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芸術と自然の美を巡る旅  

19世紀を代表する二人の天才画家の共同生活が生み出した成果

ゴッホとゴーギャン 

Community life between Gogh and Gaugu

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 上野の東京都美術館で開催されている『ゴッホとゴーギャン展』は、19世紀を代表する二人の天才画家・ゴッホとゴーギャンに焦点を当てた美術展です。私はこの機会にゴッホとゴーギャンの共同生活が相互に与えた影響と成果について検証してみました。





 オランダの牧師の家庭に育ったファン・ゴッホと南米ペルーで幼年期を過ごしたゴーギャンは、生い立ちや性格だけではなく、絵画表現も大きく異なっていました。ファン・ゴッホは現実の世界から着想を得て、力強い筆触と鮮やかな色彩による作品を生み出し、ゴーギャンは、装飾的な線と色面を用いて、目には見えない世界をも絵画に表現しようとしました。このゴッホとゴーギャンが、1888年南仏アルルで約2カ月の共同生活を送り、ともに制作し、激しい議論を重ねながら刺激を与え合う機会を持ったのは美術史上でも奇跡的な出来事言えます。



Vincent Van Gogh (1853-1890), inspired by theworld around him, endeavored to transcribe reality through powerful brushworkand bright colors. Paul Gauguin (1848-1903), employing decorative color fields,sought to evince in paintings a world invisible to the eye. Van Gogh, aminister's son raised in a religious family, and Gauguin, who spent his earlychildhood in Peru, differed in upbringing, character and expressive style, yetthey lived together for two months in Arles, southern France in 1888.Evaluating one another's work and, at times, arguing heatedly, they foundartistic stimulus. This exhibition will trace each artist's independentdevelopment — from their early careers to their cohabitation in Arles andseparate paths thereafter — and examine the influences they had upon oneanother.


 東京都美術館の『ゴッホとゴーギャン展』では、ファン・ゴッホとゴーギャンの初期から晩年にわたる油彩画約50点が展示されており、二人の画家画風の変遷と個性の違い、及びこの二人が2か月の共同生活で何を得たかを感じることができました。


 フィンセント・ファン・ゴッホは27歳で画家を志しました。ミレーやカミーユ・コローらバルビゾン派の作品を好み手本とし、農民や労働者の日常生活を描きました。この時期の現実の世界に真摯に向かい合う姿勢は、ゴッホの制作活動の生涯を通しての根幹となりました。


 ゴーギャンは株式仲買人として働く傍ら、画塾へ通い始めました。ゴッホと同様にバルビゾン派から影響を受けるとともに、画塾で知り合ったピサロの影響を受け、印象派の画風の作品を描いていました。34歳のときに仕事を辞め本格的に画家の道へ歩みました。この時期のゴーギャンの作品は写実的な画風で現実の世界を題材とした作品を描いていました。



ゴッホ『古い教会の塔、ニューネン(「農民の墓地」)』 1885年、



 1883
年、オランダ北ブラバント州ニューネンに住む両親のもとへ戻ったゴッホは、アトリエで本格的に油彩画に取り組みました。本作は、この時期の代表作といえ、廃墟となった教会の塔とニューネンの農民が眠る墓地が描かれています。これはゴッホ家の住む牧師館の近くの現実の風景で、農民の生と死の営みと信仰のはかなさの対照を象徴的に描いています。



19世紀を代表する二人の天才画家の共同生活が生み出した成果_a0113718_14021103.jpgゴッホ『織機と織工』 18844-5

 全体として暗い色調で描かれ、窓から差し込む光が大きな織機を照らしています。ゴッホは貧しい労働者の姿の他に、「黒い怪物」と喩えた古い織機にも関心を持っていました。



ゴーギャン『自画像』1885年前半

19世紀を代表する二人の天才画家の共同生活が生み出した成果_a0113718_14051651.jpg 株式仲買人を辞め画家の道を選んだゴーギャンですが、妻やその家族に理解されることはありませんでした。しかしゴーギャンの意志は固く、光の射す方を見つめ絵筆をとる姿に画家の強い決意が感じられます。  




