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心に残った旅・芸術とアートとの出会い   

多様な名画の全貌を鑑賞して、ボナール絵画の本質と魅力を探る

ピエール・ボナール

Pierre Bonnard

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 六本木の国立新美術館で「オルセー美術館特別企画 ピエール・ボナール展」が開催されていたので鑑賞してきました。19世紀末フランスで活躍した画家ピエール・ボナールの回顧展は久しぶりで、オルセー美術館所蔵の作品を始めボナールの作品130点以上が見られる大々的な作品展は初めてでしょうか。





 ナビ派の画家たちは、1890年にパリのエコール・デ・ボザールで開かれた「日本の版画展」に強い影響を受けたことから、日本美術に大きな影響を受け、「日本かぶれのナビ」と呼ばれたそうですか、日本ではそんなに人気と知名度が高くないピエール・ボナールの大規模な回顧展を国立新美術館で行われるのは意外でした。採算がとれるのか余計な心配をするほど日本では比較的マイナーな画家というイメージですが、フランスでの評価は高く、かつてオルセー美術館で開催されたボナール展では51万人の入場者数を記録したのだそうです。



 当時印象派が華々しく登場してはいたものの、フランス美術界を主導していたのは宗教画や歴史画を描き、国のアカデミーに認められた巨匠たちでし。若きボナールたちは保守的な芸術に反発し、退廃的なデカダンス文学に傾倒し、世の価値観を否定する前衛的な演劇の舞台美術も描けるようになりました。ボナールは22歳にしてエリートの道を捨て、画家としての道を歩み始めました。



 ピエール・ボナールは印象派に続く世代の画家でした。ュイヤール、ドニ、セリュジエ、ヴァロットンらとともに結成したナビ派と呼ばれた画家たちは、ゴーガンから影響を受け、自らを「ナビ(預言者)」と呼んで、近代都市生活の諸相を平坦な色の面で装飾性と内面性に新たな芸術表現を模索し、繊細で奔放なアラベスクと装飾モチーフが特徴的な絵画を多く描き、日常と神秘をあわせ持つ一見控えめで洗練された画面のうちに、20世紀美術の静かな革新性を表現しようとしました。


 ボナールは、ポスト印象派とモダンアートの中間点に位置する画家で、幻想性と非現実性を調和させた柔らかな色彩を効果的に用いた独自の表現様式を確立し、明瞭な光と華やかさ満ちた絵画を制作しました。人物画、特に裸婦作品が多いですが、風景画や肖像画、風俗的画題の作品、ロートレックの影響を受けて商用ポスターや挿絵などのでも優れた作品を残ししました。



 以下、 今回のピエール・ボナールの構成に従ってピエール・ボナールの芸術の本質と魅力を考察して整理していきたいと思います。



1.日本かぶれのナビ

 当時印象派が登場してはいたものの、フランス美術界を主導していたのは宗教画や歴史画を描き、国のアカデミーに認められた巨匠たちでした。若きボナールたちは保守的な芸術に反発し、退廃的なデカダンス文学に傾倒し、世の価値観を否定する前衛的な演劇の舞台美術も描きました。ボナールは22歳にしてエリートの道を捨て、画家として歩み始めたのです。歴史や宗教の絵が重んじられた西洋絵画の権威主義とは無縁の芸術を追求しました。



 画家になるために入学した国立美術学校での日本の浮世絵展で、古典的絵画を否定し全く違う芸術を模索していたボナールは浮世絵の実物を初めて見て衝撃を受けました。浮世絵の色鮮やかで構図は自由自在で、絵のモチーフは人、動物、自然、庶民の風俗まで分け隔てなく描くことにボナールは強く心を動かされました。ボナールは浮世絵の自由な色彩と構図、繊細な美意識を自らの絵画に積極的に取り込みました。



 ジャポニスムが一世を風靡した19 世紀のパリで、ボナールも歌川国貞や国芳、広重の浮世絵を所蔵し、「日本かぶれのナビ」と呼ばれるほど日本美術を愛好していました。屏風を思わせる縦長の構図や、平板な色面構成、くっきりした輪郭、西洋とは違う遠近表現を浮世絵から積極的に取り入れました。



