官能の愛と純粋な愛にさまよう男に命をささげた純潔の乙女
Wagner “ Tannhäuser und der Sängerkrieg auf Wartburg “

ワーグナーが作曲した全3幕で構成される中期オペラの傑作「タンホイザー」が、世界的なヘルデン・テノールのスティー・アナセン、欧米の主要歌劇場に次々と出演してメトロポリタン歌劇場にも出演予定のミーガン・ミラー、新国立劇場で大人気のエレナ・ツィトコーワを迎えて新国立劇場で上演されました。
「タンホイザー」(正式名称『タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦』(Tannhäuser und der Sängerkrieg auf Wartburg)は、性愛と聖愛の間で苦悩する優柔不断な騎士を純粋な乙女の愛が救うという中世の騎士物語とヴィルトブルグの歌合戦が組み合わせられた荒唐無稽な話ですが、すばらしい音楽が物語に説得力を持たせています。優柔不断な騎士タンホイザーにも美しいアリアを歌わせて魅力的な人物のように仕立てています。
With Tannhäuser, Richard Wagner took an initial step toward what would be called the Musikdrama (music drama), in what would be a break from the Italian.

ヴェーヌスベルグの官能の世界は、美しい音楽と開放的な歌でまるで舞台が悦楽の園の小宇宙のようになりました。ヴィルトブルグの清純な世界も音楽とエリザベートの清純な歌が聴衆を清浄な世界に聴く人を浸らせます。キリスト教的中世の世界の貞淑、清純な乙女エリザベートの素朴な感情の深さを歌う音楽と、異教の愛の神ヴェーヌスのいるヴェーヌスベルグの高揚した音響の響きという対比でオペラが展開していきます。


Opera tradition of the "number operas"*. Tannhäuser marks an important step in the process of perfecting the Musikdrama some years later, and we felt it fitting to perform it in celebration of the 200th anniversary of the composer's birth. Artistic Director Otaka Tadaaki has made his opinion known that he is not one for productions that end up being "reinterpretations that go too far", to the detriment of the original appeal of the music and storyline. This is why he has always kept close tabs on the direction that new NNTT Opera productions are taking during the creative process. This production was the season opener in 2007, when Wakasugi Hiroshi had just taken over as artistic director. The lucid and visually stunning production has become part of the NNTT Opera repertory, and proved itself to have a wide appeal across diverse audiences.

対照的にヴォルフラムは、タンホイザーを理解し共感するが熱い情熱に衝き動かされることなくヴィルトブルグに安住する道を選びます。ヴォルフラムはタンホイザーの対立軸の人物として、バリトンの魅力を聴かせるヴォルフラムの「夕星の星」など美しいアリアが与えられています。
ヴィルトブルグの社会ではエリザベートは性的に汚れていない純粋無垢の乙女でなければならないが、タンホイザーを弁護することで自分の魂に抱えているアウトサイダーの性質をのぞかせる。しかしタンホイザーの贖罪を乞うことは彼女の中のエロスを断念することで、天の仲介者、聖女になることを意味します。ローマから罪の許しいを得て帰還する巡礼者の中にタンホイザーの姿がなかったとき、彼女は聖母マリアに帰依していきます。エリザベートは聖母マリア像の前にひざまずき一心に祈ります。エリザベートの「全能の処女・マリア様」と華やかな音楽とアリアがヴェーヌの「愛しい人よ、あの洞窟をご覧なさい」のアリアと重なり、ヴェーヌスベルグの官能の世界からヴェーヌスベルグの清浄に移行させます。
ワーグナーのオペラの根本理念の一つに「救済の思想」があります。前の作品「さまよえるオランダ人」が清純な乙女ゼンダの貞潔なる心と献身より「魂の救済」がなされたように、「タンホイザー」ではエリザベートの愛と自己犠牲の死によってタンホイザーの「魂の救済」がなされます。ワーグナーにとって「愛」は肉体を超越して尊厳であり、人間を浄化、昇華し神の世界を啓示するものです。「魂の救済」は死と背中合わせとなります。




ヴォルフラム役のマーティン・ガントナーは、背が高くスマートで歌も魅力的で見せ場の「夕星の歌」もすばらしかったです。ヘルマン役のハンス・チャマーは体が大きく威厳があり、堂々とした歌は存在感がありました。
演出はオーソドックスで新国立劇場の舞台装置のレベルをうまく利用し、序曲が始まると幕が開き、舞台がせりあがりながら組み立ってきて、その後のヴェーヌスブルグを表していきます。歌手が登場するまでのバレエはやや単調で長く冗長に感じました。歌がなかなか始まらずこのバレエがすごく長く感じました。序曲が非常に長いのでこの間聴衆を退屈させない工夫がほしいところです。歌手が凍傷してからはテンポよく話が進み、特に第2幕は演劇として見ても大変面白いものだったと思います。

