史上最強の美少女「可愛いイレーヌ」初来日
至上の印象派展 ビュールレ・コレクション
Foundation E.G. Bührle

スイスの大実業家エミール・ゲオルク・ビュールレが、生涯情熱を注いで収集した17世紀のオランダ絵画から20世紀の近代絵画に至るコレクションは、特に印象派・ポスト印象派の作品は傑作中の傑作が揃っています。この世界屈指の質の高さを誇るビュールレ・コレクションの全ての作品が、チューリヒ美術館に移管されることになりました。この機会に、日本で最初で最後のビュールレ・コレクションの展覧会が実現しました。 近代美術の傑作64点が来日し、その半数は日本初公開作品でした。
"TheImperial Impressionist Exhibition Buulele Collection" will be held at theNational Art Center from Wednesday, February 14, 2018 to May 7 th(Monday).Approximately 60 masterpieces collected by businessman Emil-Georg Bürleare gathered around Impressionist work.It is the second time in 27 years thatwe will display the Bucure Collection as a whole in Japan.
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各時代を代償する巨匠たちの筆による個性豊かな肖像画が一つの部屋に並んでいました。時代を代表する画家たちの肖像画を見比べると、画家の特徴と表現の違いがよく理解できます。
フランス・ハルス 《男の肖像》
フランス・ハルスは17世紀のオランダを代表する画家ですが、この作品を見ると、軽やかなタッチによる表現が素晴らしく、私たちに男が語りかけてくるかのようです。昔の画家とは思えない斬新さを感じます。
アングル 《アングル夫人の肖像》 1814年頃 油彩、カンヴァス
アングルが、愛情を込めて描き出した妻マドレーヌの肖像画です。フランス古典主義の完成者アングルの描く女性は、ラファエロのように美しく、衣服のレースまで細部の表現が美しく、古典主義的なリアリズムを感じさせます。穏やかに微笑みながらこちらを見つめるマドレーヌの表情は、フランス古典主義の完成者アングルにしては珍しく、軽やかな筆遣いによって描かれています。
ファンタン・ラトゥール 《パレットを持つ自画像》
クールベ 《彫刻家ルブッフの肖像》 1863年 油彩、カンヴァス
顔の表情から体の動きまでリアルに表現しています。見る人に訴えかけてくるようなリアルな表見は、他の画家のより格段に強いリアリズムを感じさせます。クールベは写実主義の騎手として、強烈なリアリズムを追求しました。
クールベ 《狩人の肖像》 1949年 油彩、カンヴァス
男の心情までリアルに表現するクールベの凄まじいまでの強烈なリアリズムの精神を感じます。
ルノワール 《アルフレッド・シスレーの肖像》
1864年 油彩、カンヴァス
ルノワールとシスレーは、パリの画家シャルル・グレールの絵画塾で知り合い、親交を深めました。当時経済的な困窮など苦難に見舞われる前の若きシスレーを、リアリズム的な表現ながら、非常にリラックスした姿で描かいており、ルノワールのシスレーに対する親密感を感じさせます。
18世紀イタリアの芸術の主導的な役割を果たしたのがヴェネツィア派でした。ヴェネツィア派の画家たちは、都市の風景をドキュメンタリー風に描く、都市風景画というジャンルを確立しました。これらの絵画を通して、当時のヴェネツィアの建物群や史跡、ヴェネツィアの広場や海岸通り運河などを見ることができます。画家たちが描いた風景には生活の活気があり、時には日常生活上のエピソード、祝祭の描写など筋書きが描かれています。
