美術の歴史を変えた天才・カラヴァッジョの魅力
カラヴァッジョ
MichelangeloMerisi da Caravaggio

ユーロを導入する前のイタリアでは、最高額の10万リラ紙幣に、カラヴァッジョの肖像が描かれていました、西洋美術史上最も偉大な大画家のひとりである『カラヴァッジョ』の美術展が15年ぶりに東京西洋美術館で開催されました。イタリアの代表的な美術館が所蔵するカラヴァッジョの11点の名作と、彼の影響を受けた各国の代表的な継承者たちによる作品を合わせた50数点の絵画と、暴力沙汰など彼の生涯を波立たせた出来事を記録した古文書などの同時代史料も併せて、カラヴァッジョの芸術と人生ドラマの両面をご紹介する企画となっていました。この美術展では「風俗」「五感」「光」「斬首」などのテーマごとに、カラヴァッジョの作品とカラヴァジェスキ(継承者たち)の作品で構成し、カラヴァッジョの作品とカラヴァジェスキ(継承者たち)の作品を展示していました。
Retrospectiveexhibition of genius-Karavajji history changed the art was held in Tokyo in thefirst time in years. And 11-point masterpiece of Caravaggio, 50 several pointspainting of the combined works by his affected typical inheritanc
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(1571-1610年)は、西洋美術史上最も偉大な芸術家のひとりであり、イタリアが誇る大画家です。わずか60点ほどの作品しか残していないにもかかわらず、カラヴァッジョの理想化を拒み劇的な明暗法によって浮かび出る人物表現と「光と影」の自由な感動表現は、均整と調和を重んじるルネサンス様式に対して、リアリズムを伴うバロックという新時代の美術を開花させる原動力となりました。カラヴァッジョの画法は、彼が弟子を持たなかったにもかかわらず、カラヴァッジョの画法を模倣し、継承した一群の「カラヴァジェスキ」と呼ばれる画家たちによって熱狂的に継承され、その影響はルーベンスやラ・トゥール、レンブラントなど、17世紀の数多の画家たちをはじめ、絵画のみならず音楽、建築、庭園、文学など広範囲に及んでいます。このように西洋美術史上最も偉大な芸術家のひとりであるカラヴァッジョが日本ではあまり知られていない理由の一つは、カラヴァッジョが活躍した16〜17世紀の時代は、プロテスタントの宗教改革に対抗するカトリック教会の建て直しの時期に当たり、絵画の注文主はもっぱら教会関係がほとんどだったという時代背景によるのかもしれません。
Caravaggiotrained as a painter in Milan under Simone Peterzano who had himself trainedunder Titian. In his twenties Caravaggio moved to Rome where there was a demandfor paintings to fill the many huge new churches and palazzos being built atthe time. It was also a period when the Church was searching for a stylisticalternative to Mannerism in religious art that was tasked to counter the threatof Protestantism.[4] Caravaggio's innovation was a radical naturalism thatcombined close physical observation with a dramatic, even theatrical, use ofchiaroscuro which came to be known as tenebrism (the shift from light to darkwith little intermediate value).
初めてカラヴァッジョの作品と向き合ったときその衝撃は大きかったはずです。『トカゲに噛まれる少年』の不安に満ちた一瞬の表情、『ナルキッソ』の画面に吸い込まれそうな求心力、陰影に富む『エマオの晩餐』や驚愕している表情を見事にとらえた『メドゥーサ』はドラマチックな舞台をみているようです、奇跡の瞬間を見事にとらえるカラヴァッジョの並外れた力量との才能は明瞭です。黒を主役としたような絵画もルネサンス絵画を規範としていた当時の人々には斬新でした。また、カラヴァッジョはイタリア絵画史上初めて純粋な静物画を制作しました。ミケランジェロ以降彼を彼に追随するか、偉大なミケランジェロを超えることを諦めてマニエニズムが氾濫する当時の美術界では、カラヴァッジョは何もかもが型破りでした。
カラヴァッジョ 『女占い師』 1597、ローマ、カピトリーノ絵画館
カラヴァッジョ初期における最大の傑作のひとつ『女占い師』では、身分差のある女性が男の手相を占う隙に指輪を抜き取る様子が描かれています。同時代の衣装を着たモデルを中庸な明るさの背景の前に配した、極めて簡潔な作品ですが、演劇の舞台の一場面を見ているようです。こんなな分かりやすさこそ、当時の人々にとって衝撃的に新しかったのです。この作品の後に描かれる『トランプ詐欺師』と同様数点確認されているカラヴァッジョの風俗画は、カラヴァッジョの初期から非常に明確にリアリズム的表現で描いていたことを示す代表的な作例のひとつと言えます。身なりのよい服装と刀剣を纏った若い男が女占い師に右手を差し出し未来を占っている、極めて現実的な主題が描かれています。この時代は、古代を含む過去の偉大な画家たちが残した宗教画や歴史画が絵画の絶対的な高位であり、それらの主題が絵画において中心的な存在でしたが、カラヴァッジョは自らの眼で見る現実の世界を表現することが最も崇高であると考えていました。この考えから生み出された数々の作品は一部の人たちから熱狂的な支持を得ましたが、知識人からは拒絶された。このカラヴァッジョが描いたリアリズム的表現の作品は、イタリアからスペインやフランドルを中心とした諸外国で巨匠たちに影響を与えています。
これは個人の好みかも知れませんが、この種のカラヴァッジョの作品は映画の一場面を見ているようで何か芝居がっていて、自然な日常とは少し違うような気がします。
カラヴァッジョ 『エマオの晩餐』 1606年、ミラノ、ブレラ絵画館
