ガウディとグエルが夢見た未来都市

バルセロナの港近くの通りには、地中海の光と風を受けた色とりどりの花が並び、いかにもバルセロナらしい町並みが続く美しい道です。港から振り返ると、ティビダボの丘があります。『グエル公園』は、バルセロナを見下ろすこの丘のすぐ南側にあります。
The Park Güell was originally part of housing site, theidea of Count Eusebi Güell, after whom the park was named. It already includeda large country house called Larrard House or Muntaner de Dalt House, and wasnext to a neighborhood of upper class houses called La Salut . The intentionwas to exploit the fresh air andbeautiful views from the site, with sixty triangular lots being provided forluxury houses.
どんな時代の誰の様式にも当てはまらないガウディ独自の芸術の為には、途方もない予算が必要でした。歴史に残る大建築家として、援助し続けたのが、この屋敷の依頼主でした。そして芸術の為には、予算のことなど考えなかったガウディ、彼のパトロンとなるには、途方もない財産が必要でした。グエルは繊維業で財を成した、新興ブルジョア。彼は、ガウディだけでなく、若きピカソなど、多くの芸術家を支援したといいます。ガウディが歴史に残る大建築家たりえたのはグエルとの出会いのおかげともいえます。
彼とガウディの出会いは、一八七八年、パリの万国博覧会でした。この時、見たガウディの作品に、グエルは魅せられてしまうのです。こうして、始まった芸術家とパトロンの蜜月。グエルがバルセロナ郊外のはげ山を買い取り、ガウディに分譲住宅地を発注したのは、それから二十年後のことでした。既に、生涯続くことになるサグラダ・ファミリア教会の建設に取りかかって、十数年が過ぎていました。
芸術家とパトロン。しかし、ガウディとグエルの関係はそれだけではありませんでした。二人とも熱心なカタルーニャ主義者だったのです。例えば、柱はカタルーニャ文化がもともと古代ギリシア文明の影響を受けていることを表しています。入り口中央の階段は、今はフランス領となったカタルーニャのエルヌのロマネスク式僧院を再現したものといわれています。三本の十字架が立つ石塁は、カタルーニャの植民地だったバレアレス諸島の遺跡の再現といわれています。グエル公園の至る所でカタルーニャの歴史と文化を表していたのです。

そんなカタルーニャが引っ繰り返る事件が起きたのは1909年。 悲劇の一週間と呼ばれる暴動、労働者たちは、それまでの権力の象徴である教会や修道院を焼き討ちにし、それをブルジョアが鎮圧する。それまで一つだったカタルーニャ人が二つに分かれて血を流し合う悲劇でした。
ガウディは、住んでいたグエル公園の家から、三本の十字架のある丘まで登り、そこで、教会を焼き討ちする煙を見て、悲痛な声をあげます。「今度は、サグラダ・ファミリアが危ない」夕暮れに響く、市場の喧騒・・・ガウディは、設計しながら、そんな夢を見ていたのかもしれません。結局、そこには街はできませんでした。天才建築家の見た夢は、時代の嵐の中で、その形だけを残して、廃墟と化したのです。
私を知りたければ、私の作品を見ろ、ガウディはそういます。想像し解釈感じるのは、この作品を見て体験する人自身なのです。幻と消えたガウディの町。そして百年が過ぎた今、世界中の人々があの不思議な空間に入り込み、空に浮かぶベンチでくつろいでいます。アントニ・ガウディ作、グエル公園。芸術を愛し、自分の生まれた土地を愛し、そして自然を生み出した神に生涯を捧げた天才建築家の見た夢の一作でした。
現在、ティビダボの丘のグエル公園は、およそ十五ヘクタールに及ぶ不思議な造形の世界です。初めてグエル公園に足を編みいれると、まるでおとぎ話の絵本の中の住人になったような錯覚に陥ります。入り口の左と左にある家は、まるでヘンゼルとグレーテルのお菓子の家のようです。門の奥には奇妙な世界が広がっています。色彩が踊り形がうねる、風変わりなものを集めた博物館、あるいは、宇宙人の映画を撮るために映画監督が夢見た映画のセット。地中海に挟まれた空中庭園はそこを吹く風までガウディが吹かせているかのようです。「ギリシア劇場」と名付けられているテラス、大階段に鎮座する人気のトカゲ、天井の円形モザイク装飾等、粉砕タイルを使用してのデザインはガウディの助手ジュゼップ・マリア・ジュジョールとの作品もあります。
The park contains amazing stone structures (seebelow), stunning tiling and fascinating buildings. You can see from thispicture the Gaudí dragon fountain that is at the entrance to Güell park. Thisdragon is adorned in beautiful coloured tiling and there is something ratherhypnotic and magical about it.Here you can see a walkway supported by twisting rockpillars that seem to be growing out of the ground like tree trunks. Althoughthese are rather irregular in shape they do feel strangely natural too.