 ボナールの作風は平面的、装飾的な構成で、ポール・セザンヌや印象派、フォーヴィスムなど様々な絵画様式から影響を受け、日本趣味(ジャポニスム)の影響が色濃く反映しています。人物やテーブルなどが画面の端で断ち切られた構図は浮世絵版画の影響と考えられます。



 一方で、同時代の象徴主義演劇にも共鳴して、親密な室内情景を描いた作品を作品も制作しました。親密な室内情景を描いた作品はこの時期に集中しています。20世紀に入ると、目にした光景の印象をいかに絵画化するかという「視神経の冒険」に身を投じ、鮮烈な色彩の絵画を多数生み出しました。この部屋では、日本美術からの刺激を生かしたナビ派の興味深く面白い作品が並び、日本美術がナビ派に与えた影響を複合的に理解できました。




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黄昏(クロッケーの試合)1892年 油彩、オルセー美術館



 19世紀末パリに忽然と現れた画家25歳の時の作品です。舞台は夕暮れ時の別荘の庭で、木槌でボールを打ちゲートをくぐらせるスポーツ・クロッケーに興じるボナールの家族を描いたものです。向かって左端から二人目の男性が父親のウジェーヌ、真ん中の白いドレスの女性が妹のアンドレ、白い服の男性が妹の夫、右隣の格子柄の女性がいとこです。黄昏というタイトルが示すように、画面の右上には木立の隙間から夕焼けの空が、その下で白い服を着た5人の女性が踊っています。カーン氏は右上に描かれた少女のロンドを指しながら、この絵が非現実的な世界を交えた作品であることも強調し、全体を通じて命の喜びを謳歌するイメージが脈々と続いているようにまとめています。動物を好んで描いたボナールらしく、この作品にも犬が描かれています。


 美しい緑に包まれた庭でのひとときが映し取られた絵画ですが、四人の家族あまりに平面的です。着ている洋服は綺麗な格子柄の布をそのまま貼り付けたようです。木々や葉も飾りのようでリアリティがなく、庭も立体的な広がりを感じません。家族には笑顔はなく誰もが視線を合わせず、暗い影に潜んで見え、不安感が漂っています。それに対して右上の女性達は明るく生き生きと躍動しています。この一枚には生きる喜びと憂鬱。正反対の感情が重なり合って表現されているのです。

 

 この作品に遣われている浮世絵の手法を考察してみます。北斎漫画はこの作品の参考になりっていると思われます浮世絵の見返り美人の後ろ向きの美人の表現やボナールもこう極端なカーブを描くことによって歌麿線の絵の線の表現に近く、妹の自然なほど上がった肩と袖の大きな膨らみは女性らしさを強調する独特の表現は浮世絵の線の表現から学んでいると考えられます。父親といとこの格子柄の洋服や体の動きが生み出す模様のねじれをあえて描かず立体感を消そうとしています。木々の葉などは現実の風景を描き込んだ雰囲気はなく、浮世絵のように装飾的に描いています。


 時代の変革期に世紀の巨匠たちに絶賛された画家・ボナールは敢えて違和感のある絵を描いたのは、浮世絵の手法にとどまらず斬新な表現を追求したかったからだと思います。木々の間から覗くような不思議な構図のこの作品はボナールが若い頃に舞台美術の装飾を多く手がけていて、舞舞台セットで風景や建物が描かれた張り物のようにこの作品は10層で構成されていて、ボナールの家族四人を覗いているような不思議な感覚に襲われます。独特の構図は10層の平面を組み合わせは、一つ目は手前にある灌木、二つ目は画面上の黄緑色の葉、三つ目はいとこ、四つめが妹と犬と父親、五つめの層は父親の後ろにいる妹の夫、六つ目は家族の背後にある暗い茂み、七つ目は画面右側から突き出た茂み、八つ目はその茂みの奥の草原と踊り子たち九つ目は踊り子の背後にある茂み、最後に黄昏の空でボナールは10の平面を次々と重ね一枚の絵にしていたのでした。これがこの絵を見ている私たちに、舞台の観客がその世界を覗くような独特の遠近感に引き込まれる感覚にさせるのだと考えます。舞台の手法を取り入れたもうひとつの仕掛けは、一番手前の草にある木の茂みの部分にも所々あのオレンジ色を使うことで、黄昏の光というのがこの10層で構成されている画面全体を一つにまとめています。このような光の使い方は舞台の照明がステージ全体を照らす様と比較できる右奥の木立の隙間から差し込む夕日が、踊る女性たちを、生い茂る葉を、いとこの頭を、そして手前の灌木の輪郭までを照らしています。黄昏の光がまさに舞台の照明のように全ての平面に降り注ぎ、ひとつにつなぎ合わせているのです。たくさんの平面と光が作り上げる不思議な世界を作り出しています。