カラヴァッジョ全作品中最も有名な作品のひとつ『エマオの晩餐』は、描かれた当時より傑作と評価されていました。この作品の主題は、復活の日に二人の弟子がエマオに向かう道中に主(イエス)と出会い、主(イエス)だと気付かぬまま夕食を共にするも、食卓でパンを分け祝福する姿から主(イエス)であることに気付く場面を描いた『エマオの晩餐』で、初期作品の特徴である食卓の果物の写実的な描写や、正確な光源による光の色彩、迫真性を増す人物表現など画家の才能を余すところなく示した作品です。光の表現でキリストの姿が聖性を帯びているように見えます。そのキリストからマタイに光がさす、闇を切り裂く劇的な効果は人々を熱狂させたと言われています。今まで見たことのない新しい絵画の世界を切り開く斬新な表現でした。

カラヴァッジョの絵画の魅力は、自然なリアリティーのあるリアリズムだと思います。人間ならこんなときはこんなに表情をするだろうという姿が描かれていて、過剰な表現やわざとらしい表現や演出が感じられないところだと思います。インパクトの強い構図と美的雰囲気、美意識と醜さがせめぎ合って過剰さをそぎ落とし、均整の取れたある意味爽やかな印象が残るような気がします。
若くして両親を亡くしたカラヴァッジオは、絵で身を立てようとローマにきました。モデルを雇うお金がなく、若き「バッカス」は自らをモデルにして描きました。
カラヴァッジオ 「バッコス(バッカス)」
カラヴァッジオのバッカスは普通の男の子のようですが、表情は物憂げで、祭りの後のバッカスかと思うほど疲れているように見えます。豊饒の象徴の果物は、ところどころ腐っています。顔も身体も少年だが顔の表情には悪魔が宿っているようにも見えます。こんな少年が悪魔なら騙されてしまうだろうという説得力が感じられます。
カラヴァジョ自身、かなりな乱暴者で、変わり者で有名であり、1606年には、殺人を犯してローマから追放され、教皇の恩赦を待ちながら、ナポリ、マルタ、シシリアと流れ、マラリアで亡くなっていますが、このバッカスは自らをモデルにして描いたというだけでなく、まるでカラヴァジョ自信の人間像を描いているようでもあります。
カラヴァッジョ『カゲに噛まれる少年』

カラヴァッジョはバトルンの家に住み始め、サンルイジ デイ フランチェージ教会の有名なマタイ三部作 をはじめ注文が殺到し、ローマの教会を中心に対策を描きました。
カラヴァッジオ『ナルシス』 1598-99 alleriaNazionale d'Arte Antica, Rome
自分の美貌にうっとりと見とれ続けるのが女性ではなく男性だというのがギリシャ神話の面白さです。事実、自分の筋肉美を維持するため鏡を見続ける男性こそナルシストの極みという気がします。
カラヴァッジョ 『エッケ・ホモ』
1605年頃ジェノヴァ、ストラーダ・ヌォヴァ美術館ビアンコ宮
ローマ帝国の第5代ユダヤ属州総督ピラトは傷ついたキリストを民衆に示し、彼の無罪を訴えました。しかし民衆はキリストを十字架にかけることを求め、結局ピラトは民衆の要求に屈します。
マッシミ枢機卿が3人の画家に同じ「エッケ・ホモ(この人を見よ)」の主題の絵を描かせて競わせた「世紀の競作」のうち1点としてカラヴァッジョが描いた作品です。カラヴァッジョの 『エッケ・ホモ』では、キリストは静かに身を天にゆだねて落ち着いています。聖者キリストの威信と威厳を感じさせます。カラヴァッジョはこのテーマに対しても独創的な表現を提示しました。その点でもこの作品は傑作だと思いました。

今回の「カラヴァッジョ展」には来ていませんでしたが、カラヴァッジオの生涯を説明する上で忘れてはならない作品を紹介します。
カラヴァッジオ『ロレートの聖母(巡礼者の聖母)』
1604年頃 Madonna diLoreto
33歳のカラヴァッジョが当時の娼婦の元締めで公証人のクアローネと争いとなり、パスクアローネを襲撃し大怪我を負わせてしまいます。その原因は『ロレートの聖母』のモデルとなった愛人で娼婦のマッダレーナ・アトニエッティと言われています。この争いは殺人事件にまで発展し、カラヴァッジョは殺人罪で死刑を宣告されます。カラヴァッジョはナポリに逃げ込み、助けを求める視点から描かれた大作『七つの慈悲の行い』、自らの恐怖心をキリストの表情に重ねた『キリストの鞭打ち』を描きました。
その後マルタ島に移り、ローマ法王の恩赦を受けることを目的に、マルタ騎士団の見習いになりました。マルタ島では『洗礼者ヨハネの斬首』に代表される残忍な場面をリアルに描いて評判となりました。しかし騎士団と諍いを起こし、騎士団を得追われてシシリア島に移ります。シシリア島では傑作『聖ルチアの埋葬』を描いています。
カラヴァッジョは再びナポリに戻りますが、マルタ騎士団に襲われ重傷を負います。『聖ウルトラの殉教』が最後の作品となりました。この作品で聖ウルトラの背後に自らを描いています。このときカラヴァッジョは死を予感していたのかもしれません。
カラヴァッジョは恩赦を願うためローマに向かいますが、彼の絵を載せた船が先に出発してしまい、カラヴァッジョはその絵を追いかける途中死亡してしまいます。享年39歳でした。命を懸けて追いかけた作品が『法悦のマグダラのマリア』でした。
カラヴァッジョ『法悦のマグダラのマリア』 1606年、個人蔵

私にとってはこの作品が真作か否かはどうでもいいことですが、少なくてもこの作品が「法悦のマグダラのマリア」を描いた傑作であることは間違いないと感じました。従来の「法悦のマグダラのマリア」を描いた作品は、マグダラのマリアの肉体的美しさを売りにしたような作品が多いと感じていました。また、悲しみの感情をあらわにして、見る人の同情を誘う作品も多くみてきました。
カラヴァッジョの『法悦のマグダラのマリア』は顔をゆがめ苦しんでいる表情を描いているため、このマグダラのマリアの強烈な表情は決して熱くしいとは言えませんが、他の画家の描いた「法悦のマグダラのマリア」よりもリアリティーがあります。それに加え、彼女のバラ色の肌を作り出すオークルからピンクにかけての淡い繊細な色調、肩から胸にかけて広がる金色の長髪、力強い手首と青白い手などが色彩と光の見事な変化と指の半分にかかる陰影によってあらわされ濃密な表現となっています。絵画画面に黒地を多く残した画面構成が効果的にマグダラのマリアの苦しみと画面の美しさのせめぎ合いを感じさせます。それは見せかけの美しさでは比較にならない程、美的な表現を感じさせます。死の間際のマグダラのマリアが神と一体感に浸っているようにも感じます。美しさとのせめぎ合いから生まれたこの絵の強い美意識は、今まで見た「法悦のマグダラのマリア」にはないもので、最高に刺激的な作品と感じました。
『洗礼者ヨハネ』も含めて様式的な質や技法的要素は、ラヴァッジョが殺人を犯してローマを逃げた直後に描かれた作品で、自ら経験した苦悩が、マグダラのマリアや洗礼者ヨハネに感情移入しているような感じもしますし、この作品の深い闇から、なにが浮かび上がってくるような気もします。
カラヴァッジョの絵画の特徴は光の使い方と影の使い方の作り出す濃淡の斬新な表現だと思います。もう一つの特徴はそれまでの絵画にはなかった写実性、リアリティーを強く感じさせる表現だと思います。カラヴァッジョは下書きを一切しないそうですが、必ずモデルを使って描いたと言われています。
