バロック音楽最大の巨匠・ヘンデルの最高傑作
ヘンデル『メサイア』
Handel “ Messiah“

「21世紀のバッハ」というプロジェクト名を掲げて、「どこにもないバッハ」を通給している東京バロック・スコラーズは、2016年2月の10周年記念演奏会で、「ロ短調ミサ曲」を上演しましたが、2017年5月の第13回演奏会ではヘンデルの「メサイア」の上演に挑戦しましたので鑑賞してきました。
演奏会の前に東京バロック・スコラーズのカップリング講演会があり、「ヘンデル・フェスティバル・ジャパン」主宰をされている日本でも有数のヘンデル研究社・三澤寿喜北海道教育大学名誉教授の講演会と、新国立劇場合唱団合唱指揮者で新町歌劇団音楽監督などを務められている、東京バロック・スコラーズ音楽監督・三澤洋史先生との対談がありました。

ヘンデルもバッハもバロック音楽の時代に活躍しましたが、バッハは生地から遠く離れることはなく、ドイツから出たこともありませんでした、その一生を宮廷ないしは教会の音楽家として過ごしていました。従ってバロック音楽に精通していたとは考えにくく、中世ないしはバロック的な古い音楽家の生き方の中で、独自の道で高い境地の音楽を求めて活動していたと考えられます。バッハの音楽はバロック音楽の範疇にととまらない教会音楽の極みを追求していました。
それに対してヘンデルは、若いころからバロックオペラを大成しておりバロック音楽の中心イタリアで活躍していました。大衆に密着した娯楽性を追求した歌劇運動に身を投じて、ヘンデルはバロック音楽の全貌を理解していたと考えられます。イタリア・バロックオペラを踏襲し、ウィーンやイギリスに渡っても、イタリア語でオペラを上演していました。しかし、当時すでにバロックオペラは古くなりつつあった中で、オラトリオという領域で、演劇の展開と音楽進行を一致させることができるような劇場音楽を探し求めました。ヘンデルの音楽は本来娯楽性の高いイタリアオペラを踏襲した形で作品を書き、その音楽は生き生きとした張りのある気分にあふれ、大胆でスケールの大きさを感じきます。

ヘンデルの母は牧師の子ということもあり、信仰心が強く、本来優しい性格ということもあり、弱者に対する情愛を持っていたようです。音楽家で生きぬくことが難しい現実の中で、自分にかかわった人に対しては情が厚く、面倒見のよい人だったとそうです。
このカップリング講演会で、私が知らなかった作曲家・ヘンデルの全貌と『メサイア』という本学の本質を学ぶことができました。今まで何度も『メサイア』の演奏を聴いてきましたが、今まではバッハの『マタイ受難曲』や『クリスマスオラトリオ』を聴くときと同じような気持ちでこの音楽に向き合っていました。今回のお話を聴かせていただいたお陰で、今まで持っていた『メサイア』に対する先入観や誤解を払しょくすることができ、素直にヘンデルの音楽と向き合うことができました。
『メサイア』は救世主のことで、第一部、予言、降誕、 第二部 受難 第三部 復活、永世、と救世主、イエス・キリストの物語がレチタティーヴォアリア、合奏で歌われていきました。


