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芸術と自然の美を巡る旅  

ルーベンスが描いたノートルダム大聖堂が誇るキリスト教絵画の2つの金字塔

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キリスト降架キリスト昇架

"The Descent from the Cross"&"TheElevation of the Cross"


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 アントウェルペンのノートルダム大聖堂には、ルーベンス「キリスト降架」と「キリスト昇架」という美術史上に燦然と輝く宗教絵画の2点の傑作が展示されています。「キリスト昇架」と「キリスト降架」適当に離して展示してあります。一方の位置から他方を眺めると、それぞれの違いがはっきりします。それぞれの主調をつかむことができますこのように並べることで絵画表現というものの性格をその意味を悟ることができます。



ノートルダム大聖堂(アントウェルペン)

文字をクリッマすると、画像と詳しいさ説明を見ることができます。






 制作年代が2年を隔てているのみで等しい精神集中をもって制作されているのに、ルーベンス自身が描いた作品で、「キリスト昇架」と「キリスト降架」のように全く似たところのない作品も珍しいと思います。



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 引き受けた25つの仕事は美質を二分することを要求されたルーベンスの天才は、機敏に要求を察知し、仕事の質をよく把握し、どちらにも正当性の相反する思想に自らを振り分けました。ルーベンスの明敏な才能を示す最も見事な事例であり、ルーベンスの燃焼力、活力、腕の冴えを示すすばらしい事例がここにあります。



ルーベンス「キリスト昇架」

 聖ワルブルグ教会の主祭壇のために描かれたものですが、聖ワルブルグ教会が取り壊されたためその前年1816年にこの大聖堂へと移されました。これにより「キリスト降架」と対を成す形で展示されることになります。


 この二つの祭壇画はフランダースの祭壇画の典型として三連画になっています。 中央のパネルと 左右二面のパネルとで構成されており、左右のパネルは扉状になっていて礼拝する時には開けられ 礼拝しない時には閉じられる という作りになっていました。中央のパネルにはキリストが釘付けにされた十字架を立てようとする途中の斜めの状態が描き出されています。これは「十字架を立てる」場面で「昇架」が一般的な呼び名となっています。



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 これにより バロック絵画の基本的な構図である「斜め」が使われています。これは一つには「動き」を出すためです。バロック芸術が目指したものは動き」の表現でした。バロック芸術の時代宗教改革が起き 新教と旧教の対立があり、多くの戦いが起こり、そこからフランス革命による封建制度の崩壊へと発展していった時代でした。また、大航海時代が始まり 自然科学が発展し、カトリックがそれまで説いてきた教えに疑問がでてきてカトリックの権威が揺らいだ時代でもありました。宗教的にも 政治的にも 一般の日常生活においても「変化」と「不安定」が多く 人々の心が不安定になっている時代でした。その「変化」と「不安定さ」が 「動き」の表現として現れています。「斜め」が何を表しているのか、それは、ゴチック様式の理念である「地から天へ」の垂直の直線の動きから人々の信仰心が「傾いた」ことを意味していました。斜めの動きとは縦の動きと横の動きとの中間でどっちつかず、ゴシック様式の時代の 人々の「地から天へ」の垂直の直線を理想とする心の動きから中途半端な状態へと変わったのが感じられます。


 キリストの身体が斜めに描かれているだけではなく、左のパネルの左下の女性や子供たちの一群もキリストの身体と同じ傾きに描かれています。右パネルの青空は それに直角にぶつかる斜めに描かれています。更に この絵の中の全ての人物が 斜めのポーズで描かれています。画面に斜めを使うことによってこの絵画の全体から「動き」感じられます。


 全ての人物が 大げさなポーズ・大げさな表情で「斜め」に描かれ、男性は死んでいくキリストでさえ筋肉質で、人物は実際ありえないようなポーズと表情で描かれています。絵の印象は「ドラマチック」で、非常に劇的な表現が際立っています。バロック美術とは 「躍動感」や「劇的」な雰囲気を表すために「大袈裟」な「芝居がかった」表現が好まれました。


 

