ラファエロ美術の変遷とラファエロの魅力
Raffaello Sanzio da Urbino

東京西洋美術館でラファエロの美術展が開催されています。ラファエロはルネサンスを代表する誰でも名前を知っているほど有名な画家ですが、作品が少なくその多くが門門外不出のため、まだラファエロの代表作品はわずかしか日本に来ておらず、日本で初めての本格的なラファエロ展でした。
Raffaello Santi (1483 - 1520) was born as theson of Giovanni Santi Duke of Urbino court painter in Urbino duchy thecity-state of central Italy. Raphael was apprenticed to the workshop of thepainter Perugino Umbrian school at an early age by his father Giovanni.

ラファエロ・サンティ(1483 - 1520)は、中央イタリアの都市国家ウルビーノ公国でウルビーノ公宮廷画家ジョヴァンニ・サンティの息子として生まれました。この美術展でラファエロの父ジョヴァンニの作品も展示されていました。
Raphael learned a microcosm of the diffusionof light to stimulate delicate gentle spirit and a sense of rustic beauty ofUrbino court, innocent, love, mind and body of the time sensitivity of richyouth. Representing the Urbino painter Perugino at the time in, I dedicated afervent love to worship a sweet dream pious poetry and Perugino. Raphael'sfather Giovanni Santi, leaving the work as shadow mingled graceful golden lightof Perugino and Piero della Francesca painter.
ム 幼いころラファエロは、父ジョヴァンニによりウンブリア派の画家ペルジーノの工房に弟子入りしました。

「父なる神・聖母マリア」「天使」
17歳のラファエロが残した祭壇画は、初期ラファエロの特徴をよく残しています。ペルジーノの影響が残り、この頃の作品はペルジーノの作品に画風が近く、区別がつかないものもあります。
ラファエロは、感受性豊かな青春の時期にウルビーノ宮廷の素朴、純粋無垢、愛情、身心の美の精神と感覚を繊細に刺激する柔和な光の放散の小宇宙を学びました。当時ウルビーノを代表する画家はペルジーノで、ペルジーノの甘味な詩情と敬虔な夢想を崇拝し熱烈な愛を捧げました。ラファエロの父ジョヴァンニ・サンティは、隣のウンブリアからウルビーノ美術の足跡を残した大画家・ピエロ・デッラ・フランチェスカの黄金の光とペルジーノの優美な影が薄められて混じり合ったような作品を残しました。

「聖セバテイアヌス」(1501-1502)
ペルジーノ風が濃いですが、人物表現に力強さがましてきています。聖セバテイアヌスの羽織るガウンが全体の淡い背景の色から鮮やかに節度を持って浮かび上がり鮮麗な趣があります。柔らかい空気の香りさえ画面に満ちてさわやかな幻想味をたたえています。
ペルジーノは甘味でとろけるような信仰の画家というだけでなく、堅固な素描家で骨格のしっかりした作品を残しました。この時期にラファエロに決定的に影響を与えたのはペルジーノで、ペルジーノの作品と区別のつかない作品もありまるくらいです。この時期のラファエロの作品は、ひとつの線にもメロディを感じさせる軽やかな優しい感情にあふれ、優美で穏やかで甘味な心の調べを感じさせます。ラファエロの最も美しい聖母のひとつとわれる「フォリーニョの聖母」(バチカン美術館)もこの時期の作品です。
そんなラファエロに衝撃を与えたのがダ・ヴィンチでした。「岩窟の聖母」に見られるような、なぞと調和に満ちた瞑想的な光を湛えた美しい顔、交錯する声明と背後にある秩序。ラファエロは純粋に線型的な旋律の画家だったが、ダ・ヴィンチは、天賦の優美さ、純粋で至福な創造と、普遍的幾何学的体系の中で再構築された宇宙をフーガと対位法で表現した画家でした。
そんなラファエロに衝撃を与えたのがダ・ヴィンチでした。「岩窟の聖母」に見られるような、なぞと調和に満ちた瞑想的な光を湛えた美しい顔、交錯する声明と背後にある秩序。ラファエロは純粋に線型的な旋律の画家だったが、ダ・ヴィンチは、天賦の優美さ、純粋で至福な創造と、普遍的幾何学的体系の中で再構築された宇宙をフーガと対位法で表現した画家でした。

「無口の女」(1504-1505)
ラファエロはダ・ヴィンチの作品をよく研究していました。微妙な陰鬱の表情は「モナリザ」の影響によると考えられます。この頃のラファエロはフランドル風の風景画を取り入れるなど日々に絵画が進化しています。
Raphael was given the shock to da Vinci. thebeautiful face filled with light-filled contemplative harmony as seen in "Virgin of the Rocks ", Raphael was a painter of melody linearly purely, daVinci, in counterpoint and fugue grace of genius, and creative bliss pure, theuniverse that has been rebuilt as part of the system geometric universal it wasa painter who was represented.