「受難の物語」では、合唱に続いてアルトのアリアが「イエスは侮られ、人々に見捨てらた。・・・・・・彼はうとうとするものには背中を向け・・・・彼は打とうとする者には背中をまかせ、ひげを抜こうとする者には法を向けた。彼は顔を隠さず、嘲りと唾を受けた」」と静かに歌います。それに続いて合唱が「彼が担ったのは私たちの苦しみ、・・・彼が受けた苦しみによって私たちの平和は与えられた」「彼が受けた傷によって私たちは癒された」・・・「私たちの羊の群れは道を誤りそれぞれの方向に向かっていった。その我々の罪を、主は追わせられた。」、希望を秘めた反省を表現します。この部分は人々の心の葛藤も描かれ、イエスの受難に対して、色々な考え方が様々な音楽で表現されるが、美しいソプラノのアリアとされに続き、「主よ、を上げ。開けとこしえの扉よ。栄光の大が入られる。」・・・・「万軍の主、彼こそ栄光の王」と合唱が歌い、明るい方向に音楽が向かいます。「よき知らせを伝え、平和の福音を人々の足はなんと美しいことだろう」というソプラノのアリアがこのイエスの行為の美しさを聴く人に感じさせます。その前後も含めて、ソプラノのアリアは随所で私たちの心に美しく清めてくれる意味で、効果的に使われていました。
『メサイア』の演奏には、精神性の高い重厚な演奏、劇的極まりなく高揚感の強い演奏。華美壮麗を極めた堂々とした演奏、透明な音感と繊細な軽やかさが魅力演奏など様座な演奏があり、様々な名演をCDで聴くことができます、私も生演奏だけでなく録音も含めると様々な演奏で『メサイア』を聴いてきました。
特にキリストの復活以降は、有名な「ハレルヤコーラス」も含めて、良いまで聴いた『メサイア』の印象を一変させたほど、軽快で聴いているだけで楽しい『メサイア』でした。
三澤洋史先生が、公演前のプレトークで確か「こんな軽やかで楽しい『メサイア』は聴いたことがない!バッハと全然違う!」演奏を聴かせると言っておられたと記憶していますが、今回の『メサイア』の演奏は、まさにその感激を演奏で体験させていただきました。バッハの深い研究成果を土台に、バロック音楽最大の巨匠・ヘンデルの頂点と言える作品『メサイア』に挑戦され、見事に新鮮で心に深く刻まれた『メサイア』を聴かせていただいた三澤先生と東京バロック・スコラーズの皆様に心から感謝いたします。ソプラノの國光ともこさん、アルトの加納 悦子さん、テノールの畑 儀文さん、バスの大森いちえいさんの、美しく情感のこもったアリアとレチタティーヴォの存在が大きかったことは言うまでもなく、ソリストの方々の魅力的な歌唱にも魅了されました。大きな感動を頂きありがとうございました。
(2017.5.4 すみだトリフォニーホール・大ホール)
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ドイツ人は、ドイツを去って外国で音楽活動をしたヘンデルを好きてないらしく、変でねの音楽は、「メサイア」も含めてほとんど演奏されることはないそうです。
なにより私の場合はオペラは非日常の贅沢な楽しみですので、あのダンボールだらけの演出が何度も続くと地味で退屈というのが率直な感想です。オペラファンが周りにいないのでこれからも更新楽しみにしています。
私も新国立劇場ができる前からオペラの魅力に取りつかれ、新国立劇場のオペラは創設以来見ています。西欧の一流歌劇場やMETはあまりにチケットが高いのでほとんど見た事がありません。新国立オペラは主役級の歌手は世界の一流オペラハウスで歌ってている実力派を揃え、合唱は三澤さんが鍛え上げた世界に通用する合唱団とオペラの演目ことにその分野のスペシャリストを指揮者に迎えてオーケストラを鍛えて本番に臨んでいるので、2階さ次席席で1回1万鵜千円でこのレベルの舞台をみられるので、満足しています。
一つ残念なのは、資金の関係で同じ演出が何度も続く小手とで、ホモキりダンボールの演出は、もう6年目です。外国の演出家を頼むと現代演出が多いのも少し不満ですね。
私は何も外国人に演出を頼まなくても、粟國淳さんの原作に忠実なオーソドックスな演出でよいのではないかと思ってたいます。
オペラの渡井でお話しできる方は、渡戸も貴重な友人です。これを機会によろしくお願いいたします。
暗いだけで救いがなければ音楽ではないですよね。
ヘンデルは大人向け変態チックな楽しいオペラもたくさんあります。
映画「カストラート」初演で初めてヘンデルのオペラを知りました。
ジャルスキーの出演するDVD「アルチーナ」を購入するかどうか迷っています。
ヘンデルは、バッハと違って、宗教的な目的というより、オペラのような娯楽作品として『メサイア』を作曲したと聴いていましたが、今回の演奏はヘンデルの『メサイア』のそのような面を浮き彫りにしたような演奏だったと思います。
私はまだてヘンデルのオペラの公演を観る機会がなく、ヘンデルのオペラがどういう作品か知りません。映画「カストラート」の情報ありがとうこざいます。
desireさんのアプローチ方法では、
バッハは宗教書のようにずっしりと、
ヘンデルは絵巻物のように軽やかに聴く、
ということになるのでしょうか?(5月下旬下書き)
コメントありがとうございました。
また改めてミュシャの記事を拝読するのを楽しみに。
私も以前は、ヘンデルの『メサイア』に、バッハの『マタイ受難曲』や『ロ短調ミサ曲』のようなものを求めて聴いていました。しかし、最近になって、バッハの専門家や演奏者の話を聞いて、バッハとヘンデルは異質の音楽家であることを感じ始めました。バッハは根からの宗教家のようですが、ヘンデルは今でいえばエンターテイナーのような面があるように感じています。ある意味で、ショパンとリストの違いにも通ずるような気がします。
snowdrop-momoさんのブログも時々拝見して、いろいろ勉強させて頂いています。ありがとうございます。
イギリス人が聴いて分かりやすい英語で作曲されていること。
救貧院で、施設にいる子を訓練して、合唱させたこと。
貴族を招いて演奏を聴かせ、気持ちよく寄付させたこと。
国王まで聴きにくる程の恒例の行事に育て上げたこと。
こういう仕掛けが、とても現代的で、感心するところであります。
カラヤンでは最悪になりますね。カラヤンを否定しているのではありません。モーツアルトのようなエンタテイメントではレコード、CDの世界を見通した劇場型演奏は素晴らしいと思います。最も五味幸助は「カラヤンは堕落した」とカンカンですが・・・
ホントはハイレゾで出して欲しいのですがアマゾンの配信なんかではCDのストアサイトに案内されCDを買って下さい、となります。アルヒーフが宝物のようなリヒターやヴァルハの演奏をそう簡単に配信するはずがありませんね。余談になりました。スミマセン(-_-;)
沖縄が返ってきた年です。
飛行機事故が多かった年。
そのころ、日本フィルは、 面倒なことになっていて、存続が、駄目になる。
その最後の演奏会が、文化会館で行われました。
若かった小沢が、振った マーラーの復活。
聴きました。 演奏は、 厳しい言い方をすると ちょっとね だった。
だが、あの熱気、演奏者と聴衆が、気持ちが 一致したときの 幸福感。というか、高揚感。 素晴らしかったですよ。
音楽は素晴らしかった。
あまり経験できない、生の素晴らしさでした。
ヘンデルが、始まりとするなら、、
私は、最後の曲を。
マーラーの 大地の歌
そうですね。誰の演奏かしら
ワルターの旧盤。
あるいは 無表情をよそおう クレンペラー。
いずれにしても、交響曲の終焉です
マーラーやはり素晴らしいと思います。


