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心に残った旅・芸術とアートとの出会い   

地中海文明の最も重要な遺跡

エフェソス
Ephesus
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 エフェソスは、トルコ西部の小アジアの古代都市です。紀元前11世紀イオニア人による都市国家があったといわれ、ミュケナイ文化の陶器も発掘されています。 エフェソスはその後、ギリシア人が移り住み、アルテミス崇拝の中心となりました。比較的遅くまで王政が敷かれていました。 紀元前356年、エフェソスのアルテミス神殿が放火され神殿は消失しました。しかし、アルテミス神殿は再建され、世界の七不思議の一つに数えられた。




Ephesus was an ancient Greek city, and later a major Roman city, It was one of the twelve cities of the Ionian League during the Classical Greek era. In the Roman period, Ephesus had a population of more than 250,000 in the 1st century BC, which served to make it one of the largest cities in the Mediterranean world Emperor Constantine I rebuilt much of the city and erected new public baths.

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 エフェソスは、アルテミス崇拝で知られたギリシア人都市で、当時の遺跡が残っています。ベルガモの図書館と並ぶ当時世界三大図書館の一つといわれたアレキサンドリアの図書館、エフェソスのセルシウス図書館の跡地などがあります。

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 エフェソスはヘレニズム都市として繁栄しましたが、紀元前2世紀に共和制ローマの支配下に入り、共和制ローマ最末期に第二回三頭政治の一頭として権力を握ったマルクス・アントニウスがプトレマイオス朝エジプトの女王クレオパトラ7世と滞在しました。エフェソスは港湾都市で、古代ローマ帝国の地中海交易の中心でした。アルテミス神殿や5万人が収容できる劇場、巨大な図書館はローマ時代に建てられたものでした。エフェソスの繁栄は地中海交易によるものでしたが、山から流れ込む土砂の堆積による土砂の沈降により港湾は縮小していきました。

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 エフェソスにはイエスの母マリアも使徒ヨハネとともにエフェソスで余生を過ごしたという言い伝えもあり。聖パウロが布教に努めた町といわれ、使徒ヨハネが流刑から解放された後、エフェソスの教会の司教を務めながらヨハネによる福音書を書いたと伝えられており、キリスト教でも重要な町となっています。

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 エフェソスには古代ローマの遺跡がかなり良い保存状態で残っています。ローマの皇帝ドミティアヌスがエフェソスに自分自身を祭る眼に造ったドミティアヌス神殿、エフェソスの3代に渡る支配者を祭ったメウフスの碑などがあります。ヴァリウスの浴場は2世紀に建てられたローマの浴場の跡です。アゴラは、文化、政治、宗教行事が行われた場所でした。オデオンは2世紀頃足られた音楽堂でした。3つの回廊を持つ大きなバシリカは教会として使われていました。1世紀に造られた公衆トイレ、セクティウス・ポリオが造ったポリオの泉、2世紀に皇帝トラヤヌスに捧げられたトラヤヌスの泉もあります。

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 2世紀に建てられたヘラクレスを掘られた柱はクレティアの入口を護る門の一部でした。プラタネイオンは、エフェソスのシンボルである女神ヘスタの聖火が灯り続けた場所で、ギリシア語とラテン語で書かれた1世紀に建てられたプラタネイオンの柱が建っています。ハドリアヌス神殿は、裕福な市民が皇帝ハドリアヌスに献上した神殿で、2つのアーチは繊細な装飾が施され、上部には市の女神ティケとメドウーサが彫られ、エフェソスの建国の歴史が4部構成で彫られています。マゼウスとミトテウスの門は、皇帝アウグストゥスの奴隷であったマゼウスとミトテウスが解放され、成功して財をなし、皇帝一族に寄進ものといわれ、ローマ版サクセスストーリーのシンボルとなっています。

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  エフェソスで一番優美な遺跡として残ってするのが、セルススの図書館です。知識、学識、聡明、高潔を示す4体の像の複製が図書館の前に立っています。アミテウス神殿に通ずる賛同の一部は大理石通りになっています。大理石通りの中ほどに娼館の道案内図があります。大劇場通りは、港から大劇場に行くメーン通りです。大劇場は、ヘレニズム時代からローマ期の最大級の古代劇場で、収容人数は2万5千人にも達したといわれています。古代オペラやメヴェラーナの踊りが上演されたといわれています。

