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ビザンティン・モザイク美術の宝庫 ・世界有数の初期キリスト教建物群

ラヴェンナ 

Early Christian Monuments of Ravenna

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ポポロ広場


 ラヴェンナは、ヴェネツィアの南150kmでアドリア海に面し、イタリアの中で最も豊かな地域の一つで、ボローニャ、モデナ、パルマ、フェラーラなどルネサンス都市も多いエミリア=ロマーニャ州にあます。ラヴェンナは、かつてローマ帝国の都市で、8世紀までイタリアのビザンティン様式の宮殿があり、イタリアのビザンティン美術が花咲きました。 そのため初期のキリスト教のモザイク美術の遺跡がたくさんあり、イタリア最大のビザンティン・モザイク美術の宝庫です。





Ravennawas the seat of the Roman Empire in the 5th century and then of Byzantine Italyuntil the 8th century. It has a unique collection of early Christian mosaicsand monuments. All eight buildings – the Mausoleum of Galla Placidia, theNeonian Baptistery, the Basilica of Sant'Apollinare Nuovo, the ArianBaptistery, the Archiepiscopal Chapel, the Mausoleum of Theodoric, the Churchof San Vitale and the Basilica of Sant'Apollinare in Classe – were constructedin the 5th and 6th centuries. They show great artistic skill, including awonderful blend of Graeco-Roman tradition, Christian iconography and orientaland Western styles.



 ラヴェンナには、ガリア・プラシディアの霊廟、ネオニアンの洗礼堂、サンタ・ポリネア・ヌオーヴォ教会、アリアン・バチスティアーレ、大修道院礼拝堂、テオドリック廟、サン・ヴィターレ教会、クラッセのサン・アポリネレ大聖堂などは、 5世紀と6世紀に建設されました。ラヴェンナは、ギリシャの影響を受けたローマの伝統、キリスト教の象徴、東洋と西洋のスタイルが溢れています。ラヴェンナの5世紀初頭から6世紀末に建設された初期キリスト教の聖堂・礼拝堂をはじめとする初期キリスト教建築群は、ユネスコの世界遺産登録に指定されています。






サン・ヴィターレ聖堂

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 ラヴェンナにあるビザンティン建築・初期キリスト教建築の代表的な聖堂です。6世紀初めに建設が計画され、東ローマ帝国の支配下であった548年に完成しました。カトリック教会のバシリカ、聖ウィタリスの聖遺物を信仰するための殉教者記念礼拝堂です。八角形の集中式平面というかなり特殊な平面構成を持っていますが、八角形のデザインは、すべての初期のキリスト教徒の洗礼所の建物に採用され、週7日間と復活と永遠の生命の日を象徴しています。 金色のモザイクが八角形の堂内の後陣を飾る初期ビザンティン美術の傑作です。 




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 創建当時、内部はマルマラ海のプロコネソス島産の大理石とそれを加工した柱、祭壇、そこに一面のモザイクによって装飾されていました。これらの大理石とモザイクは消失し、今はドラムとドームは18世紀に画かれたフレスコ画に覆われていいます。しかし、内陣には美しいモザイクが残っており、当時の荘厳な内部空間の面影を偲ばせます。




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 内陣部入り口のアーチ部分には、中央頂部にキリスト、その左右に12使徒のメダイヨンが配置されていいます。内陣の天井となる大天蓋には、蔦模様とさまざまな象徴の取りあわせが紺地と金の組み合わせを基調として描かれており、その中央頂点には金の光背をもちキリストを象徴した子羊が配され、4天使が支えています。 内陣北・南の壁面には、岩場に座す福音記者マタイ、マルコ、ヨハネ、ルカが描かれ、その下の半円形の部分を挟んで預言者モーセとエレミヤ、モーセとイザヤが配されていまます。ティンパヌムには、旧約聖書の場面アブラハムとイサク、アブラハムの饗応、アベルが捧げる子羊とメルキゼデクが捧げるパンが描かれています。 至聖所の東の壁面の上には天使と聖人ウィタリス、司教エクレシウスに仕えられている7つの封印を施した巻き物を持つキリスト、その脇下部には皇帝ユスティニアヌス1世と后妃テオドラと廷臣からなる礼拝者が描かれています。上方の色鮮やかなモザイクのほか、後陣の床も、白を地とするモザイクで装飾されています。金色を背景とした美しい色彩のコントラストと自然の風景や動物を程よく配置された調和の美しさは、ビザンティン美術の世界の魅力にあふれていました。



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ネオニアーノ洗礼堂 


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 ネオニアーノ洗礼堂は、ポポロ広場の南西にある八角形の建物で、5世紀初めに建立され、アリア人の洗礼者と区別するため正教会とも呼ばれています。八角形のレンガの構造は、1734年に破壊された大聖堂の一環として、5世紀の初めに建てられました。5世紀半ばにモザイクが、+ドーム中央にキリスト、その周りに12使徒、その下に旧約の預言者のレリーフへと放射状に続きます。 5世紀の終わりに完成され、その時にモザイク装飾が加えられました。今でも5世紀からの原型をとどめ、地下3メートル、事実上すべての初期のキリスト教徒の洗礼所で使用された「建物の八角形のデザイン」は、週7日と復活と永遠の生命の日を象徴しています。