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『水の戯れ あるいは 旅』1906-10年 油 オルセー美術館




2.ナビ派時代のグラフィック・アート



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フランス=シャンパーニュ 1891年 多色刷りリトグラフ

 


 『フランス=シャンパーニュ』は、芸術家として世間に認められるきっかけとなったことかも分かるように、初期のボナールはリトグラフによるポスターや本の挿絵、版画集の制作に精力的に取り組みました。とりわけ、ナタンソン兄弟が創刊した雑誌『ラ・ルヴュ・ブランシュ』は、ボナールが独創的なリトグラフを試みる舞台となりました。雑誌の挿絵だけでなくポスター制作も手掛けており、大胆なデフォルメと意表を突く構図が際立っています。また、即興的なデッサンに象徴されるボナールのリトグラフの特徴は、油彩作品にも見ることができます。



 ピエール・ボナールがアーティストとしての成功を収めました。シャンパンの広告。ボナールは、1889年に石版を作りました。ポスターで覆い、旧 - パリの周りに貼り付ける結果とポスターがありポスターで覆われたパリの街に沿って、展示会での絵が31891年の終わりに向かってレビューを表示し、00年の雪の中のモンマルトルの風車の周りを彩りました。

 

 『フランス=シャンパーニュ』にはロートレックの影響を顕著に見ることができます。その最も重要と感じられるのが絶妙な画面構成です。手描きの名前のフランスシャンパーニュの女性と波打ち際のライン女性の右腕、肩や手などはんどすべてが湾曲しています。シャンパンの泡立てガラスや繊細で連続的なスカラップラインや、女性の髪の毛やドレスのラインは、壁・射面など微妙な音波が反射して返って来るようです。女性の傾いた頭は、誰からも抑制されない穏やかでリラックスした気分感じさせます。体を前方に傾けて、彼女はポスターから出てくるようです。日本の版画の影響は、色や濃淡の欠如、形を定義する線にはっきりと見ることができます。



3.スナップショット

 ボナールはポケットカメラを購入し1890 年代の初めから写真撮影を行うようになったそうです。水遊びに興じる甥っ子たちや、家族が余暇を過ごす様子恋人マルトと住んだパリ郊外のモンヴァルの家、庭の草木のなかに佇むマルトのヌードを写した写真の数々などを撮影していました。ここでは、ボナールが撮影した写真もたくさん展示され、ボナールの日常を見ているような楽しみもありました。写真には、中心を外した構図やピントのボケなどによる効果を狙った写真もありました。




4.近代の水の精たち

 ボナールは生涯にわたって多くの裸婦を描きました。ボナールにとって裸婦を描いた作品は最も重要な位置を占めていました。壁紙やタイル、カーテン、絨毯、小物、鏡などが織りなす重層的な室内空間のなかで、ボナールの描く女性たちは無防備な美しい裸身を露わにしています。今回展示された女性の裸体画の豊かなバリエーションは、ボナールという画家の才能の豊かさを体感できました。



 ボナールの描く彼女たちの顔は曖昧で、モデルが特定できない作品や、複数の女性の特徴がみられる作品もありました。モデルをつとめた女性は、生涯の伴侶であったマルト、ボナール家の医師の妻であったリュシエンヌや、マルトの友人でボナールの愛人となるルネ・モンシャティなど複数の女性たちが考えられます。その中でもボナールの絵画に最も多く描かれているのがマルトでした。



 1893年、パリの街角でボナールは後に妻となるマルト・ド・メリニーと名乗る少女と出会います。マルトと出逢った時マルトの年齢は16歳と彼に告げました。華奢な体つきに紫がかった青い目をした彼女は、やがてボナールの恋人になり、最良のモデルにもなりまました。ルトは、大の入浴好きで、一日に何度も入浴していたそうです。1日の大半を浴室で過ごし何度も入浴するマルトを、ボナールは「浴室の裸婦」として度々描いています。晩年は家に当時としては贅沢な浴室を備えて、晩年のボナールの大きなテーマとなりました。



