イタリア美術を真に理解し愛したルーベンスのすばらしさ
ルーベンス展―バロックの誕生
RubensExhibition - The Birth of Baroque

国立西洋美術館で『ルーベンス展―バロックの誕生』が開催されていたので、お出かけしてみました。今回はルーベンスの作品を、古代彫刻や彼に先行する16世紀のイタリアの芸術家の作品、同時代以降のイタリア・バロックの芸術家たちの作品とともに展示し、ルーベンスがイタリアから何を学んだのか、ルーベンスとイタリア・バロック美術との関係を解きほぐし、イタリアとの双方向の影響関係に焦点を当てた初の試みだそうです。
ルーベンス(1577-1640)はスペイン領ネーデルラント(現在のベルギー、ルクセンブルクを中心とする地域)のアントウェルペンで育ちました。由緒ある家柄の息子だったため、宮廷人となるべく高度な教育を受けましたが、画家への思いが強く修業行いました。フランドルのアントウェルペンで育ったルーベンスは、幼いころからイタリアに憧れを抱き、1600年から8年間イタリアに滞在し、古代美術やルネサンスの美術を学び、イタリアの最先端の美術を身につけた画家に成長しました。イタリアは古代美術やルネサンス美術の中心地で、バロック美術もローマを中心に発達しました。ルーベンスのイタリアへの憧憬は終生揺らぐことなく、ティツィアーノの豊かな色彩、ミケランジェロやラファエロを研究しカラヴァッジオを模写し、古代のコインや彫玉を収集し、イタリアを愛しイタリアの美術を片時も忘れませんでした。古代ローマの哲学者セネカの著作を朗読し、手紙を書く時はイタリア語を用いるほど心の中にイタリアを保ち続けました。
ルネサンス美術の中心だったイタリアに滞在した北方の画家は数多くいましたが、子供の頃から高い教養を持ち、古典文学や哲学に精通していたルーベンスの古代やルネサンスなどの理解の深さは、他の画家の比ではありませんでした。
『エリクトニオスを発見するケクロプスの娘たち』

ルーベンスの描いた女性たちは、古代彫刻さながらの肉体を持ち、さらに古代彫刻よりなまためかしく官能的です。女性たちの体の向きをリズムカルに変えることで動きを感じさせ、画面の中に神話の世界を息づかせています。ルーベンスは、理想としての古代世界を絵画画面の中に蘇らせているのです。
アントウェルペンに戻ったルーベンスはこの地を治める総督夫妻の宮廷画家となり、大規模な工房を組織して精力的に制作に励みました。一方で外交官としても活躍し、スペインやイギリスなど戦乱の真下にあったヨーロッパに平和を齎すべく奔走しました。争い続く現実世界と向き合いながら、ルーベンスは理想の世界があることを信じていました。それはイタリアで体現した古代世界やルネサンスであり、イタリアはそこに近づきうる心の故郷だったのでしょうか。ルーベンスはイタリアで得たことを糧として、絵画画面に理想郷を問いかけ続けたのかも知れません。
その際も各地の宮廷のコレクションを熱心に研究し、自らの制作に役立てました。ルーベンスは国境を超えたスケールの大きい存在の「世界市民」に育ち、光と動きにあふれる作品によって、当時ヨーロッパで流行した壮麗華美な美術様式が栄えた17世紀バロック美術において「王の画家にして画家の王」と呼ばれる存在の画家となっていました。一方で、若い頃からきわめて有能だったルーベンスは、イタリアの若い画家たちに多大な影響を与え、バロック美術の発展を牽引しました。ジョヴァンニ・ランフランコやジャン・ロレンツォ・ベルニーニ、ピエトロ・ダ・コルトーナといったイタリアの盛期バロックの芸術家たちは、ルーベンス作品との出会いにより表現を開花させました。
以下展示に従って、同じような視点で、2013年に東京・渋谷のBunkamuraザ・ミョージアムで企画・開催されたルーベンスのイタリア時代の作品とアントワープ工房の活動を焦点にあてた「ルーベンス 栄光のアントワープ工房と原典のイタリア」で公開されたルーベンスの絵画も含めて作品の解説と感想にまとめ、ルーベンスのすばらしさを感じて頂ければと思います。
1章 ルーベンスの世界
Ⅰ. Rubens’s Personal World
家族や親しい人々を描いたものから公的な肖像画まで、様々な性格の肖像画が展示されていて、ルーベンスの肖像画表現の幅広さを感じることができました。
『クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像』 1616年 リヒテンシュタイン美術館