ルーベンスが描いたノートルダム大聖堂が誇るキリスト教絵画の2つの金字塔_a0113718_19223028.jpg 宗教改革が起きた後 ベルギーやオランダにもプロテスタントが広まりそれを統治者であったスペイン王が弾圧し オランダが独立していった時代の後でした。新教プロテスタントは それまでのキリスト教カトリックの様々な腐敗を暴き、聖書だけをよりどころとすることで一人一人が神と交われるという立場を取りました。聖書だけをよりどころとする立場は聖書に書いていないことは否定する意味もありました。カトリックでは 様々な 聖書には書いていない決まりがあり、それらをプロテスタントは否定しました。その一つが 諸聖人の存在であり、もう一つが宗教美術でした。 カトリックが称えた聖人や、カトリックの教会に置かれていた様々な宗教美術作品も聖書では何も書かれていませんでした。 ベルギーでは1560年代にプロテスタントの人々がカトリック教会内の美術品を壊してしまう「聖像破壊運動」が起き、教会内の諸美術品が大量に失われてしまいました。アントワープでは聖像破壊運動が起きたのは566年、ルーベンスが生まれたのは1577年でした。


 カトリックは新教の出現によって大量に信者を失ってしましたので新たな信者獲得のために世界伝道に乗り出します。イエズス会もそのために結成されました。カトリックは世界伝道のためにも「一切の言葉を使わずに 一目見ただけで理解できる」ように宗教美術も作られるべきだと考えました。ルーベンスの絵がなぜ 大袈裟な芝居がかった表現をしているのかそれは 宗教絵画がカトリックの世界伝道の道具としての役割を持っていたため、一目見ただけで「すごい!」と思わせて信者を獲得する伝道の道具であり 「看板」や「広告」の役割を求められました。そこで「インパクト」の強さが重視され「躍動感」や「劇的表現」が求められました。ルーベンスをはじめとするバロック美術が「大袈裟」な「はったり」の表現をしたのはそのようなや背景がありました。バロック美術は外面的な効果のみを狙った「はったり」で、本質を表現しようとしているものでは無いという特徴とスタイルはこのような理由があったのです。

 

 ルーベンスは二十歳代の約8年間 イタリアで過ごして勉強や仕事をし 沢山のイタリア・ルネッサンス美術に触れる、ティチアーニ/ミケランジェロ/カラヴァッジョ といった画家たちからの影響を受けます。この「キリスト降架」の絵では構図と色使いとにティチアーニの影響が肉体の描き方にミケランジェロの影響が陰影や短縮法の表現にカラヴァッジョの影響が見て取れます。イタリア美術の影響を受けながらルーベンスはこの33歳の時独自のスタイルを確立しました。ティチアーニの肉体の表現、ミケランジェロの陰影や短縮法、カラヴァッジョの劇的な表現の影響を受けてルーベンスの絵は素晴らしい「躍動感」感じさるものになります子。



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 しかし 「キリスト昇架」はその二年後に完成された「キリスト降架」と比べると高くは評価されていませんでした。この破損と修復によってルーベンスのエネルギーのかなりが損なわれ失われてしまいました。木の板の継ぎ目がかなりはっきりと分かり、表面がでこぼこして、運搬の時の破損とその後の修復の質を露呈しています。本来は聖ワルグルク教会の主祭壇はこのように 階段を上がったところにあり、絵は下から見上げるように見られることを前提に作られています。現在の「キリスト昇架」の絵の上にも小さな絵があり、父なる神の姿が描かれていました。「キリスト昇架」の中のイエスが目を上に向けているのはこの父なる神を見ているためです。


 しかし、「キリスト昇架」は放胆で大胆なうねりのアラベスクを軸とする構図に即して噴出した一気呵成で大胆果敢な作品作品というべき作品でした。無防備な人体もあれば、身を高めている身体もある。円天上のように反っている身体、伸びきった腕、反復して現れる曲線、硬い曲線、こういうものが複雑に入り混じった構図なのに、迷わず描かれたクロッキーのような即興性をこの場面はとどめています。心にひらめいたものがあり、構図、効果を考え、人物の身振り、表情を決める。思わぬ色袢が手助けし、手がそれを活用する、こうして描き上げられた時、画面は圧倒的な力で来襲した明瞭かつ敏感な霊感からいきなりそのまま噴出したかのように感じられます。