 この美術展でもマルトの入浴の場面を描いた作品も多く展示されていました。他にも、室内でのマルトのヌードを描いた絵画や、屋外で撮影したマルトのヌード写真も展示されていました。



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『化粧室 あるいは バラ色の化粧室』1914-21年 オルセー美術館





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バスタブ付きのマーサ』1931年  オルセー美術館




 ボナールの裸婦には、ヌードそのものより、周辺の雰囲気と、調和した暖かくやわらいだ色彩に特徴があります。反映する室内の微妙な彩りー壁紙やタイル、カーテン、絨毯、小物、鏡などーが織りなす重層的な室内空間の中で、ボナールの描く裸婦たちは存在感を現します。




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連作『庭の女性たち』 1890-91

        カンヴァスで裏打ちされた紙 (4 点組装飾パネル)

オルセー美術館 

 

  『庭の女性たち白い水玉模様の服を着た女性』

  『庭の女性たち猫と座る女性』

  『庭の女性たちショルダー・ケープを着た女性

  『庭の女性たち格子柄の服を着た女性




 ボナールは「四季の女性」というテーマで多くの作品を描きました。4点の連作は四季を象徴しています。女性像は、四季や人生における段階を象徴しています。庭にいる女性たちは女性の服は平面的に描かれ、色彩の斑点によってアラベスク装飾のように表されています。服の柄と植物模様、色彩の調和が特徴的な作品です。春では、水玉模様の女性が春の到来に心が浮足立っているようです。他の3つの作品も季節に応じて全く違った雰囲気に描かれていて、独立した作品として楽しめるように描かれています。このように、季節を感じさせる表現の工夫がみられボナールの連作『庭の女性たち』では、引き伸ばされた細長い人物像の衣装が、それらを取り囲む植物文様の装飾と見事に調和しています。屏風として制作されたこの作品は、ナビ派の新たな美学が、装飾的な芸術に立脚していることを示しています。この作品は、今までの西洋絵画では見られない縦長の形をしておりますが。これは日本の浮世絵や掛軸にインスピレーションを受けたものと考えられます。一方で人物の心理描写の表現も際立っています。





5.室内と静物 「芸術作品―時間の静止」

 ナビ派として画家活動を開始してから、独自的で日常性の高い画題を数多く手がけていることから『親密派』(アンティミスム:装飾性と平面性を融合させた表現様式で、物語性の希薄な日常の室内生活空間を画題とする作品を手がけた画派)の代表的な画家となりました。 「親密さ」というテーマ大切にしてきましたが、作品の深い融合を感じる作品の落とし穴を回避するため、作品創作の段階から、静物画、親密な場面から牧歌的な主題、都市景観、アンティークな装飾まで、ボナールの作品は本能的に繊細な芸術家であることを感じさせます。明るく明るい色のパレットは、ボナール美術の主役のひとつであり絵画画面を調和させる手段でした。燃えあがる色彩によって、慣れ親しんだモチーフが未知のものへと変貌を遂げているように感じさせます。たボナールは日常世界の微細な変化にも目を向け、それを絵画空間に定着させて「時間の静止」を捉えました。ありふれた室内を描いた作品には、人工的な照明や独特な構図や縁取りによって、親密さと同時にどこか謎めいた雰囲気がただよっています。



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ル・カネの食堂1932年 油彩、オルセー美術館

       (ル・カネ、ボナール美術館寄託)




 ボナールはダイニングルーム、インテリアなどの作品も描きました。



6.ノルマンディーやその他の風景

 ボナールはやわらかな光の中に壮大な風景が広がるノルマンディー地方の自然に魅了されていました。1912年には、モネが住むジヴェルニーに近いヴェルノンという街に、セーヌ河岸の斜面に建つ小さな家を購入しました。テラスから空と水のパノラマを一望できたこの家での暮らしは制作意欲をおおいに刺激しました。庭には野生の植物が生い茂り、その重なりは精妙なグラデーションとして描き出されています。そしてボナールが頻繁に訪れたアルカションやトルーヴィルでは、表情豊かな空が大きな空間を占める海景画が生み出されました。


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『ボート遊び』 1907 年 油彩、カンヴァス オルセー美術館