「聖家族と子羊」(1507)
キリストと子羊を組み合わせる構図は、16世紀初めダ・ヴィンチにより試みられたものでダ・ヴィンチの作品を参考何していると考えられます。この作品では、イエスからマリアへ、マリアからヨゼフへと上昇し、ヨゼフからキリストが覗きこまれる構図になっています。
ラファエロがフィレンツェに来て間もなくの作品で旋律の音楽家ラファエロと対位法・フーガの音楽家ダ・ヴィンチが混じり始め他時期です。頭部はペルジーノ風、顔はダ・ヴィンチの師ヴエロッキォのデッサンの特色が現れていたり、新しい構成法に対するラファエロの不安が表れている作品もあります。そんな中でラファエロが挑んでいたこの方法で最も簡潔な調和を達成した作品が「大公の聖母」でした。

「大公の聖母」(1504-1505)
構図は聖母子像の最も単純な形式です。この単純さは従来なかったもので、フィレンツェの時代に次々と多様に変化する最初のあらわれといえます。構成は完全な均衡真中に組み立てられ、光と影が微妙に人物の心理を反映しています。ペルジーノ時代の清純から威厳への変化の一過程の表現といえます。対称と照応の漸進がラファエロの優美さに秘密の数学を、詩情に詩学をもたらし、情と知の対位法が生まれています。
暗い背景は聖母子の表現にふさわしくも見えますが、実は制作された当初は室内空間や風景などの背景が描かれ、後世に塗りつぶされたそうです。そのように見ると黒く塗りつぶされているのは少し違和感があります。聖母子の表現が非常に完成度が高いだけに、黒く塗りつぶされていなかったらさらにどんな魅力的な作品だったのかと惜しまれる思いです。
It is time to other musicians, da Vinci andRaphael musician melodic counterpoint fugue begins to mix with the work ofRaphael came to Florence soon. Perugino head wind, face is also featuring worksof Da Vinci drawing Vuerokki~o teacher or has appeared, Raphael's anxiety fornew construction method are evident. Was the "Madonna of the GrandDuke," work is to achieve harmony with the most concise in this wayRaphael was challenged in such.