 

 「キリスト昇架」の方を見ると「キリスト降架」との類似点はどこもありません。思いやり、やさしさ、母、知人友人すべて遠いものになっています。左の翼画にルーベンスは人物を集め、左の翼画は騎馬の衛士2人だけで、その無慈悲な仕打ちが描かれています。中央の画面には、叫びたてののしり、当たり散らし、騎士団を踏んでいる男たちが、群がる野獣のようにあがきながら、肉屋のような症状の獄吏たちが、十字架を押し立て、画面の真ん中に十字架を真っすぐに起こそうとしています。なん本もの腕が筋肉を震わせ、引綱を張ろうとしているため、十字架は差や鵜に揺れ、まだ半分しか起き上がっていません。手を釘づけされた男は痛がり身を悶えて許しを請おうとしているようですが、その男に自由や意思はどこにもなく、無情な宿命が肉体をしっかりつかんでいます。死は確実で、魂だけが肉体を逃れ出ようとしていることが、上目使いのまなざしから感じられます。魂は、大地から逸脱して、別の確かなよりどころを求めて天上に向かおうとしています。人間は興奮して激昂状態に陥ると殺人など残虐行為が簡単に身を犠牲にする殉教者の心には寛容があり、死ぬ喜びというものが生まれる。ルーベンスはそんな状況を見事に表現しています。


 キリストの姿は、健康そのものの肉体に偏愛を寄せていたルーベンスならでは、実に美しく描いています。キリストは光を浴び、その姿は微光を一束になっているかのように明るく輝いています。心に神を感じ、苦痛に堪えている男らしく優しい顔も美しく、こめかみにへばりついた髪、汗、熱、苦悩、天井の光を映している両眼、陶酔の表情、それらをまざまざと映し出している顔の表現力も見事です。ここまで高まった表現力をもって実現した画面、真摯に絵画に向き合う人なら完全に新しい芸術の理想がここにあると激で涙することを抑えられないでしょう「キリスト昇架」は、ルーベンスに熱中し圧倒されている人々の心を一段と強く揺さぶる力を持っていると感じました。




ルーベンス「キリスト降架」

 この作品は この大聖堂内の火縄銃ギルドの礼拝室の祭壇画として描かれました。祭壇画の基本である三連画の構造をとっています。この絵は 三枚のパネルそれぞれが 違う題材で描かれています。左のパネルには 「マリアのエリザベス訪問」が描かれています。大天使ガブリエルのお告げを受けて身ごもったマリアがその二ヵ月後 いとこに当たるエリザベスを訪問したシーンです。二人でお腹を指差して 身ごもったことを語り合っています。この二人が主人公です、一緒に来たヨゼフは脇役として描かれています。マリアが被っている帽子は当時の最新ファッションを描いています。ルーベンスの絵では大きな画面で描かれている人物像は 見る人と等身大に描かれています。ルーベンスの絵のスタイルはカトリックの世界伝道のための道具としての役割に関係しています。絵画に描かれている場面は 今 見ている人たちの目の前で繰り広げられていて、見ている人はこの場面に居合わせているという錯覚を起こすため、人物を等身大に描き、その当時の最新のファッションで描いているのです。「劇的表現」と「臨場感」をバロック美術は目指したと考えられます。



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 右のパネルに描かれているのは「神殿奉献」です。二千年前のユダヤでは一家に長男が生まれると 生まれてから40日後に神に捧げるために神殿に連れて行く慣わしがありました。出産後の 母親の「不浄期間」が過ぎてから 改めて神殿に行きました。将来キリストと呼ばれることになるヨシュア神殿に連れて行かれて シメオン老人に手渡されました。キリスト教ではイエスの「神の一人子」として、母マリアの「神の一人子」を産んだ「聖母」としての神聖さを強調しています。