7.終わりなき夏

 自らを画家 =装飾家とみなしていたボナールは巨大な装飾壁画も手がけました。そこでは生の喜びを謳い上げ、「アルカディア」を出現させようとした画家の創意が見てとれます。また 1909年、画家アンリ・マンギャンの誘いで南仏のサン=トロペに初めて長期滞在し、母に宛てて「色彩に満ちた光と影」が織りなす「千夜一夜」の体験を書き送ります。その後、病弱なマルトの転地療養のためもあり、1912年にはパリ西郊ヴェルノン、1925年には南仏ル・カネに家を構え、もっぱら庭の風景、室内情景、静物などの身近な題材を描きました。ボナールはコート・ダジュールを毎年のように訪れ、1926年にはル・カネの丘の上に建つ、地中海を一望する家をし、絵画は、一つの充足する小さな世界でなければならない」という理念の基、装飾性と平面性を融合させた表現様式でもっぱら庭の風景、室内情景、静物などの身近な題材を描き続けました。1947年に亡くなるまで、輝く色彩に満ちた終わることのない「夏」を描き続けたのでした。


 

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『花咲くアーモンドの木』1946-47

オルセー美術館(ポンピドゥー・センター、国立近代美術館寄託)



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『白い猫』 1894年  オルセー美術館



 手足もしっぽも伸びていて、完全に首が体にめりこんでいます。奇妙な姿態ですが、人を引き付けるような、謎めいた可愛さを感じさせるのはなぜでしょうか。




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『猫と女性 あるいは餌をねだる猫』 1912年頃 




 最期の部屋の大きな壁画は、ボナールの色彩画家としての開花と幸福感に満ちたボナール絵画の魅力を満喫では来ました。





全体の感想・まとめ

 ボナールの画面は地味ですが暖色を主調にした華やかな色彩に変化していったのは。1909年、南仏を初めて訪問し、この地に強く惹かれ、パレットの中の色彩の鮮やかさがより一層増してゆき、印象派とも日本の版画とも一線を画すボナール独自の華麗な色彩表現を確立していきます。生涯にわたって「白」を研究し「黄色」も特別な意味を持っています。




 ボナールは、何の変哲もない情景に目を向けながら、親密な感情を持って、見慣れている日常生活から意外な面白さを見出し、親しげで魅力的な美しさを描いて見せてくれまとした。ポスト印象派とモダンアートの中間点に位置する画家として、幻想性と非現実性を調和させた柔らかな色彩を効果的に用いた独自の表現様式を確立し、明瞭な光と華やかさ満ちた絵画を制作しました。人物画、特に裸婦作品が多いですが、風景画や肖像画、風俗的画題の作品、ロートレックの影響を受けて商用ポスターや挿絵などのでも優れた作品を残しています。



 ナビ派として画家活動を開始してから、独自的で日常性の高い画題を数多く手がけていることから『親密派』(アンティミスム:装飾性と平面性を融合させた表現様式で、物語性の希薄な日常の室内生活空間を画題とする作品を手がけた画派)の代表的な画家となりました。 ボナールの作風は平面的、装飾的な構成で、ポール・セザンヌや印象派、フォーヴィスムなど様々な絵画様式から影響を受け、日本趣味(ジャポニスム)の影響が色濃く反映しています。人物やテーブルなどが画面の端で断ち切られた構図は浮世絵版画の影響と考えられます。



 この美術展を見て、光を意識した色彩表現が洗練されていく過程が理解できるようになりました。ボナールの画面は一見地味ですが暖色を主調にした華やかな色彩に変化していったの、1909年、南仏を初めて訪問し、この地に強く惹かれてからと考えられます。パレットの中の色彩の鮮やかさがより一層増してゆき、印象派とも日本の版画とも一線を画すボナール独自の華麗な色彩表現を確立していきます。生涯にわたって白を研究し黄色も特別な意味を持っています。人生後半の作品では、色彩感覚の素晴らしい才能を駆使することによって、光の幻想を紡ぎだしました。オレンジや黄色が主体となっている作品手でも、実際はもっと多くの色が使われていて、一枚の絵の中に無数の色が散らばっているとさえ思えてきます。色と色の相互関係から、時には不協和音が画面に色彩による幻想を生み出すことさえあります。眩いばかりの色彩に満ちているからこそ、私たちはボナールの色彩の魔術に魅惑されてしまうのだと、この美術展を見て体感することができました。






