何千年にわたり栄えた中世の香りが漂う美しい町並み
Gubbio

インジーノ山の斜面にあるグッビオは、イタリアのほぼ中央部、ウンブリア州に位置し、旧市街の街並みは、古代ウンブリアとエトルリアの時代の雰囲気を色濃く残しています。坂道が多いのはイタリア小さな街の特徴です。
Gubbio is a town and comune inthe northeastern part of the Italianprovince of Perugia (Umbria). It is located on the lowest slope of Mount. The historical centre of Gubbiohas a decidedly medieval aspect: the town is austere in appearance because ofthe dark grey stone, narrow streets, and Gothic architecture. Many houses incentral Gubbio date to the 14th and 15th centuries, and were originally thedwellings of wealthy merchants.

黒みがかった灰色の石によって形成される街並みは、重厚さと落ち着いた雰囲気を感じ、少し赤みがかったトスカーナとの街の色合いの違いウンブリア特有のこの優しい土の色の建物が周囲の山々とも調和して、城壁が美しい風景の中に溶け込み、青い空に白く厚い壁調和して、心地よい街でした。深い緑の山々に埋もれる歴史深い小さなこの穏やかな町の美しさは、モンテフェルトロを、サン・フランチェスコを、ウンブリアを語るとき、忘れられない思い出となりました。私たちは、元修道院のホテルで食事をしました。

古代新石器時代にこの地に人々が暮らししていた生活の香りが紀元前4千年ごろにはすでに人類が居住していたとされる歴史と伝統を象徴する建築物やローマ時代の遺跡などから感じられ、何千年にもわたり栄えた美しい町並みは、インジーノ山の麓の傾斜地に広がっています。カトリック系キリスト教徒が大部分を占めるこの地方では、様々な時代、様式の古い教会がたくさん残っていて、中世の香りが至る所に漂っています。優れた職人技が生きる陶芸、鍛冶、木工、皮革工芸でも知られ、教会は外観だけでなく、聖アゴスティーノの生涯を描いたフレスコ画や修道院の内部の素晴らしい美しさなど芸術都市の雰囲気も漂います。

Among most visited buildings andsites in the city are:Roman Theater: This ancient open air theater built in the1st century BC using square blocks of local limestone. Traces of mosaicdecoration have been found. Originally, the diameter of the cavea was 70metres, and could house up to 6,000 spectators. Palazzo dei Consoli: Dating tothe first half of the 14th century, this massive palace, is now a museumhousing the Eugubine Tables.


アッシジのフランチェスコが回心し家族のもとを去り、出家をしてはじめに訪れたのがグッビオだと言われています。グッビオでの彼の親しい友人であったスパダロンガ家にもてなしを受け、かくまわれていたのですが、このスパダロンガの家があったのがこのサン・フランチェスコ教会のある場所でした。サン・フランチェスコ教会は、グッビオでは唯一のゴシック様式の三身廊で、8角形の鐘楼は15世紀に造られたものです。後陣部中央は13世紀終わりごろに描かれたウンブリア派の画家による”祝福を受けるキリストと4人の聖人”が、右側のアプシスには14世紀初頭に描かれた”6人の聖人”図や”フランチェスコの回心”、”落ち行くラテラーノの夢”など見ごたえのあるフレスコ画か多くあります。左側のアプシスは15世紀にグッビオの画家、オッタビアーノ・ネッリによって描かれた”聖母伝が見られ、グッビオの国際ゴシック派の絵画における大作の1つとなっています。

ウルビーノ公国でモンテフェルトロ領を支配し、文化的、人文的政治で秀でていたモンテフェルトロ家に新しいグッビオの統治がゆだねられ、モンテフェルトロ領としてルネッサンス文化が開花しました。グッビオの政権がモンテフェルトロに移り、1384年から1631年までの間、モンテフェルトロ家、デッラ・ローヴェレ家を通してグッビオに新しいルネッサンス文化が生まれました。ドゥカーレ宮殿をはじめとするルネッサンス様式の建築物が築かれ、古代ローマ時代、ゴシック時代の建築物と相まって現在見られる独特のグッビオの町並みが完成されてゆきました。

民衆は文化的に質の高い生活が出来たので、モンテフェルトロ家の治世を歓迎していたため、グッビオの民衆はウルビーノ公への忠誠心を失わずモンテフェルトロ家に仕え続け、国の平安を守りました。 ウルビーノと同じく教皇の支配下になった後のグッビオは、政治的にも経済的にも徐々に悪化し、ナポレオンのイタリア遠征により建国されたチザルピーナ共和国に統合されたグッビオはその後イタリア王国、イタリア共和国を経てウンブリア州に加わりました。

一時は支配権の略奪を巡って波乱の歴史を辿ってきた町、グッビオも、現在の穏やかな町の美しさからは想像ません。深い緑の山々に埋もれる歴史深い小さなこの町は、モンテフェルトロ、サン・フランチェスコ、ウンブリアを語るとき、忘れてはならない所です。

1980年、イタリアのグッビオ にある境界粘土層からイリジウムの濃集が報告され、恐竜絶滅の謎を解く鍵が、恐竜が繁栄した白亜紀の石灰岩と,哺乳類が繁栄した第三紀の石灰岩の間に挟まれる粘土層の研究から得られました。 石灰岩層には有孔虫の化石が含まれ、その種類から,粘土層の下位が白亜紀の地層で、上位が第三紀の地層であることがわかりました。500万年前に突然姿を消した恐竜たち。恐竜の絶滅は地球の歴史の中で大きな謎でした。地球は宇宙空間に浮かぶ一つの‘球であり、つねに太陽風や降りそそぐ小天体といった宇宙の嵐にさらされていることもわかってきました。 ‘隕石衝突による恐竜絶滅’説は、この未曾有の環境変動と大絶滅で、“地球の歴史が地球の中だけで完結してはいない”ということ、“宇宙的な視野で地球外環境との関わりのなかで地球を理解する必要がある”教訓を我々に与えています。
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Gubbio Photo Gallery
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ご指摘のように町並みや建物が美しさは、街自体が芸術都市都都いう感じですね。でインジーノ山にロープウェーで登られたということですが、山頂から見るグッビオの街は書くベ都の美しさで省ね。
イタリアを古き良きものは残していこうということで、美しい街並みがたくさん残っています。
日本とは、「幸せ」に対する考え方が、全く違うのだと、イタリアに行くと感じます。