ゴーギャン『夢を見る子供』(習作)》1881

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 ゴーギャンが自身の最高の作品を発表しようと望んだ第7回印象派展(1882年)に出品した作品で、印象派の技法で写実的に描かれていますが、タイトルに示唆されているように、想像や幻想、夢などへの高い関心を認めることができます。飛ぶ鳥の描かれる壁紙は、に装飾的、象徴的な要素を与えています。   




新しい絵画、新たな刺激と仲間との出会い

 1886年、パリに出たゴッホは新しい絵画と出合い、前衛的な画家たちと交流をもつようになりました。印象派の輝く色彩や新印象派の点描技法等、幅広い様式と技法を吸収し、表現が急速に変化していきました。


19世紀を代表する二人の天才画家の共同生活が生み出した成果_a0113718_14124437.jpgゴッホ『パイプをくわえた自画像』 1886

 よい身なりで気品ある人物として描かれた自画像。ゴッホは、次第に明るく強い色調を試みます。




 ゴッホはパリに滞在した2年間に30点近くもの自画像を描きました。それぞれ服装、表現方法、色調などが違う作品となっており、ファン・ゴッホが自画像を描く際にさまざまな表現を試みていたと考えられます。     


 18882月末、ゴッホは大都市パリの喧騒を離れ、南仏アルルに移り住みました。南仏の強い光のもと、鮮やかな色彩と激しい筆触を用い日常の現実に根ざしたテーマで絵を描きました。


19世紀を代表する二人の天才画家の共同生活が生み出した成果_a0113718_14163653.jpgゴッホ『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』1886

 ゴッホはパリ滞在時に知り合い、よき友となったトゥールーズ=ロートレックらと共にしばしばムーラン・ド・ラ・ギャレットを描きました。パリの小高い丘の上にあり、モンマルトルの庶民的なキャバレー「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」。風車の付いた粉挽き小屋とダンスホールが備わった建物で、画面中央に配されるムーラン・ド・ラ・ギャレットの左側には数名の人がおり、やや離れた所に2名の人物の歩く姿が描き込まれています。やや退廃的で重々しく、荒涼とした雰囲気や、質素で貧困的印象は都会的な一面と田舎的な一面が混在した当時のモンマルトルの実態をよく示しています。



 ゴーギャンは最後の第8回印象派展に参加した後、フランス北西部ブルターニュのポン=タヴェンに居を構えました。「野性的」、「原始的(プリミティヴ)」なものを見出し得る土地で独自の表現を探求していきます。また1887年にはカリブ海のマルティニク島に滞在し、更に大胆な色彩と多様な筆触を試み、新しい様式へ踏み出していきました。 

 


19世紀を代表する二人の天才画家の共同生活が生み出した成果_a0113718_14184016.jpgゴーギャン『ブルターニュの少年の水浴』1886

 最初のポン=タヴェン滞在で描かれた作品、印象派の表現が色濃く残された細かい筆触により水浴する少年を描いています。ブルターニュに求めた農村の日常が表現されています。ゴーギャンは飾り気のない素朴な世界への憧憬を紹介持っていました。これは、ゴッホの思いと共通するものがあります。     




19世紀を代表する二人の天才画家の共同生活が生み出した成果_a0113718_14193259.jpgゴーギャン『マルティニク島の風景』1887

 入念に構成された構図に、鮮やかな色彩が熱帯の空気を伝えていまが、画家は熱帯の風景を忠実に描いたわけではありません。自然やプリミティヴな生活を求めて辿り着いた風景を描く際、この地点から見えたであろう町の姿は省かれています。ルティニク島の作品をファン・ゴッホは「大変詩的だ」と高く評価していました。 

 




ゴーギャンとゴッホのアルルでの共同生活

 18882月末、ゴッホは大都市パリの喧騒を離れ、南仏アルルに移り住みました。南仏の強い光のもと、鮮やかな色彩と激しい筆触を用い日常の現実に根ざしたテーマで絵を描きました。10月には、ゴーギャンがファン・ゴッホの誘いに応じて合流し二人の共同生活が始まりました。時には二人で一緒にイーゼルを並べて制作し、互いの技法や表現を試み、強く刺激を受け合いました。