アントーニオ・カナール(カナレット)は、18世紀前半の最も輝かしい都市風景画家の巨匠でした。カナレットは、毎年行われる荘厳な式典、ヴェネツィアとアドリア海の象徴的な婚約の儀式を描いています。昇天祭には、ヴェネツィア共和国の元首であるドージェがブチントロ号という船に乗って海に出、アドリア海に金の指輪を投げていました。この象徴的な儀式は街の発展を担保し、ヴェネツィア艦船の航海と、交易の発展に、力を与えてくれると信じられていました。この華やかな儀式の背景には、ドージャ宮殿のゴシック様式のレース、図書館の白大理石でできたアーチ回廊、高い鐘楼、遠景には、サン・マルコ聖堂の巨大な建物も描かれています。金色を帯びた透明な日の光が、大理石でできた建物正面を温め、絵画空間いっぱいに溢れています。カナレットは、風景のなかに風俗画的な配置演出を見事に描き込んでいるのです。海岸通りの着飾った人の波、旗竿に翻る旗、華やかに飾りつけられゴンドラ、金色に施された彫刻の輝き、存在感を示す赤を描き、騒がしく活気に満ちた祭日の喜びに満ちた雰囲気を表現しています。この壮麗な都市風景画で、カナレットは、当時のツィアの姿を迫真的に伝えています。絵画としての装飾的な見事さと鋭い観察眼を両立させ、ヴェネツィアの比類ない色調と詩情を伝えています。
カナレット《カナル・グランデ、ヴェネツィア》
カナレットが描いた写真のようなヴェネツィアの風景が、この時代のヴェネツィアの街の風景を知ることができ、近年何度も現代のヴェネツィアの街を体験した私には、カナレットが描いた昔のヴェネツィアはもっと古風な哀愁のある街だったのではないかと思いました。
カナレット 《サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂、ヴェネツィア》
ヴェネツィアのカナル・グランデの東方の眺望が描かれています。 暖かな陽光と輝く水面、澄んだ大気や建造物の細密な表現など、カナレットの景観画の特徴が表現されています。
カナレットの時代から百数十年後、都市風景画は彩の中に全てが溶け合うような作品が描かれるようになりました。ポール・シニャックの描いたサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂の絵画も展示されていましたが、同じモチーフを描いているのにあまりの違いに驚かさます。モネのロンドンの風景とともに、二つの作品は風景表現の歴史と画家の個性のあり方が変わってしまったことを明確に示しています。
クロード・モネ 《陽を浴びるウォータールー橋、ロンドン》
普仏戦争が始まった1870年、ロンドンに移住したモネはターナーの作品に感銘を受けました。それから20年後、ロンドンを何度か訪れ、都市の建物を主題とした一連の作品に取り組みました。この作品では、光に満ちた、捉えどころのない霧がかった都市の情景が描き出されています。
アンリ・マチス《雪のサンミシェル橋》 1897年 油彩、カンヴァス
マチスが印象派の影響を受け始めたころの作品と思われます。統一された色調が美しい作品です。 マチスは、古典主義 ⇒ 印象派 ⇒ 色面による画面構成 ⇒ フォービズムと画風を発展させていきました。
印象派の画家たちは、パリ近郊の風景、セーヌ河畔の豊かな自然などの風景の光の変化から生ずる煌き、風のささやき、空気館、植物の生命感などを生き生きと観る人に感じさせる作品を描きました。人々を魅了するこの美しい風景画の自然を写し取る印象派の画家たちの繊細な技法は革新的でした。
