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西洋人を魅了した日本ブーム「ジャポニスム」の実態

ジャポニスム 浮世絵から印象派への贈り物

Japonism


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モネ「ラ・ジャモネーズ」



 東京の世田谷美術館で「ボストン美術館華麗なるジャポニスム展~印象派を魅了した日本の美」と題した美術展が開催されました。この美術展は2014930日~1130日まで京都市美術館、12日~510日まで名古屋ボスト受術美術館を巡回する予定になっています。


 この美樹展を回顧し、ジャポニスムのどこが西洋人を魅了し、とのにように西洋美術に影響を与えたのかを整理してみました。





Parisianssaw their first formal exhibition of Japanese arts and crafts when Japan took apavilion at the World's Fair of 1867. But already, shiploads of orientalbric-a-brac—including fans, kimonos, lacquers, bronzes, and silks—had begunpouring into England and France. Experimentation with a wide range of pictorialmodes, and with printmaking techniques as well, coincided with the growingpopularity of Japanese woodcuts during the 1890s




 19世紀中頃のパリ万国博覧で出品されたのをきっかけに、浮世絵、琳派、工芸品などの日本美術が注目され、西洋の作家たちに大きな影響を与ました。一時は日本趣味がブームとなり、最初はジャポネズリーと呼ばれる真新しい日本趣味の人気がまたたく間に広がり、他の美術工芸品とともに浮世絵という版画が欧米で人気となりました日本美術を模倣した工芸品も流行しました。イギリスでも、ロンドン万国博覧会かせ、日本の陶器や置物など日本文化への関心が高まりました、これがジャポニスムへと発展して、フランスの辞書に"japonisme"という単語が登場ました。


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 この事態はベル・エポックの事態で、上流社会では、世紀末の良き時代を人々が自ら演出しようとする機運がみなぎっていました。そんな時代に観たこともない新鮮な日本趣味の美術品の工芸品は格好の異国情緒として歓迎されたのでした。ジャポネズリーと呼ばれる日本美術を模倣した工芸品が流行しました。「ボストン美術館華麗なるジャポニスム展~」では、1階だけでなく、2階にもジャポネズリー美術工芸品がたくさん展示されており、初めて非常に多くのジャポネズリー工芸新を見た私としては、当時のジャポニスムのブームのすさまじさを実感することができました。

 

Japaneseartists were studying Western-style realism, Western artists, influenced byJapanese Ukiyo-e prints, porcelain, textiles, lacquer and even architecture,were creating a new style called Japonisme. Some Western artists were contentsimply to incorporate Japanese motifs in their works. For others, however,Japanese decorative art offered a new freedom from imitative or photographicrepresentation, and introduced unusual new formats such as fan leaves, foldingscreens and narrow hanging-scrolls. It suggested new angles of vision and anentirely different treatment of perspective. The use of bold, unshaded colourfor its own sake in flatter compositions encouraged a trend towardsabstraction. Strong diagonals, the silhouette, cropped close-up partial viewsof objects in the foreground and a flexible approach to blank space suggestedfruitful new possibilities to such artists as van Gogh



 2014年4月から6月パナソニック汐留ミュージアムで「フランス印象派の陶芸器」1866-1886が開催され、私も見てきました。浮世絵などの日本画を陶器に絵柄を映した日本情緒のある美しい陶器がたくさん展示されました。これこそが典型的な美術的にも上質のジャポネズリー美術工芸品のコレクションと言えるものです。


 このようなジャポネズリー美術工芸品の氾濫だけでなく、浮世絵などの日本美術は印象派などの多くのプロの画家に影響を与えたというのがこの美術展のテーマです。なぜ突然西欧社会に登場した日本趣味がこれだけ西欧美術界に影響を残したのかを知るために当時の時代背景を見てみました。