ラファエロの画風の変遷は大きく3つに大別されます。ひとつがウルビーノでペルジーノの影響下のもと描いていた初期、二つ目がフレンツェの伝統的絵画とダ・ヴィンチの影響が見られる1504年から1508年にかけての4年間、そして二人のローマ教皇たちの緊密な後援を受けてフレスコ画の大作を描いていたローマの時代です。ラファエロがフレスコ画の大作に至るまでにフラ・バルロメオに大きな影響を受けます。
ラ・バルロメオはサボナローラの思想に熱中した画家で、彼の作品にはドミニコ派特有の張りつめた空気と、厳しい信仰に呼応する自然感情、力強く遠近を表現する美しい垂直な面が見出されます。ラ・バルロメオは胸の内にサボナローラの光が燃え盛る聖人で、絵画にとって偉大な幾何学法に習熟した学者で、フォルムの詩人でした。そのような多様な要素を溶かし持っていましたが、ラファエロが目指したのはそれらの融合した世界でした。

ラファエロのこの画風の変化の時代の代表的作品が、ボルゲテーゼ美術館の「十字架降下」です。今回はこの作品のカヴァルエル・ダルピーによるコピーが展示されていました。
ボルゲテーゼ美術館の「十字架降下」はラ・バルロメオの原理を多数の動く人物の構図に適用しつつ、まだ制御できていない姿が表現されています。人体の動き。腕と足の絡み合い乱れる様子は見事に表現されていますが、それ以外のいたるところに固さがみられ、書く人物の力がバラバラで立ち騒ぐ姿に真実味がなく、芝居がかっています。このような芝居がかった画風は、その後イタリアに氾濫することになります。
ラファエロはウルビーノ、フィレンツェ、ローマと性格の違うイタリア各地を渡り歩き、様々な絵画の流派を学びました。当時では珍しい土地柄を感じさせない、イタリア・コスモポリタンの画家といえます。
ラファエロは、ブラマンテ、ミケランジャロのいるローマで、もっと広いフレスコ画の壁画の世界ですばらしいフォルムの構成者として成長していきます。ブラマンテはラファエロの郷土の先輩で、ラファエロに自らのことを気付かせ、より高い地点に楽々と連れて行く能力を持っていました。帝国の残骸が積まれた遺跡の石の上に燃えているローマの魂と熱狂がラファエロを捕えました。ラファエロはヴェネツィア派から豊富な色彩を取り入れるとともに、システイナ礼拝堂のミケランジャロの人物像から豊かな肉付けを学びました。バチカン宮殿「署名の間」の「アテナの学堂」や聖体の議論」は、ミケランジャロの芸術と同等の力を生じながら、落ち着いた芸術に発展して実を結んだ傑作です。
今までの強靭な精神をもって闘うローマ教会の勝利の記念碑的なバチカン宮殿に、教会の権威を超えた人間の生命の息吹と田園風景を描き、人間的であるが故の力強さをもたらしました。それは名人芸の飾り立てをも超えた、健康的な高貴さ、知の最高峰ともいえる術でした。孤独な聖母の詩人だったラファエロは、ローマの大オルガンの響きに若く不滅の艶を与え、記念碑的な大群衆のコーラスの指揮者なったのです。

ローマに来てラファエロの芸術を変えたもう一つの要因は、優美で繊細なフィレンツェの女性像とは異なり、肩幅が広く腕や足腰に力がある子供を産む母になるべく育ったローマの美女たちとの出会いでした。バチカンの壁画「パムツナス」に描かれているミユーズは。フィレンツェ時代に描いたような汚れを知らない聖母像ではなく、アポロンの歌に心を奪われ陶酔するかもしれないような、ギリシア神話の世界と調和のとれた女性像でした。
またラファエロはヴェネツィア派から豊富な色彩を、ミケランジャロから人物像の豊かな肉付けを学び、ヴォリュームのみなぎる人間的な肉体の女性像を描きました。その後の聖母画の傑作「サン・シストの聖母」「子椅子の聖母」に描かれた聖母は、この世のものとは思えない美しさの「フォリーニョの聖母」や「大公の聖母」とは異なり、生身の人間の美女さのものです。

ラファエロは卓越した肖像画家でもありました。この美術展でもラファエロの自画像をはじめとして数多くの肖像画家が展示されていました。「ベルナルド・ドヴィーツィ枢機卿の肖像」は肖像画の傑作といえます。