わずか12歳で亡くなった彼の娘クララ・セレーナをルーベンスが蘇らせた肖像画で、ヨーロッパの芸術の歴史の中で最も感動的な子供の肖像画の一つです。ルーベンスの5歳の娘がイザベラ・ブラントと結婚してからの様子で、彼女の母親とよく似ていました。子供が鑑賞者を見る武装解除したような本域は現代の肖像画の絵画の典型とは言えませんが、父と娘の親密な関係を表しています。ルーベンスは彼女の顔をとらえるために素晴らしいスキルを持った色を使っています。肌色の暖色は、灰緑色の地面と子供の服に特に影響を与えています。頬の強い赤と彼女の鼻と額のハイライトは激しい生活の印象を伝えます。ルーベンスは明らかに彼の娘の描写の重要な側面に集中しました。未完成作品の印象がしますが、肖像画はおそらく私用で販売用ではなかったため、部分の詳細な作業は彼の意図していなかったからだと思います。
1960年にニューヨークのメトロポリタン美術館に贈呈されたとき、それは絵の正確な分析を妨げる緑色の上塗りの層で覆われていました。2013年に、クララ・セレーナの肖像画はルーベンスの信者によるものと考えられ、オークションで売却され、博物館によって売却されました。その後、ルーベンスによるサイン作品として認識されるようになりその後の変革的修復されました。
『眠るふたりの子供』 1612年

毛布の中で寄り添うふたりの子供のふくやかな頬に、褐色と金色が入り混じった巻き毛が愛らしく、無耳を澄ますと、寝息が聞こえてきそうです。顔の繊細な表現が際立ち、ルーベンスの子供に向けた愛情を感じさせます。二人の子供は、若くして亡くなった親しかった兄の忘れ形見のクララとフィリップスで、ルーベンスが愛情深く見守っていました。この作品は子供の顔立ちを考察するため油彩スケッチで、ルーベンスの習作を弟子が完成品に仕立てたと考えられています。
2章 過去の伝統
Ⅱ. The Traditions of the Past
古代彫刻や16世紀の作品のルーベンスによる模写、そして、先行する時代の作品を研究した成果を如実に示すルーベンスの作品が展示されていました。
『セネカの死』 1615年 プラド美術館

セネカ (紀元前1世紀頃-65年) はローマ帝国時代の哲学者、政治家、作家です。療養を兼ねてエジプトのアレクサンドリアへと遠征します。そこでも多くの事を学んだセネカは、十年後にローマへと戻って財務官職を経験した後、元老院議員として選出されます。カリグラ帝、クラウディウス帝の治世共に命の危機を乗り越え、セネカはクラウディウスの後妻となったアグリッピナの後ろ盾を得て法務官へと任命されます。アグリッピナは陰謀によって息子ネロを皇帝に仕立てあげ、その家庭教師にセネカを付け、執政官としての役割もセネカに与えました。セネカはネロと五年の間善政を築きます。しかし、愛人問題により親子関係に深い確執が生じ、アグリッピナはネロに殺されてしまいます。ネロは次第に暴君として振舞うようになったネロに対してセネカはささえきれなくなり、セネカは政界の引退を申し出ます。家にこもったセネカは幾つかの作品を執筆し余生を過ごすつもりでいました。引退の三年後、ネロを退位させようという陰謀が露見し、その中の一人が「セネカも加担していた」と自白したのです。ネロはセネカの対応が曖昧だったので自害を命じました。セネカは風呂場で静脈を切って命を絶ったとされています。
セネカはネロによって死ぬと非難されました。ステージの後ろにいる2人の兵士たち、そのうちの1人はセネカの鎧の上に悲惨な赤いコートを着ていますが、ちょうど皇帝の致命的な命令を受け継ぎました。セネカは僕の助けを借りて彼の静脈を切った。彼の左腕はすでに刻み目がついていて、血が流れ出します。
しかし、水で満たされた洗面器から出てくる彼の体は不思議な光で満たされています。背景が暗闇の中に飛び込んで激しく振動しているようです。ルーベンスは、白髪の男の年齢を隠さず、静脈は足を突出し、肉襞が数多くあり、それは年の重みで壊れそうです。この絵の画家は、哲学者セネカの疲れ果てた身体に賛美歌を歌っているように感じさせます。セネカの哲学者は、彼の戦いに果てますが、セネカは腐敗する前に、それは究極の輝きで輝いています。彼の肉の活力はすでに死体の活力ですが、そこから現れる光は死を超越しています。身体は解放された本当の美しさによって勝利を感じさせます。老人の視線は天に向けられていて、彼は苦しみを超えて現実から切り離されています。
「生活の簡潔さから」、「幸せな生活について」の著者の最後の言葉を集め、セネカの右の学生は悲嘆され、それが銀行の涙です。この作品は、セネカの福音を通して何世紀も鳴らし、悲しみに圧倒されます。イエスの言葉を収集し、キリストの十字架のはりつけの像を彷彿とさせます。セネカの本は地面に横たわっていました。ルーベンスは実際には彼の帝国の死刑執行人に対するセネカの戦いが勝たれ、死への彼の勇敢な態度が記憶に残り、ルーベンス作品がセネカを生き残るであろうと宣言しています。身体は消えますが、永遠の霊的な光を放ちます。
また、ルーベンス、「ラファエロの再来」と呼ばれルネサンス期の巨匠ラファエロ風の古典主義様式の考え抜かれた構図、理想化された優雅な人物表現と柔和な色彩、バロック期の巨匠カラヴァッジョの劇的な構図や明暗の激しい対比が共存するめグイド・レーニの『ヒュドラ殺害後休息するヘラクレス』の絵がありました。ルーベンスはグイド・レーニの作品も模写していたようです。
3章 英雄としての聖人たち ― 宗教画とバロック
Ⅲ. Saints as Heroes: Sacred Painting and the Baroque
ルーベンスは宗教画に快楽的かつ古典的な性格を与えました。ルーベンスの作品と、ルーベンスが参考にした作品やルーベンスが影響を与えたイタリアの作品とともに展示されていました。
『キリスト哀悼』 1601-02年 ローマ、ボルゲーゼ美術館

