世界屈指の演技力を誇る名歌手、ネトレプコがマクベス夫人
Verdi "Macb”

ヴェルディのオペラでまだ観ていない作品が『マクベス』と『シモン・ボッカネグラ』てせす。後者は上演を観る過程がないためですが、『マクベス』は上演されていても観たいという気持ちが出なかったため、まだ観ずに残っているオペラです。『マクベス』を観ない理由は、野心にかられて人を殺して王になるが、自らの悪事に苛まれて破滅するという、主役がヒーローやヒロインでなく、オペラに欠かせない愛や恋の歌がない、ロマンのないオペラだと思っていたからです。しかし、今回のMETライブヴューイングで、世界屈指の演技力を誇る名歌手、ネトレプコがマクベス夫人を演じ、マクベスに世界のヴェルディ・バリトンZ・ルチッチ、バンクォーに人気と実力を兼ね備えたR・パーペ、マクダフJ・カレーヤという夢の競演で、MET首席指揮者F・ルイージの熱い指揮も期待して鑑賞してきました。
Macbeth is an opera in four acts by Giuseppe Verdi, with an Italian libretto by Francesco Maria Piave and additions by Andrea Maffei, based on William Shakespeare's play of the same name. Written for the Teatro della Pergola in Florence, it was Verdi's tenth opera and first given on 14 March 1847. Macbeth was the first Shakespeare play that Verdi adapted for the operatic stage. Almost twenty years later, Macbeth was revised and expanded in a French version and given in Paris on 19 April 1865.
イタリアオペラは、題材が「愛」や「恋」であるロマン主義オペラが主流で、若きヴェルディが敬愛するシェイクスピアに初めて取り組んだ衝撃作は『マクベス』はマクベスやマクベス夫人・レディーの権力欲がテーマで、オペラに向かない作品とされていました。しかし。ヴェルディはシェイクスピアの偉大な戯曲を、今まで類のないオペラにしようと、エネルギーを注ぎ。愛を求めるベル・カントでは表現できない醜く邪悪で不快感さえ与えるマクベス夫人・レディーをヒロインとしたオペラを作りあげました。ヴェルディは音楽だけでなく、演劇性と音楽性の両方から表現される総合芸術としてのオペラ追求していました。Italian opera, the subject is Romanticism opera was the mainstream is "love" and "love".
"Macbeth" in Shakespeare's works to be revered, is the young Verdi for the first time challenged it impact work."Macbeth" is greed for power of Macbeth and Lady Macbeth is the theme, had been the work not suitable for opera.However. Verdi was poured energy in order to make the opera unparalleled from the great drama of Shakespeare.Foil at Bell Canto of finding love, Verdi has created the opera that was the heroine of Lady Macbeth Lady that gives even ugly evil discomfort.Verdi is not only music, had been opera pursuit of composite art that is expressed from both of theatricality and musicality.
第1幕の前奏曲はドラマを予感させる音楽で始まり、ロマンティクな安らかなメロディが登場するが、またドラマテイクな音楽と交互に演奏され、音楽が盛り上がったところで幕が開きます。
子供たちも含む大勢の魔女たちの迫力ある合唱と踊りで始まります。大勢の魔女たちは貧しい現代の群衆のような衣装を着ています。魔女たちは一度舞台から消えますが、マクベスとバンクォーが登場すると再び姿を現し、「グらミスの領主」「コーダの領主」「スコットランドの王」とマクベスに次々と挨拶します。かると使者が現れ、マクベスがコーダの領主になったことを告げます。二つの予言が当たったことで、次は「運命が王冠を約束してくれた」と野心が芽生えます。バンクォーは、魔女の予言には裏があると忠告とますが、マクベスは聴く耳を持たないようです。マクベス夫人の一室では、魔女たちの予言を手紙で知ったマクベス夫人・レディーを演ずるネトレプコが、異常なほどの迫力で「さあ急いでいらっしゃい」とアリアを歌います。「大望な企てに勇気を与えてあげる」「スコットランドの王に上がりなさい」とたたみかけるようなメロディで歌うレディーは強い性格の野心に火がついたことを感じさせ、王の来訪を聞くと「地獄の使者よ、目覚めなさい」とすごい形相で歌うネトレプコの演技と歌の迫力は悪魔のようです。ネトレプコは完全にマクベス夫人になりきっているようです。