この美術展ではラファエロの工房で活躍したラファエロ門下の画家たちの作品も展示されていました。その代表的な一人がジュリオ・ロマーノで、ラファエロとともにバチカン宮殿の壁画を描き、ラファエロが急逝した後に壁画を完成させました。バチカンの後期のフレスコ画やキリストの変容、「樫の木の下の聖家族」といった作品はラファエロではなくジュリオ・ロマーノの作品というのが有力です。ジュリオ・ロマーノは初めラファエロによく似た絵を描いていましたが、その後幻想的、官能的なマニエリスム的な絵画を残すようになりました。

ラファエロの死後、イタリア美樹界はミケランジャロに支配されます。ラファエロの弟子たちも含めてミケランジャロに強い影響を受け、自らの主張を失い、大げさに崇高を気取りフォルムを痛めつけてかえって弱弱しいマニエリスムと折衷主義、後は責苦の好きな画家たちでした。イタリア芸術の流れが再び生命を取り戻すのは、燃え上がる情熱と確固たるフォルムのカラヴアジョを待たなければなりませんでした。
イタリア・ルネサンスにはふたつの潮流があります。ひとつは様式的に均衡安定し落ち着いた線の生む古典主義的な美術、もうひとつは熱い情熱に浮かされた表現主義的な美術です。前者はギリシア・ローマからカヴアリー二、ジョットからマザッチオ、ラファエロに至る調和の世界、後者はイタリア・ビザンチンからベルニーニに至る様々な異なる表現の世界です。後者の頂点に君臨したのがミケランジャロだとすれは、前者の頂点に位置する画家がラファエロです。ラファエロの芸術は、その後の美樹史の流れの中で美の規範として生きつづけ、アングル。マネ、ルノワールなどに大きな影響を与えました。
参考文献:後藤茂樹編 世界美術全集7「ラファエロ」1976 集英社
アンリ・フォシオン(原章二訳) ラファエロ 2001 平凡社
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今回来日した「大公の聖母」のラファエロ芸術における位置づけがよくわかる、優れたラファエロ美術の解説をどっくり読ませていただきました。この解説を参考に、上野のラファエロ展に行ってみます、
ご紹介ありがとうございます。
このブログを読んで、またラファエロ展を見に行きたくなりました。
沢山の絵が載せてあり、美術館に行ったことを思い返して読ませていただきました。すごく詳しいですね!改めて解説を読ませていただき、本当に勉強になりました。ありがとうございました。
ラファエロの聖母に描かれた女性像の変化については、初めて知りラファエロに対する理解が深まりました。
ラファエロの「大公の聖母」のラファエロの作品に対する位置づけも分かり易く説明していただき、よく理解できました。
こんなに分かり易くラファエロの美術の変化を教えていただいてのは初めてで、ありがとうございます。
ラファエロの画風の変遷が3つに大別されるお話や
作風を音楽にたとえて表現されているお話がたいへん勉強になります。
旋律の音楽家ラファエロ、とても美しい表現で素敵です。
またラファエロをじっくり見直したくなりました。ありがとうございます。
先ほどは、拙ブログにコメントを頂き、有難うございました。
早速、拝読致しましたが、ラファエロだけではなく、イタリア美術史全体にわたっての詳しい解説に、感嘆致しました。
美術展を観に行った時の感動を思い出しながら読ませて頂きました。
「大公の聖母」の、柔らかく優しい、落ち着いた美しさ、大好きです。
また、あの絵に会いたくなりました・・・。
専門学的な説明と絵を照らし合わせながら読むことができて勉強になりました!
「聖ゲオリギムストと竜」のレオナルドからの影響とは、アンギリアリの闘いのことでしょうか。この絵の造形はペルジーノ、とても納得です!
またブログ拝見させていただきますね!ありがとうございました。
コメント頂きありがとうございました!
とても分かりやすい解説、改めて勉強になりました。
美術館ではつい絵そのものに目を奪われて、
解説を読んでも忘れてしまいがちで・・・。
大公の聖母は、本当に、背景付きで見てみたかったですね。
またブログ拝読しに参ります!