この明確な美意識の強さから時には注文主から買い取りを拒否されたこともたびたびあったそうです。カラヴァッジョは生前からイタリアで最も有名な画家でしたが、彼が亡くなってから評価が下がり9世紀までの理想美を規範とするアカデミズムでは絵画を理想から現実に引きずり降ろし悪い方向に導いた画家として批難の的となっていました。19世紀中葉にフランスで写実主義が起こり、アカデミズムに反発する前衛主義が生まれると、カラヴァッジョは、史上はじめて画壇や教会の権威に反抗して革新をなしとげた絵画の革命児として再評価され、20世紀にはイタリア最大の画家として20世紀後半多くの展覧会が開催され、今や世界中で最も人気のある巨匠になりました。
ユーロを導入する前のイタリアでは、最高額の10万リラ紙幣に、カラヴァッジョの肖像が描かれていました、西洋美術史上最も偉大な大画家のひとりである『カラヴァッジョ』わずか60点ほどの作品しか残していないにもかかわらず、カラヴァッジョの理想化を拒み劇的な明暗法によって浮かび出る人物表現と「光と影」の自由な感動表現は、均整と調和を重んじるルネサンス様式に対して、リアリズムを伴うバロックという新時代の美術を開花させる原動力となりました。
カラヴァッジェスキ (カラヴァッジョの追随者たち)
遺された作品はせ60点程度ですが、カラヴァッジョの絵画の特徴である強烈な明暗の対比とドラマチックな構図は数多くの追随者を生み、彼らはカラヴァッジェスキ、カラヴァッジスト、カラヴァッジョ派などと呼ばれました。カラヴァジェスキとは、カラヴァッジョの画法を模倣し継承した同時代及び次世代の画家たちの総称で、多くはカラヴァッジョ本人を直接知ることなく、作品の魅力に引き寄せられてその画法を学び発展させようとしました。特に1610-20年代のローマにはヨーロッパ各国の若手画家が集まり、ひとつの芸術運動「カラヴァジズム」を立ち上げました。彼らが各地に離散し、カラヴァッジョの芸術も広く波及していきました。イタリア人のバルトロメオ・マンフレーディ、オランダ人のヘンドリク・テル・ブリュッヘンなどが代表的な存在です。
しかし、カラヴァッジョの追随者たちは、カラヴァッジョのまねをして、カラヴァッジョと似たような題材で光と影を使ってドラマチックな画面を描いていました。しかしそこには何か芝居かがったところがあり、映画の一場面を見ているようなところがあます。長くみていたい、何度も見たいとは思えない過剰の演出を感じてしまいました。ダ・ピンチやレンブラントについてもいえることですが、カラヴァッジョという偉大すぎる芸術家に対しては、存在感を示せる追随者は生まれてこなかったようす。
追随を許さないカラヴァッジョの魅力
カラヴァッジョは激しい場面や特殊な場面を描きながら、絵画画面にリアリティーがあり、人物の感情表現にも真実味がありました。それは究極のリアリズムと呼べるものかもしれません。もうひとつ、これは天性のものかもしれませんが、カラヴァッジョの絵画には彼独自の美意識が感じられます。どんなに激しく残酷な場面を描いても、そこに美しさが潜んでいるのです。同じテーマで描いた作品でも、カラヴァッジェスキの作品はグロテスクにしか感じないのに、カラヴァッジョの作品には美意識を感じ何か魅力を感じさせる作品に仕上がっているのです。カラヴァッジョの作品は飽きることがなく、見ていれば見ているほど心が引き付けられて離れがたくなります。今回カラヴァッジョの作品をしっくり見て、改めてカラヴァッジョは凄い画家だと思い知らされまた。
カラヴァッジョのもう一つの凄さは、聖母や聖人の伝統的な表現を一新したことです。カトリックの教義に違反してはいませんが、時間が止まったように見える絵画画面の中に、登場人物の興奮した瞬間が切り取られています。イエス・キリスト、聖母マリアをはじめとした聖人は普通の人と見事に差別化して表現され、聖性を備えています。余計な教義はそぎ落とされ。現実的光に照らされたリアルな画面が、画中の出来事を目の前で起こっているように見る人に伝えます。
しかし、聖母マリアやマグダラのマリアのモデルに娼婦を使ったり、美化を嫌ってあくまでリアリティーを追求したデルにカラヴァッジョを追求したカラヴァッジョの作品品時には物議を醸しだしたこともありました。
今回の「カラヴァッジョ展」ではラヴァッジョの追随者の中に含められていましたが、フランス人のジョルジュ・ド・ラ・トゥールは、カラヴァッジョから光と影の表現を吸収し、独自の世界を築きました。
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール 『煙草を吸う男》』
1646年、東京富士美術館
ラ・トゥールは、長い間スペイン派やイタリア画家の作品群に紛れて、忘れ去られていた画家でしたが、20世紀前半に彼の研究が進むにつれて再評価され、17世紀フランスの偉大な画家としての全貌が明らかになってきました。2005年3月に日本で初めてのラ・トゥール展が国立西洋美術館で開催されました。
これは私見ですが、ラ・トゥールはカラヴァッジェスキだとは思いませんが、カラヴァッジョの闇を切り裂く太陽の光を、ラ・トゥールはロウソクの優しく穏やかな光に変えて、静かな暖かい雰囲気を演出しましたがが、発想的にはカラヴァッジオを継承しており、カラヴァッジオを超えた画家とは言えないと思います。カラヴァッジオの光と影の表現を超え、昇華した表現はレンブラントの登場を待たねばならなかったと思います。
文字をクリックすると天才画家カラヴァッジョの僅か38年の波乱に満ちた生涯の物語にリンクします。
光の画家カラヴァッジョとレンブランドの違いについては下記の文字をクリックするとその説明にリンクします。
≪参考文献≫
宮下 規久朗(著) 「西洋絵画の巨匠 カラヴァッジョ」– 2006
宮下 規久朗(著) 「ラヴァッジョへの旅―天才画家の光と闇」(角川選書) 2007
「カラヴァッジョ展」展覧会公式図録
こちらのブログ、すごいですね!私の写真日記とは大違いです。
カラヴァッジョは主人に誘われていったのですが、私も最初はあまり好みじゃないなあと思っていました。
でも、事前にテレビなどで予習していったら、展覧会もとても楽しめました。
絵の質感というか、人の肌や服のヒダ、果物などとてもリアルでしたね。(すみません。つまらない感想で)
美術にお詳しいのですね~。
美術展にはよく行くので、またじっくり読ませていただきます。どうもありがとうございました。
衝撃的でした。理想化された宗教画にはない、リアリティーには、驚きを感じました。その一生に思いを馳せ、法悦のマグダラのマリアをみると、画家の息遣いが感じられるかのようでした。今回も、私の拙いブログを訪問下り、ありがとうございます。
承認して掲載しております。
表現未熟でご不快にさせてしまったと思います。
当方ブログにも掲載しましたがお詫びいたします。
四月八日のNHKで関連番組を見ました。