 左側のパネルでの聖母マリアは青と決まっているはずなのに赤い上着を羽織っています。右のパネルではシメオン老が赤い服、中央のパネルではキリストの下のヨハネが赤い服を着ています。 この絵を注文した火縄銃ギルドの守護聖人は聖クリストファーを描きたかったので、礼拝する時の面に聖クリストファーの代わりにキリストを担いでいる人を描いてその人たちが 聖クリストファーの代わりだと分かるように赤い服を着せて目立たされていると考えられます。



ルーベンスが描いたノートルダム大聖堂が誇るキリスト教絵画の2つの金字塔_a0113718_19250973.jpg 「キリスト降架」では、「キリスト昇架」や「聖母被昇天」と比べ凝縮感を高め 緻密な表現になっています。「キリスト昇架」が「動」を表現しているのに対し「キリスト降架」は「静」を表し、対照的に描かれています。この凝縮感や静寂間によってキリストの周りの八人の人々がいかに心を込めて この偉大な人の亡骸を十字架から降ろそうとしている気持ちが表現されています。「キリスト昇架」とは対照的に「キリスト降架」では真摯な気持ちが表現され、「祈り」の心に通じる右上から左下への斜めの構図になっています。この絵全体の凝縮感がこの斜めによって生かされています。斜めには 左上から右下への斜めと 逆に右上から左下への斜めと二つがありますが傾きの方向によって印象は違ってきます。時間をはじめとするエネルギーの流れには決まった向きがあり、多くのエネルギーは左から右に流れています。斜めの傾きも左上から右下へという斜めは 「ディミヌエンド」を 逆に右上から左下への斜めは「クレッシェンド」を表すことになります。左上から右下へは「弛緩」を 右上から左下へは「緊張」を表すことになります。


 この「キリスト降架」では右上から左下への構図によって「緊張」を作り出しています。画面の左下の三人の女性たちからは 右上に上がってくエネルギーの流れ画面の右上の男性たちからは 左下に下りてくるエネルギーの流れが出ていてそれが 真ん中のキリストの身体で合わさるようになっています。その中で キリストの身体の色とその背後にある白い亜麻布とで キリストの身体が浮き上がって見え、その様なエネルギーの流れがキリストに 集まるように描かれていのです。


 

 視点はキリストに集まるようになってはいますが、この絵画の中で 特に際立っているのは画面の左下に描かれている三人の女性たちのうち右下の女性つまりキリストの足が肩に掛かっている女性の顔の表情です、とても澄み切った表情をして その眼差しは目の前にあるキリストの死体を見ているというより、ずっと遠くを見つめているように見えます。この女性が マグダラのマリアです。キリスト教が それ以前のユダヤ教からの「男尊女卑」の思想を受け継いだためですが、近年「マグダラのマリアによる福音書」が発見されたことにより真実がだんだんと明かさるようになり、実際にはマグダラのマリアはキリストの弟子となり、12人の弟子の誰よりも優れていてキリストと結婚して子供をもうけました。


 キリストという偉大な人は 素晴らしい愛の教えを人々に伝えようとしたのもかかわらず、その当時のユダヤやローマの人々には難し過ぎかつ 生活を実際的に良くしてくれる 政治家(王)の出現を期待した民衆にとっては、キリストが政治家になるつもりは無く 宗教家に留まったということで期待を裏切られたと感じたことによってたった三年伝道しただけで死刑にしまいました。


 このマグダラのマリアの表情と眼差しに表れているのは キリストの伝えようとした愛の教えは永遠のものであってその教えは これから先 人々の心に引き継がれていくであろうという確信であり、 愛の教えの永遠性を見つめる眼差しが描き出されている野ではないでしょうか。つまり この「キリスト降架」に表現されているのは 「大袈裟な」「芝居がかった」「はったり」では無く「理想」であり「象徴」ではないかと考えられます。この作品の凝縮感と緻密さとは この「理想」と「象徴」とを表すためのものだとも言えるかもしれません。


