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心に残った自然とアート   

フェルメールの最高傑作『デルフトの眺望』と「真珠の耳飾りの少女」の魅力

マウリッツハイス美術館 

Mauritshuis

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 マウリッツハウスの建物は、17世紀半ばヤーコプ・ファン・カンペンの設計で建てられたもので、オランダ古典様式建築の代表作とされています。ここに住んだナッサウ=ジーゲン侯ヨハン・マウリッツにちなんで、マウリッツハイス美術館と呼ばれています。建物はほぼ建設当時の面影を残しているそうです。オランダ総督ウィレム5世と、その子のオランダ初代国王ウィレム1世の収集のコレクションが核となっており、美術館の規模は大きくありませんが、オランダ絵画等の珠玉の名品を収蔵しています。中でも世界に三十数点しかないフェルメールの作品を3点所蔵していることで知られています。2012年にフェルメールの大作『デルフトの眺望』とレンブラントのテュルプ博士の解剖学講義』をのぞいてマウリッツハウス美術館の主要な作品が来日しました。






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ヨハネス・フェルメール『デルフトの眺望』

 ヨハネス・フェルメールが描いた数少ない風景画で唯一の大作です。画面の半分は空で、その下に広がるのはフェルメールが生まれ育ったデルフトの街です。美しい光景ですが、何故か暗い影に覆われています。遠くの建物だけが、雲間から差し込む陽射しに黄色く輝いています。静かに揺れる水面。そこに映し出される建物の影。岸辺で談笑する人々のごくありふれた日常。眠りから覚めた街が動き出す前の静寂のひとときを描いた風景画の傑作です。


 フェルメールは寡作の画家で、作品はわずか30点あまり。そしてその作品のほとんどが、窓から差し込む光の中で手紙を読む、楽器を弾く、といった家の中の日常を描いたものです。フェルメールは1632年半径500メートルほどの小さな街デルフトに生まれました。フェルメールはこの小さな街からほとんど出ることなく、ひっそりと、静かに、富も名声も得ることなくその一生をこの小さな街で過ごしました。フェルメールは自らの絵画の中に、フェルメールの自画像が描かれているという見方もあります。



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 フェルメールが、短い生涯の中で描いた作品はほとんどが窓から差す柔らかな光と戯れた室内の日常の光景でした。そんなフェルメールが突然描いたオランダの真珠と讃えられたデルフトの街を描いたのには理由がありました。


 17世紀のオランダは、領土を次々と海の向こうへと広げていった黄金時代で、デルフトも盛んな貿易で富を築いていました。デルフトはオランダを独立に導いた英雄でオランダダ軍隊の頂点に君臨していたオラニエ公ウィレムが居を構えました。小さな街デルフトに次々と火薬庫や武器庫が作らました。その結果悲劇が起きました。火薬庫が爆発し、デルフトの街は破壊的な被害を受けました。の爆発事故を詳細に記した事故画は多数描かれています。その数年後、フェルメールガ『デルフトの眺望』を描いたのです。爆発事故の経験がフェルメールにこの作品を描くことを決心させたのかもしれません。


 『デルフトの眺望』を見るとフェルメーがデルフトの街を愛し美しいと感じて、この街に価値を見出だしていたか理解できます。水を打ったような静寂、描かれているのはフェルメーの記憶の中にある美しいままのデルフトです。運河と市壁に囲まれた都市デルフトを市の南端にあるスヒー川の対岸から眺めた風景。中央にスヒーダム門、右にロッテルダム門が描かれ、スヒーダム門の時計から、時間が朝の7時過ぎであることがわかります。2つの門の間からは新教会の塔がひときわ明るく照らされているのが見えます。「黄色い壁」はロッテルダム門の左に見えるが、実際は「壁」ではなく屋根であると思われます。



 フェルメールは写真のようにリアルに絵画を描いていると思っている人もいるかもしれませんが、フェルメールの絵画画面は計算され自在に構成されています。平行に建てられて二つの門は右側の門をぐっと外側へ向けて描いています。門を外側に向けることによって、フェルメールは水と街、そして、街と空の間にまっすぐな二本の水平線を生み出したのです。絵の中の建物は全て実在しましたが、彼が描いた位置に存在していた訳ではありません。フェルメールは全ての建物に独自のポジションを与えることによって、街全体を一つの帯の中に閉じ込めてしまったのです。これによって、街は閉ざされた静かな感じを観る人に与えるのです。フェルメールは人物画においても同様に閉ざされた静かな絵画画面を演出しています。