法悦のマグダラのマリアは緑色が使われているとの
解説を聞きました。私は斥力の色神異常で色のバランスが
よく分からないことから作品そのものを批評する力は
ありません。その点はご容赦ください。
当該私の記事には私のコメントも掲載しましたがあまり時間を
おかずに削除いたします。
重ねてお詫びいたします。
大変、興味深く読ませて頂きました。
「自然なリアリティーのあるリアリズム」が魅力とのご意見、私も同感です。舞台のような強烈な明暗対比でありながら、描かれる人物は極めて自然体。だからこそ、彼の作品は人を惹き付けるのでしょうね。これでもし、人物の表情や仕草までもが芝居がかっていたら興ざめだろうなと思います。
記事を読んでいて、以前、心理学の講義で先生が「残酷な中にある種の美を描くためには、意識の深い部分を見つめる作業が必要だが、それは常に狂気と隣り合わせでいるということ。天才にしかできない。」と話していたことを思い出しました。
これだけの作品を描きながら、気が荒く殺人も犯したカラヴァッジョはまさに狂気の天才であったのだろうと思います。
私のブログの方にもコメント頂き、ありがとうございました。
カラヴァッジョ、これを機会に日本でのファンを増やし、次回はもっとたくさんの作品が来てくれたらいいなあと思います。
>カラヴァッジョの美意識
どんなシーンも美しい。とても共感しました。
私もカラヴァッジョが大好きで、宮下規久朗さんの本を繰り返し読んでます。
見に行ったのは2か月近く前になるのですがこの記事を読んでますと圧倒された感覚も思い出してきました。
カラヴァッジョの絵は影の部分が私には影というより闇に感じるくらい他の画家より濃く暗く深く思いました。
追随者の「何か芝居がかったところ」というのも感じました。
他の画家でもときどき「そんなに宙を見て訴えんでも…」と思
うことが特に宗教画であったりしてしまうのですが、カラヴァッジョはそこまで押しつけがましくは感じなかったんです。
いつまでたっても変わらず拙いごった煮のブログですが、これからも見に行ったものは書いていくつもりでおります。よろしくお願いします。
絵画一枚ごとの詳細なコメント、楽しく拝読しました。
カラヴァッジョが追随者と比べても段違いに凄い、ということは
素人の私にも感じ取れつつも、どこがどう違う、とうまく言語化
できなかったのですが、dezireさんの記事にある「何か芝居
かがったところがあり、映画の一場面を見ているようなところ
があり、長くみていたい、何度も見たいとは思えない過剰の演出」
がある、という説明に「なるほど」と思いました。
カラヴァッジョのリアリズムの「ドラマちっくでありながら自然
である」点は他の画家と違うポイントなのでしょうね。
また時々読みに寄せて頂くつもりです。
よろしくお願いします。
詳細で奥深い考察ですね。
私も法悦のマグダラのマリアには複雑な感情を抱きました。
苦しみと官能性を同時に秘めていて、不思議な美しさを感じました。
これからものぞかせていただきます。
カラヴァッジョはまさに典型的なイタリア人で、日本人とは全く気質が違うので日本の人には馴染みにくいと私も思っています。美術史に大きな足跡を残したのに日本では知名度が低いのもわかるような気がします。ご指摘のようにカラヴァッジョの魅力は強烈なリアリティーと、隠し味的な家具れて強い美意識だと思います。こんな世界もあると思っていただけれはこの美術展は成功といえるのではないでしょうか。
宗教画の世界にリアリティーを持ち込んだ画家はカラヴァジョが最初ではないかと思っています。法悦のマグダラのマリアは宗教画とは言えないような作品ですね。私もカラヴァジョに敬意を払って、解説書にあるように神との交わりを得たことによるマグダラのマリアの法悦を描いたと書きました。根拠もないのに卑猥な表現をするのを好みませんので書きませんでしたが、直感的にこの絵を見ると正直そんな風には見えませんね。でもこのような謎の多いところが私にはカラヴァジョの魅力だと感じています、
芸術に対してどう感ずるかは自由ですし、何が正しく何が間違っているかは何百年もたたないと結論が出ないことは珍しくないので、私は他の方のご感想に不快を感したことはありません。絵画に限らず、芸術は接することに意味があるのであって、私と違った感想を知ることは、私にとって幸せと喜びであり、おそらくあなたのが感じられたことも真実の一面だと信じています。私も結構思ったことを勝手に描いており、専門家は笑っているかもしれないし、ご批判をいただくこともありますが、ご批判は真摯に受け止めるとして、どう感ずるかは自由だと私も笑い飛ばしています、
カラヴァジョの最大の功績は、ミケランジェロという偉大な芸術家の影響が大きすぎて、停滞してしまったルネサンス美術に、全く異質の美意識でくさびを打ち込み、美術史に大きな活力を与えたことだと思います。ダ・ピンチやミケランジェロのような人間的な魅力は感じませんが、芸術的才能はこの二人に匹敵するものを持っていたと思っています。
私もSissy50さんのご感想、ご意見に全く同感です。あれだけドラマティクな場面を描きながら自然体で芝居がかったところがないのはすばらしいです。俳優でいえばそれがさせるは屈指の名優だけですね。カラヴァッジョの追随者たちが及ばなかった最大のポイント化もしれませんね。
カラヴァッジョがこれを機会に日本でのファンを増やしたくさんの作品を日本で見れたらというのは私も願っていますが、カラヴァッジョの作品数は少なく、ほとんどが教会や美術館の門外不出の至宝的扱いなので、今回のように11点も真作が日本に来たのは奇跡的なことかもしれません。会期中にもう一度めったに見れないカラヴァッジョの傑作を見ておきたいと思っています。
カラヴァッジョが好きな方は、美術の感性が高い方だと個人的には思っています。そんなことを書くとカラヴァッジョ嫌いの人に叱られますが。(笑)
しかしカラヴァッジョの絵を美しいと感じられる日本人は意外に少ないようです。日本人の好きは琳派のような繊細な美意識が、若冲のような華やかさを好む傾向があるような感じていますが、カラヴァッジョの狙っているものは全く違うものですね。
「カラヴァッジョが大好き」という方に出会えて大変うれしいです。今後ともよろしくお願いいたします。
ご興味を持っていただいたようで大変うれしいです。私は作品と向き合って自分が感じたことを大切にしています。しかしそれだけでは読んでいだく方は唯我独尊にしか感じないかもしれないので、少し勉強して解説書的な内容も肉付けしてブログにしています。私の感じたことが読んでいだいた方に伝わるとが私がブログを書いた後の最大の喜びです。こちらこそありがとうございました、
素直な見方ではないかもしれませんが、産金のダ・ビンチ展を見たときもそうでしたが、カラヴァッジョの継承者の作品を見ていると、カラヴァッジョの本質と魅力がより深く見えてきます。ダ・ビンチやカラヴァッジョに追随し継承した画家たちははみんな絵のうまさに秀でた画家が多い、おそらく絵の技量に自信がなければこんな大天才を継承しようという気持ちは起きないでしょうね、そういう絵の技量に秀でた人たちでさえ継承しきれないところむがダ・ビンチやカラヴァッジョが美術史に今も燦然と輝いているポイントではないかと理解しています。私の観点は専門家の方と少し違うかもしれませんが、他の記事にもご興味を持っていただけると憂い氏限りです、
