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芸術と自然の美を巡る旅  

哀しくも抒情性に貫かれた人気オペラ

ヴェルディ『椿姫』
Giuseppe Verdi ”La traviata ”

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『椿姫』は、19世紀の華やかなパリの裏社交界を舞台に、夜の華として君臨する高級娼婦ヴィオレッタが、真実の愛に目覚め、その純愛ゆえに別離を選ぶ哀しい運命を描いた悲劇です。ヴェルディのオペラ『椿姫』は、幕開け早々に置かれた有名な〈乾杯の歌〉を始め、誰も一度は耳にする名曲が次から次に登場する「オペラ」のジャンルで屈指の人気を誇る傑作です。今回の新国立劇場では、この聴衆の涙を誘うヴェルディの名作オペラをスタイリッシュで洗練された舞台作りで評価の高いフランス人演出家ブサールの新演出で演じられました。

 



La traviata is an opera in three acts by Giuseppe Verdiset to an Italian libretto by Francesco Maria Piave. Piave and Verdi wanted tofollow Dumas in giving the opera a contemporary setting. It was not until the1880s that the composer and librettist original wishes were carried out and"realistic" productions were staged. The third new production in the2014/2015 season is Verdi's mid-period masterwork La Traviata. This opera tellsthe story of the pure love of a courtesan, Violetta, and her sad end, against abackdrop of Parisian splendour and sophistication. It is a standard work in therepertoire for opera houses worldwide.




ヴェルディが高級娼婦を扱った作品を好まなかったようで、この作品もデュマの原作『椿を持つ女』を使わず、道を踏み外した女の意味の『ラ・ドヴィアータ』名でオペラ化しましたが、日本ではデュマの小説の翻訳の題名『椿姫』が定着しています。しかし「乾杯の歌」、ヴィオレッタが揺れる女心を歌うアリア「そは彼の人か~花から花へ」ジェルモンの「プロヴァンスの海と陸」など全編を通して美しい名曲が散りばめられ音楽的にも魅力にあふれているばかりでなく、ヴェルディはヴィオレッタやアルフレードだけでなくジェルモンにも生き生きとした人間味あふれる性格描写を与えて、優れた演劇性を与えています。

 

第1幕 ヴィオレッタのサロン

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豪華な夜会、花々に囲まれたパに郊外の邸宅、余興と賭け事に人々はうつつをぬかす、ちょっと怪しげなパーティー。貧しい境遇から身を起こし売れっ子になったヴィオレッタは、パトロンたちのつぎ込んだお金で今宵も豪華なサロンで、金持ちの男爵や子爵たちが訪れ、賑やかな贅を尽くしたパーティが繰り広げられています。


そこにプロヴァンスの富豪の子息、アルフレードがやって来ます。田舎育ちの純朴な青年は、一年前に街で見かけた時から美しいヴィオレッタ恋焦がれていました。アルフレードがヴィオレッタに紹介され、ふたりを中心に即興で「乾杯の歌」が歌われます。ダンスに興ずる客たちをもてなしていたヴィオレッタが、突如青ざめて倒れます。ヴィオレッタは無理がたたって結核を患っていたのです。アルフレードは、心配そうに彼女に寄り添い、愛を打ち明けます。始めは取り合わなかったヴィオレッタですが、ワルツの音楽に乗っておさえきれないヴィオレッタへの愛を神秘的で崇高な音楽で歌うアルフレードの真摯で情熱的な愛の告白にヴィオレッタの心も動き、胸の椿の花を与えて、明日の再会を約束すします。不思議な恋の予感を抱いたヴィオレッタは喜びにひた、「そは彼の人か・・・」のアリアを歌います。しかし自らの身の上を振り返り、わが身には享楽的な人生こそふさわしい、と自嘲的に胸のときめきを努めて忘れようとして、「花から花へ・・・のアリアを歌います。



第2幕

第1場 別荘のテラス

アルフレードの真剣な愛に打たれたヴィオレッタは、パリ郊外の別荘で愛の生活を始めた。「燃える心を」アルフレードはヴィオレッタとの静かな愛の日々を喜びをこめて情熱的に歌います。しかし、世間知らずのアルフレードは、生活を維持するためには、パリでヴィオレッタの持ち物を売らねばならないことを知りません。女中からこの事実を聞かされたアルフレードは、金策のためパリに向かいます。


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 その留守中に、彼の父ジェルモンが訪ねてきます。彼は、ヴィオレッタが息子をそそのかし、財産を狙っていると思い込んでいました。ところが、ヴィオレッタが財産を売り払いながら、献身的に尽くしていることを知り心を動かされます。しかしジェルモンは、田舎の名家の娘の縁談がヴィオレッタのためにダメになりかけていることを告げ。アルフレードの妹のために息子と別れてくれるよう懇願します。ヴィオレッタとジェルモンの長い二重唱「神様は私に天使のような娘を・・・」ヴィオレッタは、泣く泣く受け入れますが、彼の娘に、ひとりの女が幸せを犠牲にしたと伝えて欲しいとジェルモンに願う。