西洋人が日本美術に感じた斬新性

 その当時フランスでは、伝統的表現の枠から抜け出せず、マネや印象派など当時前衛的といわれた画家だけでなく、熱心なサロンの画家たちの多くさえ危機感を抱いていました。そんな時、フランスの伝統美術と全く異なった美意識の浮世絵をはじめとした日本絵画は。画家にとっては突然救世主に出会ったような衝撃だったのでしょう。浮世絵などの日本美術が西洋人を驚嘆させた要素にはいくつかの点が挙げられます。


 

2次元的装飾表現

 西洋美術の三次元的再現をめざすリアリズムに対し、日本画の二次元的装飾的表現、西洋美術では安定な構図とされた黄金比やシンメトリーに対し、日本美術はこれらをまったく排除したような破天荒ともいえる大胆な表現。浮世絵などの日本美術に対する画家たちの思いは、単なる異国趣味を超える勢いを持ち、西洋美術に風穴を開ける勢いとなり、今までの芸術的信条を覆すほど強烈なものに思えました。



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 日本絵画の2次元的装飾的表現は、平安時代の絵巻物などからの伝統的な表現で、琳派、狩野派、水墨画、室町時代の風俗画などにも受け継がれています。室町時代の風俗画から発展した浮世絵は、日本独特の木版的表現に基づく斬新な手法や技法により、より鮮明に2次元的装飾的表現に打ち出されました。

 


西洋美術の常識を覆す大胆な構図

 西洋美術では安定な構図として、シンメトリーや黄金分割が絵画表現の基本となっていました。黄金分割は、線分を a, b の長さで 2 つに分割するとき、a : b = b : (a + b) が成り立つ比 a : b のことであり、最も美しい比とされていました。黄金比はパルテノン神殿やピラミッドといった歴史的建造物、美術品の中に見出すことができ、自然界にも現れ、植物の葉の並びや巻き貝の中にも黄金比は見付けることができるという主張もあります。レオナルド・ダ・ヴィンチも発見していた記録もあり、長方形は縦と横との関係が黄金比になるとき、安定した美感を与えると信じられ、古典主義のルイ・ダヴィッドの傑作『レカミエ像』では、夫人の横たわる姿が黄金比の長方形に収まるように構成され構図が安定して見えるように配置されています。


 それに対して浮世絵など日本美術ではこれらを全く無視した大胆な構図で描かれていました。



 日本美術の大きな特色の一つは、非シンメトリーで、左右不均衡な構図が余白を生み、描かれているものの動きを予感させます。北斎や広重の浮世絵では、左右非対称で余白を大胆に生かした構図に加え、画面を大胆に断ち切るモチーフは。西洋の美術でき禁じ手ともいえる破天荒ともいえる構図で描かれています。



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 しかし西洋人を驚かした大胆な構図は、余白を巧みに使った構図も、モチーフの大胆に断ち切る構図も、日本の等量分割の整備性と非定型の美学に起因した美意識と日本人の自然の偶発的変化を素直に受け入れる自然観に基づいて生まれたものです。日本の等量分割の美意識は、障子や格子戸。畳などの1;1 のリズムの表現が造形的根拠となっているのです。日本美術の特徴は単純明快な等量分割と、変化と偶発性にとんだ自然のもつ大胆な造形を併せ持っていると言えます。




西洋美術にない色彩感覚

 色彩感覚の点で日本の浮世絵で西洋人に最も衝撃を与えたのは、浮世絵師随一の数万点の作品を残した歌川国貞、奇想の天才と言われた歌川国芳に代表される幕末の浮世絵師たちです。その色彩感覚が秀逸で、色彩感覚に優れているだけでなく、着物などのデザイン感覚と手法は、江戸時代の作品とは思えない、現代アニメ・ゲームのキャラクターやポップアートを思わせる斬新さとをダイナミックな迫力にあふれています。平面的な描写と鮮やかな色彩により、ダイナミズムで生き生きとした創造性が生まれ気取らない生活感に満ちた日本人の美意識や自然感が生き生きと描かれました。