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 その後エフェソスは波乱の歴史を歩みます。エフェソスは4世紀キリスト教が公認された後キリスト教の歴史の表舞台となりました。ビザンチン篆刻の皇帝テオドシウス2世の勅令で、ネストリオス派に異端が宣告さ、5世紀にはエフェソス公会議で単性説と三位一体論の論戦が戦わされ単性説が正統とされましたが、後に覆され三位一体論が正統派になりました。 東ローマ帝国の下でも、エフェソス属州の首都として政治と経済、教会行政の中心として繁栄しました。多神教禁止の時代アルテミス神殿や劇場は建築資材の石材に使われ。エフェソスの神殿の石材の一部も建築資材に使われてしまいました。ペルシアやアラブの侵攻や、港の沈降もあり、東ローマ帝国はエフェソスを放棄し、港が土砂に埋まって使われなくなってしまいました。







エフェソス 写真集  文字をクリックするとリンクします。
エフェソス遺跡の彫刻

Ephesus Photo Album 
Sculpture of Ephesus ruins
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by desire_san | 2013-11-16 09:17 | トルコ | Trackback(1) | Comments(6)
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Tracked from dezire_photo.. at 2013-11-17 11:58
タイトル : 天上世界が地上に築いたといわれた雲を突いてそびえた神殿
アルテミス神殿 Temple of Artemis  アルテミス神殿は、リディアのクロイソス王が始めた120年に及ぶ大事業紀元前550年ごろにアケメネス朝ペルシア統治下のエフェソスに建てられたアルテミスを奉った神殿です。写真はエフェソスのアルテミス神殿の風景ですが、残骸を積み上げ、柱がいくらか復元されていますが、そこから神殿の原形を知ることはできません。 The Temple of Artemis , also known less precisely as the Temple of ...... more
Commented by teromaehomare at 2013-11-17 11:45 x
エフェソスは女性戦士アマゾネスにより建設されたと言う伝説が残っています。その後紀元前 1077年からイオニア人による移民活動をはじめ。アテネのアンドロクロス王が「魚とイノシシが導く所に都市を築け」とのデルフィの神託を授かったとう伝説があります。神託に従って、アンドロクロスはイオニア人をともないここに都市を築いたと言うことです。このイオニア人の移動はトロイ戦争の160年後だそうです。
Commented by rollingwest at 2013-11-17 20:11
古事記のルーツはギリシャ神話ではないかと思っているRWでございます。
Commented by desire_san at 2013-11-17 21:53
teromaehomare さん、詳しい情報をありがとうございます。
エフェソスとアマゾネスの関係は初めて知りました。
Commented by desire_san at 2013-11-17 22:02
rollingwestさん、ヨーロッパ語族の神話が、スキタイから、北東アジア、さらに朝鮮半島を経て、日本の神話に影響を与えたという説もあるようです。このあたりはいろいろな説があり、どれがほんとうか、私も知識がないので分かりません。
Commented by Ich at 2013-11-18 17:25 x
人間の文化の計り知れないエフェソスはじめ紀元前の世界、いつも興味深く読ませていただいておりますが、このような遺跡の残骸を見るにつけ、繰り返される人間の知恵は退化でしょうか・・・。
Commented by desire_san at 2013-11-18 18:10
Ichさん、私も同じようなことを考えるときがあります。
テレビドラマ「JIN -仁-」というのがありましたね。主人公の南方仁は江戸時代にタイムスリップしても、たくましく活躍しましたが、スマートフォンなど便利なものに囲まれた現代社会に住む人で、このように江戸時代でも生きられる人は何人いるでしょうか。タイムスリップしなくても、ブラジルやペルーの密林で暮らす人たちの中に入れられたら、自力で生きていける人は何人いるでしょうか。現在でも原始的な生活をしている人たちに優越感を感じている人もいるかと思いますが、便利なものが何もない社会で、彼らと人間の知恵を比べたら、ほとんどの現代人が負けてしまうのではないか、そのような気がしてなりません。私たちも、生きるための人間の知恵を見失わないように生きなければなりませんね。