歴史を身につけていると
作品もまたより深く見えてくるのかと思うと羨ましいです・・。
背景を黒く塗りつぶされた大公の聖母ですが、
私はそこに奥ゆかしさを感じたりしました~!
また立ち寄らせていただきます^^
歴史を身につけていると
作品もまたより深く見えてくるのかと思うと羨ましいです・・。
背景を黒く塗りつぶされた大公の聖母ですが、
私はそこに奥ゆかしさを感じたりしました~!
また立ち寄らせていただきます^^
コメントありがとうございます。私のブログの記事がお役にたててうれしいです。
コメントありがとうございます。 わずか37歳の生涯でこんなに多くの比類ない傑作を残したのはすごいことですね。
コメントありがとうございます。今回のラファエロの作品では、「大公の聖母」以外では、「無口な女」がラファエロの技量の高さが表れていたような気がします。
コメントありがとうございます。今回のラファエロ展をみて、ペルジーノとレオナルドの影響が強いことがよくわかりました。
コメントありがとうございます。「大公の聖母」の背景に何が描かれていたか分かりませんが、黒く塗りつぶされたことで、聖母がより美しく引き立ったという見方もできるかもしれませんね。
こちらのブログの一部を拝見いたしました。
山や歴史や美術等、私のブログと共通するものもあり興味深く読みました。なかなかエネルギッシュに飛び回っておられますね。
ラファエロについても詳しく勉強され、言及されておられ感心しました。私のブログは、私の偏執的ともいえる個人的な感想にこだわっています。ですから間違いも、一面的な感想もあります。
気が向いたらまたご訪問ください。
私は美術史については全く知識がないのですが、作風から、ミケランジェロやベルニーニのようなどうだ!と言わんばかりの力強さは感じられませんが、高貴というか、柔和な品格のようなものを感じました。何となく、控えめな性格に感じられるラファエロの作品は大好きです。そのような点からも、「アテナイの学堂」に魅かれるのかも知れませんね・・。
また、お邪魔します。 atelier-NU
ラファエロは名前を知っている程度でしたが、実物を観てみようと思い行きました。
たくさんの人と、時間があまり無かったのでゆっくりと、とは
行かずに観ましたが、繊細さと透明感がスゴイなーって
思いました。
やっぱり、実物を観ないとですね。
とても時間がかかると思うのに、丁寧に記事を書かれていますね。
私は西洋美術史を学んだ人間で、世紀末美術以降が好みだったんです。
イタリアで暮らすようになって、ルネッサンスやバロックの美しさに改めて気がつかされました。
ラファエロ、いいですよね~
当方はさほど美術史に明るくないので、今回のラファエロ展はもっぱら画題を読み解く方に力を注いでおりました。画風の系譜などを知っているとさらに美術展が楽しくなりますね。勉強になりました。
ところで話は違いますが、プラハはいちど行ってみたい街です。写真を拝見いたしましたが、美しい街ですね。時間もお金もないので、実際に自分で行くのはなかなか難しいと思いますが。(苦笑)
ラファエロ展を見てきました。
「大公の聖母」は評判通り、非常に美しかったですね。
dezireさんの、ラファエロの画風が3つの時代にわかれるというご説明は、私のラファエロの絵画に対する理解が大変深まりました。
私がラフアエロの聖母像として親しんでするルーブル美術館の「ベルヴェデーレの聖母」や「美しき女庭師(聖母子と幼児聖ヨハネ)」とは、顔の描き方も「大公の聖母」にスカイのでしょうか。
それと比べるドレスデン国立絵画館の「サン・シストの聖母」やピッティ美術館の「小椅子の聖母」は、より人間的で後の時代のグループに入るのでしょうか。
ピッティ美術館の「ヴェールを被る婦人の肖像」なども非常に人間的な表現ですね。
おかげさまで、ラファエロの絵画をより深く楽しめるようになりました。
ありがとうございます。
さっそく記事、読ませていただきました。
エル・グレコの時と同様、とても丁寧にわかりやすく書かれていますね。とても勉強になります。
「大公の聖母」に関しては、元々背景があったと知ってからは、背景ありきのものを見たいと思っています。