バルセロナが生んだ天才建築家ガウディは、何を作るにしても、常に芸術的完成を目指していました。グエル公園のその隅々に至るまで通っているガウディの思い。入り口正面の階段から登ってみると、階段の途中で、極彩色のタイルで彩られたトカゲが迎えてくれます。水の守り神とも、火を表すシンボルと見る人もいます。階段を登りきれば、ガウディが「神殿あるいは市場」と名付けた大きなホールがあります。ギリシア神殿を思わせる空間に市場。サクラダ・ファミリアは、実際にここに市場を開こうと考えていました。グエル公園はガウディが作ったにシューリアリズムの世界のようにも感じます。怪しげなドラゴンに、倒れかかる神殿。極彩色のトカゲが迎える広大な異空間。我々はキノコの毒にあたったような不思議な感覚に襲われ、ガウディが作ったシューリアリズムの世界に飛び込んでしまったような気分も感じます。グエル公園の入口に建つ門衛の小屋と東屋をみてサルバドール・ダリは「砂糖をまぶしたタルト菓子のようだ」と評ししました。
Gaudí was strongly influenced by natural shapesand used them in his work.At the top of Güell park is a terraced area where you geta wonderful view of the park and of Barcelona City. Here you will findmulti-coloured tiled mosaic seats as shown in this picture. The vibrant coloursof the tiles are truly breathtaking.
今は公園になっていますが、ガウディは、ここを最初から公園にする気はなかったのです。ガウディは今からガウディが夢見た街を作ろうとしたのです。神殿の上を覗いくと、色鮮やかなモザイクのベンチに囲まれている運動場のような空間に出ます。地中海に突き出た巨大なテラスです。さらに上の方を見ると、今も人が住む一軒家が建っています。コロニアル風の素敵な家。そして、こちらにももう一軒。公園の中に人の住む家。今は公園となっている全体図では、ガウディはここをさらに区画割りするつもりでした。総戸数六十戸の住宅街を計画していたのです。そのための設備も隠していました。神殿のこの柱、中は空洞で、広場に降った雨を地下に送るようになっています。神殿の下には、巨大な水道用の地下水槽があるのです。極彩色のトカゲは、その貯めた水の出口の一つです。
百年前の分譲住宅地は、ガウディのつくる町です。大地がうねり、山が動く。大自然のダイナミックな動きの一瞬を固めたような回廊。古代の彫刻を思わせる洗濯女の像がその動きを支え、その裏は、石で作られた波の中、それぞれの住宅の区画へ歩いて行く為の陸橋で、ガウディは様々な時代の特徴を表しました。
これはローマの回廊。この陸橋は、中世風。柱からドームのような天井。陸橋とは云え、石で作られた中世の寺院建築。全ての道は、大広場へと続いています。広場を縁取る穏やかなカーブを持ったベンチ。そこには、光を分散し砕け散るような色鮮やかなモザイク、それは、永遠に寄せては返す地中海の波そのものです。棕櫚の木が柔らかな影を作り、その傍らには造形の棕櫚が並ぶ、ガウディは、この広場をこの街に住む人々の憩いの場と考えていました。演劇やコンサート、そしてダンスパーティーにスポーツ、この広場の設計をしながら、ガウディはどんな夢を見ていたのでしょうか?
「目的は、最も快適にすること。それも、土地から出る材料を使ってです」快適な町、それは、その土地の自然と人々の共生でした。掘り出した石を、そのまま積み上げたかのような、荒削りな造形。その一方で、ガウディがこだわったのが、繊細で鮮やかなモザイクでした。バルセロナ辺りの風物、自然。そして、こんなモザイクも。使われているのは、ワインの瓶底。ガウディは、取り壊した家のタイルやガラス、皿などを利用して自然の再生を試みたのだといいます。ガウディは、芸術と歴史が生活のなかに共存する夢のような町を造ろうとしていました。

施主のエウゼビ・グエイ伯爵とアントニ・ガウディの夢が作り上げた分譲住宅で、1900年から1914年の間に建造されました。ふたりが最も傾注していた芸術はリヒャルト・ワーグナーの「楽劇」で、ガウディは同じ芸術センスを持つガウディの最大のパトロンであった実業家エウゼビオ・グエル伯爵の下で、自然と調和を目指した総合芸術を作り上げようとしました。のこと。もとは公園ではなく、分譲住宅であり、グエルとガウディが自然と芸術が調和した総合芸術を目指し完成させました人々が自然と芸術に囲まれて暮らせる、新しい住宅地を作ろうとしました。広場、道路などのインフラが作られ60軒が計画されていたが、買い手がつかず、結局売れたのは2軒で、買い手はガウディ本人とグエイ伯爵だけでした。しかし結局、ここに建ったのは、ガウディ本人の家と、ガウディの友人の家、そして、今は小学校として利用されているオーナーのグエル屋敷の三軒だけ。ガウディが夢見た分譲地は、全く売れなかったのです。なぜ、ガウディの都市計画は夢やぶれ,未完成に終わったのか。夢を追う建築家を襲った絶望の原因は、ふたりの進みすぎた発想と自然の中で暮らす価値観は時代の先を行っていて当時理解されなかったとい割れています。
しかしグエル公園に来てみると、それは違うような気がします。世界中の人々がグエル公園を訪れ、その異空間に遊んで楽しんでいます。それはガウディのシューリアリズムの夢の世界であり、ガウディが考えた万人が住みたいような未来都市ではなかったような気がするのです。グエイ伯爵の没後に、市の公園として寄付され、現在はガウディが一時住んだこともある家が、ガウディ記念館として公開されています。中にはガウディがデザインした家具なども集められて展示されています。グエル公園からバルセロナの街が一望できました。
参考文献:
鳥居徳敏 「ガウディの建築」1987/4
赤地 経夫, 田沢 耕「ガウディ建築入門」
フィリップ ティエボー, 千足伸行「ガウディ―建築家の見た夢-知の再発見」
グエル公園はバルセロナでも私がね最も好きな場所です。メルヘンチックな雰囲気が漂っていますが、当時の斬新的な技術と芸術の技巧を駆使し、アポロ神殿のような場所も所々に見られ、神話的な象徴も見られますね。住宅用として造ったらしいですが、21世紀の今でも、夜になったらなにかお化けが出てきそうな雰囲気もあり人が住む場所としては、無理があるように思えますね。公園としては最高にすてきな場所だと感じました。
いずまいを正して読ませていただきました。
ガウディ、私の正直な感想はいくつか見学したあと、もうこれ以上は結構という感じでした。自然観の違いを感じてしまったせいでしょう。