ゴッホ『収穫』 1888


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 種まきから刈り入れまで季節の移ろいとともに変化する小麦の栽培に魅了され、このテーマを繰り返し描きました。夏の小麦の収穫を描いたこの作品はこのテーマの作品群でも白眉と言える傑作で、ゴッホ自身が「他のすべての作品を圧倒する最高傑作」と認めた自信作です。小麦の実りや屋根の黄やオレンジと空や尾根、荷車の青の対比が美しい色彩のハーモニーを生み出しています。

  


ポール・ゴーギャン『ブドウの収穫、人間の悲惨』1888


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 ゴーギャンのアルル滞在期の代表作です。アルルで見たブドウの収穫の場面に、ブルターニュの女性、前景にはペルーのミイラのポーズをした悲嘆にくれる女性が描かれています。現実にはないこの光景は、ゴーギャンの記憶と想像から生み出された世界です。



このふたつの作品には、ゴッホとゴーギャンの農村を見る眼の違いが明確に表れています。ゴッホが雄大な農村風景を見ていたとき、ゴーギャンはそこで働く人々の悲惨さを見ていました。



 ゴーギャンは、エミール・ベルナールへの手紙で、「このブドウ園はアルルで目にした風景だ。そこに実際にないブルターニュの女性を配してみた。今年描いた最高の絵画だ。」と書いています。ゴッホもこの作品を熱烈に称賛し、テオへの手紙で、「ゴーギャンは完全に記憶からブドウ園の女性たちを描いている。大変素晴らしいかつてない作品となるだろう」と書いています。ゴーギャンの作品はゴッホが想像に基づく制作を試みる契機となりました。 

         




共同生活後のゴッホとゴーギャン

 ゴッホとゴーギャンの共同生活は2か月で破綻しました。188812月末自身の耳の一部を切り取ったファン・ゴッホは、それ以後も精神障害による発作に苦しみ、アルルから二十数キロ離れたサン=レミの療養院に入院しました。アルルを去りパリに戻ったゴーギャンは、再びフランス北西部のブルターニュ戻りました。


 ゴッホとゴーギャンの共同生活は破綻しましたが、友人で画家のエミール・ベルナールも交え三人の交流は書簡を通して続きました。3人の間で交わされた芸術論はゴッホとゴーギャンの作品の重要な刺激となりました。ゴーギャンとベルナールは、結局ゴッホが好まなかった象徴主義へと進みました。ゴッホは現実の世界に根ざした主題を描きながらも、ゴーギャンらの影響を受けて想像から制作する試みを行うこともありました。書簡を通じたゴッホとゴーギャンの交流はゴッホが亡くなるまで続きました。



19世紀を代表する二人の天才画家の共同生活が生み出した成果_a0113718_15083191.jpgゴッホ『タマネギの皿のある静物』 1889

 ゴッホが退院後すぐに描いた作品で、パイプ、タバコ、コーヒー、アブサンの瓶などゴッホが自身に許していた数少ない嗜好品やテオを想起させる手紙、封をするための蝋と蝋燭などが描かれています。日用品は象徴的な意味をもち、ある意味でファン・ゴッホの自画像ともいえる作品です。 



ゴッホ『ジョゼフ・ルーランの肖像』 1889年アルル                              

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 ゴッホが以前描いた肖像画をもとにして制作されたこの作品は、写実的な描写を離れ、より自由な表現が見られます。背景には、ポピー、ヤグルマギク、デイジーなど夏の花々が装飾的に配されています。ここにもゴーギャンの影響が感じられます。