夫のマクベスが帰宅するとレディーは短い会話で、王の暗殺を承諾させます。短刀と王の暗殺の幻影に錯乱するマクベスのモノローグであるシェーナとマクベス自身との二重唱は、マクベスの心の動揺を感じさせます。レディーが登場し「王が眠った」と伝え、マクベスが王を暗殺します。
「すべて終わった」と駆け込んでくるマクベスは、妻に支えられて凶行に及んだが、動揺と悔悛の言葉を口にすします。マクベス役ルチッチと「バカなことを」と叱咤し激励するレディー役のネトレプコの歌は激しく対立しますが、ネトレプコに押しまくられている感じでした。腑抜けになったような夫を引きずるようにしてネトレプコは退場します。
第2幕、魔女の予言を恐れるマクベスはバンクォーの息子の暗殺を決意します。レディーは「日の光は薄らいで・・」と心の不安を歌います。マクベスが手配した刺客たちがバンクォーと息子を殺そうと待ち伏せしています。バンクォーは息子と通りかかり「天から闇が落ちてきたように」と不吉な予感を歌います。バンクォー刺客に殺されますが、息子はなんとか逃げられました。
大広間では、国王になったマクベスが騎士や貴族に挨拶を受けます。刺客が戸口でバンクォーの殺害を報告します。その直後血まみれになったバンクォーの亡霊を見たマクベスが恐怖に襲われ取り乱しますが、レディーが乾杯の歌を歌い座は再び盛り上がります。しかし再び亡霊が現れてマクベスは錯乱し、王マクベスに対する不信感が芽生えます。レディーが取り繕いますが、マクダフは悪に汚れた国を憂い、大広間の人々のそれぞれの感情が歌われ幕を閉じます。第3幕、魔女たちに自分の未来を聞かせてくれと頼むマクベス。雷鳴とともに大きな球体が登場し、そこに映った幻影がが「マクダフに気をつけろ」と告げ、第2の幻影が「女から生まれた子供でお前にかなうものはない」と告げ、第3の幻影が「バーナムの森が動かない限り、お前は敗れることはない」と告げます。マクベスはレディーに魔女たちの奇怪な話を告げます。レディーは、「マクダフの城を焼いて皆殺しにしよう」「バンクォーの息子を殺そう」とヒステリックに叫び「復讐の時だ」と二人で歌います。
第4幕、国境近くの荒野では難民が集まり「虐げられた祖国よ」と合唱で歌います。マクダフは妻や子供を失った悲しみを歌います。ダンカン王の息子・マルコムが手勢を連れて現れ「裏切られた祖国が呼んでいる」と勇ましく歌います。
マクベスの城の広間、表向き強気を装っていたレディーだか、心と身体は良心の呵責に病み、夜は夢遊状態で場内を徘徊しています。「まだここに染みがある」「血のにおいが消えない」と手をこするレディー。ネトレプコの歌は語るようであり演技も真に迫っていいて、レディーの恐怖と狂気が伝わってきて、観ている方も恐ろしくなってくるネトレプコの演技と歌の見せ場である「レディーの狂乱の場」は静かに1点に集中して演じており、ネトレプコの顔の形相も恐ろしく身の毛がよだつ場面でした。城内の他の1室ではマクベスが唯一のアリア「慈悲、尊敬。愛」と人生の悲哀を歌います。マクベスは軍人で本当は善人で、魔女とレディーの野心に引きずられて悪の道に染まってしまってしまったことを感じさせる場面です。
「レディーの死」「バーナムの物が動いてくる」の報告に驚き、マクダフが「母親の腹を切り裂いて取り出された」ことを知り、あえなく切り殺される。マクベスの死により、マルコフが即位し、国王万歳の唱和で幕が下ります。
ワーグナーは別して、オペラには「恋」や「愛」など現実を離れた夢を求め、美しいアリアや愛の二重唱を期待してしまいます。ヴェルディのオペラもこの作品以降は、演劇的でプッチーニの燃えるような恋の情熱は求められないにしても、「恋」や「愛」が物語の中心となっています。そのような意味で『マクベス』はオペラ向きでない脚本というのには共感を覚えてしまいますが、ヴェルディが音楽だけに頼らない演劇性をもっと総合芸術をめざしたとき、尊敬するシェイクスピアの偉大な戯曲のなかから、今までのオペラの脚本と差別化するため『マクベス』を選んだチャレンジ精神には共感を覚えます。この『マクベス』の経験があるから、後の傑作オペラ『オテロ』があるとも言えます。今回の舞台では良くも悪くもネトレプコのマクベス夫人が舞台全体の雰囲気を支配していたように思います。ネトレプコのあくの強い悪女の演技と夢遊狂乱の場面の強烈な演技力は、生の舞台を観る人には快演と感ずるのかもしれませんが、顔をアップにする映像作品としては、アリアの美しさも食ってしまうようなどぎつさが気になりました。元々オペラ歌手は舞台俳優でもあるので、場面によっては映画と同じ感覚で映像にしてしまうのも良し悪しだと思いました。ネトレプコの作品は3作観ましたが、『マクベス』を映像で見て、もうネトレプコの作品は遠慮したい気持ちになりました。
(2014年11月5日(土)東劇)
参考文献:音楽の友社編・スタンダードオペラ鑑賞ブック「イタリアオペラ」下
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dezireさん、今回はずいぶん凝った表紙ですね。
何か意味があるのですが。
わたしは最近、最近dezireさんの最近のシンプルな表紙の方がすきです。
中身はいつもながら充実した内容で勉強になります。
イタリアオペラは、情熱的な恋や甘いラブストーリーをオペラに求めるのでしょうね。