 更に三人の女性の顔を見比べてみるとそれぞれが違った表情や眼差しで描き出されています。ルーベンス「キリスト降架」から 三人のマリア上の女性は青の衣装の聖母マリアです。)左下の女性は(ヤコブとヨセフの母)マリアです。右下の女性が マグダラのマリアです。聖母マリアの顔は過去を見ているようです。目の前のキリストの死体を通してキリストの過去を見ているような眼差しが描かれています。そしてその苦難に満ちた人生への涙が 目頭に光っています。もう一人のマリアは目の前にある キリストの死体を見てキリストの現在を見ている様子が表されているようです。僅か三年の伝道生活をこのような死で終えてしまったその死を悼む涙が頬に光っています。そして マグダラのマリアはキリストの教えの未来を見つめています。彼女の澄み切った顔には涙はありません。この様に 三人の女性がそれぞれキリストの 「過去」と「現在」と そして「未来」とを見つめる表情や眼差しの描き分けによって、キリストの教えの永遠性が表現されているようです。


 「三」という数は キリスト教においては大切な数です。「三位一体」の「三」だからです。 それとルーベンスが描いたノートルダム大聖堂が誇るキリスト教絵画の2つの金字塔_a0113718_19270852.jpg共に 「三」は「過去」「現在」「未来」をも表しています。この様な三人の女性の表情を使った描き分けはルーベンスがこの作品の緻密な表現が生かされています。この作品全体から 醸し出されている静寂と緊張は 心を落ち着かせながらも 心を一つの方向へと向けていくつまり「祈り」の気持ちを表しているようです。個々の絶妙な表現は、この作品を制作したルーベンスの気持ちの表れでもあり、この作品を見た私たちの気持ちをその様に導こうとしたかったのかもしれません。



 この作品は ルーベンスの作品としてはとても長い一年という制作期間をかけて描かれました。幾度も下絵を描き直し、構想を練りに錬って、素晴らしい作品を作り出そうとしました。美しい作品 素晴らしい作品を作り出すことによってその作品に触れた人々の心が 今まで以上に美しくなるようにその作品を見た人々の人生が 今まで以上に素晴らしくなるようにという「祈り」を籠めて作り出したということが感じられます。



 「キリスト降架」を見ると我々が立ち会っているのは解決であり、これがいかに厳粛に飾り気なしに並べられている。何もかも終わった後、日は暮れて、地平の後は鉛色に黒ずんでいます。だれひとりものを言わず、泣きながら荘厳な死体を手厚く収めています。大切な人の死の後に唇を洩れる、そういう言葉を交わすだけで精いっぱいなのだ。母親の姿があり、この母なる人こそ優れて優しく弱い女であり、そり儚さとやさしさと悔恨の姿こそ地上のすべての罪が許され、埋め合わせられたことを身をもって示しています。


 その「祈り」の気持ちは、私たちが「キリスト降架」前に立ってこの作品から放たれているエネルギーとして体感して、深い感動を覚えるのではないでしょうか。観る人の心の中を駆け巡り「如何なる物に対しても勝利する」躍動を感じ、人を逸らさないし、人の心に与える効果もまた強烈でした。人生をも変えてしまうような力がこのルーベンス「キリスト降架」にはあるような気がするのです。「キリスト降架」は、不思議な芸術の魔力を発揮した宗教絵画の傑作中傑作だと感じました。


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 作者ウィーダがアントワープを訪れこの絵を見てフランダースの犬を書こうと思いました。 作者ウィーダにとってもイタリアのラテンの影響を受けたルーベンスの絵にどれだけ惹かれていたか、とルーベンスからの伝言が貴方の人生へ語りかける”何か”があるからです。



「フランダースの犬」

 ネロは 「十字架を立てる」(「キリスト昇架」)と「十字架から降ろす」(「キリスト降架」)の二つの祭壇画を見ることが夢でした。しかし これらの絵には幕が引かれていて 特別料金を払わないと見せてもらえなかったのです。