ピサロはパリ近郊のルーヴシエンヌに住んでいましたが、普仏戦争が始まると戦争を逃れて数か月ロンドンに滞在しました。プロイセン軍が侵攻し、自宅が占拠されてしまう前に描かれたこの作品は、戦争前の平和な日常を象徴するかのような作品を描いています。
カミーユ・ピサロ 《ルーヴシエンヌの雪道》 1870年頃 油彩
ピサロには珍しい雪の風景を描いた作品です。冬を感じさせる画面構成が見事です。柔らかい陽の光が雪道を照らす穏やかな光景が広がっています。
カミーユ・ピサロ 《会話、ルーヴシェンヌ》 1870年頃 油彩、
この作品も戦争前の穏やかな自然な日常の風景を描いています。光が差す通りの描写は、ピサロの光の表現対する関心を示しているようです。
アルフレッド・シスレー 《ブージヴァルの夏》 1876年 油彩、
印象派的な表現の地上の風景とブータンの絵画のような大きく空を描く構図が見事に調和しています。
アルフレッド・シスレー 《ハンプトン・コートのレガッタ》 1874年
軽やかな筆致と簡略化した構図によって、夏場のボート競技の様子が生き生きと描かれています。シスレーはバリトン歌手ジャン=バティスト・フォールに招待され、ロンドンに約4か月間滞在しました。シスレーが対岸にハンプトン・コート宮殿を望むキャッスル旅館に滞在した際にこの作品を制作したそうです。
クロード・モネ《ジヴェルニーのモネの庭》 1895年 油彩、
シャクヤク、ゼニアオイ、バラやアイリスなど、色とりどりの花を愛でるモネの義理の娘、シュザンヌ・オシュデが描かれています。印象派を象徴するような作品で、色彩と光を感じさせます。点描のような細かい筆触からは、印象派絵画の新たな展開もうかがえます。1883年の春、モネはジヴェルニーに移り住み、1926年にこの世を去るまで、自然豊かなこの地に住み続けました。
クロード・モネ 《ヴェトュイユ近郊のヒナゲシ畑》
モネネは1877年には最愛の妻カミューユの健康状態が悪化し、1878年にはパリから約60キロ離れたヴェトュイユに移住しました。しかし1年後に、カミーユは32歳の若さで亡くなりました。 ヴェトュイユの生活は1881年まで続きました。ネはヒナゲシ畑のその奥に広がる街の光景が見渡せる場所にイーゼルを立て、細かいタッチによってヒナゲシの花を生き生きと描き出しています。ヒナゲシのはなの表現は、まさに印象派そのもので、その繊細な筆の動きは、奥に見える街の風景と明らかに異なっています。モネは燃えるようなヒナゲシ畑の広がるヴェトュイユの風景を描きだしました。自然の光景の中に女性や子どもを描くのは印象派絵画の典型例であり、ここでもモネはヒナゲシの花束を抱える白いドレスを着た女性と子供3人の人物を描いています。
モネは、1980年6月にラ・ヴィ・モデルヌ画廊で開いた個展が好評を博し、後作品が売れるようになりました。経済的な余裕がてきたモネは、夫と離別したばかりのアリス・オシュデとその子供たちと暮らすことを考えて、1883年にジヴィエルニー移って9600㎡の広大な敷地を借り、1892年アリスと正式に結婚しました。モネは7年後ジヴェルニーに家と土地を購入し、自らが理想とする庭ョさ来ることに専心しました。7モネは絵の知識を生かし、光と影が差す場所を計算しながら広大な土地に色とりどりの花々が咲き誇るように庭を制作しまた。
クロード・モネ 《ヴェトュイユ近郊のヒナゲシ畑》 1895年 油彩
この作品は、ヴェルニーの家の前にあるノルマンディーの囲いの庭「クロ・ノルマン」の光景が描かれています。青いブラウスに赤い上着を重ね、麦藁帽子を被る赤毛の女性は、アリスの連れ子の中で特にお気に入りのモデルだったシュザンヌです。光りを浴びてアイリス、シャクヤク、ゼニアオイ、バラ、フジによって彩られた「クロ・ノルマン」を抑揚のある筆致を重ねて描いています。ダリアに手を触れるシュザンヌも様々な色彩に埋め尽くさた風景の中に溶け込んでいます。