フェルメールは光も自由に操っています。主役となる街並は、そのほとんどが暗い影に覆われています。遠くの屋根だけが黄色く輝いています。港に泊まった船についた水滴が宝石のように輝いています。フェルメールが意図的に作った光でなければ、実際に影の部分がこのように光を放つことはありえません。X線鑑定によると、フェルメールの初期の構想では遠くの建物と同様、手前の建物にも光をあてようとしていました。しかし、彼は後にこの光を暗く塗りつぶしてしまったのです。手前にある建物を影にして、遠くの建物にだけ光を描いたのは、絵に奥行きを出すためでした。また、壁の朽ちた感じやレンガの壊れた感じを表現するには、建物を暗く柔らかかく描くほうがより効果的だと思ったのです。フェルメールは光にとても興味を持っていたので、街という巨大なスケールでの作品で光の操作と効果を実験してみたのかもしれません。


  陰りの中に浮かび上がる、古びた建物。触ってみたいと思わせるほどのリアルな質感。その秘密は、絵の具にありました。彼は、絵の具に砂を混ぜたのです。ゴツゴツした絵の具の凹凸は、彫刻のように光を反射し、陰っているはずの街が、浮かび上がる仕掛けとなったのです。まさにフェルメール・マジックです。




 技巧と細工の限りを尽くした『デルフトの眺望』この絵に施された全ての細工はフェルメールが思いを込めた場所や建物に目を導いていくためのものだったのかもしれません。フェルメールが生きた17世紀、新教会はデルフトのシンボルでした。スペインに支配されていたオランダを独立解放に導いた英雄、オラニエ公ウィリアムがここに埋葬されています。フェルメールはこの新教会を何よりも高く描き大きな光を当てて描きました。オランダ連邦共和国の人間という誇りを表現したかったのかもしれません。


 この作品のすばらしさは作品全体としての完成度の高さだけではありません。この作品の小さな一部分を取り出すと、作品の一部だけで完成度の高い絵画作品となっていることです。例えば、この作品の左下の川辺の人たちの部分を切り出してみました。そこには当時のデルフトの人たちの人間ドラマが展開しています。



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 20世紀フランス文学を代表する作家マルセル・プルーストこう語っています。「デン・ハーグの美術館でデルフトの眺望の絵を見てから私は世界で最も美しい絵を見たのだと悟りました。」





フェルメール『真珠の耳飾りの少女』

 マウリッツハイス美術館で、4年前に初めて作品を見て魅了された『真珠の耳飾りの少女』と再会しました。絵画作品との再会というより、しばらく分かれていた恋人との再会のような気分でした。4年の歳月を経ても少女はまだ汚れなき、限りなく清純な少女のままでした。



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 『真珠の耳飾りの少女』は「肖像画」ではなく、「トローニー)」という様式に分類され。実際にモデルはいて想像で画家が自由に描いた作品です。描かれた少女は、体は横を向き肩越しに顔をこちらに向けようとしており、誰かに気付いて振り返った一瞬を捉えたように見えます。この表現が様々な想像力をかき立てこの作品の強い魅力となっています。


 下唇を明るく光らせ上唇の輪郭をぼかす技法で若々しく瑞々しい質感が表現され、少女の唇の左端と唇の中央部にも小さな白いハイライトがあり、唇の濡れた感じが表現されています。口元は少し開き加減で、微笑しながら何かを言いたいように感じらます。真珠の耳飾りは輪郭線を用いず、光の反射だけで大粒の真珠を写実的に描いています。斜め上から差し込む光による明瞭な反射と少女の服の白い襟に反射した光によるものうっすらとした光表現が立体感を生み出しています。


 少女が頭に巻いているターバンの鮮やかな青が強く印象を与えます。フェルメールの作品の多くに共通するように、この作品は色の数が少なく、背景の黒を除けば、黄色と青色が主要部分を占めていますが、黄と青は補色の関係にありその対比によりターバンの鮮やかな青を際立たせています。フェルメールの青は、西アジア原産のラピスラズリという宝石から作った非常に高価な絵の具を用いていることで知られ、少女のターバンが人々の目を引くように描がかれているのです。


 『真珠の耳飾りの少女』の少女は非常に魅力的ですが、この作品はその少女の魅力を際立たせるためように画面が構成されているように思います。これはフェルメールの作品としては極めてまれだと思います。フェルメール本来の魅力は、一見具象的な陣部も含めたモチーフを使って、美しい絵画空間を創造する、創造の絵画空間が見る人に安らぎを与えることだと思います。その典型的な作品が、ルーブル美術館の『レ―スを編む女』です。『真珠の耳飾りの少女』では、絵画画面はすべてこの少女を魅力的に見せるために演出されています。フェルメールは、今までとは別の美意識の追求をこの作品で試みたのかもしれません。