 「パトラッシュ、あれを見ることができたらなあ。あれを見られさえしたらなあ」「あれ ってなんだろう?」とパトラッシュは思いました。そして 大きな 思いやり深い 同情的な目でネロを見上げました。「あれ」というのは 聖歌隊席の両側に掲げてある 布で覆われた二つの名画のことでした。名画の前を通り過ぎる時 ネロはそれを見上げながら パトラッシュにつぶやきました。「あれを見られないなんて ひどいよ パトラッシュ。ただ貧乏でお金が払えないからといって!ルーベンスは絵を描いたとき 貧しい人には絵を見せないなんて 夢にも思わなかったはずだよ。ぼくには分かるんだ。ルーベンスなら 毎日でも いつでも絵を見せてくれたはずだよ。絶対そうだよ。それなのに 絵を覆いをしたままにしておくなんて! あんなに美しいものを 覆って暗闇の中に置いておくなんて! 金持ちの人が来てお金を払わない限り あの絵は 日にも当てられないし 人の目に触れることがないんだよ。もし あれを見ることができるのなら ぼくは喜んで死ぬよ。」


 けれども ネロはその絵を見ることができませんでした。そして パトラッシュはネロを助けることができませんでした。というのは 教会が「キリスト昇架」と「キリスト降架」の名画を見るための料金として要求している銀貨を得ることはあの大聖堂の高い尖塔のてっぺんによじ登ることと同じくらい 二人にとっては難しいことでした。


 二人には 節約する小銭さえありませんでした。ストーブにくべる少しばかりの薪や なべに煮るわずかのスープを買うことが精一杯でした。それでも子供の心は 何とかしてあのルーベンスの二枚の名画を見たいという という限りないあこがれに満たされていました。


 この作品の 中央のパネルの左下部分に犬が描かれています。小説「フランダースの犬」にこう書かれています。パトラッシュは ルーベンスは犬が好きだったことを知っていました。そうでなかったら あんなに見事に生き生きと犬の絵を描けなかったでしょう。


 そして パトラッシュが知っていたように 犬が大好きな人は だれでも皆 憐れみ深いものなのです。この絵に描かれている犬はこの絵を描いた当時 ルーベンスが飼っていた犬でありこの犬の名前が「パトラッシュ」でした。




参考文献

クリスティン・ローゼベルキン, 高橋 裕子()リュベンス (岩波 世界の美術)