瀕死のキリストの肉体の美しさ、蝋のように青白いキリストの屍を囲んで、蒼白の歳暮が我が子の瞳を閉じさせ、聖人たちが悲嘆にくれます。ずっしりと横たわるキリストの肉体は「肉「を感じさせる描写ではなく、発光して輝き、下脚に敷かれた小麦によって希望が暗示されています。ルーベンスの表現はイタリア影響を受け、このような状況でも、暗さや絶望感を全く感じさせません。奥行きの表現も素晴らしく奥に引き込まれる表現の技術はさすがです。
『聖アンデレの殉教』 1638-39 年

カラヴァッジオが描くようなテーマを、ルーベンスは短命だったカラヴァッジオに代わって描いたのではないかと思わせる衝撃的な作品でした。十字架は磔にされている聖アンデレがキリストと並列の存在ではないため、放射状の形で表現されています。十字架は画面を対角線に区切ることで、絵に劇的な効果を与えています。力強い動きと豊かな色彩、強烈な情念と溢れる生命力はカラヴァッジオ的です。ルーベンスは、カラヴァッジオに代わってバロックを牽引する存在になっていくという強い意識があったのでしょうか。これぞ生き生きとしたバロックの宗教画と感じました。
『法悦のマグダラのマリア』 1616年

目を剥いて横たわるマグダラのマリアを支える二人の天使。天使の一人は後ろにのけぞり今にも倒れそうな聖女を心配そうな顔つきで支え、聖女の手を取るもう一人の天使は荒ら家の屋根の上から差し込む光を見上げて驚いています。ひび割れた地面にはマグダラのマリアを象徴する香油壺と頭蓋骨が無造作に転がっています。短縮法と浮彫り的な表現を用いて巧みに描写された頭蓋骨、失神した聖女の臨終と見紛うようなぐったりと脱力した青白い肉体は現実味を称え、聖女を支えるふたりの天使は古代彫刻のように理想された姿で、足を踏ん張り、顔はやや赤みを帯びている様子など、法悦という奇跡が実際に起こった出来事のように臨場感で描いています。
カラヴァッジョの『法悦のマグダラのマリア』と対比ひてみると共通点と違いが興味深いです。カラヴァッジョの描いたマグダラのマリアは涙を浮かべ、悲嘆や後悔といった感情が強調されていますが、ルーベンスのマグダラのマリアは血の気が失せて青ざめていながらも恍惚としているように見えます。娼婦だった過去を悔やみ、赦しを求めるマグダラのマリアに対して、神の祝福や恩寵を受けた聖女としてのマグダラのマリアという捉え方の違いは、マグダラのマリアに対する考え方の時代の変化からくるものでしょうか。
『法悦のマグダラのマリア』はカラヴァッジョ自身のレプリカも複数制作初め、多くのコピーが出回り、17世紀にマグダラのマリアはセクシー・シンボル多くの画家に描かれました。グイド・レーニの『法悦のマグダラのマリア』も人気を博しました。ルーベンスもカラヴァッジョの『法悦のマグダラのマリア』目にする機会があったと思われます。殺人を犯して身を隠していたカラヴァッジョと、宮廷画家としても外交官としても活躍し信仰もより深かったエリートのルーベンスの感覚の違いも知れません。
『聖母子と聖エリザベツと幼い洗礼者ヨハネ』

聖母マリアとヨセフが従姉妹のエリザベッツを訪れた場面を描きます。洗礼者ヨハネがキリストを「神の子」と呼びキリストが人類の救済の犠牲となる運命になることを示唆しています。ルーベンスはイタリア滞在中にヴェネツィア派絵画、特にティチィアーノの影響を強く受けました。この作品のようなイタリアやローマの雰囲気の抑制された調和のとれた表現の作品も描いています。聖母マリアの衣服の強い赤が画面を鎮静化する作用をしています。赤に隣接しているものがすべて緑とさえ思えてしまうほど燃えるよう真っ赤を用いているのはルーベンス独自の個性と見ることもできます。赤が大量に用いられていながら全体からくる印象は爽快です。
『復活のキリスト』