晩年のマネは印象派の画家達に影響を与えました。1887年8月、マネはアルジャントュイでモネとルノワールと一緒に絵画制作に励み、マネは戸外での制作を決定的に受け入れるようになりました。モネは明るく光に満ちた画面を特徴とする心底からの「印象派主義者」したので、細かいタッチを重ねて、明るい画面を作り出すモネの影響を受けましたが、一方で、マネは風景を描くよりも人物を研究することに関心を向け、モデルや友人を自然の中に配して、中心となる人物が周辺の風景と一体化する場面を作り上げることを目指していました。
ドュアール・マネ 《ベルヴュの庭の隅》 1880年 油彩・カンヴァス
この作品を始めて見た時、マネの作品とは思えないほど印象派を象徴するような作品だと感じました。マネがモネをはじめとする若い画家たちと親交を持ち、光と鮮やかな色彩にあふれた作品を描いていました。この作品は印象派への志向を強めていった頃の作品のようです。
マネは、夏の間過ごしていたパリ近郊の別荘とその庭を戸外で制作し、軽やかな筆の運びと明るい色彩を特徴とするも描いていたことが分かります。しかし、よく見るといかにもマネらしい個性も感じられます。は読書に没頭する紺色のジャケットを着た少女を画面中心に据え、細かいタッチを巧みに用いて周囲の花や草木と見事に調和させています。マネは「印象派の父」と呼ぶ人もいますが、一度も「印象派展」に出品せず印象派とは一線を画していました。真似本来の仁都賀の傑作をみると、マネの関心は、外面的な自然や人物の表現ではなく、人間の本質や内面にあったのではないかと思われます。そのような先入観があったので、この作品を一瞬見た時マネの作品とは思えなかったのかも知れません
多くの印象派の画家たちは、自然などの風景の光の変化等を追求しましたが、ドガとルノワールは人物の表現に興味を持って力を注ぎました。ドガは、人物のポーズや動きを冷静なまなざしで捉え、一瞬の姿を画面に描きました。ルノワールは温かくモデルに寄り添ってその生命の輝きを、豊かな色彩で表現しました。二人は長い伝統を誇る人物をテーマの中心に据えて、他の印象派の作家とは一味違った古典的な趣を残しつつ対照的な個性を発揮しました。
エドガー・ドガ 《控室の踊り子たち》 1889年頃
ドガの踊り子の絵には珍しい暗い色調で描かれています。当時の踊り子たちは、華やかな舞台とは裏腹に、生活の厳しさを背負っていることを感じさせました。
エドガー・ドガ 《14歳の小さな踊り子》 1880年頃
14歳の小さな踊り子が目の前にいるようで、彼女の生活や人生を考えさせられました。ドガのブロンズ像による踊り子の表現は、横から見た姿や後姿が特に美しく感じました。
エドガー・ドガ 《リュドヴィック・ルピック伯爵とその娘たち》 1871年頃
ドガの友人で、印象派展への出品経験をもつ芸術家でもあったリュドヴィック・ナポレオン・ルピック伯爵と2人の娘を描いた肖像画だそうです。透明感ある色遣いの巧みさが印象的な作品です。ドガが感じた印象をそのまま、自由闊達なすばやく大胆な筆致で描いて、比較的おとなしい色彩感覚と絶妙にバランスを取っています。
ピエール=オーギュスト・ルノワール 《夏の帽子》 1899年 油彩
リボン装飾が付いたレースの帽子をかぶった褐色の髪の少女が、もう一人の金髪の少女が見に付けている麦わら帽子に赤いひなげしなどの草花を飾っている姿を描いています。ルノワールらしい赤と緑と白の色彩表現と柔らかい筆致が生きる喜びを感じさせる作品です。
ルノワールは、1881年のイタリア旅行でポンペイの壁画やルネサンス期の巨匠ラファエロのフレスコ画などに感銘を受けたルノワールは、印象派から離脱してききます。その後、固い輪郭線を用い、モチーフの質感と量感の表現を追求する古典芸術に魅了され、自身の作品でも実践し、印象派から離れた。このようないわゆる「アングル様式」と称されるスタイルによって多くの作品を生み出したルノワールだが、1880年代後半になると徐々にこの古典様式から離れ「真珠色の時代」へと移行していきます。この作品は「真珠色の時代」のルノワール作品の特徴を示す秀作といえます。