実を言うと私は元々はレンブラントのファンで、カラヴァッジョの絵をいろいろ見るまでカラヴァッジョの絵の良さが分りませんでした。何点がカラヴァッジョの傑作を見るうちに、だんだんカラヴァッジョの絵の魅力が分ってくると、カラヴァッジョの強烈な劇の強さに対して、なぜレンブラントが人気があるのかに興味を持ち初めて、あまり専門家は書いていないようですが、カラヴァッジョとレンブラントの対比をころ見てみました。これに関しては全く私の個人的な見方ですので、違った見方がありましたら教えてくださると感謝します。
カラヴァッジョは光と影を上手に使う画家ですが、ご指摘のように、影の部分が色濃く闇と表現したくなるようなところがあります、それでいて自然体に感ずるのはカラヴァッジョの力量の大きさでしょうか。同じ光と影を上手に使う画家でも、レンブランドの加賀の主役はあくまで光で影は光を引き立てるテクニックのように関します。
カラヴァッジョの光が外部から内部を照射し、内部を引きずり出すようだとすれば、レンブラントの光は、外から内を照らしていても、内部からにじみ出ているかのように感じます。ラ・トゥールはその中間でしょうか。私もdesireさんのように時間をかけてじっくり考えてみたいです。
すごいですー^^お詳しいですねー^^
私は詳しい知識もなく、ただただ、西洋画が好きで見に行ってます。解説も読んでみるのですが、覚えられません^^;でも、見るのは好きなんです^^
今回行ってみて、カラバッジョも人間なんだと思いました(笑) 展覧会や図録を見るとなんとなく神格化して見てしまうのですが、血の気の多い方だったのですね(笑)レンブラントも決闘好きだったと何かで読んだことがあります。
初めての海外旅行でイタリア旅行に行ったことあります^^もう15年前ですが・・・。イタリア良いですよね^^また行きたいです。教会で宗教画を見るのがすきです。
すごく気持ちが綺麗になるような気がしました^^
それにしてもこちらのブログはレベルが高く勉強になります。教わります。素晴らしい。
ポンペイ壁画展を見てきました。ポンペイレッドを知りました。ギリシャ神話・ローマ神話や聖書などを
知らないと深く味わえないことも知りました。
ご指摘のようにカラヴァッジョの光が外部から闇を切り裂くような光が持ち味ですが、レンブラントの光は内面からにじみ出ているような表現を狙ってると思います。レンブラントの人間的な資質は典型的な肉食系のカラヴァッジョよりダ・ビンチに近いのではないかと思っています。
ご指摘のようなに、カラバッジョは血の気の多い、今流にいえば典型的な肉食系男子だと負います。レンブラントは外に敵を作って闘うことをエネルギー源ととしているカラバッジョとはかなり気質が違う、内省的な面が強いため、深みのある作品が描けるのだと思います。
カラバッジョの作品はなんといってもドラマテイクですね。ポンペイの壁画はたしかローマ時代ですから、人間的な表現が心休まりますね。
美術館ではカラバッジョの8作品を、一堂に鑑賞できて感動して来ました。
ドラマチックな生涯に、力強く素晴らしい絵画、
どう表現したら良いのか?言葉を失いますね。
カラバッジョの8作品の作品はめったに日本では見ることができませんが、11点も一度に見られるのは日本でもさ初めてで、15年前の日本最初のカラバッジョ展と比べてもずっと充実していました。貴重な体験でしたね。
有難うございました、
芸術に特に外国の作品に疎い私に、カラヴァッジョが誰なのか、
そして「法悦のマグダラのマリア」が何なのか良くわからぬままに
観に行ってきました
私にはあまりにも難しく理解することは出来ませんでした。
ただ、あのくっきりとした明暗のまるでスポットライトを浴びたような
画法に魅せられ、蝋燭やランプで照らし出された姿はこんなふうに見えたのだろうかと・・・。
素晴らしい解説を読ませていただき勉強させていただきました。
有難うございました。
今回の「カラヴァッジョ展」が分りにくかったのは、カラヴァッジョ本人の作品とカラヴァッジョョ追随者の作品が入り組んで展示されていて、カラヴァッジョのイメージと追随者の作品のイメージが入り交じってしまい、追随者の芝居かがった面やグロテスクな面もカラヴァッジョのイメージとしてみる人にら凝ってしまい、カラヴァッジョの魅力をつてえきれなかったような気がします。私は始めに行った日は、他の絵は一切見ないでカラヴァッジョの作品点だけをじっくり見て帰りました。「法悦のマグダラのマリア」はカラヴァッジョの作品としては典型的な作品とは言い難く、非常に微妙な作品だと感じました。しばらくカラヴァッジョの真作か、別の画家の作品か疑われたト゚いう事実がこの作品の表現の微妙さを物語っていると思います。
dezire様のブログを垣間見させてもらい、自分のお遊びのような記事が恥ずかしくなりました。
でも、絵画、音楽、自然、文学、楽しみ方も関わり方も、それぞれでいいんですよね。
芸術全般に造詣の深いdezire様なら、きっとそうおっしゃってくださると勝手に期待しています。
私のようなミーハー鑑賞者が美術館に押し掛けることも、話題性や興業的に意味のあることと信じたいです。
若いころは印象派の絵が好きでした。(もちろん今も大好きです。)宗教画や古典的な絵には興味がなかったです。カラヴァッジョは名前さえ知りませんでした。
対象を心象的にとらえる印象派の絵。
実在するものと徹底的に描きこみながら、その奥に深い闇や光を内包するフェルメールやレンブラントやカラヴァッジョの絵。
こんな表現もあるのかと新鮮に感じた大好きなルソーの絵、皆それぞれにすごいと思っています。
(諏訪のハーモ美術館にあるルソーの「花」、見た瞬間マーガレットとミモザが心の中に語り掛けてきたような気がしました。大好きです。)
dezire様の記事で勉強させていただき、また美術館へ元気に出かけたいとおもっています。
たいへんお返事が遅れまして失礼しました。
実は、dezire さんのブログを読ませていただき、
深い知識に圧倒されておりました。
ロクに知らずに「好きじゃないー」なんて書いてるのが、
恥ずかしくなりますが‥‥まぁ私の趣味がボッティチェリと、
世紀末あたりのお耽美(少女マンガみたいな)なので。
dezire さんの、
「カラヴァッジェスキの作品はグロテスクにしか感じないのに、
カラヴァッジョの作品には美意識を感じ何か魅力を感じさせる
作品に仕上がっている」
というところ、全く同感です。カラヴァッジョの絵は
残酷な場面でも、どこか上品なところがあって、
追随者の絵と違うなぁと感じました。
他の記事も詳しくて、勉強になります。
これからも dezire さんのブログ読ませていただきます。
おはようございます!