キリストは死後3日後によみがえったことになっています。まさにその復活の場面を表現しました、赤い衣に深緑色の布の帯をつけた弟子が、キリストの亡画骸を覆っていた白い布を取り去ろうとしています。童子姿の天使たちが月桂冠を捧げに持ってきます。キリスト自身から放たれた強い光が、天使たちの顔を明るく照らします。ルーベンスは、赤に沈んだ豊かさを与える優れた技量を持っています。赤系の色以外が光線を煌めかせる役割を担い、他の色の感じを変えてしまう役割を担っているようです。肩肘を張っていない力強さも持ち、無意味のようなくらい背景の色も華やいだ雰囲気を与えられています。
ルーベンスの芸術はバロックの典型といえる大胆で劇的であり、ときにはグロテスクな醜さと美しさがせめぎ合う緊迫した世界が展開されます。ルーベンスの重厚壮大な作品は見る人の心もとらえ魅了します。
4章 神話の力 1 ― ヘラクレスと男性ヌード
Ⅳ. The Power of Myth 1: Hercules and the Male Nude
ルーベンスは「ファルネーゼ家のヘラクレス」などの古代彫刻に理想の男性像を見出しました。
『ヘラクレスとネメアの獅子』
主題はヘラクレスの十二の功業の端緒となる「ネメアの獅子退治」で、格闘の一瞬、激しくぶつかり合う猛獣とヘラクレスが画面一杯に大きく描かれています。渾身の力で獅子を締め上げるヘラクレスの折り曲げられた身体にはベルヴェデーレのトルソと通じるものが感じられます。ルーベンスは古代彫刻の肉体美を範にしつつも、同時に石の彫刻とは異なる、生身の肉体らしさが表現されなければならないと考えていたそうです。漲る力に盛り上がった陰影のある逞しい筋肉の表現などはミケランジェロを彷彿させます。ヘラクレスの腱の浮き上がった脚や上気した皮膚、獅子の爪で今にも引き裂かれそうな腕、険しく歪められた顔などには、血の通った肉体の熱気が込められていると思います。神話の神々や英雄など逞しい男性像も描いています。英雄の物語は絵筆を揮う格好の題材で、勇猛果敢な魂の持ち主を描写するには理想的な肉体が相応しいと考えられていました。また、動物の描写にも迫力があり、ヘラクレスの脚に踏みつけられたヒョウは断末魔を上げているかのようですし、獅子には人間的とも言える表情があり、怒りのこもった唸り声が聞こえてきそうです。
『ヘスペリデスの園のヘラクレス』1638年トリノ、サバウダ美術館

ヘスペリデスの園から黄金の林檎を持ち帰るヘラクレス。木になる林檎を見るヘラクレス。右下には足で踏まれた龍ラドンの姿。ラドンは林檎を守る龍だが、ヘラクレスは棍棒でもラドンを押さえつけています。古代人より自分達の肉体も劣っていから、古代彫刻を学ぶ…と言っていたそうです。
この時代は複数の画家がそれぞれの得意分野を受け持って一つの絵画を制作する共作もしばしば行われていたようです。ルーベンスが動物の表現を得意としたフランス・スネイデルと共作した「ヘスペリデスの園で龍と闘うヘラクレス」も展示されていました。スネイデルの描く龍は鱗の一枚一枚まで緻密に描かれていて、動物の特徴とその動物らしさを図鑑のように正確に表現することが特徴で、架空の生き物にもリアリティを与えています。ルーベンスの描く動物は、その絵画の物語の舞台で描かれていて躍動感があります。スネイデルは死んだ動物を描くのが上手だがルーベンスは生きた動物を描くとも述べていたようですが、ルーベンスが動物の描写にも自信を持っていた理由が分かります。
『ロムルスとトムスの発見』

ロムルスとトムスはローマ建国伝説にまつわる双子の兄弟です。ミルトルから王位を奪ったアムリウスはミルトルの子孫から復讐されないため、ミルトルの娘、レアとシルヴィアを巫女にし、処女であることを義務付けました。しかし、レアは軍神マルクに見初められ、双子の兄弟ロムルスとトムスを生みました。この作品はラヴィ川の擬人像と川の水源の象徴であるニンフとヴィーナスが描かれています。
5章 神話の力 2 ― ヴィーナスと女性ヌード
Ⅴ. The Power of Myth 2: Venus and the Female Nude
女性ヌードを題材とする全身像の古代彫刻を、ルーベンスやイタリアの画家たちの絵画作品と同じ空間に展示されていました。神話の力。ヴィーナスと女性ヌードは、古代彫刻を規範をとしていきしたが、晩年は古代彫刻の理想からは離れ、ふくよかで豊麗な女性の肉体美を描きました。
『スザンナと長老たち』1606-07年 ローマ、ボルゲーゼ美術館