ピエール・オーギュスト・ルノワール
《イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)》
本展覧会の目玉なといえる作品です。この作品については「ビュールレ美術館」のところで詳しく説明します。
ピエール=オーギュスト・ルノワール 《泉》 1906年 油彩、
ルノワールが到達した裸婦像の代表的な作品といえ、豊麗で愛らしい裸婦が生命力豊かに描き出されています。 しかし、制作当時65歳のルノワールは度々リウマチの発作に見舞われ、手の関節が変形して絵筆を持つ野も不自由な状態だったそうです。しかし創作意欲が衰えることはなく、ルノワールの身体の状況を全く感じさせないほど、豊麗で愛らしい裸婦が生命力豊かに描き出されています。ルノワールという画家の偉大さを感ぜずにはいられません。
ビュールレ・コレクションのセザンヌのコレクションは、暗い情念を感じさせる初期のバロック的宗教画から、印象派の筆触を独自に展開させた風景画、最盛期の妻の肖像と自画像、キュビスムの先駆と言え0る最晩年の作品まで、セザンヌの作風の変遷を見ることが出来ます。
ポール・セザンヌ 《赤いチョッキの少年》 1888/年 油彩・カンヴァス
近代美術の金字塔といえる絵画を見ることの喜びのすべてを私たちに与えてくれる傑作です。この作品についての詳細は「ビュール美術館」のサイトでご説明と考察致します。
セザンヌは生涯に約25点の自画像を制作しましたが、画家の姿だけを簡素で愚直に描きだしています。セザンヌの画像は、社会から超絶し孤独に制作に励んだセザンヌの生き方そのものを反映しているかのようです。
ポール・セザンヌ 《パレットを持つ自画像》 1890年頃 油彩、
50歳頃のセザンヌはようやく画壇から評価されるようになり、セザンヌを慕って若い才能あるが形がセザンヌを訪れてくるようになりました。この最大のサイズの自画像には、パレットと絵筆を手にしてカンヴァスに向かうセザンヌの画家としての自負にあふれたポーズで堂々と立つ姿が描かれています。簡素で無骨な黒い仕事着に包まれた堂々とした体躯が、がっしりと立体的に捉えられ、頭部や両肩の丸みとパレットとカンヴァスの鋭い四角形が見事に対比されています。この作品は、自信を持って画家としての姿を明確にしているといえます。
セザンヌは、南仏レ・ローヴの丘に新しいアトリエを建て、少し坂を上るとサント=ヴィクトワール山を一望できるこの絶好の場所で最晩年を過ごしました。セザンヌの身の回りの世話もしていた庭師ヴァリエは、最後のモデルでもありました。
ポール・セザンヌ 《庭師ヴァリエ(老庭師)》1904-06年 油彩
セザンヌの晩年は家族に囲まれた心安らかな生活でした。このような生活を反映して、晩年野作品は、水彩画のような瑞々しい軽やかな筆致で描かれています。老いた庭師は見済瑞々しいタッチで覆われて風景の中に溶け込んでいます。
今回展示されていた僅か6年の間に描かれたファン・ゴッホの6点の作品により、ゴッホの画風の様式の変遷をたどることが出来ることは、驚きに値しますこのような数少ない傑作が、ゴッホの短い生涯に画家としての魂を燃やし尽くした炎の画家ゴッホを感ずることが出来ました。
サン=レミの療養院を退院した後、ファン・ゴッホは、パリ近郊のオーヴェール=シュル=オワーズで印象派絵画の愛好家でもあったポール・ガシェ医師と多くの時間を過ごしました。
フィンセント・ファン・ゴッホ 《花咲くマロニエの枝》1890年 油彩
