「ハンザ同盟の女王」「バルト海の女王」・魅力あるドイツの美しい町
リューベック
Lübeck

リューベックはドイツ・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州にある北ドイツの代表的な町です。トラベ川とトラベ運河に囲まれた島にある旧市街地は世界遺産に登録されています。旧市街地の入り口のホルステン門は旧ドイツマルク紙幣の図柄にも採用されています。
TheHanseatic City of Lübeck is the second-largest city in Schleswig-Holstein, innorthern Germany, and one of the major ports of Germany. Situated on the riverTrave,called "Queen of the Hanse" . Because of its Brick Gothicarchitectural heritage, is listed by UNESCO as a World Heritage Site
リューベックは、1143年、ホルシュタイン伯のアドルフ2世によって建設されました。バルト海南西部のリューベック湾に面する港を有し、造船産業なども発達して港湾都市となりました。リューベックの船とともに歴史を歩みます。一時代は、北海・バルト海交易で独占的な地位を築いたハンザ同盟の盟主として、「ハンザ同盟の女王」と呼ばれるほど繁栄しました。リューベック商人は、ノルウェーのベルゲンに商館もつくり、ノルウェーの鱈の売却で大きな利益をあげ、リューネブルクの岩塩をおさえて、塩漬けニシンも独占していました。

リューベックは、ハインリッヒ獅子公により育てられました。リューベックの理念は2人の商人が助け合い支えあうことを示す紋章に示されています。商業と交易を守るためには協力は欠かせませんでした。ハンザ同盟は船乗りのギルドもでき、船主組合の家では、船員たちが集まりこの建物で会合を行いました。
旧市街地は、運河が周囲に掘り巡らされていて、船での周遊観光もできます。古い船員組合の建物がレストランになっていて魚料理などが食べられます。大航海時代の巨大な帆船模型が天井から吊り下げられ、壁面はさまざまな航海の様子を描いた油彩で飾られています。
Theold part of Lübeck is on an island enclosed by the Trave. The Elbe–Lübeck Canalconnects the Trave with the Elbe River. Another important river near the towncentre is the Wakenitz.
街の中心マルクト広場には市庁舎があります。黒レンガ造りで、ハンザ同盟の盟主であった当時の扉や13世紀に建てられた南門の破風、風を押すための丸穴の開いた壁が特徴的です。リューベックは14世紀人口が1万4千人おり、市庁舎は増設が繰り返され、ゴシック様式とルネサンス様式が調和した美しい建物になっていました。
市庁舎の隣にはゴシック様式の巨大な聖マリエン教会があります。市の参事会の聖堂として建てられ、派手な装飾を抑えたゴシック様式で統一されています。バッハを魅了した世界最大級のパイプオルガンと美しいステンドグラスがあります。バッハはこのオルガンに魅了され、通い詰めたといわれています。
Muchof the old town has kept a medieval appearance with old buildings and narrowstreets. At one time the town could only be entered via any of four town gates,of which today two remain, the well-known Holstentor and the Burgtor.The oldtown centre is dominated by seven church steeples. The oldest are the city'scathedral and the Saint Mary's.
聖ペトリ教会の塔にはエレベーターで登ることができ、ホルステン門と旧市街を一望できます。
カタリーネン教会は、バーラツハの彫刻やティントレットの絵画もあります。参事会は裕福な商人が支配し、社会的弱者のため建てた聖霊養老院が街の北側に見られます。この街にはレンガ造りのゴシック様式の建物が多くみられます。これは石材不足から生み出された技術で、節約の芸術といえるかも知れません。

街の南部、中州の南端には大聖堂があります。ここはバルト海沿岸では初めて建設された大聖堂です。高さ17mの勝利の十字架は死に対する勝利を表します。
ホルステン門は町を守るために戦うことを示すリューベックのシンボルです。かつては町に城壁がきずかれていましたが、現在はこの門のみが残されました。どっしりとした二つの塔からなっています。よく見ると塔が少し傾いているのが分かります。門の上には金文字で「内に団結、門の外に平和を」の意味の言葉が書かれています。

リューベック出身の人物としては、ノーベル文学賞作家のトーマス・マン、ノーベル平和賞の政治家、ヴィリー・ブラント、哲学者のハンス・ブルーメンベルクなどかいます。トーマス・マンの故郷で、『ブッデンブローク家の人々』はこの町に住んだトーマス・マンの一族をそのままモデルにしたもので、トーマス・マンの生家は、以前は銀行の支店でしたが、現在ではブッデンブローハウスとしてトーマス・マンの記念館になっています。
リューベックは、近世ハンザ同盟が衰退すると街も衰退し、その後数奇な運命をたどります。1806年の神聖ローマ帝国解体により主権国家となりますが、ナポレオン戦争により3年間フランス帝国に併合されました。一時独立を回復しますが、1815年にドイツ連邦に加わり、1867年には北ドイツ連邦に加入、1871年のドイツ帝国成立に伴いその州となります。ワイマール共和国時代も州の地位を守りますが、ナチス政権下でプロイセン州に併合されます。第二次世界大戦で空襲を受け、戦後はイギリスの占領下におかれますが、ソ連占領の東ドイツに近接し、鉄のカーテンにより分断されてしまいます。プロイセン州は解体し、西ドイツの連邦州のシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州になりました。

ハンザ同盟が衰退で経済的にはリューベックも衰退しましたが、そのおかげでリューベックの街は中世にタイムスリップしたような美しい街並みを現在も見ることができます。
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リューベックの美しい写真を拝見して、美しい街の思い出がよみがえってきました。
感嘆することばかりです。バッハが通ったオルガン、トーマス・マンの故郷、ハンザ同盟の街、魅力尽きないリューベックですね。写真ギャラリーの最後のFoto、やはり貴殿はパイロットでいらっしゃいましょうか^^美しい航空写真で楽しませて戴きました。丁度、今、トーマス・マンの大作を読んでいます(^_^)/
もちろんひとそれぞれだと思いますが、私が言ったドイツの街ではリューベックが一番美しいと思いました。ドイツは日本と同じように戦争で爆撃を受けているので、旧市街と言っても破壊された町を復元している街が多いですが、リューベックは昔の街がそのまま残っている貴重な例です。もう一度ゆっくり行って見たい街ですね。