長老は水浴中のスザンナの色香に惑って言い寄っています。困り顔のスザンナは拒否しますが、長老はと嘘の噂を流しスザンナはあわや死刑にしようとしますが、スザンナの無実は証明されるというお話です。隣に同じ題材の絵がもう1枚あり、こちらは逃げるスザンナが裸体に纏う布を掴む長老たちからスザンナ逃げようとしていいます。ルーベンスはローマのコンセルヴァトーリ宮の彫刻を参考にしたそうです。
『エリクトニオスを発見するケクロプスの娘たち』1615-16年
リヒテンシュタイン侯爵家コレクション
ケクロプスの娘たちが大地の女神ガイアの子エリクトニオスを発見、中央下に蛇の尾を足に生やしたエリクトニオスがいます。ヘルセとメルクリウスの恋をほのめかしているそうですが、娘たちは穏やかな顔で楽しそうにしています。この作品の目的は、ルーベンス流の女性の裸体の美しさを表現ことと思われます。
『ローマの慈愛(キモンとペロ)』

ヒローマ市民のキモンは牢に繋がれ餓死寸前に娘ペロが来て自らの母乳を与え、その飢えを癒したという話で、親孝行や慈愛が象徴されています。娘は穏やかな顔で、娘の乳を吸おうとするキモンは後ろ手に鎖でつながれています。
ルーベンスは芸術の歴史の中で最も革新的な画家の一人でした。暴力、闘い、野蛮なシーンも官能的に美しく表現しました。ルーベンスの描く女性の裸体画の官能性は、ティツィアーノから継承して発展させたものだと思います>感覚と官能はインスピレーションの源で、ムリーリョフラゴナール、ドラクロワからルノワールは、ルーベンスの絵による表現の影響を受けました。センセーションと官能というルーベンスの遺産は、その後の芸術家の輝かしい作品で浮き彫りにされました。ルーベンスの作品の多くはセンセーショナルな性格を持っています。
6章 絵筆の熱狂
Ⅵ. A Furious Brush
「絵筆の熱狂」という言葉はルーベンスの伝記作者たちによって記されたもので、彼の作品がかもしだす生き生きとして濃密な動きをうまく表現しています。ルーベンスは、彼の膨大な作品の中で、筋肉の身振り、行動の勢い、形の冗長な完成度を伴い、力強く力強い筆で作られた絵のようなスタイルを考案することに成功しました。強くて表現力豊かで象徴的な色の選択は、そのような壮大な寓話や神話の主題、特権的なテーマなどの偉大な宗教的表現しました。彼の絵筆は余りにも自由で、ルーベンスの芸術は余りにも強力です。イタリアの巨匠とカラヴァッジョのスタイルを同化して克服した後、彼は輝く色の斑点を持つ極端な力の領域に自分自身を押し込みます。赤いマントや黄色いドレープはその一例です。ルーベンスの絵画の過剰性は、宗教的な主題、神話的な、肖像画、マリア・デ・メディチに捧げられた有名な連作などで、画面から爆発する強力な筋肉組織によって特徴付けられ、ルノワールに影響を与えました。歴史・神話が豊富にある巨大な絵画から小さな肖像画まで、高カロリーの喜びを与えてくれます。
『パエトンの墜落』1604 / 05年 ワシントン、ナショナル・ギャラリー

古代ローマの詩人オヴィディウスの『変身物語』等に記載される少年パエトンのストーリーは、太陽神アポロンを父とする彼が、父に太陽の戦車を借りて天を駆けようとしたが、彼に馬を御す力はなく、戦車が軌道を外れて地上を焼き払ったため、最高神ユピテルが仕方なく雷でパエトンを打ち殺しました。その瞬間がドラマティックに描かれています。パエトンは左下でのけぞり戦車から落下します。空から光、季節と時間の女神も身をよじり驚愕の表情、それに驚く馬たちの描写が凄いです。絵の中ではパエトンが肉体を晒しながら落下しており、稲妻の閃光や天駆ける馬たちの姿と共に、動きのある絵となっています。ルーベンスの絵画の躍動性を強く感じられる作品です。たくさんの馬と馬が激しく複雑なポーズを取ってちょっと見ただけでは誰が主役か、どんな場面を描いたか分からない、バラバラになりそうな画面を、右上から対角線に差し込む強烈な光差し込む光に目が誘導され、躍動感を引き締めた緊迫感のある画面にまとめ上げていて凄い絵だと感じました。全員が主役であるように光が当たって、全体を俯瞰させる構図と画面に緊張感を持たせる見事な色彩、まさに「絵筆の熱狂」と呼ぶに相応しいルーベンスにしか描けない作品だと感じました。
隣にはルカ・ジョルダーノ『トモス島の福音書記者聖ヨハネ』が展示されていました。ルーベンスの工房からは、肖像画の巨匠・ヴァン・ダイク、速描きのルカ・ジョルダーノなどルーベンスを尊敬し、ルーベンス風の術達した技巧を示す作品も残しています。ジョルダーノの『パトモス島の福音書記者聖ヨハネ』は、ヨハネの黙示録。下に羽ペンと本を持つヨハネ。その頭上には甲冑を着たミカエル。天使の軍勢もいる。中央右寄りに7つの頭と10の角の龍の姿。ミカエルはそれを攻撃していいます。本来早描きで粗い筆致が特徴の画家ですが、この作品ではルーベンス風に描いていましたが、ルーベンスの『パエトンの墜落』と並べると、力量の差は歴然で、『パエトンの墜落』がいかに凄い絵か思い知らされました。
『ヘクトルを打ち倒すアキャレス』