19世紀を代表する二人の天才画家の共同生活が生み出した成果_a0113718_15102269.jpgゴッホ『刈り入れをする人のいる麦畑』 18899月、

 サン=レミの療養院の部屋から、ゴッホは小麦畑を見渡すことができました。ゴッホにとって、小麦の成長、成熟、収穫、種まきという毎年繰り返される農作業は、自然のサイクルと四季を象徴するものでした。ゴッホは刈り入れを描いたこの作品に「死」のイメージを見ていたようです。「刈り入れをする人を悪魔に、刈られる小麦を人間に喩える。あらゆるものを美しい黄金色に染める太陽のある白昼のもとで行われ、「死」は全く悲しいものではない」とテオに宛てた手紙に書いていました。


     

ゴーギャン『ハム』1889年後半

19世紀を代表する二人の天才画家の共同生活が生み出した成果_a0113718_15110501.jpg ゴーギャンはセザンヌの作品から多くを学びその影響が見られます。大きく描かれたハムは、マネの作品から刺激を受けたものと考えられます。ゴーギャンはドガが入手したマネのハムの静物画を目ました。る本作は夢の中のような印象を与えるこの作品は、ゴッホ『タマネギの皿のある静物』都対照的で、ゴーギャンとゴッホの芸術観の違いが明確に現れています。



19世紀を代表する二人の天才画家の共同生活が生み出した成果_a0113718_15131371.jpgゴーギャン『紡ぐブルターニュの少女』1889

ル・プルデュに移り住んだゴーギャンは、ほかの画家たちと一緒に小さな宿の装飾に取り組みました。壁紙に覆われ残されたこの作品は中央にブルターニュの伝統的な衣装に身を包んだ少女、空には黄色い雲から舞い下りる天使が見えます。この謎めいた作品の解釈は困難で、この少女は若き日のジャンヌ・ダルクとも、楽園を追放されたイヴとも、少女の右手は仏陀を参照したとも指摘されています  





タヒチのゴーギャン 

 1891年、文明の影響から解放されて、「汚れなき自然」を求めたゴーギャンは、南太平洋に浮かぶタヒチへ赴きました。ヨーロッパで過ごしてきたゴーギャンのタヒチへの幻想と現実が融合し、ゴーギャンの象徴主義は複合的な要素を孕んでいきます。様式は一層大胆になりますが、ポン=タヴェン時代と比べて格段に華やかな色彩感覚の作品を残しているのは、ファン・ゴッホの影響と考えることもできます。


    

ゴーギャン『タヒチの牧歌』1901



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 ゴーギャンは文明化されていない素朴な世界を追求し続けた。現実のタヒチは西洋文明に汚染され幻滅することも多く、最愛の娘の死や悪化する健康状態に悩まされましたが、ゴーギャンは夢見ることをあきらめませんでした。この作品はタヒチで描かれた最後の作品のうちの一点で、簡素な草ぶきの小屋や人物の服装がそうした素朴な生活を描いています。



ゴーギャン『タヒチの3人』1899



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 熱帯らしい鮮やかな背景に、二人の女性と後ろ姿の男性が描かれています。二度目となるタヒチ滞在中に描かれた作品で、左の女性は左手に青いりんごを持つことから「悪」を、右の女性は花を差し出していることから「善」を象徴していると言われています。タヒチで制作されたゴーギャンの作品には、現地の文化とこうした西洋文化など異文化を融合させた構成も認められます。



参考文献:

