「北斎とジャポニスム」展 を斬る 北斎の西洋絵画の影響度の検証
北斎とジャポニスム

東京西洋美術館で「北斎とジャポニスム」展が開催されています。日本人に人気のある北斎と印象派、後期印象派などの人気画家の接点を結びつけようとする努力が見られました。
浮世絵を始めて見た西洋人は、浮世絵の左右非対称に描いたり、モティーフを切り取り拡大したりする構図、明るく色鮮やかで強いコントラストの色彩に驚いた。今までの西洋絵画の常識を逸脱していたからです。北斎の作品が与えたインパクトは絶大で、西欧の美術に与えたインパクトは絶大で、美術に革命を起こし、印象派、アール・ヌーヴォーも元をたどると、北斎の「北斎漫画」に起因している、北斎が世界のアートに革命を起こした絵手本「北斎漫画」「大波」と呼ばれた「冨嶽三十六景」の「神奈川沖浪裏」などで、北斎こそ、西洋の美術史を彩った近代芸術における革命家である。というのがストーリーだと感じさせた美術展でした。
この美術展を追っていくと、近代絵画の父・マネから、モネなどの印象派の画家たち、それに続いたやドガ、ゴッホ、ゴーガン、ロートレック、セザンヌも浮世絵に傾倒した作品を次々と描いて行ったということになります。北斎漫画の拡大写真を横に展示して、仏の巨匠の作品との図像の類似性を分りやすく示していました。
ゴッホのアルル期以降の画風に、人物に役者風の影響を受けて、ゴッホが好んで描いたレモンイエローは、ゴッホ自身が「日本の太陽」と言って、ゴッホは彼自身の「浮世絵」を創り出した。ロートレックのポスター上に、北斎漫画に似たポーズの人物がある浮世絵がもたらした対象物の平面化、二次元化を進めた。ゴーギャンは、浮世絵からヒントを得て、対象物を黒い輪郭線で縁取るクルワゾニスムを創造し、ゴーギャンも彼独自の浮世絵を創り出そうとしていた。フランスの画家たちが浮世絵の影響を受け、独自の「浮世絵」を創造していたという解説で開設されていました。
モネ 『陽を浴びるポプラ並木』

モネが繰り返し描いたポプラの木立は構図のリズム感が卓越しています。木々の垂直線がテンポよく並ぶ造形は、北斎の『冨嶽三十六景東海道程ヶ谷』に描かれた松の並木に呼応する。
エドガー・ドガ 『踊り子たち、ピンクと緑』

「踊り子の画家」と呼ばれたドガにとって、バレリーナは人体表現の研究のための重要なモティーフでした。その何気ないポーズは、『北斎漫画』に登場する人物の、動きをとらえたポーズに刺激されたものある。
セザンヌ『サント=ヴィクトワール山』 1886-87年

「冨嶽三十六景 駿州片倉茶園ノ不二」に見られるとおり、遠景に主題である山を、手前に木々を配して、俯瞰的に中景を眺める構図になっている。
ゴッホ 『ばら1889年』 1895年

花瓶に活けた花を描くのは、それまでのヨーロッパの静物画の典型でしたが、野生の植物をクローズアップして描く、というのが北斎から学んだ視点です。ゴッホの手により、近景と遠景が見事に組み合わされている。
ポール・ゴーガン『三匹の子犬のいる静物』 1888年

ゴーガンの油彩画には、丸みを帯び、平面的に描かれた子犬が3匹が描かれている。これは、北斎の『三体画譜』に描かれた3匹の子犬とよく似ている。
メアリー・カサット 『青い肘掛け椅子に座る少女』 1878年

幼い女の子が、退屈そうなポーズでありのままの姿に描かれています。これはまさに『北斎漫画』の影響である。
カミーユ・ピサロ 『モンフーコーの冬の池、雪の効果』1875年

傾斜したすらりと伸びる樹木を画面中央に配し、その向こう側に後景を眺める構図は、北斎の影響と考えられる。
スーラ 『とがったオック岬、グランカン』 1885年
スーラの作品の岬の構図は、北斎が描いたのは海の波とよく似ている。
ボナール 『洗濯屋の少女』 1895-96年頃

立体感がなく、シルエットだけで人物の後ろ姿が描かれています。『一筆画譜』のようなシンプルなタッチで、ユーモラスに人物の動きをとらえる表現は、北斎の作品と共通性が見られる。
西洋の名作と北斎のもっともらしい作品を並べて展示することで、北斎の影響は、印象派の画家をはじめとして欧米の全域にわたり、西洋美術の近代の扉を開ける原動力となったというストーリーはよくわかりますが、演出がよく出来過ぎていて、逆にこの話は100%信じていいのだろうかという疑問を感じました。
人生でも社会の出来事もそうですが、テレビドラマによくある成功者のサクセスストーリーのように、成功体験ばかりで綴った安物の自慢話のようなことは、私の体験や体験した人たちの話では実際には滅多にないようです。 現実は、紆余曲折、山あり谷ありで、血の滲むような苦労と挫折の積み重ねにより成功体験が成立するものであり、そこには多くの犠牲になった人々の存在があるのが現実だと思います。
極東の辺境の日本の一介の絵師にすぎない葛飾北斎が、「西洋美術の近代の扉を開ける原動力となり、西洋の美術史を彩った近代芸術における革命家であった」という「シンデレラ」のようなうおとぎ話は、にわかに信じがたく、検証は出来ないまでも、北斎の芸術の本質を整理し、ジャポニスム以降、西洋の近代美術との対比を試みることにしました。
北斎芸術の本質としては、以下のような項目が考えられます。
・卓越した画面構成
・斬新な発想
・動きと躍動感
・卓越した色彩感
・年齢を超えた上昇志向
以上のような観点で、葛飾北斎という画家を詳細に見ていくとき、北斎は、日本美術において、あらゆる意味で斬新で、卓越した優れた個性と才能を持った画家であることを強く実感しました。 逆説的な見方をすれば、日本美術の美意識に慣れていない西洋の画家たちには、絶妙な感性溢れる北斎の作品の奥深さと真の魅力まで理解するのは困難ではないかと思えてきました。現実に、北斎の芸術的斬新さと個性を継承し発展させた西洋の画家は、わたしか知る限り見当たりませんでした。
このような観点も含めて、ジャポニスム以降の西洋の近代美術の根幹に本当に北斎芸術が息づいているのかを詳しく考えていきたいと思います。
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孤高の浮世絵師・葛飾北斎
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北斎の絵画は色々な形の表現が西洋画家たちに影響を与え、北斎漫画のデフォルメされた構図を西洋の人たちが真似たのだと私は感じました。
「北斎とジャポニスム展」を斬る、続編は現在いろいろ文献を調べて描いているところですが、北斎という画家の偉大さを知れば知るほど、まとめるのに苦労しております。近日中にアップしたいと努力しています。
ゴッホは「白」をめったに使わない画家ですが、もう少し長生きすれば、城を見事に使った傑作も生まれたのではないか、と思っています。
私も「北斎とジャポニスム」展を見ましたが、ドガの踊り子の絵画、ロートレックのポスターが『北斎漫画』のに描かれている人物の形やしぐさを作品に活用していること、モネや・ピサロの風景画や、セザンヌ『サント=ヴィクトワール山』が北斎の影響を受けて描いていることなどを、西洋の名作と北斎の作品を並べて展示することで、北斎の影響は、印象派の画家等への影響が分りやすく良かったと思いました。人気のある北斎と印象派、後期印象派などの人気画家の接点を意識的に結びつけようとする意図もあるような感じもして、話ががうまく出来過ぎているような気もしました。