ガシェ医師が所蔵していたこの作品は、厚みを増した筆触を特徴として、画家がパリ時代に習得した新印象主義の手法を独自に発展させています。青、緑、色の色彩の美しいハーモニーを感じさせます。ゴッホの心象も表現されているようにも感じました。
フィンセント・ファン・ゴッホ 《日没を背に種まく人》 1888年 油彩
1888年にパリからアルルに居を移したファン・ゴッホは、ジャン=フランソワ・ミレーの同名の作品から想を得て、油彩や素描で繰り返しこの主題に取り組みました。広重の浮世絵の大胆な構図を取り入れ、画面の上下を断ち切って樹木と対比させることで、見る人の視線を人物に引き付ける手法が効果的に生きています。
フィンセント・ファン・ゴッホ 《二人の農婦》 1890年 油彩
この作品もミレーの作品か想を得ていますが、農婦の姿はデフォルメされ、畑は白を基調として、空の青と水色が入り乱れ、うねるようなタッチの心象風景になっています。
新しい命の誕生を祝って花を贈る場面を描いています。 素朴なタヒチの人々の温かみを 感ずる作品です。 女性の肌の繊細な色調表現が魅力的です。
印象派の巨匠・モネが8年の歳月を費やし制作した睡蓮の連作はパリ・オランジュリー美術館「睡蓮の部屋」に飾られています。この超大作は、楕円形の第一室・第二室のふたつの部屋に、「日没」「雲」「緑の反映」「朝」「樹々の反映」「朝の柳」「日本の柳」「明るい朝の柳」の8つの画面で構成され、連作を繋ぐと長さは90m以上になります。
この「緑の反映」は、柔らかなピンクに放たれた花弁がアクセントとなり、また光の反映により、水面に幾重にも重なり合うグリーンとブルーの深みが見事に映し出され、モネの芸術世界を壮大なスケールで映し出されています。新しい芸術性を追求したモネを感じることができました。中央に夕日が水面に差し込み、やや明るい部分と両端の暗い部分でコントラストをつけています。画家の視線は水面に集中し、水に映し出される睡蓮、樹木、空と水面上の空間が重なり合って幻想的な空間が広がっています。モネの芸術世界を壮大なスケールで観るものすべてに感動を与え続けています。
クロード・モネ 『睡蓮の池、緑の反映』 (1920/1926年頃)
ビュールレ・コレクションの『睡蓮の池、緑の反映』は、パリ・オランジュリー美術館「睡蓮の部屋」の先駆的な作品と考えられます。柔らかなタッチで描かれた睡蓮と緑の水の風景は、微妙な光の反映により、水面に幾重にも重なり合う緑と青の深みが見事に映し出されています。 水に映し出される睡蓮、樹木、空と水面上の空間が重なり合って広がり、深い感動を与えてくれます。
晩年モネは、晩年モネは殆ど目が見えなくなり、往年の繊細なタッチは見る影もなく荒れてしまいましたが、作品はそんなことを超えて極論すれば何が描かれているかなどはどうでもよく抽象絵画と思っても良い方向に進んでいきます。オランジェリー美術館の壁面を覆い尽くす巨大な「睡蓮」の連作全部はまだ見たことがありませんが、この連作に囲まれた巨大な絵画空間の中にいると、何時間もその空間に浸っていたいような精神的世界を構成していると言われています。人が少ない時に、この『睡蓮の池、緑の反映』の前に静かに立っていると精神的安らぎの世界にいるようです。この絵絵画空間が見る人を包み込むような大画面は、約1世紀後、抽象表現主義の画家マーク・ロスコやバーネット・ニューマンらが追及したシーグラム壁画の出現を予感させます。
参考文献
図録「至上の印象派展 ビューレル・コレクション 2018
「ビュールレ・コレクション」 公式ウェブサイト. スイス政府観光局
シルヴィ パタン(著), 高階 秀爾 (監修)「モネ:印象派の誕生」1997
朝日新聞出版 (編集)「 ルノワールへの招待」 2016
国立西洋美術館で開催されているプラド美術展に関連して、プラド美術展の鑑賞レポートを3回に分けて描いており、2回目まで書きました。よろしかったらそちらの方も見て頂けると嬉しいです。