ゴッホとゴーギャン展 公式カタログ

VincentVan Gohg , 木下長宏 訳「ゴッホ自画像の告白 」1999/1

ゴッホ ()二見史郎、他訳「ファン・ゴッホの手紙」 みすず書房

フランソワーズカシャン 「ゴーギャン―私の中の野性」

(知の再発見双書) 1992

二見史郎「ファン・ゴッホ詳伝」2010 みすず書房



文字をクリックすると下記の内容を読むことができます。

ゴッホのゴーギャンと破たんの原因とゴッホの凄さと絵画の前衛性




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by desire_san | 2016-12-17 09:56 | 美術展 & アート | Comments(16)
Commented by Masayuki_Mori at 2016-12-15 20:18
こんばんは。
いつもながら丁寧でわかりやすいご説明を読ませていただき、いろいろ勉強になりました。
私は何度も見ていますが、「ゴーギャンの肘掛け椅子」に最も感銘を受けました。壁にはガス灯、座面に蝋燭、火のすぐ脇に二冊の本と配置されたモチーフのはゴーギャンの都会的な知性的な嗜好を表現しています。隣り合う色彩の最適な調和を試みは、ゴーギャンの色彩理論の影響がみられます。ゴッホの作品の中では唯一ゴーギャンの名がついている絵画で、ゴッホの心象も表現した作品に強い感銘を受けました。
Commented by Ruiese at 2016-12-15 20:56
dezirexさん、こんばんは。
ゴッホとゴーギャンの間に揺れ動く2人の物語に私は心がつまされる思いを感じました。ゴッホとゴーギャンには、2人が関心を寄せるモチーフにある種の共通点があり、何に魅かれるのかという感性にも響き合うもの分があったのだと思います。ゴッホとゴーギャンも世間から自身の価値を分ってもらえませんでした。二人の出会いは、自分の作品を深く理解してくれる仲間との出会いでした。強い情熱で絵画と向き合う姿勢も共通していました。特にゴッホは、孤独感が強かった分、ゴーギャンとの出会いは喜びは大きかったのでしょう。切磋琢磨しながら自らの芸術を作り上げていけると信じたのだと思います。しかし、二人の違いが次第に明らかになっていくと激しい憤りが生まれたようです。ゴッホはゴーギャンを尊敬しているからこそ、同じでありたい、分り合いたいと強く願いすぎて、ゴーギャンはゴッホを人間として好きだったのでしょうが、二人の近いという現実と相反するような感情を持ちこたえられなかったのではないでしょうか。『君は僕の絵を認めてくれていたのに、僕が求めているものとは違う絵を描く。』そんな相手を許せなくなつてきたのでしょうか。。ゴーギャンは破綻したことで本来の自分を取り戻していけたようです。しかし、相手の作品が本当に好きだったゴッホには悲劇的な結末におもえてのでしょう。、しかし、二人の共同生活は意味であり絵画を通して永遠な何かを手にしたのだと感じました。
Commented by desire_san at 2016-12-16 03:22
Masayuki_Moriさん、いつも貴重なご意見ありがとうございます。
「ゴーギャンの肘掛け椅子」に対する綿密な分析は大変勉強になりました。次に『ゴッホとゴーギャン Ⅱ』を描いていますが。Moriさんの「ゴーギャンの肘掛け椅子」の記述の一部を引用させていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか。「ゴーギャンの肘掛け椅子」という作品の本質を理解された見事なご説明に感服いたしました。ありがとうございます。
Commented by desire_san at 2016-12-16 03:27
Ruieseさん、
ゴッホとゴーギャンの二人の画家の物語を小説のように情感あふれる物語として書かれているのを読んで、Ruieseさんの文学的才能に感動しました、ふたりの関係を見事に語ったこの物語は、一つの文学作品のように感慨深く読ませていただきました。ありがとうございます。大変勉強になりました。
Commented by chariot at 2016-12-16 19:53
こんばんは。
ご訪問、有難うございました。
私は始まってすぐの頃に行ったので、また見てみたい気持ちになりました。
Commented by desire_san at 2016-12-17 03:55
chariot さん。私のブログを読んでいただいてありがとうございます。
『ゴッホとゴーギャン展』はゴッホとゴーギャンの関係を考える良い機会となりました。ゴッホの絵画はマチスをはじめとしたフォービズムやドイツ表現主義を生みだしたことを考えると、美術史的にはゴッホの方がゴーギャンより大きな存在だったと感じています。しかし、自信家のゴーギャンと気の弱いゴッホの性格もあり、共同生活していたころは、二人ともそれに気が付いていなかった野だろうと思うと、感慨深いものがありますね。
Commented by snowdrop-momo at 2016-12-18 20:55
こんばんは。2回にわたるゴッホとゴーギャンの記事、
desireさん独自のご解釈も含め、興味深く拝読しました。

静けさが必要だったゴーギャンは、ゴッホより都会人だったということでしょうか。
病だからこそ、ではなく、病にもかかわらず天才だったゴッホ…個人的には、病もひっくるめて、まるごとゴッホだった、と思えます。うまく言えませんが…