アキャレスはトロヤの王子ヘクトルとの一騎打ちを描きます。トロヤ門外に立ったヘクトルはアキャレスと対するところとなります。アキャレスの槍がヘクトルの喉をおそい、ヘクトルが崩れ落ちんとする瞬間を描いています。動きとざわめきと興奮、緊迫感が絶頂に達するとき、形態にも、身振りにも、表情にも、右から左に、対角線を左右に切り込んで走る斜め方向の張力が感じられます。対角線は画面を二分し垂直の力が働いて画面を引き絞ってきます。
ルーベンス芸術のすばらしさ、魅力
今までもたくさんのルーベンスの作品を見てきましたが、ルーベンス絵画の魅力は、「絵画のダイナミックな動き」です。ミケランジェロのように男性は筋骨たくましく描かれ、観るものを圧倒するかのような豊満な体の裸婦たちが、キャンバスのなかで劇的でダイナミックな動きを作り上げています。また、ルネサンス期には見られない「強烈な色彩や激しい明暗対比」は、バロック期特有の演出表現を完成させました。また「燃えるよう真っ赤」を用いているのはルーベンス独自の個性だと思います。色彩とそれを画面に与える素早く熱狂的な筆使い、画面に描かれた様々な物が生き生きとしている、それがルーベンスの絵の普遍的美の秘密だと感じます。ルーベンスは細部を省略し、又、逆に対象を誇張して描いたりもしています。ルーベンス絵画の色彩の美しさ、輝かしさは、色彩と形態が奏でる壮大な交響曲が響き渡り、「グロテスクな醜さと美しさがせめぎ合い」を美しく演出された劇場のような魅力を味わうことができます。
ルーベンスは新しいことに挑戦いする熱情を持って、まさにバロックを象徴するような、激動的な精神の作品も描いています。その形態は強烈で、やや粗放ですが独創的で強荘なデッサンが迫力ある作品を描いています。肉体はふくらみがあり、濃厚な熱気をこめて響きあっています。色の輝きは重視され、色彩はまばゆく輝き、輪郭に柔らかさが出ていくます。ルーベンス独特の若々しさ、揺るがぬ自信があふれ、激しさが爆発的に表面化する同時に抑制力により見事に内に蓄えられ、弱まらずに持続している表現に成功しています。そこには心の動揺があり、大胆不敵ともいえる何か新しいものを感じさせます。単に美しいというのではなく、グロテスクな醜さと美しさがせめぎ合う緊迫した世界となっています。ルーベンスのこの作品は解放的で大胆です。ルーベンスの作品にはグロテスクな醜さと美しさがせめぎあい。邪悪の醜とそこに潜んでする美のせめぎあいの緊迫感に刺激されて美しいと感ずるものもあります。
ルーベンスは宮殿を飾る神話の大画面を制作し、大聖堂向きの宗教画を多く描きました。真実を訴える思想と造詣と色彩のリズム、情念がこめられます。作品の美意識が明かりを照らし、崇高な一編の詩の最も高く響く表情豊かな音となります。いかにも澄み切った音色が聞えてくるようです。
ルーベンスは外面の美しさを捕えることに優れた才能を持っていました。ある時は見事な観察力を示すが、ある時は全く見ていない。ルーベンスの絵画はモデルの美しさや内面を表現するのではなく、ルーベンス自身の心を表現しているかのようです。
ルーベンスはイタリアのヴェネツィア派、特にティツィアーノに関心を示し、ティツィアーノの作品をたくさん模写しました。「毛皮をまとった貴婦人」もその一つですが、ルーベンスのティツィアーノの造形表現の創意を学び、それを自ら新しい創意に転換し、「毛皮をまとったエレーヌ・フーリマン」のようなルーベンス独自の傑作を生みました。
エル・グレコはヴェネツィア派、とくにティントレットからヴェネツィア派の主に色彩を学び、独自の造詣表現にヴェネツィア派の華やかで豊かな色彩を花開かせました。それに対して、ルーベンスが学んだのはティツィアーノの創意で、色彩は副次的なものです。そのようなルーベンスの作品を見ると、エル・グレコと比べると色彩が地味で、ヴェネツィア派のティントレット、レンツォ・ロット、ヴェロネーゼとくらべても予想外におとなしいのに気が付きます。
ルーベンスはイタリアの画家の残した最も良いものを継承し、弟子たちに伝えました。ルーベンスの工房からはヴァン・ダイク、ヨルダーンスなど美術史上に残る画家を輩出しました。この美術展ではルーベンスの工房から生まれたヴァン・ダイク、ヨルダーンスななどの作品も展示されていました。
【参考文献】
・国立西洋美術館で『ルーベンス展―バロックの誕生』公式カタログ 2018年
・渡辺晋輔「ルーベンス展―バロックの誕生」イタリアを胸に、求めた理想
・世界の美術〈第9〉リューベンス,ヴァン・ダイク(1965年)座右宝刊行会
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私もルーベンス展に行きました。
あまり考えずに楽しんでいましたが、具体的なご説明を読ませていただき、改めて作品の魅力を再体験しました。