が、この背景が黒で塗りつぶされているからこその清貧さもあるのかなと思うと、見比べてみないとなんとも言えませんね・・・。
そして何よりも、37歳という若さで夭折されたことが心残りです。ミケランジェロやダヴィンチのように長生きしていたら、どれほどの素晴らしい作品を残してくれたことだろうか、と・・・。
ルネサンス美術には、様式的に均衡安定した古典主義的な美術と熱い情熱的な美術のふたつの潮流があると思います。前者の代表がラファエロで、後者の代表がミケランジェロではないでしょうか。
37歳の短い生涯で、3つのまったく異なった画風の絵画をのこしたことは、ラファエロが並はずれた天才であったからこそ成せる技だったと思います。
ドレスデンに行ったときにアルテ・マイスター絵画館で「システィーナの聖母」を見ました。
聖シクストゥスと聖バルバラを両脇にして、聖母マリアが幼児キリストを抱きかれていました。マリアは天使を背景に雲の上に立ち、下部には両翼を持つ頬杖をついた特徴的な天使が描かれていました。
元々は祭壇画の一翼として描かれ他と言われ、祭壇画では中央にキリスト磔刑画が描かれていたためか、慈愛に満ちた表情で描かれるはずのマリアがこの絵画では厳しい顔をして描かれているという評価もあるそうです。しかし私にはため息がつくほど美しい絵に見えました。
ラファエロは早熟の天才で、台のころから高い技量を吸収して自分の力にしてしまう力があったようです短い紹介の中で、ペルジーノ。ダ・ヴィンチ、ミケランジェロなどから次々と技量を吸収して、自らの芸術を発展させていきました。
昔イタリアに行った際にガイドさんが『イタリア人はバラバラ。各都市で独立心が強いので、統率感がない』と云っておりました。今回、ラファエロがウルビーノ・フィレンツェ・ローマで、それぞれ異なる画風を自己に昇華させ発展して行ったのは、まさしく天才である証だと感じました。私が個人的に好きな画風はフィレンツェ時代のものですが、ローマで会得した"肉感的な人物像"も素晴らしいものですね(ここで『ベルナルド・ドヴィーツィ枢機卿の肖像』が、お目目ぱっちりになった経緯がはっきりしました!有り難うございます!!!)
ラファエロは早世の画家でしたが、後世への影響を考えると、そこが非常に残念ですね。まだ展示は終わっておりませんが、また新たな作品が来日してくれる事を願ってしまいます。
ラファエロが、わずか37年の人生の間に、ウルビーノ、フィレンツェ、ローマと移り住んだところで新たな画風を確立していったのは驚くべき天才の成せる仕事だと思います。モーツアルトについてもいえることですが、60年くらい生きたいたらどんなすごい仕事をしたのだろうか、想像もできませんね。
今回、そういう範疇の印象的な1枚「大公の聖母」、また十代の頃の作品や、ダヴィンチ、ミケランジェロ影響の作品、関わっていたヴァチカン美術館の装飾、ダイナミックな「アテナイの学堂」はミケランジェロでなくラファエロ作だった、とか、ラファエロの素描や下絵を元にした工芸品など、思ったより多彩な展示を味わえました。
ウフィツイ美術館で見た「ひわの聖母」は「大公の聖母」、と年代的に近い作品で共通するものを感じますね。 」ピッティ美術館の「小椅子の聖母」はそれより10年以上後の作品で、人間的な表現が加わり親しみやすいですね。今回は中期以前の作品が主体だった気がしましたが、ペルジーノの影響が強かった辞退の作品の魅力も味わうことができました、
拙ブログへ訪問ありがとうございます。
一人で出かけた展覧会のお話をこうして皆さんと共有できることが楽しいです。
desireさんのブログは、いつも理路整然としていて、とても参考になります。 また別の展覧会のお話も楽しみにしております。
私は、ヨーロッパでどこかに行って「ここにはラファエロの絵があるそうだ」というとそれはたいてい「聖母子像」という偏った鑑賞遍歴なので、今回の展覧会も勉強になったのですが、やはりちゃんと調べると理解が違うというのがこちらのブログでよく分かりました。良い復習の機会をいただきましてありがとうございました!