中村 俊春「ペーテル・パウル・ルーベンス」

ウジエーヌ・フロマンタン、杉本秀太郎() 「昔の巨匠たち」

世界の有名な絵画・画家「ルーベンス絵画の解説「キリスト昇架」「 キリスト降架」










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by desire_san | 2016-09-09 09:08 | 北方ルネサンスとフランドル美術の旅 | Comments(12)
Commented by Ruiese at 2016-09-05 19:36 x
ルーベンス『キリスト降架』と『キリスト昇架』に関する丁寧なご説明を拝読いたしました。フランダースの犬ではネロとパトラッシュが亡くなったあと、、アントワープのノートルダム大寺院のドームの部分に描いる絵画の部分から天使が舞い降りてきたという話になっています。ドーム部分に描かれている絵の小さいサイズのものが、柱に掛けられています。フランダースの犬で最後にネロが亡くなったとき、倒れていた場所の前にあった絵は「キリストの降架」だったそうです。
Commented by desire_san at 2016-09-05 20:04
Ruieseさん いつも私のブログを読んでいただきありがとうございます。
「フランダースの犬」のご説明ありがとうございます。
Ruieseさんのは話を見ながら、アントワープのノートルダム大寺院のドームの写真を改めてみると、「フランダースの犬」のラストシーンが目に浮かんではきて心が厚くなりますね。
Commented at 2016-09-05 20:15
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by desire_san at 2016-09-06 11:13
peace-511さん、私のブログを読んでいただきありがとうございます。
アントウェルペンのノートルダム大聖堂にルーベンスの『キリスト降架』と『キリスト昇架』の両方が保存されているのは歴史的な偶然もありますが、対照的なルーベンス絵画の傑作が同じ大聖堂にあるのは圧巻ですね。「フランダースの犬」は、この名画にふさわしい名作ですね。
Commented by Amerinoseoria at 2016-09-08 18:40 x
ルーベンス「キリスト昇架」に内容的に連続するルーベンスの絵画としては、有名な「ロンギヌスの槍」が描かれた「キリストの磔刑(槍突き)」という作品が存在し、「キリスト昇架」、「キリスト降架」とともに「ルーベンス十字架三部作」的に連続して鑑賞すると違った発見が得られるように感じました。
Commented by Georg_charls at 2016-09-08 18:44 x
Including Jesus being crucified, the characters is a good hefty men of all physique, these physical beauty is reminiscent of the works of ancient sculpture and Michelangelo. Particularly sculptures relationship with the Rubens "Christ Noborika" is pointed out, marble of ancient Greek statues that are holdings in Pio Clementi over Roh Museum of the Vatican Museums "Laocoön and His Sons" is famous.
Commented by Keiko_Kinoshita at 2016-09-09 14:25 x
Amerinoseoria さん、「キリストの磔刑(槍突き)」という作品は私も見たことがあります。イエスの生死確認のためにロンギヌスが槍をイエスの体に触れたところ、は目が不自由だったロンギヌスが、槍傷から噴き出した血が目に入ったことで神の奇跡が起こり、、彼の視力は回復したというこの奇跡を表した絵画だそうですね。この奇跡で目が覚めたロンギヌスは、すぐにローマ兵をやめ、使徒らによる洗礼と教えを授かり、各地で布教に努めたという伝説が残っています。痛々しい場面に目を背ける聖母マリア、リストの足元で両手をロンギヌスの方へ差し伸べているのは聖女マグダラのマリアが印象的なかいがでした。
Commented by desire_san at 2016-09-09 14:27
Amerinoseoriaさん、Kinoshita さん、「キリストの磔刑(槍突き)」という作品のことは私は初めて知りら真下。詳しいお話しありがとうございます。
Commented by desire_san at 2016-09-09 14:33
Mr. Georg_charls  thank you for poining out that the Rubens of Christ is under the influence of Michelangelo. 

Commented by desire_san at 2020-07-25 13:28
ローマ法王庁の腐敗に端を発した宗教改革によって、信者だけでなく収入も激減したカトリック教会側は、ウルス3世は北イタリアのトレントで公会議を開催し、ローマ教皇庁の改革、トリック教会も自己革新運動を推し進めました。美術に対して厳しい態度を取るプロテスタントとは反対に、カトリックはより一層、美術の力に頼るようになり、誰でも一目見れば理解できる「わかりやすさ」と「高尚さ」を求め、教会芸術の変革という時代の要求から生まれてきたのが「バロック美術」です。バロック美術では、より見る者の感情、感覚に訴える表現がなされるようになりました。



Commented by Keiko_Kinoshita at 2020-07-25 16:04 x
宗教改革によって、信者だけでなく収入も激減したカトリック教会は反撃に打って出ます。1540年、教皇パウルス3世はイエズス会を認可し、全世界へ布教伝導の徒を放ちました。フランシスコ・ザビエル(1506~52年)が戦国時代の日本へ来日したように、1549年以降、イエズス会は日本でも積極的にキリスト教を広めていきます。

 さらに、パウルス3世は北イタリアのトレントで公会議を開催し、プロテスタントの主張を否定する一方で、ローマ教皇庁の改革を推し進めました。プロテスタントを牽制すると同時に、カトリック教会も自己革新運動(対抗宗教改革)を進めたのです。

 1545年から1563年にかけて、計25回開催されたこの会議では、美術史に大きな影響を与える決定も下されました。まず、会議の結果、宗教美術自体は崇敬の対象ではないため偶像ではないとされます。そして、その表現には、誰でも一目見れば理解できる「わかりやすさ」と「高尚さ」を求めるよう決められました。宗教美術に対して厳しい態度を取るプロテスタントとは反対に、カトリックはより一層、美術の力に頼るようになったのです。
Commented by Kiroro at 2020-07-27 22:34 x
ルーベンスについて、詳しく紹介されていて、ありがとうございます。とあるドラマが再放送されてまして、最終話あたりにルーベンスを噛ませてくるストーリーだったから、タイムリーでした。一度では、よくわからないので、また何度か拝見しに来ます。ありがとうございます。

by desire_san