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心に残った旅・芸術とアートとの出会い   

「理想の女性崇拝」が生んだ中世工芸品芸術の最高傑作

メムリンク『聖ウルスラ伝の聖遺物箱』

HansMemlingSt. Ursula Shrine


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メムリンク美術館




 初期ネーデルランド絵画の画家ハンス・メムリンクの最高傑作のひとつ『聖ウルスラ伝の聖遺物箱』は、メムリンク美術館が誇るベルギー7大秘宝のひとつです。伝統的に聖ヨハネ病院のために制作された聖遺物箱の装飾としてメムリンクが手がけたとされ、5世紀の英国王の娘で、ローマ巡礼からの帰途の際にケルンのフン族の襲撃に遭い、巡礼に同行した11000人の処女と共に殉教した聖女「聖ウルスラ」の伝説が描かれています。1489年以前描かれた、34×36×16cm の油彩の多くの板絵から造られています。






TheShrine of St. Ursula is a carved and gilded wooden reliquary containing oil onpanel inserts by Hans Memling. Dating toc. 1489, is housed in the Hans Memling Museum in the Old St. John's Hospital,Bruges in the Flemish Region of modern-day Belgium. The work was commissionedby the Hospital of St. John, the current museum's seat. Differently from otherworks by Memling, such as the Triptych of the Mystical Marriage of St.Catherine or the Florens Triptych, it is neither signed nor dated. It was acontainer for Saint Ursula's relics which was shown publicly only in her feastday. The relics were solemnly put in the shrine on 21 November 1489.




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  ルネサンス以降、絵画や彫刻は「大芸術」として、無条件に優遇する古典主義理論の価値体系に強く拘束されていました。しかし、中世では金、銀、宝石など高価な材料をふんだんに用いた工芸品が絵画や彫刻以上に重視されていました。当時画家の仕事は絵画制作に限られず、盾や鞍の色付けや紋章や儀式用の旗のデザインなどが大切な仕事でした。




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 西欧中世は一貫してキリスト教支配下にありましたが、神のイメージは時代とともに変化を遂げ、「畏敬すべき絶対的な神」から「慈悲深い優しい神」という新しい理想像が誕生しました。このような風潮の中で、「聖母マリア」は優しく美しい女性の理想像として憧れの的となり、ゴシックの大聖堂の多くが献じられ、14世紀に入ると清純なお姫様のような聖母マリアの像が制作されました。「聖母崇拝」は中世末期になって、一層高まり、騎士道精神とともに「至高の愛」の象徴として、「理想の女性の崇拝」が盛んになりました。



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 「理想の女性崇拝」は「聖母マリア崇拝」だけでは支えきれず、拡大解釈され、ウルスラ、バルバラ、カナリア、ルキア、アグネスといった数々の殉教処女聖人に広がっていきました。純潔の象徴である「閉ざされた庭」の中で、徹底的に理想化された一連の聖女が聖母を取り囲む場面もしばしば描かれました。




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 初期キリスト教時代に活動したとされるこれらの一連の政治伝説のヒロインたちは、みな高貴な家柄で聡明で美貌を備えており、家族の反対を押し切ってキリスト教に改宗し、異教徒の皇帝や王族の求愛を拒み、死に至るまで純潔を守り通し、非常な若さで殉教した人たちでした。




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 フランスブルターニュ地方の王女ウルスラの伝説は、神話的お伽噺的聖女伝説の中でもスケールが大きく、イングランドの王子から結婚を迫られたウルスラは、相手の改宗を求めるのみならず、10人の乙女を選りすぐって自分の道連れとし、自分と乙女たちにそれぞれ侍女を千人与えてくださいと要望した結果、彼女のもとに集められ、ウルスラと運命を共にする処女は11千人達しました。一行は船で各地を巡って布教活動を行い、ケルンでフン族の手にかかって殉教します。


  フン族と闘って殉教を遂げた聖ウルスラは、ハンザ同盟の中核をなすライン河畔の貿易都市ケルンの諸語聖人です。処女崇拝が頂点に達した中世末期において、ルスラは最も人気のある聖女でした、聖ウルスラは、聖ウルスラ崇拝は舞台となったケルン地方のみならず、ライン地方、ネーデルランド、ヴェネツィアなどでも信仰を集め、毛織物業者の守護聖人とさ、頭痛の治癒聖女や幸福な死の仲介者ともされています。





