。それでもチケット代がもったいないので最後まで見てきました。(笑)。
Commented by Chika at 2011-01-12 20:24 x
こんにちは。dezireさんの字術や写真ブログの読者のChikaです。ワーグナーや「トリスタンとイゾルデ」の話はさっぱり分かりませんでしたが、「2千年の恋」の話がでてきたのでコメントさせてください。なにしろ金城武がゾクゾクするほど素敵でしたね。若き日の仲間由紀恵も出演していましたね。東幹久が仲間由紀恵の紐みたいなすごくいやな男の役で出ていて、それ以来しばらく死やな男の焼くばかりやっていましたね。刑事役の宮沢和史もすごくすてきでしたね。「トリスタンとイゾルデ」に関係ない話ですみません!
Commented by あかね at 2011-01-12 20:36 x
こんにちは。dezireさんの「トリスタンとイゾルデ」の分かりやすいお話をよませていただき、大変勉強になりました。それにしても、イゾルデの昇天を聖母マリアの昇天に重ね合わせたと言う話は凄いことですね。何が凄いことかというと、イゾルデは禁じられた恋、今で言うと不倫をした人ですよ。それを聖母マリアのイメージと重ね合わせるなんて、キリスト教に対する冒涜ですよ。破廉恥だと非難されなかったのでしょうか?それが事実だとすると、ワーグナーは相当破天荒な人だったのですね。
Commented by Koki728 at 2011-01-12 22:05 x
こんばんは。「トリスタンとイゾルデ」についての詳しい説明、ありがとうございます。この即品は、ワーグナーの渾身の作品なんですね。
ワーグナーは何か悪いことをして、指名手配の身になっていた時期があつたそうです。このとき、富裕な商人の保護を受けれますが、こともあろうに、この商人の若い妻のマティルデと恋に落ちます。この体験が「トリスタンとイゾルデ」の下敷きになったというのは有名な話です。ワーグナーは人間的には唯我独尊のかなりひどい性格で、ワーグナーの音楽を支えていた指揮者の妻コジマに不倫をさせたあげく、自分の妻にしてしまいます。それ以外にも、”禁断の恋”がいろいろあったようです。

Commented by desire_san at 2011-01-12 22:12
ゆりこさん、智子さん、Rueiseさん
テレビドラマ「2千年の恋」の話が出ましたが、このドラマで、主演の金城武は、「トリスタンとイゾルデ」の恋をしてはいけない相手なのに、女性に恋をさせてしまうトリスタンをイメージして、演技していたそうです。
Commented by Ai_t379 at 2011-01-14 17:37 x
こんにちは。ウイーンから訪問させていただきます。
ウイーンはオペラの本場ですが、「トリスタンとイゾルデ」の舞台はさすがに少ないです。主役の歌手の負荷が非常に大きく、いらく美声でも、スタミナがないと最後まで歌いきれないのと、舞台が終わった後病気になってしまう人も出るので、この演目は頼まれても受けたくないという歌手もいるそうです。
東京の新国立劇場で「トリスタンとイゾルデ」を上演したというお話を伺っただけでも驚きました。指環、4作も上演したそうで、新国立劇場の頑張りには敬服します。
次は「ローエングリン」を上演するようで、楽しみですね。
Commented by 平石悟 at 2011-01-14 22:47 x
こんばんは。
益々ブログの記事にすごくなっていきますね。やる気になるととことんやるけど、やる気にならないととことん手を抜く(失礼!)貴方の性格から、今は乗っている状態であることが分かります。
中身のことは、コメントできませんが、時間が許す限り、読んで面白いブログを機体しています。
Commented by kyonshogo at 2011-01-17 13:59
生のオペラ、素晴らしいですね!
新国立劇場と言う場所も素晴らしく、
一度見てみたいです!
興味深く読ませていただきました。
Commented by 5-saturn at 2011-01-18 19:01
こんばんは
ワーグナーのオペラはどれも旋律が美しいのでぐんぐん引き込まれますね。「トリスタンとイゾルデ」は数年前に一度観たことがありますが、私には恰好の睡眠導入剤になってしまいました。
Commented by 失われたアウラを求めて at 2011-01-19 23:15 x
ワーグナーが影響を受けたという画家の絵は大変に参考になりました。
Commented by Tomie at 2011-01-20 09:32 x
こんにちは。ワーグナーの作品を鑑賞するには、かなりの集中力が必要ですね。私はとても集中力が続かないので、DVDで、切れ切れに何回もかけて観ています。長大な時間で根気がづきません。全曲と通しては自宅で聴くことはできませんね。ワグネリアンを称する人たちは、一日中自宅のオーディオルームにこもつて、ワーグナーの作品を聴いているそうです。こんなことを続けていたら、頭がおかしくなりませんかね。(笑)
Commented by joycemann at 2011-02-15 22:46
こんにちは。先日はブログに訪問していただきありがとうございます。大変勉強になる、楽しいブログですね。いろいろなコンサートや展覧会に行かれて、うらやましい限りです!
Commented by desire_san at 2016-09-03 09:16
Wagner expressed the world of extraordinary affection which was detached from the everyday world, in a novel music. In the world can not understand the thinking in your head, the Wagner Music will at forcibly pulled the people who listen to the power of music.

Commented by Voltamate_558 at 2016-10-01 16:20 x
管弦楽が歌唱の伴奏でないという点ではモーツァルトとも共通するものがあるように思います。イゾルデの死ですが、何か唐突で、突然死ぬのは自然の死に方より自殺を思わせます。たしかキリスト教だと自殺は天に昇れないのでは。昔、読んだドストエフスキーの『未成年』に小話として出ていたのですが、ある自殺者の思い出のため絵画を書いて、、天に上る姿を描く際、マリアの導きがまずいため削除したというはなしがありました。
まずいため削除したというはなしがありました。私にはイゾルデが後ろに消えていく演出は
面白く妥当だと思います。
まずいため削除したというはなしがありました。私にはイゾルデが後ろに消えていく演出は
面白く妥当だと思います。