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 天井のモザイクは、ギリシャ・ローマ時代の芸術に由来する人間の姿を表現する際の流動性を保持し、初期キリスト教の洗礼者の最も生き生きとした最も優れた作品です。バプテスマのヨハネが、ヨルダンの川に立っているひげが描かれているイエスにバプテスマを受けていることを表しています。一方の側は川の人格化を表し、片手には葦があります。 12人の使徒たちの行進はモザイクの中心を2方向に進み、聖ペテロ会議の聖パウロで終わります。




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Theceiling mosaic in the Baptistry of Neon; The Baptistry is one of the eight structures in Ravenna registered asUNESCO World Heritage Sites. According to the ICOMOS evaluation of thispatrimony, "this is the finest and most complete surviving example of theearly Christian baptistery" which "retains the fluidity inrepresentation of the human figure derived from Greco-Roman art".




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サンタポリナーレ・ヌオヴォ聖堂

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 ラヴェンナにあるキリスト教の教会堂であり、東ゴート王国の王テオドリックが、宮廷に隣接して建設したカトリック教会のバシリカです。

王宮はテオデリックの宮殿と考えられ、美しいモザイク画が保存よく残っていることで非常に有名です。 




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 内部の壁面上部には、6世紀時のままのモザイク画が保存されています。元々4段構成で、最上段はキリストの奇跡と受難の26場面が画かれ、その下の高窓部分には旧約聖書の預言者または福音記者と12使徒と推察される16人の聖人像が配置されています。その下部である。北側に3人のマギに導かれてラヴェンナの外港クラッシスを出立し、聖母子のもとに向かう22人の聖女の殉教者たちの参列が画かれています。南側は、聖マルティヌスに導かれてラヴェンナの王宮から天使に囲まれたキリストに至る26人の殉教者の参列が描かれています。 




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ガッラ・プラキディア廟堂



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 ラヴェンナにあり、ローマ皇帝テオドシウス1世の皇女であるガッラ・プラキディアの末期ローマ建築の霊廟とさています。5世紀半ばの建立。円天井は深い青色が特徴のモザイクに覆われ、奥行きのある構図になっていいます。ビザンティン以前の古代ローマの影響が濃い時考えられます。




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 入り口正面の半円形の壁面には、書物と十字架を持ったヒスパニア(スペイン)の殉教者聖ウィンケンティウスと4つの福音書を収蔵した棚、そして聖人が殉教した焼き格子が画かれています。入り口上部の壁面には十字架を持つキリストと羊の群れが見られ、これらに垂直に交差する部分の壁面には、アカンサスの葉に包まれ泉の水を飲む鹿が画かれ、 十字平面の4つの腕にあたるヴォールト天井にはメダイヨンや人物像を囲むように蔓模様を配されています。中央の天井には、星がちりばめられた濃紺の天空の中心に黄金十字架が描かかれています。ガッラ・プラキディア廟堂は、西ローマ帝国の首都がこの街に移転した時期から東ゴート王国建国までの第1期に建設されたものと考えられています。





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サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂



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 ラヴェンナの町から南5kmの野原に囲まれたこの聖堂は、東ゴート王国の女王アマラスンタの命により、6世紀中期に建設されました。円柱上部の風にそよぐアカンサスの柱頭は東ゴート王国のテオドリック王のモノグラムが刻まれ、ビザンティン総督府として隆盛を誇った最盛期のラヴェンナを物語る遺跡と言えます。ラヴェンナのビザンティン建築の中でも最も見事だと思います。




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 アプスにある現存するモザイクは、アプスと勝利の門とよばれる壁面部分に限られていいます。 半ドームの部分には預言者モーゼと預言者エリヤに囲まれ、青い円形内に浮かぶ巨大な黄金の十字架があり、これを3匹の白い羊が画かれている。この羊はペテロ、ヨハネ、ヤコブを表現しています。十字架の下には十字架に両手を挙げる聖アポリナリスの像が画かれ、それを12匹の羊が囲んでいます。その下には窓に挟まれてエクレシウス、ウルシキヌス、ウルスス、セウェルスといった歴代ラヴェンナ司教が画かれています。




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 窓部分の右端のアベル、メルキゼデク、アブラハムが神に犠牲を捧げる部分と、同じく窓左端にある司教レパラトゥスと皇帝コンスタンティノス4世の図像は、7世紀に加えられました。アーチ壁面に画かれたモザイクは、6世紀に作成された棕櫚の木を除いて9世紀に作成された最上段のキリストと四人の福音記者で、その下段にルサレムから進み出る6匹の羊とベツレヘムから進む6匹の羊のモザイクと、左側の大天使ミカエルと右側の大天使ガブリエルは、12世紀末の作品と考えられています。素朴な構図ですが、鮮やかな瑞々しい色彩が魅力的です。




