ピエロ・デッラ・フランチェスカのフレスコ画「聖十字架伝説」
正面、右壁面、左壁面に描かれるのは、旧約聖書からはアダムの死、シバの女王とソロモンなどの場面が、新約聖書からはコンスタンティヌス帝とマクセンティウス帝の戦い、ヘラクリウス帝とホスロー帝の戦い、聖木の運搬、十字架の発見などの場面が描かれています。
アダムの死
イブに看取られながら臨終を迎えたアダムは、息子のセツにエデ
ンの園の大天使ミカエルから「聖油」をもらってくるよう言われます。セツがエデンの園から戻ると、アダムは既に死んでおり、大天使ミカエルからもらった「生命の木」を彼の墓の上に植えました。ソロモン王は大木に成長したこの聖木を、シアロムの川に橋として架けました。
木の礼拝・ソロモン王とシバの女王の会見
シバの女王がエルサレムを訪れる途中、将来キリストがこの聖木に磔刑に処されるのを予知した彼女は、この橋の前に跪いて礼拝します。そしてソロモン王と会見したシバの女王は、彼にこの木がユダヤ人の王国に終末をもたらすかもしれないという神の啓示を伝えました。
聖木の運搬
シバの女王の予言を信じたソロモン王は、この木を地中深く埋めさせました。しかし後に、木が埋められた場所で池を掘った時
に、この木が水面に浮上し、シバの女王の予言通り、この木でキリストの十字架が作られました。
コンスタンティヌス帝の夢
キリストの受難から3世紀の時が流れ、エルサレムも破壊されてしまいました。コンスタンティヌス帝は帝位継承権をめぐって、敵のマクセンティウス帝と決戦を迎える前夜、夢に現れた天使から「十字架を軍旗に掲げよ」という神の啓示を受けます。
コンスタンティヌス帝とマクセンティウス帝の戦い
コンスタンティヌス帝は神の啓示に従って十字架を軍旗に掲げて進撃し、ミルヴィオ橋の戦いでマクセンティウス帝を倒しました。勝利を収めたコンスタンティヌス帝は、晴れてローマ帝国の新皇帝となり、キリスト教を公認しました。
ユダの拷問
コンスタンティヌス帝の母、聖女ヘレナは、聖十字架を探すためにエルサレムに巡礼します。聖十字架の隠された場所を知っているユダは、拷問を受けヴェヌス神殿の下に聖十字架が埋められていると白状しました。
十字架の発見と検証
ユダの白状通り、ゴルゴダの丘から3本の十字架が発見されました。聖女ヘレナは通りがかりの葬列で3本の十字架を順番に死者の上にかざしてみたところ、死者を蘇らせた最後の十字架こそが「真の聖十字架」であることが分かりました
ヘラクリウス帝とホスロー王の戦い・ホスロー王の斬首刑
ペルシャ王ホスローがエルサレムに攻め込み、聖十字架を奪い去る事件が起こりました。これを知った東ローマ帝国皇帝ヘラクリウスは、ホスロー王を攻め、聖十字架を奪還しました。
皇帝ヘラクリウスのエルサレム入城と聖十字架の賞揚
皇帝ヘラクリウスは聖十字架を返却するために、エルサレムに入城しようとすると、天使が現れ、「主キリストはこの門を通って受難の地に赴かれる時、ロバに乗り、質素な衣類に身を包んでおられた。」と諭され、皇帝は愛馬から下りて、靴を脱ぎ、豪華な衣装を脱ぎ捨てて、聖十字架を高く掲げながら入城しました。エルサレムの市民たちが皇帝一行を歓迎しました。
受胎告知
救い主の物語の結末として、ピエロ・デッラ・フランチェスカは人類の救い主の復活を予知する「受胎告知」を描きました。
「コンスタンティヌス帝の夢」では、解放した画面にして、上から射す光が斜めに大胆な描写を用いて描いています。これはカラヴァジョの明暗効果ある画面構成の先駆となりました。
また「受胎告知」では、アルベルティの古典的モチーフを連想させ、厳粛な面持ちの彫刻のような堂々とした聖母マリアを表現しています。左右対称の構成は、遠近法の消失点を聖母の右の背後にずらすことで画面に変化をつけています。微細な表現の至る所に光が反射し、聖母をおおうベール、真珠、寄木細工から大理石に振れる陰影は、円熟期の画家の新しい世意識的要素を暗示しています。
《参考文献》
嘉門 安雄 (監修), Michael Michael (原著), 遠藤 みさ (訳)
「ピエロ・デッラ・フランチェスカ―アレッツォの壁画」 1998/6
マリリン・アロンバーグ レーヴィン (著) , 諸川春樹(訳)
「ピエロ・デッラ・フランチェスカ」 (岩波 世界の美術)