ジェルモンが去り、ヴィオレッタは別れの手紙をしたためる。アルフレードが戻ると、彼女はその手紙を使いの者に託して逃げるように去ります。アルフレードは、手紙を開封し、その内容に愕然とする。父ジェルモンは家に戻るよう息子を説得します。「プロヴァンスの海と陸・・・」しかし事情を知らないアルフレードは、ヴィオレッタの裏切りに対する復讐を誓います。


第2場 ヴィオレッタの友人、フローラのサロン

フローラのサロンではパーティが行われています。パーティの場にアルフレードが訪れ、カードゲームを始めます。そこに、ドゥフォール男爵と腕を組んでヴィオレッタが現れます。アルフレードは、ドゥフォール男爵にカードゲームの勝負を挑み、勝ち続けます。


アルフレードが、ヴィオレッタに心変わりの理由を問い詰めます。ヴィオレッタは心乱れながらも、ジェルモンとの約束を果たして、

ドゥフォール男爵を愛していると嘘をつきます。激怒したアルフレードは、大声で罵りながら、ゲームの勝ち金を彼女の顔に叩きつけます。傷心のヴィオレッタが失神し、驚いた客たちはアルフレードの無礼を非難すします。そこに、父ジェルモンが現れ、息子の愚行を叱ります。アルフレードに侮辱されたことを悲しみとされでも彼を思い切れないヴィオレッタ、後悔に身を揉むアルフレード、父ジェルモンの複雑な想いも交錯し、八合唱と合唱で音楽は幕切れに向かって最高潮に達します。



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第3幕 ヴィオレッタの家

パリの下町。ヴィオレッタとアルフレードが分かれて1か月が過ぎ、胸の病は悪化し衰弱したヴィオレッタは、持ち物も全て売りつくし、寒々とした部屋に伏していいます。医師は女中アンニーナにもう長くないことを告げます。ヴィオレッタは弱々しい手でジェルモンの手紙を開くと、真実を知ったアルフレードが非礼を詫びるため彼女を訪れるだろうと書かれてあったが、待っても愛しい人はきません。オーボエの悲しい旋律に導かれ、二重唱「さらば、過ぎ去りし日」が歌われます。独白に続くアリアはドラマティクな表現や瀕死の譫言のように回想し、そして死を予感し「もうすべて終りよ」と吐き出すように語ります。

そこに、家を探し当てたアルフレードが訪れて、許しを乞い、二人は抱き合い、また二人で田舎暮らしをしようと「パリを離れて」と歌いだします。ヴィオレッタも甘いメロディで歌いに愛の二重唱に。ジェルモンもやって来て、娘として迎え入れたいと告げる。だが、力尽きたヴィオレッタは、アルフレードに形見のメダルを手渡すと、皆の悲しみに包まれながら、ヴィオレッタは「不思議だわ・・私はまた生きられるわ!」と叫び息絶えます。

個々の歌に真実がこもっているから「リアリズム」を感じさせるのでしょう。ヴィオレッタのぬくもりのある柔らかい声が、弱音の高みでひらりと優雅に舞うと思えば、恋人の父の高圧的な態度に立ち向かう激情を絞り出す。アルフレッドはたくましい美声で華々しく役柄を歌い切ります。彼の眼にはヴィオレッタしか映っていなません。一途な愛が怒りに豹変し、遠慮のなさこそがオペラのリアリズムです。


オーケストラは、シャープな筆致の弦のカンタビーレから、心躍るリズムの管楽器の伴奏による高揚感、その盛衰のバランスが、歌と寄り添って競い合うようなピアニシモと、歌を支えるフォルテの間で遊動していました。





今回の演出では、従来の純愛の中で哀しい運命の中で死んでいったヴィオレッタというイメージとは少し違うヴィオレッタを描きたかったように感じました。ヴィオレッタのモデルは、マリー・デュプレシですが、彼女はバリの裏社交界に君臨した女王的存在で、彼女の愛人には大富豪や偉大な芸術家、作家がおり、フランツ・リストもそのひとりと言われております。彼女が亡くなって数年後、デュマが小説『椿姫』を書き、戯曲が完成し上演されると、バリ中の人が劇場に殺到したそうです。このように彼女はパリの社会で認められた存在で、決して「可哀そうな娼婦」ではなかったのです。



演出家ブサールは、ヴェルディの音楽にヒロインのピュアな部分に光を感じ、光は彼女の持っていた希望であり、純粋さに向けられた情熱を感じ、彼女の光の部分を描きたいと考えたそうです。マリー・デュプレシがパリの女王に君臨したのはピアノのおかげともいわれていますが、第1幕初めではヴィオレッタをピアノの上に座らせ、サロンの女王であることを印象付けていました。