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ダンテの活躍したラヴェンナ

 ダンテは、政争に敗れてフィレンツェを追放された後、ラヴェンナに移り住み、『神曲』を完成させました。ダンテの墓は、ラヴェンナの中心街にあります。 ラヴェンナには、ダンテ・アリギエリ通りにダンテ博物館もあります。


 詩人・バイロンは、イタリア貴族で若い人妻であるテレサ・グイッチョーリ伯爵夫人と恋に落ち、ラヴェンナで暮らしました。バイロンはここで『ドン・ジュアン』と『ラヴェンナ日記』を書きました。





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 ローマ帝国は首都ローマとする西ローマ帝国と、首都コンスタンティノープルとする東ローマ帝国と東西に分裂に分裂しました。500年もの時が進むにつれ、東西それぞれの教会の主張と行動が摩擦を産み、ついには1000年頃には東西それぞれのキリスト教がお互いに破門しあって完全に分裂し、西はカトリック、東はギリシャ正教となり、お互いに自分が正統で相手を邪教として争っています。ザンティン文化はザンティン帝国、即ち東ローマ帝国の文化であり、ローマ教皇のカトリックから見れば邪教の文化ということになりますので、破壊されても当然とも言えます。明治維新に各地の城を破壊し、京都、奈良、鎌倉などの古都を保護しない日本や新しいものが美しいという美意識のアメリカなどでしたら当然、このような邪教の街は破壊されてしまっていたでしょう。昔の文化は守っていくのが当然という風土のイタリアだからこそ、ラヴェンナの芸術は今も美しく保たれています。




ラヴェンナの歴史

 476年、西ローマ帝国が滅亡し、ラヴェンナは東ローマ皇帝が支援した東ゴート王国の首都となりました。東ローマ皇帝ゼノンが東ゴート王テオドリックをイタリア半島再獲得のため送り込みました。 東ゴート王・テオドリックは世俗と信仰の建物のためローマ人建築家を雇い入れ、テオドリック宮殿名とを建設しました。


 ギリシャ=ローマ風の聖職者か長髪で髭を伸ばし、王族のような衣装を着ています。東ローマ皇帝ユスティニアヌス1世は、東ゴート王国の内紛による混乱に乗じてイタリアに侵攻し、ラヴェンナを占領し、ラヴェンナはイタリアの中にあって東ローマ帝国政府が置かれました。ラヴェンナでの帝国の復活により、ラヴェンナは古代後期のポンペイだといわれました。


 皇帝マウリキウスはラヴェンナに総督府を置きました。しかし、6世紀から7世紀は帝国の末期でラヴェンナはロンゴバルド王国とフランク王国に脅かされ、聖像破壊運動によって東西のキリスト教会は裂かれ、ローマ教皇庁とコンスタンティノープル総主教庁との競争が苛烈を極めました。


 旧総督領の征服を完了した小ピピンは、征服した土地を教皇へ寄進し、ラヴェンナは教皇領となりました。教皇庁支配のもと、ラヴェンナ大司教はローマ教会からの独立教会の立場を利用し、東ローマ支配下で特権を獲得していました。リウドルフィング朝の皇帝らの寄進により、ラヴェンナ大司教は教皇庁の次ぎイタリアで2番目に裕福で、教皇の世俗的な権威も脅かし、ラヴェンナは反皇帝のロマーニャ同盟を率い、教皇は同盟を従属ました。


 

 248年にラヴェンナは教皇領へ戻り、ダ・ポレンタ家が長期のシニョリーア制を敷いた後、トラヴェルサーリ家が再び実権を掌握しましたが、その後、ヴェネツィアの領土に併合された。ヴェネツィアによる支配は1509年まで続きましたが、ラヴェンナ周辺はイタリア戦争の過程で侵略され、1512年、カンブレー同盟戦争の間にフランス軍に略奪されました。ラヴェンナはヴェネツィアが後退すると、再度教皇領の一部として、教皇の全権委任大使による支配をうけることになりました。1796年まで教皇領であったラヴェンナは、フランスの傀儡国家チサルピナ共和国(1802年からイタリア共和国、1805年からイタリア王国)に併合された。ナポレオン没落後の1814年、教皇庁へ戻されました。1859年、サルデーニャ王国軍に占領され、1861年にラヴェンナと周囲のロマーニャ地域は、新規に統合されたイタリア王国の一部となりました。第二次世界大戦で連合国側による攻撃にさらされましたが、イタリア解放のための攻撃に耐えました。1951年共和国政府はヴラヴェンナを称え、ヴァロール・ミリターレ金勲章を与えました。




参考文献

ジョン・ラウデン著・益田朋幸訳『初期キリスト教美術・ビザンティン美術』(岩波書店)

益田朋幸著『世界歴史の旅 ビザンティン』(山川出版社)

香川壽夫、香川玲子著『建築巡礼42 イタリアの初期キリスト教聖堂』(丸善)




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by desire_san | 2018-02-04 17:00 | イタリア | Trackback(2) | Comments(0)
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