 
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繊細な美意識と調和

 文豪マルセル・プルーストは「日本の美術の特色を一言でいえば繊細な美意識にある」という言葉を残しています。マルセル・プルーストとジャポニスムが流行したベル・エポックの時代を懐かしみ、華やかな社交界に集う人々の姿を代表作『失われた時を求めて』に描いていますが、その描写に浮世絵の影響が見られると言われています。同時代の美術工芸・社会風俗の表現は浮世絵を連想させるものがあるような気がします。


 日本美術の非対称な表現は、全体として統一を求め、高次の調和を志向しているように思えます。尾形光琳・俵屋宗達、丸山応挙の世界は、常識を超えた大胆な構図などの表現の中に、絶妙の調和が見られます。歌麿や北斎の世界にもその片鱗が見られますが、補色の色彩の追求など日本美術から多くの物を吸収した印象派の画家たちも、画面の構図、構成の伝統を破った作品は少なく、結局この繊細な美意識による調和を達成できなかったのではないかと思います。



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 北斎の大胆に見える構図も、画面の対角線上に突き出た岩に人物を配して画面を引き締める,絵画を構成する円弧の視覚的な重心を中心に、対角線上にモチーフを配し一番大きなモチーフの角材を斜線としてレイアウトして引き締まった画面を形成資する。画面の横方向に走る斜線が画面外に二つの消失点を設け、画面に変化を持たせているなど、偶発性的に生まれた自然のもつ大胆な造形を、北斎の優れた感性で造形的にまとめ上げ、高い次元の調和を作り上げているのです。




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日本美術が西洋絵画に与えた影響

このような日本美術の特徴が西洋絵画に具体的にどのように影響していったかには、影響を受けた画家たちの個性や美意識によりいろいろなケースが生まれました。ジャポニスムに対し関心をしめした芸術家は数知れず、多くの作品にジャポニスムの影響が見られます。その中にはジャポニスムの記念碑ともいえる傑作が生まれました。

 

浮世絵に観られる物思いにふけるような女性像は女性に深い共感を与え、欧米では美術品や本を四方ながら物思いにふけるような女性に結び付けられた絵画が数多く描かれました。美術展の前半は、浮世絵を中心とした日本絵画とジャポネズリーの作品が数多く展示されていました。ステヴァンスは「日本美術は近代性を表現する効果的要素」と考えました。エミール・ベルナールは、顔を大写ししデフォルメした大首絵の大胆な構図を作品に導入しました。


ドガやマネは、中心をずらした構図で踊り子の姿がストップモーションブラしたたような構図を作品にしました。ゴッホは浮世絵の透明な色使いや花に対する細かい精密な表現を学びました。ロートレックとゴーギャンは最初浮世絵を見て、輪郭線で囲み彩色する技法を学び自らの表現に取り入れました。モネは広重の図式と自然に対する融合に共感し、琳派の屏風絵にも影響されて、睡蓮の連作を描きました。


 

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マネは浮世絵の平面的表現に注目しました。1863年にマネによって描かれ、当時の美術界の衝撃を与えた作品『オランピア』、国立新美術館の「オルセー美術展」で来日しているマネの代表作『笛を吹く少年』は浮世絵の平面的表現の影響が顕著な西洋美術史上に残る傑作です。


ロートレックはデフォルメされた大胆な構図のポスターを描くようになりましたが、これは北斎の浮世絵の大胆な構図に触発されたものと言われています。当時の上流階級はジャポニスムに心酔していたこともあり。ロートレック自身も写実的描写にジャポニスムの技術を取り込んで多色刷り印刷に託して表現したポスターを多数制作しました。




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 ゴッホの「子守唄、ゆりかごを揺らするアール夫人」は国貞、国芳らの浮世絵の装飾の装飾的画面作りをゴッホの激しい色彩の表現性と合体させたような作品です。浮世絵の着物の絵などは、従来の西洋美術にはない色彩感覚と装飾性があり、西洋人に刺激を与えました。幕末の浮世絵・歌川国貞のどぎつい色彩は、ゴッホの「子守唄、ゆりかごを揺らするアール夫人」はと共鳴するものを感じました。