カラヴァッジョの性格の激しさを伝えるエピソードの数々に、
こんな人が身近にいたら、やっていられないだろうなあと思いました^^
神経が細くて、激情型で、まともな市民生活は難しかったでしょうね。
実際、人も殺しているし・・・。
でも、絵の才能は天才でした。
天才というのは、生きづらいものですね。
これは私の持論ですが、「絵画、音楽、自然、文学も作品を好きになることが、芸術鑑賞の出発点だと思います。よく、やたら知識が先行して、芸術作品を偉そうに批判したり、他人の感想を否定したりする人がいますが、そういう人は、「アートとは何か」ということが分っていないと私は思います。自由な表現、自由に作品を見て喜びを感ずる、それが「アートの精神」ではないでしょうか。「絵画、音楽、自然、文学、楽しみ方も関わり方も、それぞれ」全く同感です。私も専門家の見解に反することを結構自由に描いています。またのご訪問をお待ちしています、
この絵は好きと思うか、好きじゃないと思うかは自由だと思います。
私も世間から評価されている画家で好きでない画家はたくさんあります。
むしろ自分の好みがなく、有名な人ならどんな作品でも賛美するということに疑問を感じますね。耽美的なボッティチェリやミュシャ、ラファエロ前派の作品は。全く異質ですが、私も魅力を感じます。少女マンガ家でも、山岸凉子さんゃ萩尾望都さんは抜群絵がうまいですね。
カラヴァッジョは、当時イタリアで神様的存在のミケランジェロの絵画に挑戦し、世間の批判を跳ね返して斬新な美の世界を築いた天才ですので、性格的にかなり異常なのは当然というは当然かもしれませんね。天才的な演技をする俳優さんも、実座右はかなり変人のようですから。多分彼らには、世間を気にせずに自由に生きることが大切で、「生きづらい」という感覚はないのかもしれません。
カラヴァジェは、イタリアでは大変な人気で、毎年どこかでカラヴァジェ展が開かれているようです。情熱的でロマンチストの多いイタリア人には、カラヴァジェの情熱的な刺激がたまらないのでしょうね。同じように情熱的でロマンチストの多いと思っていたスペインでは、カラヴァジェはあまり人気がないようです。日本人から見るとイタリア人とスペイン人の感覚の違いはよく理解できませんが。
光と闇、もしくは影の対局が素晴らしいカラヴァッジョの絵画は、これまでにイタリアでも鑑賞する機会がありましたが、やはりこのように、一つのテーマに沿って彼の作品を追っていくことには、彼のその技術をより一層引き立たせてくれるものがあったと考えています。
特に、一見すると2方向から光が当てられているのではないか、と考えるほど、完璧なまでのスポットライトには目を奪われます。
ですが、彼の素晴らしい技術の一つである静物の描写に、恐らく私も含め多くの鑑賞者が素通りしてしまっていたのが残念でなりませんでした。静物画から始まったと言ってもおかしくないはずなのに、光と闇ばかりに気を取られてしまうのですから。いかに自分の感性を大事にすべきかを再確認しました。
面白い記事を読ませていただき、ありがとうございました。これからも読ませていただきます。機会がありましたら、我々どものサイトにも足を運んでみてください!