二人が描いたお互いの椅子の絵が心に沁みました。
ゴーギャンが描いたヒマワリは、ゴッホの不器用で純粋な魂への手向けの花のように思えます。

こちらはポンペイ壁画展から記事を作りました。軽い読み物タッチですが、お時間が許すときがあれば、年内中にでも、お越しくださると光栄です。
Commented by desire_san at 2016-12-19 09:21
snowdrop-momoさん。コメントありがとうございます。
ゴッホもゴーギャンも前衛芸術家ですが、方向性が全く異なることは、次に書いたブログで詳しく書いてみましたが、作品を比べてみるとゴーギャンの画面は乾いた筆使いですが、ゴッホの画面はぎらぎらするほど生の絵の具の色でギラギラしています。これがコッホの世界であり、天才ゴーギャンでさえも、ゴッホの芸術の本質を理解できなかったのでしょう。コッホを本当に理解したのは、一世代後の前衛画家である不フォービスムやドイツ表現主義の画家でした。しかし晩年タヒチで「自分の絵は何時になったら評価されるのだろうか?」と悩み始めたゴーギャンが、ゴッホと同じ孤独を知り、同志で友人のゴッホへの思いを馳せて「ヒマワリ」を描いたのは感動的でした。
Commented by kamekamerikuriku at 2016-12-20 09:41
はじめまして、こんにちは♬

とても高尚なブログに感銘を受けました。
絵画は幼い頃から母に連れられ美術館で客観的に観てきただけでしたからいつも懐かしいばかりでした。
こちらのブログを知って、絵画についての見かたを知るいい機会になりました。
時間を見つけてはゆっくり拝読させていただき勉強したいと思います♪
Commented by saheizi-inokori at 2016-12-20 10:28
丁寧な分析と紹介をありがとう。
せんじつ観た展覧会の復習をするようです。
私はどちらかというとゴーギャンが好きかな、しかしあのゴッホの小麦畑の絵とか、今回は展示されなかったけれど、炎熱燃える農村に立つ家の絵とかも好きです。
速水御舟にも田んぼをモザイクのように描いた初期の絵がありますね。
Commented by desire_san at 2016-12-20 12:21
kamekamerikurikuさん、私のブログを読んでいただいてありがとうございます。
少しでもお役に立てたようで、大変うれしく思います。
私も中学生の時から、絵画が好きで、美樹幹に通っていました。

Commented by desire_san at 2016-12-20 12:29
saheizi-inokoriさん、コメントありがとうございます。
ゴーギャンの絵は色彩も画面構成も考えつくされたバランスは巣払いものだと思います。
ゴッホは直観と感性に従って絵を描く人なので、1888年『収穫』など非常に色彩感豊かな絵を描きますね。
速水御舟は日本画家でも特に好きな画家のひとりです。
Commented by lavie625 at 2016-12-22 09:22
長い文章全て読ませて頂きました。
ゴーギャンとゴッホ大好きな画家です。
数年前に南仏アルルに参りました。個人旅行でしたので、
詳しい案内人を付けて一日重点的に廻りました。懐かしいです!有難うございました!
Commented by desire_san at 2016-12-22 12:00
lavie625さん、コメントありがとうございます。
南仏アルルにすばらしい思い出になったこととご拝察いたします。
私も南仏旅行を計画しましたが、ちょうどその時身体を壊してあきらめました、
私にとっても、南仏アルルは、一度は行ってみたいところです。
Commented by KID at 2016-12-24 22:48
こちらのHPブログへのコメントありがとうございました。
 ブログ記事読ませていただきました。素晴らしいです!
 詳しく洞察も深く、自分のブログとは天と地の差があります。 とても勉強になります。また訪問させていただくと思います。(^^)/
Commented by desire_san at 2016-12-25 11:22
KIDさん、私のブログを読んでいただいてありがとうございます。
少しでもお役に立てて大変うれしいです。またのご訪問を楽しみにお待ちしています。