(2013.1.26 新国立劇場オペラパレス)
今年はワーグナーの年ですね
さきほどは拙いブログに訪れていただきありがとうございます。
新国立劇場の「タンホインザー」良かったようですね。
私は地方在住ですんで、新国で一度もオペラを観たことがありません。
是非、観てみたいです。
これからも、よろしくお願いします。
ワーグナー・ヴェルディ生誕100年らしいですが、新国立劇場のワーグナーはこれを最後にしばらくやらないようですね (ー○ー)=3
以前、滋賀のびわ湖ホールで見た「タンホイザー」は、歌はそれなりによかったのですが、プロダクションのおもしろさと完成度では一歩譲るものがあると思いました。
首都圏在住ではないので、めったに行けないのが残念なのですが、3月の「アイーダ」はチケットを買っていて、こちらも期待しています。
ヴェルディとワーグナーのお祭りの年にしては、日本ではワーグナーの上演があまりに少ないのがわたしも残念です。新国立劇場は、「指環」の後なので、これもしかたないのかもしれません。
新国立劇場のオペラは世界でも一流の演出家が運出しているのと、新国立劇場の舞台自体がいろいな仕掛けができて表明設備が優れているので、演出効果が行かせるのも魅力だと思います。舞台に水を張れねのはここだけではないでしょうか、
私も次回は「アイーダ」です。3回目ですが、馬も含めてエジプトの王朝や軍隊の衣装を着たの異常を何百人もの人が舞台に乗って歌うのは壮観ですね。
私の子供のような感想・・お恥ずかしい限りでございます。
desiresanさまの感想、楽しく拝読させていただきました。
知らないことが多くて面白かったです。
曲の背景や内容をわかって聴くと、新しい感性で聴けそうです(*^。^*)
”子供のような ”ご謙遜しすぎですよ (笑) 音楽にはいろいろな感じ方があってそれが面白いと思います。皆様のいろいろな感想を読むのは楽しいです。
名曲にはその役の葛藤が秘められていることが多いようですね。そ葛藤をソリストが表現したとき、迫力あるシーンが生きてきて芸術になるのだと思います。
ワーグナーはスケール感があって、ちょっと哲学的なところが好きです。
キャストもオケも健闘していたと思います。
ただローエングリンであの水準のものを観てしまうと・・ちょっと耳が贅沢に慣れてしまったのかもしれません。
私もアイーダ楽しみです。
コメント頂きありがとうございます。
ワーグナーのオペラは理念のある密度の濃密でスケール音楽が魅力ですね。 新国立劇場のタンホイザーは正統派のの舞台で全体のバランスがよく楽しめました。camelstraycatさんが書かれておられるように現代最高のローエングリンのひとりといわれるフォークトの舞台は彼の存在感がすばらしかったですね。来シーズンはワーグナーがないのはさびしいですね。見落としていた「ニュルンベルクのマイスタージンガー」かの再演か、「パルジファル」 をやってほしいですね。
dezireさんの解説、非常に楽しく拝見させてもらいました。場面場面の的確なコメント、本当に素晴らしいです。小生はオペラは3回目の初心者ですが、このタンホイザーをみてオペラファンになりそうです。では、これからも、よろしくお願いします。
タンホイザーは楽しめるオペラでしたね。ワーグナーのオペラは見れば見るほど新しい発見がありますね。
私は化学技術を中心として研究開発が本職ですが、美術、音楽、オペラなど、大学でいえば文学部美学科の人が読むような本を、感動的な作品に出合ったのをきっかけに多く読んでいます。
プラハの春についてはカウフマン監督の『存在の耐えられない軽さ』を見ました。
ワーグナーは、飯守泰次郎さんが新国立劇場の音楽監督になって『リング』をすべて新演出で上演しているのでずっと見ています。今月最後の『神々の黄昏』を見に行きます。ワーグナーの音楽は、色彩と空気感とダイナミックに訴えかけて来るところはワーグナーと共通するものがあると思いますが、ワーグナーの音楽は重層的で、様々ライトモチーフの音楽を多用に重ね合わせてくるところがすごく、聴く人を酔わせる要素が強い遁辞ます。アリアがなくてもオペラが成立する音楽の力は正に凄い、だから自ら「楽劇」と呼んだのがよくわかります。日本人の持つ特有の「正義が勝つ、という勧善懲悪の世界観」は、ベートーヴェンをはじめとしたドイツオペラも似たようなもので、ベートーヴェンの唯一のオペラ『フィデリオ』などは、ベートーヴェンの温雅を聴くためだけのオペラと割り切らないと楽しめませんね。
ワーグナーは子指摘のように、楽劇では「深遠な至高の世界」を展開していますが、私生活は目茶苦茶で、ワーグナーに関わり合った人はみんなひどい目にあう、疫病神のような人だったようです。それは自分でも自覚していたようで、彼の柵日野を丁寧に見ると、ワーグナー自身を投影したような人物が登場しているので、おもしろいですね。