第3幕でも舞台に巨大なネットの籠を用意し、アルフレードやジェルモンが愛に来ますが、彼らはネットの中のかごの鳥のようで、ネットの前に前のヴィオレッタを抱きしめますが、ネット越しにヴィオレッタと触れ合うだけです。ラストシーンでは普通の舞台のようにアルフレードの腕に抱かれて死んでいくのではなく、ネットの中のかごの中のアルフレードやジェルモンをよそに、あくまで一人で死と闘いラストでは観客の前に立ち大きく手を挙げて、「私はまた生きられるわ!」と叫んで舞台が真っ暗になって終わります。あくまで輝きたいという彼女の魂の欲求を描きたかったようです。



歌手陣では、ヴィオレッタ役の英国ロイヤルオペラでもヴィオレッタ役を歌ったというスロヴェニア出身のベルナルダ・ボブロが安定した歌唱力で存在感を示していました。アルフレード役のイタリアの正統派テノール・アントニオ・ポーリの歌声は美しかったですが、ヒロインに比べ声量が小さく少し存在感が希薄だったような気がしました。ジェルモン役のアルフレード・ダザは安定した歌唱力で、人間味のあるジェルモンを演じていました。


 イヴ・アベル指揮東京フィルの演奏は情感があり、安定した新国立劇場の合唱とともに舞台を適度に引き締めて安らかな気持ちで楽しめる舞台でした。




2015.5.10 新国立劇場オペラパレス)






参考文献:新国立劇場情報誌「ジ・アトレ」20214.11

     スタンダード・オペラ鑑賞ブック2

          「イタリアオペラ・下」ヴエルディ(音楽之友社)1998




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by desire_san | 2015-06-07 15:05 | オペラ | Comments(4)
Commented by 山脇由美 at 2015-06-09 08:35
こんにちは。新国立劇場のオペラをしっかりふぉろーされていますね。
私も久しぶりに新国立劇場の『椿姫』を観ました。壁と床一面に拡ひろがる鏡は、ドゥミ・モンド(裏社交界)の歪ゆがんだ像を映し出す意図があったのでしょう。ただ、第2幕ヴィオレッタとジェルモンが対峙たいじする場面は演出が簡素過ぎて、このオペラのクライマックスにしようとする意志がないのかとさえ思えました。
主演の歌手陣は、以前よりレベルダウンしているように感じました。ヴィオレッタ役のベルナルダ・ボブロは澄んだ高音の声質はきれいでしたが、主人公の複雑な心の綾あやを描九表現力に物足りなさを感じました。
イヴ・アベル指揮の東京フィルハーモニー交響楽団は、目の回るようなテンポで、社交場の故しれぬ不安を写しとり、3幕では謝肉祭の狂乱から、死の床にあるヴィオレッタの孤独浮き立たせていたように感じました。
Commented by Haruna_Takahashi at 2015-06-09 08:57
こんにたは。鑑賞記を拝読させていただきました。フランスで生活した時間が長いせいか、今回のヴァンサン・ブサールの演出・衣装、ヴァンサン・ルメールの美術というフランス人コンビの「椿姫」は、イタリア人が描く「椿姫」だった野に対し、フランス人小説家デュマ・フィス
が書いたパリを舞台にした小説をもとに、イタリア人(フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ)が台本を書いて、イタリア人(ヴェルディ)が作曲したオペラですが、従来の演出はイタリア人のためのイタリア人による「椿姫」であ野に対して、新国立劇場の「椿姫」フランス人による「椿姫」でした。
第1幕のヴィオレッタサロンでは歪んだ背景と鏡の使用で退廃の趣きを与え、ヴィオレッタのワイン色の衣装がこの女のただならぬ深淵を感じさせます。死神はヴィオレッタを掴んで離さないようです。第1幕の2基のシャンデリアは決して結びけない微妙な距離感を保って浮遊。第3幕はヴィオレッタはピアノの上に見せ物のように寝かさ、現実世界と遮断されすでに死界に入っているように感じさせます。
ヴィオレッタ役のベルナルダ・ボブロは顔が小さくて小柄で苦しげに高音を歌い上げ可哀そうで見ていられない感じです。生々しく悲しい「椿姫」の舞台は賛否両論がありそうですね。
Commented by desire_san at 2015-06-09 09:17
山脇さん、専門的な眼から貴重なご意見ありがとうございます。
確かに新国立劇場のオペラは、特に新演出は従来のオーソドックスな演出の方が、オペラの音楽やアリアを素直に楽しめるような気がします。海外からのゲスト歌手も、シラクーザやフォークトなど優れた歌手も来ていますが、以前の方が魅力の負ある歌手が来ていたような気がします。
山脇さんのご指摘には共感致しくした。
Commented by desire_san at 2015-06-09 09:22
Takahashi さんのご意見では、こんな会の演出はフランス的な演出で、裏社交界の現実をリアリズム的に描写した面があるということですね。そのように見ると、今回の園主の意図が少しわかったような気がします。
私はオペラに一つのロマンを感じる方が好きで、リアリズムは演劇の世界に求めればよいと思っているので、バレエのような美しく華やかな舞台を好みます、そういう意味ではちょっと苦手な演出のように感じました、