ご指摘のように、カラヴァッジョは絵を描く技量の高さはすばらしいものがあり、カラヴァッジョの静物画の描写力は傑出したものがあります。その描写力があらゆる作品に強いリアリティーを感じさせるのと理解しています。静物画について触れなかったのはカラヴァッジョの静物画がリアリティーが高いのは当然でいうもでもないと思っていたのと、この時代のフランドル絵画には描写力の高さを競うような静物画がたくさん書かれ、カラヴァッジェスキと呼ば多人たちの静物画も非常にレベルが高く、カラヴァッジョとカラヴァッジェスキの違いを論ずる観点から考えると、静物画以上に、キリストや聖人の表現やカラヴァッジョにしかない美学を論ずる方が分りやすいのでないかと思ったからです。決してカラヴァッジョの優れた静物画の表現を見落としていたわけではありませんこと、ご理解お願いいたします。
カラヴァッジョの生き方とカラヴァッジョ絵画の革新性はコインの裏表かもしれませんね。それはそうだとは思いますが、私はカラヴァッジョの残した絵画の魅力だけを楽しむことで十分だと思っています。
カラヴァッジョの生き方とカラヴァッジョ絵画の革新性はコインの裏表かもしれませんね。それはそうだとは思いますが、私はカラヴァッジョの残した絵画の魅力だけを楽しむことで十分だと思っています。
ヨーロッパの美術館にて、何点かカラバァッジョは観ましたが
このように、多くを鑑賞する事が出来き良かったです
ことの外、『法説のマグダラのマリア』は今でも強く脳裏に
焼き付いております。
日本で開かれたカラバァッジョ展は。なんと15年ぶりで。これだけ内容の充実したラバァッジョ展は初めてです。『法説のマグダラのマリア』は心に残る作品でしたね。
記事のアップが遅れたため訪問もおそくなりました。
初カラヴァッジョでしたが、展示の仕方も良かったせいかすっかりその魅力の虜になりました。
さらに、貴記事を読み理解が深まったように感じました。
カラヴァッジェスキとして紹介されていたラ・トゥールの作品には特に惹かれましたが、国内に2点しかなく、しかも今回全て観賞できたとは幸運でした。
ラ・トゥールはカロウソクの優しく穏やかな光に変えて、静かな暖かかい独特の世界を築きました。東京で2005年大規模なラ・トゥール回顧展が開かれています。
カラヴァッジョはラヴァ闇を切り裂く太を用い時には残酷な場面さえも強烈なリアリティーを持って描きました。カラヴァッジェスキはこのようなカラヴァッジョの画風に追随しましたが、ラ・トゥールはあくまでも柔らかい蝋燭の光で子供たちの製品に光をあてたような作品を描き、カラヴァッジェスキとは異質の画家だと私は思っています。
カラヴァッジョは緻密描写に非常に高い技量を持ち、そのぎれょうの上に闇を切り裂くような激しい光と影のコントラストとリアリティー溢れる人物描写を閑雅に導入しました。元々静物画に見られるような写実的表現に優れた美意識を持っていたので、見る人の心を心ゆさぶるような鬱熊しさを表現できるのでしょうな。
私はカラヴァッジョの最大の魅力は「美しさとのせめぎ合い」だと思っています。「法悦のマグダラのマリア」はカラヴァッジョには珍しい作品で、真作なのかどうかかなり議論のあった作品ですが、他の多くの画家が描いたマグダラのマリアの作品は、マグダラのマリア苦悩を描いた作品か、性的魅力を描いた作品がほとんどなので、その二面性を描いているところはカラヴァッジョらしいと感じました。
詳細な鑑賞記に圧倒されております。詳細なコンテキストは今後の私の鑑賞(というよりは観察ですが…)におおいなる示唆を与えてくれました
今後ともよろしくお願いいたします。
dezire様のカラヴァッジョの作品に対する詳細な解説と考察に圧倒されました。
「エッケ・ホモ」は仰るようにカラヴァッジョの作品のほうがキリストに聖者の威厳と落着きを感じました。チゴリの同主題の絵もドラマティックではありますが。
画家の軌跡のわかる、良い展覧会でした。
同じテーマで絵を描くと、画家の力量の違いが分り、面白かったですね。ご指摘の「エッケ・ホモ」がチゴリの作品も不展示されていたのは良い企画だと思いました、カラヴァッジョと追随者の作品を比較してみるのも、カラヴァッジョの力量の凄さを感ずる助けとなりましたね。私も良い展覧会だと思いました。
ロンドンに住んでいる時にナショナルギャラリーの絵画を解説してくれる講習に参加したことがありますが、とても面白かったです。やはり絵画はきちんとした背景を知っているのと知らないとでは大違いだな〜と改めて実感しました。今まで結構ヨーロッパの美術館巡ってきたのですがもう少し勉強すべきでした。。。。勿体無い。。。これからdezireさんのブログでもっと勉強させていただきます!
ロレートの聖母』は、は、。ローマのナヴォーナ広場近くにあるサンタゴスティーノ教会で見ました。ロンドン・ナショナル・ギャラリー見どには、二本に来ている日君とはとあし゜は゛ロンドン・ナショナル・ギャラリー見どころその7:カラヴァッジョ「エマオの晩餐」
カテゴリ:ナショナル・ギャラリーの測マ品名とはこはずりけ
私は絵を観て、素敵だな〜〜、綺麗だな〜〜と思うくらいで^_^;
こちらの記事を読んで大変勉強になりました。
映画も観ました。
色々な意味ですごく面白かったです。
dezireさんのブログ拝見させていただきました。カラヴァッジョの生涯について、そして作品の背景や感想など、詳細に書いていて読み応えたっぷり。ほんとうに、しっかりいろいろ考察されていますね。。他の記事もとっても興味深いタイトルが並んでいるので、また読ませていただきます♪
コメントありがとうございました。
『法悦のマグダラのマリア』、
マグダラのマリアと言うとこれでもか!!
いちばんの力の入れどころ!!
とばかりに、華美な女性をよく見かけますが、
この作品はほんとに静かでそれでいて劇的ですね。
それに対する、繊細で丁寧な解説を
興味深く拝読冴えていただきました。
ありがとうございました。
ほかの記事になりますが、
カラヴァッジョとレンブラントについても
大変面白かったです。
素敵だな〜〜、綺麗だな〜〜感ずることが一番大切だと思います。私もいつもそうですが、感動するとさら作品や画家について知りたくなり、勉強してレポートを書いています。少しでもお役に立てればうれしい限りです。
ご指摘のように、すばせしい芸術は作品を知れば知るほど、その魅力にひかれていきますね。図くれた作品は、それだけ奥が深く多くの魅力を持っているのだと思います。少しでもお役に立てて大変うれしいです。いろいろアートなどの感想をレポートしていますので、よろしかったら読んでいだけると感謝いたします。これを機会によろしくお願いいたします。
マグダラのマリアは多くの画家によって描かれていますが、さの性的魅力をテーマにした作品や、苦行を表現したものがほとんどです。このようにマグダラのマリアの二面性を見事に表現した作品は初めて出会いました。
カラヴァッジョが現実的な主題を大切にしていたという事に驚きました。「女占い師」も現実生活の一コマだったんですね。
そういった事実を知ると、見方に幅が出て面白いですね。
カラヴァッジョ好きな人はまだ日本ではまだ少数派のようですが、15年ぶりでしかも過去最高のカラヴァッジョ展だったので良い思いで゜になりました。