私のブログを読んで頂いてありがとうございます。
自分の勉強もかねて書いているのですが、皆様に読んでいたたいていると大変励みになります。
ルーベンス展、クラーク・コレンション展、ミュシャ展などについてもこれから書いてみたいと思っております。今後ともよろしくお願い致します。
お返事が遅くなってしまい、申し訳ありません。
ラファエロについて、非常に興味深く読ませて頂きました。
先日実際に訪れてみてあまりにも良かったので、翌日の予定をひとつ変更して、再度ラファエロ展を観てしまいました。
大公の聖母は、もう本当に何時間でも眺めていたい位、素晴らしい作品でした。
背景ですが、ある雑誌の特集で予想復元したものを観ましたが、私個人としては、黒の方がイメージに合っていましたね。
ラファエロ本人にしてみたら、異論はあるでしょうが(笑)
クラークも素晴らしかったですし、来月はリヒテンシュタイン、ゴッホ展も訪れる予定です。
またお邪魔させて頂きます。
大公の聖母子は最高でしたしね。聖母子はほかの画家もたくさ書いていますが、ラファエロの聖母子のマリアの美しさが際立っていますね。
大公の聖母は非常に美しい聖母像なので、バックが黒でその美しさが際立って見えるということはありますね。
それはよく理解しております、予想復元した作品も一度みてみたいという興味はありますね。
大公の聖母は非常に美しい聖母像なので、バックが黒でその美しさが際立って見えるということはありますね。
それはよく理解しております、予想復元した作品も一度みてみたいという興味はありますね。
また。いろいろな美術展について勉強して書いてみますので、よろしくお願いします。
desire_sanさんの解説を読み、またまた、ラファエロ、あっぱれ!との思いを強くしました。
ラファエロ展のあと、夕方に「奇跡のクラークコレクション」も観に行きました。ラファエロ展とは全く趣が違ったので、どちらも楽しめました。
次はダ・ヴインチ展に行きたいのですが、いけますかどうか。
ウルビーノの旅、いいですね。ウルビーノ時代のラファエロや彼の師、ペルジーノの作品は好きです。ファエロの足跡をたどる旅はすばらしい体験になるのではないでしょうか。
若くして逝った天才の年を重ねた作品が見てみたかったと残念ですね。
母の優しさのような慈悲深い柔らかい顔がすばらしいです。普段建築物の様な固いものにばかり興味のいく私でもいものはいいと思えた作品です。
ラファエロは高貴さと優美さとの融合というろころなのでしょうが、ルネサンス三巨匠の間ではどうしても線が細いような気がします。自画像などではそれが繊細さとなって表れていて、今回の展覧会では秀逸であると思いました。ただ、アテナイの学堂は見てみたい。きっと圧倒されるだろうと思います。詳細な論評、参考になりました。
聖母の顔つきの優しさは、他に類を見ないと思っています。
Labora
ブログも素敵です。美術展の余韻を楽しめました。これからは時々おじゃまさせていただきます。じっくり読ませていただいきたいものがたくさんあります。
ラファエロ展は興味があったのでじっくり読ませていただきました。
彼の画風の変化はローマのセクシーな女性と遭遇したことも一因だったというのは面白いですね。
ぜひ見に行きたいと思いました。
ラファエロ展、行ってきました。
「大公の聖母」・・ひたすら美しくて、心が澄み渡ってくるよう☆
ダ・ヴィンチの絵も大好きなので、2人の関係を知り、納得するような思いです。 こちらのブログの素晴らしい解説で、またもう一度見に行きたくなってしまいます。もうすぐ終わってしまいますものね!