さきほどは拙い私のブログに足を止めてくださってありがとうございます。
dezireさんの素晴らしい解説を読ませていただいて
またあの時の感動が蘇ってきました。
dezireさんもご指摘のように、私もルーベンスは作品の中で
特に赤がとても効果的に使われていると感じました。
何度かコメントいただいており、ありがとうございます。
ルーベンスは、これから観に行こうと思っているので
詳細な説明が、とても参考になりました。
観るのが楽しみです。
ご指摘のようにルーベンスの赤の使い方は絶妙で、作品全体に華やかさを与えていますね。エル・グレコのような奇抜な色彩感覚ではなく、落ち着いた色彩の中に、赤があるため色彩豊かな印象を与えますね。
多くのルーベンスの大作を日本で見られるチャンスはななかありませんね。 ぜひルーベンスの魅力を体感されてください。
ルーベンス展を見に行った時の事を思い出しながら、
読ませて頂きました。
ルーベンスの作品は色彩が豊かで、
柔らかい雰囲気を持った画風だと思います。
特に、この記事を読んで思ったのですが、
赤を効果的に使って、画面全体を引き締めている印象を受け、
色使いが上手いと思いました。
展覧会を見て、私は更にルーベンスが好きになりましたよ。
ルーベンスの作品は色彩が豊かですが、古典的な調和のとれた色彩で、ご指摘のように柔らかい雰囲気を感じますね。
色彩よりも、奇抜な画面構成が画面に緊迫感を与えているように感じます。
ルーベンスは色の表現から画面構成まで考え抜いて描いた画家で、一見大胆な構図の絵も色素いなどで絶妙のバランスをと手っているように感じます。そのあたりが見えてくると、ルーベンスの魅力にとりつかれていきますね。
ルーベンスも、娘と一緒に足を運びたいと思っていたのですが、
学校が始まってしまうと、なかなか予定が立たず。。。
でも、desire_sanさんの説明を読んで、やっぱり行こうと。。。
とても参考になりました!
ルーベンス展、子供と一緒だったので、解説など読めなくてがっかりしていたんですよ。なので、こちらのブログを、興味深く読ませていただきました。
時々、展覧会を見に行く程度なので、「共同制作」というのに驚いたんです。絵画って、一人の人が仕上げるものだと思っていたので。
以前は宗教画は、あまり好きではなかった(こてこてした感じがどうも苦手・・・)のですが、ルーベンスの絵は気に入りました。
ルーベンスのような宮廷画家は、この時多くの注文をこなすために、たくさんの弟子をかかえる工房を持っていたようです、大作は全く主要部分は自分一人で描いても、そうでない部分は工房の弟子たちに指示をだして貸せていたようです。
アントワープの町のほぼ中心地りあるノートルダム大聖堂に昨年いきました。たくさんのすばらしいルーベンスの絵を見ることができ圧倒されました、「フランダースの犬」のネロ少年が亡くなる前にやっと見ることができたルーベンスの祭壇画「聖母被昇天」とその左右にルーベンスの「キリストの昇架」「キリストの降架」がありました。「フランダースの犬」の世界を体感でき、大満足でした。
アントワープでノートルダム大聖堂のルーベンスの「キリストの昇架」「キリストの降架」の両方を見られて、すてきな体験をされましたね。
私もいつか行きいですね。
アントワープを訪問したのはもう一年前になるのですが、
desire_sanのブログを読ませていただいて改めてルーベンスの才能を確認できました。
イタリアの影響を強く受けていたのは有名ですし、実際作品を前にするとそれを強く感じました。
私はベルギーの画家には好きな人が多いのですが、
ルーベンスは、肌の色合いと全体の躍動感が気に入っています。
何時間見ていても飽きない自信があります(笑)。
またお邪魔させていただきます!
desire_san、もうすごい!のひと言です!
とってもわかりやすい解説で、そうだったのかーと
納得することがたくさんです。ありがとうございます!
もう一度、ルーベンス作品を感じることができました。
私のブログを読んでいたたき、ありがとうございます。
自分なりに知識を整理して、その画家の芸術についてまとめていますので、よろしかったらまたお立ち寄りくださると嬉しいです。
にはオランダ・フランドルのバロック芸術は好きで、今までもブログに取り上げています。
レンブラントとフェルメールについては、下記のサイトの自分なりに魅力を整理してみましたので、よんでいただき、ご意見などいただけると嬉しいです。
http://desireart.exblog.jp/14848891/
http://desireart.exblog.jp/12819329/