カラヴァッジョは。生活は荒っぽいですが、内面的には繊細で多面性のある人だったようです。これだけ多様な作品を描いているのは驚くべきと思いました。
美術に造詣の深いdesire_san さんの詳しい解説と素晴らしい洞察力に感服致し、とても勉強になりました。
またゆっくり読ませて頂きます。
少しでもお役に立てて大変うれしいです。色々なテーマでレポートしていますので、よろしかったら、またのご訪問をお待ちしています。よろしくお願いいたします。
非常に詳しい解説で、参考になりました。
無法者でありながら、宗教性をカラヴァッジョの作品は、個人の才能だけでなく、ヨーロッパ文化の不思議さ、奥深さも感じさせるものですね。
私も、これから色々と勉強したいと思っていますので、今後も参考にさせていただきます。
カラヴァッジョの作品のある種の神秘性は、万楼さんが子指摘のようにヨーロッパ文化の不思議さ、奥深さに起因すると考えると分かるような気がしますね。ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
素晴らしいBlog、拝読させて頂きました。絵画の細かい描写の表現にとても感動し共感致しました。
またお邪魔させて頂きたいと思います。
記事拝読いたしました。
当時の社会的・時代的背景の観点も深く考察されていて、とても興味深かったです。
カラヴァッジョ本人の手による作品よりも、カラヴァジェスキの作品の方が「芝居がかっている」というのはまったく同感です。「エッケ・ホモ」は対比のための展示でもあった関係上、その視点と力量が明確に出ていて、とても面白い展示だったと思っていいます。
私のような素人がコメントを残してよいのか躊躇われましたが少しだけ……。
カラヴァッジョ作品の中では特に「聖マタイの召命」が好きです。ナショナルギャラリー保管の「エマオの晩餐」を以前テレビで紹介していましたが、描かれた光と影が自然光によるものでは有り得ない陰影になっている(つまりはよりドラマチックになるように計算して描かれている)というような説明がされており驚いたことを記憶しています。直感……というか本能で描く画家と勝手に思い込んでいたので、尚更印象的だったのかもしれません。
同行した姉は「人物より静物画を得意としているのではないか……」という感想を漏らしていました。
ブログにお越しいただきこのような素敵なブログにお邪魔することができ感謝しています。これからもお邪魔させてください。
ご指摘のように、カラヴァジェスキの作品を合わせてみたり、「エッケ・ホモ」は対比のための展示により、カラヴァッジョの感性や表現力の才能を強く感ずることができました。
私も「聖マタイの召命」が今回の作品の中では一番好きな作品でした。闇を切り裂くような光の表現が大変魅力的でした。カラヴァッジが本能と感性で描く画家か、フェルメールのようにすべてを計算し尽くして描く画家かは木論の分れるところだと思います。本能と感性で描いていても、自然に計算しつくされたような作品がかけてしまう才能が有ったのかもしれませんね。
コメントありがとうございましたm(__)m
カラヴァッジョは前から好きな画家だったので、今回は絶対見たい!
って、思い行ってきました。
「法悦のマグダラのマリア」は、本当に素晴らしかったですね。
感動しました。個人蔵の作品との事、次があるとは思えず、見ておいて本当に良かったです。
自分のブログにも書きましたが、「エッケ・ホモ」と「エマオの晩餐」
こちらも本当に素晴らしいと思いました。
大きな物は買えなかったので、せめてもの土産にと図録とファイル、
「エマオの晩餐」のコピーを買って来ました。今我が家にちょっと綺麗めな額にいれ飾ってあります。
あっ!玄関には印刷物ですが、「果物籠」があります。
何時か美しい「聖カテリナ」の実物を見て見たいです!
美術にはとんと疎い私ですが、カラヴァッジョは大好きです(^^)v
カラヴァッジョ展は私も待ち望んでいましたので、カラヴァッジョの多くの傑作に出会えて嬉しかったですね。私も特に「エッケ・ホモ」と「エマオの晩餐」はすばらしいと思いました。「エッケ・ホモ」のイエスは本当に美しく神々しいすばらしい表現に感動しました。
私は読む人のことはほとんど考えず、ひとりで好きに書いていますので。
デザイアーアートさまは、随分がんばっていらっしゃるのね、と思いました。刺激、もらいました。ありがとう。
今、日本では「カラヴァッジョ展」が開催中なのですね。
それを観て、お茶を飲んで、カラヴァッジョについてあれこれ話せたら、さぞ楽しいことでしょう。
また訪ねさせていただきます。
東京の「カラヴァッジョ展」は6月12日に終了しました。予想以上に観客が入場したさうです。私はブログを通じて、私のブログの内容に対してご意見をいただいたり、私の知らない情報をいただいたりして拘留させていただいています。読んでいただく方がいると、ブログを書くモチベーションも上がって、内容を充実させようと勉強しますので、私にとってもよいことだと思っています。
芸術家はちょっと風変わりの人が多いですね。音楽鑑賞にもよく行きますが、音楽家でも殺人を犯したという人もいるそうで、そう言ったエピソードを聞いたことがあります。
西洋絵画の美術展には、こののち佐川美術館の「ボストン美術館 ヴェネツィア展」、京都市美術館の「ダリ展」などを見にいく予定にしています。
私が実物を見た中では、油彩に関しては、フェルメールと向井潤吉に並んでます。
そして絵の怪しさ、写実表現でありながらも嘘の大きさや多さに関してはフェルメール並でしょう。
今回展示された作品で目立つのは人物の手の大きさと前腕の大きさ。
明らかに大き過ぎる描写が目立ちます。
しかし、それで絵を壊さない巧さがカラヴァッジョにはあります。
プロですから、絵に無意味な物を描くはずがありません。
ではなんでそんな事をしたのでしょう?
分かりません(笑)。
ありそうなのが自己顕示欲。
「俺の巧さが分かるか?」
自分の描写力の巧さを分かる人間には分かる様に描いたのではないかと思います。
もう一つとても絵画力で優れているのが、人物画の背景を省略した事。
日本画と同じく主題を最も引き立てる背景は、無。
ダ・ビンチもフェルメールも出来なかった事です。
「エッケ・ホモ」、これは凄い絵でしたし、大変興味深い。
ピラトが画面から飛び出てくる様に、3Dの様に描写されています。
これには驚きました。
福音書からの題材で、主役はイエスにならなければならないのに、
この絵では、ピラトが主役になっています。
これだけでも驚異ですが、
ピラトがイタリア人(笑)。
眉が繋がりそうなサッカーのデル・ピエロ風の完璧イタリア人(笑)。
まぁ、ローマから派遣されてるんだから当然イタリア人ですが(笑)。
この描写力にもやられました(笑)。
40年以上前から知っていて、それを実際に日本で見られる便利さと幸せ。
大変楽しいひと時を上野で過ごせました。
額の深い皺が「ちっ、面倒な事を起こしがって」と声高に叫んでますなぁ。
カラヴァッジョは大胆な画面構成の中に自意識が輝いている絵画を描ける希有の天才画家ですね。カラヴァッジョの追随者たちは、カラヴァッジョは大胆な画面構成を真似していますが、全体にグロテスクな雰囲気が漂い、美しいと感ずる測品は滅多にありません。カラヴァッジョの絵画画面の中に全く無駄もなく、極めて完成度が高いのに驚かされますね。