マウリッツハイス美術館

文字をクリックすると、リンクして、美術館の全容を見ることができます。



【参考文献】

  アンソニー・ベイリー 著 木下哲夫 訳 

「フェルメール デルフトの眺望』」白水社 

  小林頼子、徳丸 仁、藤原玲子、阿部純子、蜷川順子

「フェルメール」六耀社

  小林頼子「フェルメール論」 八坂書房










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by desire_san | 2016-08-08 22:50 | 北方ルネサンスとフランドル美術の旅 | Trackback | Comments(7)
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Commented by li_se at 2016-08-06 21:36
こんばんは
拙いブログにご訪問いただきありがとうございます。
多くの美術館・絵画展を巡られてらして、造詣深い記事はとても勉強になります。
私など美術史の知識も浅く日本での興味ある企画展をボチボチ周るくらいですので・・^^;
マウリッツハイス美術館展、もう4年前になるのですね・・
長い行列に疲れ果てた先での、つかの間の出逢いではありましたが
「真珠の耳飾りの少女」の瞳は今も心に焼き付いています。
しかしやはり、この絵の在るべき場所で落ち着いて向き合ってみたい、と思ったものです。
美術館の外観、とても美しいですね。
「デルフトの眺望」が来られなかったことは残念ではありましたが
これだけは門外不出、であって欲しいような矛盾した気持ちもあります。

どの絵もそうですが、画集ではやはり本当の色や光を感じられません。
細かなところまで詳しく解説してくださって、ますます実物に会いたい気持ちが深まりました。
とは言えオランダへは行けません。
行かれた方のお話を聴かせていただき、想像を膨らませるのもまた楽しいものです。
ありがとうございました。
Commented by snowdrop-momo at 2016-08-07 07:10
フェルメールのデルフト風景は「失われた景観を求めて」描かれたのですね。大切なモチーフを一つの画面に盛り込む手法は、エル・グレコのトレド風景を思い出させます。

前景の人物像に、ヤン・ファン・エイクの「ロランの聖母」の中景のベランダの人物像を連想しました。
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風景に人物が配されると、自分もその風景に入り込んだ気持ちになりますね。

真珠の耳飾りの少女との再会、現地の美術館でというのがまた素敵ですね。
Commented at 2016-08-07 20:30
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by desire_san at 2016-08-08 18:43
li_seさん、コメントありがとうございます。
4年前のマウリッツハイス美術館展は、「真珠の耳飾りの少女」で客を呼ぼうとしたため、毎日大混雑で他大変でしたね。「真珠の耳飾りの少女」だけ見て疲れ果てて帰ってきてしまった人もいたそうです。しかし実は、美術的には「真珠の耳飾りの少女」に劣らないマウリッツハイス美術館のすばらしい傑作がたくさん来ていて、実際マウリッツハイス美術館に行ったら、門外不出のフェルメールの『デルフトの眺望』とレンブラントの『テュルプ博士の解剖学講義』以外はほとんどの作品が来ていたようです。「真珠の耳飾りの少女」とは別に、他のに作品を集めて美術展を行ってもよかったと思いました。
Commented by desire_san at 2016-08-08 18:55
snowdrop-momoさん、いつもコメントありがとうございます。
フェルメールの『デルフトの眺望』はご指摘のように、エル・グレコの「トレドの風景」のような哀愁と情感が豊かで、フランドル絵画的な精密描写も魅力ですね。、ヤン・ファン・エイクの「ロランの聖母」の中景のベランダの人物像を連想するというご指摘は、画像を拝見してなるほどと思いました。現在ヴェネツィア・ルネサンス展が開かれていますが、ペッリーにの聖母の背景の風景はフランドル絵画の影響が感じられます。フェルメールはデルフトを出たことがないそうですが、間接的にいろいろな荷風に触れる機会があったのでしょうね。
Commented by desire_san at 2016-08-08 19:02
aiya-blogさん、オランダはアムステルダム国立美術館にオランダ美術の最高レベルの作品が揃っていますが、フェルメールの『デルフトの眺望』とレンブラントの『テュルプ博士の解剖学講義』だけは、マウリッツハイス美術館が所有しているというのは、旅行を計画するまで知りませんでした。美術史に残るような傑作は色々な美術館に散らばっているものですね。
Commented by tona at 2016-08-15 09:01 x
2004年に行きました。帰ってからすぐに真珠の耳飾りの少女の映画が公開されて、タイムリーでした。あれから12年、フェルメールの絵はあと5点のみ実物を見ることが出来ませんが、盗まれた絵を含め、もう絶対に見に行かれないです。

by desire_san