私は、ルーブル美術館にある全24枚の連作、ルーベンスの大作、「マリー・ド・メディシス」というフランス王妃の生涯」に感動しました。ルーベンスの24枚もの絵画に囲まれると、圧倒されルーベンスの世界にのみこまれたような感激を覚えました。
、「マリー・ド・メディシスの生涯」アントワープの大聖堂の祭画もルーベンスの工房かかわりあっていると想像されます。 cardiacsurgery三がご指摘のように、ルーベンスの工房や、版画、題材の再使用にスポットライトを当てた美術展は私も興味を持って楽しむことができました。
美術、詳しくていらっしゃるんですね。
まだここにお邪魔したばかりで全部は拝見しておりませんがゆっくり読ませていただきます。
ルーベンスだけでなくこの時代の工房の実力が透けて見えてとてもいい美術展だったと思います。
また時々お邪魔致します。
ここ数日飲み会が多くて、返信できる状態でなく、遅れてしまいました。
「聖母子と聖エリサベツ、幼い洗礼者ヨハネ」と「復活のキリスト」は、よく覚えていますよ。こちらで映像も拝見して、展覧会での感覚がよみがえってきました。
絵画展や音楽のコンサートなどよく行くので、とても興味深く拝見致しました。ちびっこ連れで行ったので、ゆっくり開設を読めなかったので嬉しいです。私も『フランダースの犬』に出てくるイメージで行きたくなったひとりです
ルーベンスと工房の関係についてはあまり知らなかったので、理解が深まり、良い展覧会だと思いました。
美術、音楽、何でも好きなので心に残ったことは、何でも書いています。趣味に合うような記事があったら、また覗いていただけると嬉しいです。
ルーベンスの絵画は赤を上手に使っていますが、赤が多ければ情熱家、あたっているかもしれませんね。ルーベンスは色々なことに情熱を燃やす人だったようです。
同じ展覧会の感想なのに、内容の密度が全然違いお恥ずかしい限りです。
ルーベンスをまとめて鑑賞したのは初めてでしたが、柔らかく美しい筆遣いと躍動感ある構図に圧倒されました。当時から地位と名声を得ていただけあって、絵画にも安定感が現れているように感じました。
いつかアントワープで教会巡りをしてみたいものです。
ラファエロとルーベンス迷って上野を選んだのですが、こちらでルーベンスの説明を拝見することができ、大変勉強になりました。柔らかで華やかなタッチ、目前で見たら素晴らしかったんだろうなぁ・・・とちょっと後悔しています。
私もルーベンス展を見て来ました。
あまり大きな作品はなかったのですが、ルーベンスの魅力をたっぷりと伝える良い展覧会でした。
desire-sanさんのリヒテンシュタイン展で何故ルーベンスが日本であまり人気がないのかという理由について読ませていただき、なるほどと納得しました。面白いですね。
素晴らしい説明で、ルーベンス展を
新しい視点で振り返らせて頂きました。
ありがとうございます。
私のブログにもお立ち寄りくださいまして
感謝しております。
重ねて、お礼申し上げます。
ありがとうございました。
西洋絵画には、西洋の歴史的な背景があり、色々な視点で見ることができるのは。大変面白いと思いますね。
ご興味のあるトピックがありましたら、またお立ち寄りください。
ルーベンスは、ネーデルラント連邦共和国の事実上の初代君主・ウィレム1世に宮廷画家として仕え、アントウェルペンでカトリック教徒としてアントウェルペンの画家組合、聖ルカ・ギルドにも認められ、七ヶ国語を話し、外交官としても活躍してスペイン王フェリペ4世とイングランド王チャールズ1世からナイト爵位を受け、時の権力を上手に利用したという点では、ネーデルラント連邦共和国では特殊な存在だったと思います。
そうですね。ネーデルラント連邦共和国の一般の画家を代表するのは、フェルメールだと思います。ネーデルラント連邦共和国の国民的な最大の巨匠はレンブラントでしょうね。
ルーベンス息遣いが聞こえてきそうな繊細な表現、ネサンス期の巨匠ラファエロ風の古典主義様式の考え抜かれた構図、理想化された優雅な人物表現と柔和な色彩の作品から、短命だったカラヴァッジオに代わって描いたのではないか思うほど劇的で衝撃的な作品まで見ることが出来、できました。ルーベンスの描く人物も動物は躍動感があります。ルーベンス流の女性の裸体の美しさは、ヴェネツア派の色彩と古代彫刻の理想を融合した美しい理想美から、躍動感のあるダイナミックな表現までありました。テーマによって表現を自由自在に変えて、繊細な表現、ネサンス期の巨匠ラファエロ風の古典主義様式の考え抜かれた構図、理想化された優雅な人物表現と柔和な色彩と完成度の高い絵画画面は息を飲むほどでした。ルーベンスの「強烈な色彩や激しい明暗対比」は、バロック期特有の演出表現を完成させました。また「燃えるよう真っ赤」を用いているのはルーベンス独自の個性で、色彩とそれを画面に与える素早く熱狂的な筆使い、画面に描かれた様々な物が生き生きとえがかれていました。