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"St. Ursra's Religious Box" is one of the 7 largest Belgian treasures that the Memling Art Museum boasts. St. Relics Box imitating the Gothic Cathedral. On the front and back side are "Virgin and Child and Female Donors Yocoza Van Duzere and Anna Van Den Mourtere" and "Saint Ursra and Saints", on the left and right sides "St. Ursula Landing" to "Cologne Landing", " Basel landing "," face to face with the Papal Cyrilicus "," returning from Basle "," Hun tribe in Cologne "," Martyrdom of St. Ursula "are drawn in order. The round decoration of the ceiling part is drawn by the coronation of Our Lady and the crown of St. Ursula in the center, and the angels of the music on the left and right. In memorink's early Nederland Painting Traditional Painting and graceful and colorful style, mild and moderate original expression is worthy a very high overall aesthetic evaluation of the Relicship Box.




「理想の女性崇拝」が生んだ中世工芸品芸術の最高傑作_a0113718_13242463.jpg メムリンクに先立ってウルスラ伝の祭壇画はいくつか制作されていましたが、ファン・アイク以降のブリュージュの画壇の立役者、ハンス・メムリンクによる精密な「聖ウルスラ伝の聖遺物箱」は傑出した芸術的な作品で、出来栄えでメムリンクの作品に匹敵する作品はヴェネツィア派のカルパッチョの連作くらいしかありません。


 ゴシック様式の聖堂を模した聖遺物箱の前後側面には『聖母子と女性寄進者ヨコザ・ヴァン・ドゥゼーレとアンナ・ヴァン・デン・モールテレ』や『聖女ウルスラと聖女たち』、左右側面には『聖ウルスラ伝』から『ケルン上陸』、『バーゼル上陸』、『ローマ教皇キリアクスとの対面』、『バーゼルからの帰途』、『ケルンでのフン族の襲撃』、『聖ウルスラの殉教』が順に描かれています。蓋となっている天井部分の円形の装飾モティーフ部分には中央に聖母の戴冠や聖ウルスラの戴冠を、左右には奏楽の天使が描かれています。 メムリンク独特の初期ネーデルランド絵画伝統画法と優美で色彩豊かな様式は、写実的緊迫感はありませんが、温和な緩やかな独自表現によって聖遺物箱の非常に高い総合的な美的評価に価するものです。



「理想の女性崇拝」が生んだ中世工芸品芸術の最高傑作_a0113718_13261656.jpg 『ケルン上陸』の部分は伝統的に聖ヨハネ病院のために制作された聖遺物箱の装飾としてメムリンクが手がけたとされています。『バーゼル上陸』部分。『聖ウルスラ伝』から『ローマ教皇キリアクスとの対面』部分、『ケルンでのフン族の襲撃』部分と続きます、『聖ウルスラ伝』から『聖ウルスラの殉教』部分は、この伝説は伝統的に巡礼に同行した11000人の処女とされていますが、その信憑性には疑念が持たれています。聖遺物箱の前後側面に描かれた『聖母子と女性寄進者ヨコザ・ヴァン・ドゥゼーレとアンナ・ヴァン・デン・モールテレ』や『聖女ウルスラと聖女たち』。なお聖遺物箱が使用された記録も残されています。




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Atthe sides, under two small arcades, are six scenes of the life and martyrdom ofSt. Ursula, which resemble the style of the stained glasses in contemporarychurches.  They include: Arrival inCologne, Arriva in Basel, Arrival in Rome,  Leaving from Basel, Martyrdom

of the Pilgrims, Martyrdom of St. Ursula, Arrival in Rome, Leaving from Basel, Martyrdomof the Pilgrims, Martyrdom of St. Ursula,


Thescenes share the same pictorial background, set in northern German cities (suchas Cologne, with the unfinished Cathedral) and painted with great attention totoday's life details.




