ホメロスの「イーリアス」で語られたトロイ戦争の舞台が世界遺産遺跡
トロイ
Troy in Turkey

トルコ北西部ダーダネルス海峡の南、現在のチャナッカレ県のカラメンデレス川とドゥムレク川(に潤された小平野、エーゲ海海岸より6㎞内陸にあるヒサルルクの丘にトロイの遺跡があります。トロイはエーゲ海北部マルマラ海沿岸地方のビガ半島の低くて小さなヒサルルクの丘にあり、ホメロスの長編叙事詩「イーリアス」の中で語られるトロイ戦争の舞台となった古代都市として有名です。「イーリアス」のプリアモス王はトロイ最後の王で紀元前1275~1240年と言われています。しかし「イーリアス」には有名なトロイの木馬の話はなく、後のローマの詩人ヴェリギウスの叙事詩「アエネス」によるものです。トロイの古代遺跡は、1998年にユネスコ世界文化遺産に登録されました。

『イーリアス』は、トロイア戦争の最後の51日間のアキレスの物語を語るホメロスの叙事詩です。『イーリアス』は、ギリシャ人の最初の基本的な文学作品であり、西洋で最も古い詩であり、都市の包囲を物語り、巨大な名声の歴史的な勝利を暗黙のうちに祝っています。ヘレネスの軍隊を征服して破壊するように導いたもの中東で最も美しく、最も豊かで最も有名な都市「トロイ」です。『イーリアス』は、10年戦争の物語で、これは東に対する西の最初の勝利を示しました。男性の数と装備の質の点で並外れた軍隊が堂々とした艦隊に乗り出し、「広い道路の街」であるトロイの城壁のふもとにある平原に到着します。
『イーリアス』の歴史は、トローアスの海岸にあるパンヘレニック企業の経済的動機を明らかにしています。この神話は、比類のない美しさの女性、スパルタの王メネラーオスの妻であるギリシャのエレナが、トロイの王プリアモスの息子であるパリスに愛を求めて誘拐されたという出来事が中心にあります。スパルタの王メネラーオスの妻であるギリシャのエレナのために長い戦争が勃発し、最も遠く離れたさまざまな国の戦士が戦います。難攻不落の壁に囲まれたトロイは、美しさを暗示する塔のようです。何百もの伝説がこの物語の核心の周りで栄えてきました。ホメロスは、遠征に先立つものから、長い年月の包囲と同じくらい長い年の帰還を、素晴らしい仮説と並外れた発想で豊かに描いています。
『イーリアス』の魅力は、ギリシャの歴史的および文化的伝統の最も重要な出来事を抽出し、ギリシャの精神の象徴となる運命にある2人の英雄の姿を中心に据えたことです。彼の勇気をもってアカイア人を勝利の限界に導いた者-ペレウスの息子アキレスとプティアの王テティ、そしてアキレスの死後後、イサカの王ラーエルテースの息子オデュッセウスは様々なイデオロギーと方法で仕事を完了しました。

このトロイ戦争を史実と信じて、英国外交官・カルバートとドイツの資産家・シュリーマンが「トロイの財宝」目当てに、闇雲に掘り進み、エーゲ海交易の中心地として繁栄した紀元前2500~2200年」時代の財宝を持ち去りました。トロイの遺跡は初期青銅器文明の紀元前3000年から、ローマ時代の紀元前334年まで9層からなる複雑な都市遺跡でした。彼は考古学の専門知識がなかったため、考古学的に価値のある他の時代の遺跡は破壊されてしまい、残された出土品は極めて少なくなってしまいました。

トロイの遺跡は直径約600m程の小さな城塞で、それ程大きな物ではなく、しかも見所が石垣ばかりで、考古学に興味のある人意外には、はっきり言って面白い所では有りません。トロイの木馬の話とともにトロイ戦争が語り継がれたのは、古代ローマ人には、トロイ人がローマ人の遠い先祖で、ギリシャと戦に敗れ散ったトロイ人の末裔が自分たちだという思いがあったともいわれています、
トロイの遺跡は、トロイ最盛期の遺跡の一つといわれる東の城壁、アテナ神殿跡、メガトン式住居跡、儀式に使われた聖壁、ローマ支配時代造られた小劇場跡、南門跡などがありますが、とれも原型をとどめたものはなく、過ぎ去りし夢のあとの諸行無常を見るようでした。
観光用に伝説のトロイの木馬が複製されていました。伝承では聖域に近い西側の門から木馬を入れたなどの説明がありました。しかし、考古学的にトロイ戦争が本当に有ったのか、トロイ人はどんな民族なのかも解明されていません。

