「バルトのパリ」と呼ばれるバルト三国最大の美しい開放的な空気の街、世界遺産
Riga old town

リーガは、バルト3国の真ん中、ラトヴィアの首都です。リガの旧市街は、タウヴァガ川とかつての堀であった運河に囲まれた一帯で、カリチェ通りを境に南北に分かれています。リガには中世のハンザ同盟時代の商人の家がたくさん残っており、美しい町並みを形成しています。
Located in the heart of the Baltic States, Latvia's capital, Riga, wasonce known as the 'Baltic Paris'. In 1997, the Old Town of Riga, which is stillcarefully preserved, was recognized as a World Heritage Site as the HistoricCenter of Riga, next to the urban and sophisticated New Town. The city of Riga,which includes a World Heritage Site, is known as the largest city in the threeBaltic countries.

バルト三国の中心に位置するラトビアの首都リガは、かつて「バルトのパリ」と呼ばれていた美しい街です。 都会的で洗練された新市街と隣り合わせに、今も大切に保存されているリガの旧市街がリガ歴史地区として1997年に世界遺産に認定されました。 また世界遺産含む大都市リガは、バルト三国で最も大きな都市として知られています。

昔はタリンのように城壁に囲まれていましたが、町の発展とともに城壁が取り払われました。今は城壁の一部と唯一残る17世紀城門を利用して住宅にしたスウェーデン門と、14世紀に建てられ火薬の保管庫として利用した火薬塔が当時をしのばせます。

リーブ広場の北側に、屋根の上に猫が乗っている裕福なラトヴィア商人の家だった猫の家があります。その北には、中世の姿を今に残す三者三様住宅が並ぶ三人兄弟があります。三人兄弟は1階は住居、3階と地価は倉庫というハンザ同盟時代の商家の典型的な建物です。


カリチェ通りの旧市庁舎の反対側には、リガの創設800年を記念して、彫刻や彫金細工も含めて15世紀の姿に再建されたブラックヘッドのギルド会館があります。


その東側には、16世紀のゴシック建築、聖ヨハネ教会、13世紀の騎士団の城として建てられた聖ゲオルギ教会、聖パウロ教会と教会が集まっています。




リーガは13世紀ブレーメンの大僧正アルベルトが上陸し皮1枚で囲める土地を要求し、合意すると皮を細い紐にして広大な土地を占領してしまったという話が残っています。 彼らはすぐ騎士団を組織して、リガはドイツ人によるバルト地方征服の拠点となりました。




カリチェ通り沿いにリーブ広場と旧市庁舎があります。北側には歴史的な建造物が集中しています。リーガ大聖堂は、13世紀騎士団が占領していた頃の宗教の中心だった教会です。



ユーゲントシュテールは、19世紀後半に世界的に流行したアールヌーボーをドイツ語で表現した言葉で、植物文様、デフォルメされた人間像、曲線を多用した装飾的な美しさが特色です。リガのユーゲントシュテール建築群は、ロシア人で初期ユーゲントシュテールの代表的建築家、ミハイル・エイゼンシュテインの独創的な建築がたくさん見られます。ユーゲントシュテール博物館のある建物は、民族的ロマン主義を表現した建物です。美しい女性像の彫刻と装飾を極めた建物、動物、植物、喜怒哀楽の人面、女性など無数の彫刻を施した建物などが並びます。最上階の装飾も、ライオンやメドゥーサの頭やデフォルメされた人面、華麗な装飾など各々独創的です。外壁が赤タイルで柵のように装飾された建物もあります。

アール・ヌーヴォーとは、19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパを中心に開花した国際的な美術運動で、新しい芸術」を意味します。花や植物などの有機的なモチーフや自由曲線の組み合わせによる従来の様式に囚われない装飾性や、鉄やガラスといった当時の新素材の利用などが特徴です。

19世紀後半のヨーロッパでは、産業革命の影響で大量生産が広がる中、イギリスにおいて美術工芸家のウィリアム・モリスが中心となって展開した、アーツ・アンド・クラフツ運動が起こります。産業革命後の工場で大量生産品に対抗して、職人や工芸家が中世の芸術を通じて生活を美化するような、良質な実用品を世に送り出そうとするものでした。それは、民衆の生活に根ざしたもので、家具、刺繍、ステンドグラス、テキスタイル、室内装飾、活字の書体、など日常生活のさまざまな分野にわたっています。このような総合芸術は、多くの芸術家たちに共感を与え、各地に広がっていきます。万国博覧会は19世紀末より頻繁に開催され、世界各国の芸術品や技術などの異文化を吸収する場となました。
浮世絵、工芸品、などの日本の美術品はヨーロッパにはなかった芸術表現として、芸術家を刺激し、ジャポニズムは、アール・ヌーヴォーを生み出す起爆剤になりました。ジャポニズムや北アフリカや近東諸国の装飾豊かなイスラム美術、オリエンタリズムもアール・ヌーヴォー大きな影響を与えました。
アール・ヌーヴォーの作品は、曲線的、非幾何学的、非対称性で表現される、優雅な曲線や装飾性が重視されたロココ美術の流れも汲んでいます。有機的なモチーフが、独特の有機的曲線が生まれ、新しい装飾表現、特有の曲線は、自然観察の中からも生まれ積極的に取り入れられました。ヨーロッパ美術において、自然はもともと重要なモチーフとされ、紀末に自然への回帰が主張されました。ひときわ自然への関心が高かったことで知られるガレは、作品に形態や生命感を表現しました。
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すてきな写真を拝見させていただきました。
いろいろ海外旅行をしたましたが、バルト三国は行ったことがないのでこんな美しい街があるとは知りませんでした。
街全体が世界遺産になっているのですね。
次の海外旅行でぜひ行きたいと思います。
スウェーデン門などの写真は中世にタイムスリップしたような古めかしく荘厳なものがありますね。ブラックヘッドのギルド会館は他に例のないような装飾的な建物ですね。中世にもこのような斬新な建物が建てられたのでしょうか。
世界遺産ま街、リガを楽しませていただきました。
エストニアは行ったことがありませんが、美しい写真に感激しました。写ガイドブックの写真よりずっときれいにとれていますね。すばらしいです。
リーガはエストニアが独立して西側の国になった直後に行きました。
写真を拝見し、私たちが歩いたリーガの街の風景を思い出しました。dezireさんは街の風景を美しい写真に残されているので、いつもうれしく、楽しみながらみています。
海外旅行がたいすきでいろいろ出かけ始めています。
ラトヴィアはいったことがないのでどんなところかと思いましたが、世界遺産・リーがの街の見どころの写真をみせていただき、街の様子や魅力が伝わってきます。
ガイドブックにはこのように美しい写真が載っていませんので、行くとしてもずっと後にしようと思っていましたが、この写真をみせていただき早く行ってみたくなりました。
ほかにも海外の写真をのせていらつしゃるので、またときどき訪問させていただきます。
リガの大聖堂でのオルガンコンサートが忘れられません。曲目は全てフランク。小さなお子さんから、若いカップル、お年寄りまで、沢山の聴衆が静かに聴き入っていたのも印象的でした。