  「理想の女性崇拝」が生んだ中世工芸品芸術の最高傑作_a0113718_13282884.jpgメムリンクの芸術は良くも悪くもフランドル絵画の典型を示していると言えます。中世に憧れたロマン主義的甘味な絵画に偏愛したヴィクトリア朝の愛好家は、メムリンクの精密な小画面の爛熟した中世末期の頂点と感じました。しかし、仕上がりの美しさ穏やかさの調和した生真面目な祈りの精神、甘味な感傷性は、今世紀に入り強烈な固定的表現と芸術的独創性が重視されると、メムリンクの評価は凋落していきました。メムリンクの絵画は、不快感や威圧感は全くなくみる人を魅了する要素は十分ありますが、「芸術の毒」は全くない保守性の強い折衷的芸術様式とみられました。


 メムリンクの名声の変遷は、ラファエロに似ているかもしれません。誰もが精密で小さなミニチュア細工のような絵を誇りとしていたブリュージュには、メムリンクほどに会う画家はいませんでした。美しく慈愛に満ちた聖母マリアや純潔の聖女たちは、「女性崇拝」の時代にはこの上なく相応しい表現でした。肖像画でも容貌の個性を犠牲にしない範囲で、極限まで美化して描きました。みな清純で心優しい聖母マリア様のように見えます。男性も洗練され優美で雄々しさや逞しさとは無縁な表現で描かれています。



「理想の女性崇拝」が生んだ中世工芸品芸術の最高傑作_a0113718_23035718.jpg 芸の細かさはヤン。ファン・アイクに匹敵し、裸体像と運動する肉体の表現をイタリア絵画から北方へ持ち込んだのもメムリンクでした。『聖セバスチャンの殉教』や『バテシバの水浴』では、メムリンクの革新性が如実に表現されています。強烈な固定や強引に画家の個性の世界に引き込んでいく芸術的独創性と「芸術の毒」とコインの裏表となる場合もあります。穏やかな調和、落ち着いた清澄さを美の規範を感ずる眼でみると、メムリンクの絵画には親しみと安らぎを覚えます。『聖ウルスラ伝の聖遺物箱』を有するメムリンク美術館で体験する建物と作品の調和は。ブリュージュとメムリンクの絆を実感することができました。


参考文献:高橋達史、他 「北方の花開く」名画の旅9 1993 講談社

     オットー・ベネシュ「北方ルネサンスの美術」1971 岩崎美術社




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『聖ウルスラ伝の聖遺物箱』画像集






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by desire_san | 2016-11-17 20:18 | 北方ルネサンスとフランドル美術の旅 | Trackback(2) | Comments(4)
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Commented by Haruma_Takahsshi at 2016-11-22 12:42 x
こんにちは。
ベルギーのブリュージュは人気の観光地で、多くの日本人が観光に行きますが、メムリンク美術館に行ったことのある人はほとんどいないのではないでしょうか。さすがdezireさんですね。私もメメムリンクの作品はわずかしか見たことがありませんが、ブログヲ拝見し、仕上がりの美しさ穏やかさの調和した生真面目な祈りの精神、甘味な感傷性に魅力をであることを知りました。ご紹介ありがとうございます。
Commented by Ruiese at 2016-11-22 12:48 x
いつも興味ある渡井を美しい写真とともにご紹介いただきありがとうございます。
メムリンク『聖ウルスラ伝の聖遺物箱』は初めて知りましたが、dezireさんがご紹介のように、中世に憧れたロマン主義的甘味な絵画に近く爛熟した中世末期の頂点といえる芸術品なのですね。

Commented by desire_san at 2016-11-22 13:14
Haruma_Takahsshiさん、いつも私のブログを読んでくださりありがとうございます。
メムリンク美術館は、団体は入館できないので、ツアーコースにはないようです。
しかし、一度このメメムリンクの作品を眼にして、もっつつとメメムリンクの作品を観たくなりました。とにかく感動しました。
Commented by desire_san at 2016-11-22 13:19
Ruieseさん、いつも私のブログを読んでいただきありがとうございます。
私もブリュージュでメムリンクの『聖ウルスラ伝の聖遺物箱』を始めてみました。まさに世界の至宝といえる素晴らしさを堪能することができました。