ルーブルに行った時、ダ・ヴィンチの「岩窟の聖母」(貸し出し中)に出会えなかったのが未だに悔しくて、いつかリベンジですね。
フィレンツェもあこがれの町、行ってみたいです。
現地の空気感の中での鑑賞に勝るものはないと思っています・・。
また時々訪問させていただきますね♪
私も行ってきました!記事のアップはいつになるか分かりませんが、本当に感激しました。
ラファエロは大好きな芸術家の一人です。ミレニアムの年に敢行したイタリア旅行で見た【大公の聖母】と、上野で再会できてとても嬉しかったです。
ルネサンスの芸術には心躍ります。
やっぱり私も上野にラファエロの会いに行きたくなりました。
先入観なしに見る絵画も好きですが、時代背景等を感じながら見るとより思い出深い展覧会になるなぁ~って思います。
芸術は素晴らしいですね。
詳しいけれどわかりやすくて、素晴らしい解説でいらっしゃいますね。 もう一度上野に行きたくなりました。他の記事もじっくり読ませていただきたいし、 美術館や渡欧の前にはこちらのブログを拝見しに参ります。 お身体お大切に。
ブログでは近現代美術を擁護・偏愛する記事を書きつつも、ここ2、3年、ルネサンス前後の作品が来日することが多く、「やはりこの機会に…」と観に行くのは、dezire さんの影響も受けているのです。
なんだかんだいいながら、宗教画によく登場する聖書や聖人の物語とか、ギリシャ神話とか、学習を重ねていると、見方も多少は肥えてくるようです。
ラファエロについては、日本人の多くと同様、ミケランジェロやダ・ヴィンチほどにはよく知りませんでした。
工房を構え、貴族や教会を顧客に絵描きとしての生活を成り立たせていたプロというのは、人を魅了する構成や、とことん高めていった技術など、なんとまあすごいものだ、驚かされました。
「大公の聖母」には鑑賞者を魅了する強い力を感じました。
近現代美術もルネサンス前後も、その上さらに日本画も、何もかもすべて、というには身体が足りませんが、美術作品のほうからやってきてくれるのだから、できるだけ美術展に足を運ぼうと思っております。
昨年のフェルメールとルーベンス、そして年明けはエル・グレコとラファエル、ルーベンス、ルノワールと重量級の美術展が続き、ブログを書くのにも力が入って、かなり疲れました。 ルネサンス絵画は宗教的色彩が強いものがあるので、ある程度キリスト教の勉強をせざる得ませんでしたが、結局何が描いてあるかより、色彩表現、造形表現、線の美しさなどで絵を楽しんでしまうので、古い時代の絵画も、現代絵画も同じような感覚で見てしまいます。時代は近いですが、ラファエロとボッチチェルリとは、線の強さが全然違うのに驚かされました。ご指摘のように「大公の聖母」は、観る人を惹きつけて離さない力がありますね。私は延べ1時間以上この絵につかまってしまいました。。(笑)
美術展などがあると、私なりに勉強して自分の感想や意見も交えてレポートしています。またご訪問お待ちしています。
反映しないようで、TB不具合かもしれないので、こちらに記事名とURLを投稿しておきます。「ラファエロ展と花見 in 上野公園」autumnnew.exblog.jp/17511413/
また以前もありましたけれど、その時々の思い出を留めておきたく記録している各記事ですが、折角TB頂くなら関連記事で願います。
「ミケランジェロ展 天才の軌跡」にトラックバックしたのは、ミケランジェロとラファエロは関係が深く、お互いに影響し合ってきた画家なので、ミケランジェロに興味のある方なら、ラファエロの記事は当然ご興味があると思ったからです。 私自身関連する画家のことを知り。絵に対する理解を深めています。 ご迷惑でしたらお詫び申し上げます。