私は2004年のアメリカで再作された映画『トロイ』見ました。この映画はアーティスト、ウォルフガングピーターセンによるものでした。ホメロスの叙事詩『イーリアス』などで描かれた神々と英雄の織り成す神話としてではなく、あくまで架空の人間のドラマとしてのトロイア戦争を描き興行的にも成功を収めた作品です。映画はエリック・バナ(ハルク)、オーランド・ブルーム(レゴラス)、ブラッド・ピット)ら出演者により、ホメロスの『イーリアス』の疑似体験ができました。アキレス、アガメムノン、アヤックス、ユリシーズ、ヘクターなどをスター俳優の演技で会うことができました。基本的に、映画は壮大な戦いに帰着し、2つの塔の王の帰還は非常に美しく描いていました。残りは純粋なギリシャ悲劇です。非常に長い時間ギリシャの歴史の再現で、同じテーマを続けるタイプの音楽の天才、ジェームズ・ホーナー映画を牽引する音楽、ピーター・オトゥール、ブライアン・コックス、クールなストーリー、トロイの木馬は、観光用の木馬よりリアリティーがあり、素晴らしい戦いのシーンの連続という感じでした。一歩差が食ってざっくり見ていると大ヒット作になったのが解りますが、感動は今ひとつでした。
以前オペラ「トロイ人」をTVで観たのですが、演出があまり好きになれなくて…お勧めがあったら教えてください。
ベルリオーズのオペラ「トロイア人たち 」のことですね。
ベルリオーズは声楽を伴う交響的作品に手腕と個性を発揮した作曲家ですが、生粋のオペラ作曲家ではないため、オペラの常道をはずれたようなところがあります。例えば長い歌を続けて歌わせたり、の歌手に負荷が大きすぎて、上演を困難にしているようです。私も全曲盤は聴いたことがありません。オペラではありませんが、ブラット・ピットが主演した映画「トロイ」はよくできていたと思いました。
木製の木馬には可愛くて、少し笑えました。
洋画好きの私、勿論映画も見ました。
旅で知り合った広島の御主人様が、劇場遺跡で、大きな声で朗々と「ふるさと」を歌って居りました。
綺麗に響き渡り大歌手のようでした。
劇場跡ではプロの有名人が今もコンサート等開かれているようですが、傷まないのかしら…と心配したり。
言ってました。彼が本当に遺跡を探していたの
ならば、ダイナマイトなどを使うはずがないと。
ですから近年になり、シュリーマンは遺跡ではなく
そこにあった埋蔵品にしか興味がなかったのではないか
と言う説があり、それ故にシュリーマンの穴となったらしいです。
トロイアの発掘でダイナマイトを使ったことは知りませんでした。
エーゲ文明周辺は、不明なことが多いですね。
シュリーマンにしても、伝記は美化されやすいし、業績も賛否両論ですが、
私は、彼が財宝目当てだったとは 思えないのです。
理由はいくつかありますが…。
さかえさんが、シュリーマンに興味をお持ちかどうか分からないので、
これ以上は、差し控えます。
彼の名前を聞くのが懐かしく、嬉しくて、伝言をしてしまいました。
失礼いたしました!
シュリーマン (著), 関 楠生 (訳)『古代への情熱』
遺跡トロイア(トロヤ)やミュケーナイを発掘した
考古学者であるシュリーマンの自伝です。
「いやはやすごい男もいるもんだ」
と驚嘆する事うけあいの波乱万丈な人生です。。
シュリーマンは、家底の崩壊、恋する人との悲劇的な別れ、
さらには貧乏、とおよそ思いつく人生の苦汁をなめつくしており、
それでいながらも古代ギリシャへの情熱を捨てることなく、
熱心に働きつづけ、且つそのあいまあいまにいくつもの
(なんと十数カ国以上!)言語をマスターします。
そして、ホメロスの著述を信じて発掘を自費でおこない
ついに成功するわけです。
夢を持つことは重要だなと強く感じさせてくれる一冊です。
人はやっぱり夢を持たねばいけませんよ、夢を。
考古学に興味があるないはあまり関係ありません。
人生の岐路に立たされ時一読の価値がるかもしれませ
シュリーマン日本に来てたのか、というのでもちょっと意外でした。
ヒッサリクの丘は土砂の流失で海辺が後退してしまいましたが,よく見つけたと思います。エペソスも海が後退し同じです。アナトリアは造山帯でリフトもあるかもしれません。何故か発掘物はロシアにあります。ここはラオコーンの話は有名で彫刻の発見にミケランジェロも立ち会っています。