チューリッヒに移転するんですね。せっかく行ったのに、混みすぎて絵に近づけず、チューリッヒにもう一度見にいければと思います。
一枚一枚の絵にゆっくりと向き合いたかったです。
拙ブログにお立ち寄りいただき、ありがとうございました。
都心部の展覧会はどこも混んでいますね。「人疲れした」というのが正直なところです(涙)
ide21さんのお書きになった記事を拝読して、一枚ずつの感激を思い返しております。
コメントありがとうございます
展示品のすべてにわたり細かな評価や作品の背景、感想を書かれておられる
脱帽です、展覧会の滞在時間も相当なものと思われます
私などは足腰疲れていい加減に退出します
今後も見させていただきます
ブログにお越し頂きありがとうございました。
豊富な知識のもとで書かれているこちらのブログに驚きました。
改めて「ヨーロッパの都市」からアントニーオ・カナールの
《サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂》の解説を拝読しました。
改めて作品を見られて良かったそう思った次第です。
先日、ある新聞に64点の中で興味を持った作品の7位に入ってました。
この作品に感動された方が多かったのですね。
美術に遠い私、お恥ずかしいコメントしか書けないことをお許し下さい。
100年以上も前の風景画をたくさん見ていると、自分自身もその時代にタイムスリップした感じがしてきます。
優雅な時間を持つことができて、幸せに思います。
出来ればもっと空いているときに、ゆっくり回りたいものです。
私も、国立新美術館に行って☆至上の印象派展 ビュールレ・コレクション☆~を見てきました。
りルノワールが描いた可愛いイレーヌちゃんの油彩画は、髪の毛の繊細描写も綺麗で期待以上にすてきでした。もう1点はルノワール《泉》日本初公開だそうですが、健康状態深刻でリウマチ関節変形で絵筆を持つこともままならない状態で描いた65歳時の作品だそうです、生命力情熱ですね
ジョルジュ・ブラック&パブロ・ピカソはモダン過ぎてよくわかりませんでした。北斎描写で影響受けた作品もあり構図比較も楽しかったです。【音声ガイド】を聞きながらの鑑賞は、私たちには分りやすくていいと思いますネ。
この後、来週はプーシキン、その後、エッシャー、フジタ、ルーブル、ルーベンスと楽しみでワクワクしています。
ブログも、楽しく拝見しております。ぜひ、今後ともよろしくお願いいたします。
普段は、気に入った者だけ拾ってみるので、そんなに時間がかからないのですが、今回の美術展は結索がたくさんあり、1回2時間かけても観終わらず、2回行ってしまいました。
私は気に入った絵は、感情移入するまで見るので、一つの絵を述べ1時間見ていることもあります。
私もカナレットが18世紀のヴェネツィアの風景画をみていて、18世紀のヴェネツィアにタイムスリップしたような気持ちになりました。
私はいつも金曜日の夜に見に行きます。比較的落ち着いて見られますので。
私は前にヴェネツィアに行ったので、カナールの《サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂》などヴェネツィアの絵は、18世紀のヴェネツィアに行ったような気分になり、大変嬉しい体験でした。
4点の中で興味を持った作品の7位の人気とは、私も驚きました。
絵画や音楽に限らず、世の中の出来事や人間の価値も、日本では、一方的な見方でしか見ない傾向の人が多いように感じています。
絵画でも、音楽でも、色々な視点から多角的に見ていくと、新しい発見があり、より実りある豊かさを会見できると信じて、多角的視点で複層的考えるように心懸けています。
ご興味を持っていただけましたら、お時間のある時にゆっくり見て頂けると、大変うれしいです。