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文頭のモネ「ラ・ジャモネーズ」は、一度来日したことがありましたが、修復により制作時の色彩が蘇りました。女性の着物の絵柄は国貞、国芳の浮世絵の美しさを彷彿させています。フランスの国旗を掲げた金髪のフランス美人が、日本の品々に囲まれ、豪華な日本の打掛をはおり、日本趣味に囲まれたパリジェンヌを描きました。打掛の武者姿が画面に大胆な存在感をしめし、ジャポニスムもの強い主張を感じさせます。ジャポニスムの頂点を示す作品で、モネのジャポニスム賛歌ともいえる作品です。



装飾美術もジャポニスムの影響を受けて。新時代を築きました。アールヌーボーは日本美術から影響を受けた装飾美術といえます。エミール・ガレは強烈にジャポニスムを受け、日本の自然主義の動植物のモチーフをガラス工芸にとりいれ、新しい芸術表現を確立しました。ガレは北斎漫画など写実的描写法をガラス工芸に移し替えていきました。ドーム兄弟などナンシー派は、曲線的植物の造詣表現を日本美術から学びました。





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 ルネ・ラリックは日本的植物文様と自然主義的モチーフを巧みに取り入れ、幻想的で唯美主義的な七宝や装飾素材を組み合わせたガラス工芸品を制作しました。



 しかし、アールヌーボーのデカダンス、優美手記的風潮は、時代から必然的に淘汰される運命にありました。機械文明や合理主義の影響で、古典主義の創造性も併せ持つアールデコ様式の装飾様式が好まれるようになっていきまた。アールデコ様式はアールヌーボーの裏返しで、直線的でアールヌーボーの華やかな装飾性より、気品を重んじました。






「日本的美意識」と西洋美術の決別

 このようにジャポニスムは多くの芸術家に影響を与えました。しかし一方、西洋の芸術家は常に更なる偉大な美を求めており、美に対する思いを変化させ、もがき苦しみながら新しい試みに挑戦しながら成長していこうとします。従って日本美術から吸収し活用していったものも、日に日に変化していきました。



 西洋の芸術家は、純化した日本の美を完成しようとするのではなく、西洋人により取捨選択されたアングロジャポニスム、ヨーロッパ化されたジャポニスムで画家たちは日本美術の自らの芸術に都合の良いところだけを吸収して、自らの芸術は発展させていきました。ジャポニスムが流行した頃それほどジャポニスムに関心を示さなかったマルセル・プルーストが、ジャポニスムが流行したベル・エポックの時代を懐かしみ、華やかな社交界に集う人々の姿を冷静な眼で『失われた時を求めて』を描きましたが、おそらく冷静で客観的な眼で日本の美術の一番大きな本質を考えた時「繊細な美意識」ととらえたのでしょう。しかし西洋の画家は日本画の様々な技法を学び自らの作品の中で発展させましたが、例えば歌麿美術の大切な要素である顔の表現を作品に取り入れた作品は生まれなかったように、北斎の富嶽三十六景色に匹敵する風景画が生まれなかったように、「繊細な美意識」を追求した作品は生まれなかったようです。


 

 熱気のように西洋の人々を魅了したジャポニスムも、1920年を境に徐々に終焉を迎えました。世紀末の耽美主義のロマンが漂う美しい時代。ベル・エポックの人生の喜びと美を希求に人々が人生を捧げた時代、感性の赴くままに装飾することを第一とした芸術至上主義の時代も終わりをつげ、丈量階級でない普通の人々の生活する現実社会も向き合う。フォーヴィスム、ドイツ表現主義、キュビスム、シュルレアリスム、抽象絵画などの前衛美術が芸術の舞台に登場してきました。




参考文献

・ジャポニスム入門–ジャポニスム学会 (),ジャポネズリー研 究学会 2000

・ジャポニスム―幻想の日本 馬渕明子 ブリュッケ2004

・美の構成学―バウハウスからフラクタルまで (中公新書)

・美のジャポニスムジャポニスム―幻想の日本: 馬渕 明子 文春新書

 


 
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by desire_san | 2018-01-03 07:56 | 美術展 & アート | Trackback(15)
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