更に詳しく知りタフい方やご興味のある方は、下記の文字をクリックすると、リンクして見ることができます。

ナビ派  その全貌と歴史的な意義

ゴーギャン絵画と総合主義





参考文献

図録『オルセー美術館特別企画ピエール・ボナール展』国立新美術館で2018

高橋 明也, 島本 英明 ()「もっと知りたいボナール生涯と作品」2018

GuyCogeval, Isabelle Cahn (編集) ”Pierre Bonnard: Painting Arcadia” 2016

オルセー美術館特別企画ピエール・ボナール展|国立新美術館 公式サイト

美の巨人たち ピエール・ボナール「黄昏」2018-11-18放送

 ナビ派の画家たちは、1890年にパリのエコール・デ・ボザールで開かれた「日本の版画展」に強い影響を受けたことから、日本美術に大きな影響を受け、「日本かぶれのナビ」と呼ばれたそうですか、日本ではそんなに人気と知名度が高くないピエール・ボナールの大規模な回顧展を国立新美術館で行われるのは意外でした。採算がとれるのか余計な心配をするほど日本では比較的マイナーな画家というイメージですが、フランスでの評価は高く、かつてオルセー美術館で開催されたボナール展では51万人の入場者数を記録したのだそうです。



 当時印象派が華々しく登場してはいたものの、フランス美術界を主導していたのは宗教画や歴史画を描き、国のアカデミーに認められた巨匠たちでし。若きボナールたちは保守的な芸術に反発し、退廃的なデカダンス文学に傾倒し、世の価値観を否定する前衛的な演劇の舞台美術も描けるようになりました。ボナールは22歳にしてエリートの道を捨て、画家としての道を歩み始めました。



 ピエール・ボナールは印象派に続く世代の画家でした。ュイヤール、ドニ、セリュジエ、ヴァロットンらとともに結成したナビ派と呼ばれた画家たちは、ゴーガンから影響を受け、自らを「ナビ(預言者)」と呼んで、近代都市生活の諸相を平坦な色の面で装飾性と内面性に新たな芸術表現を模索し、繊細で奔放なアラベスクと装飾モチーフが特徴的な絵画を多く描き、日常と神秘をあわせ持つ一見控えめで洗練された画面のうちに、20世紀美術の静かな革新性を表現しようとしました。


 ボナールは、ポスト印象派とモダンアートの中間点に位置する画家で、幻想性と非現実性を調和させた柔らかな色彩を効果的に用いた独自の表現様式を確立し、明瞭な光と華やかさ満ちた絵画を制作しました。人物画、特に裸婦作品が多いですが、風景画や肖像画、風俗的画題の作品、ロートレックの影響を受けて商用ポスターや挿絵などのでも優れた作品を残ししました。



 以下、 今回のピエール・ボナールの構成に従ってピエール・ボナールの芸術の本質と魅力を考察して整理していきたいと思います。



1.日本かぶれのナビ

 当時印象派が登場してはいたものの、フランス美術界を主導していたのは宗教画や歴史画を描き、国のアカデミーに認められた巨匠たちでした。若きボナールたちは保守的な芸術に反発し、退廃的なデカダンス文学に傾倒し、世の価値観を否定する前衛的な演劇の舞台美術も描きました。ボナールは22歳にしてエリートの道を捨て、画家として歩み始めたのです。歴史や宗教の絵が重んじられた西洋絵画の権威主義とは無縁の芸術を追求しました。



 画家になるために入学した国立美術学校での日本の浮世絵展で、古典的絵画を否定し全く違う芸術を模索していたボナールは浮世絵の実物を初めて見て衝撃を受けました。浮世絵の色鮮やかで構図は自由自在で、絵のモチーフは人、動物、自然、庶民の風俗まで分け隔てなく描くことにボナールは強く心を動かされました。ボナールは浮世絵の自由な色彩と構図、繊細な美意識を自らの絵画に積極的に取り込みました。



 ジャポニスムが一世を風靡した19 世紀のパリで、ボナールも歌川国貞や国芳、広重の浮世絵を所蔵し、「日本かぶれのナビ」と呼ばれるほど日本美術を愛好していました。屏風を思わせる縦長の構図や、平板な色面構成、くっきりした輪郭、西洋とは違う遠近表現を浮世絵から積極的に取り入れました。



 ボナールの作風は平面的、装飾的な構成で、ポール・セザンヌや印象派、フォーヴィスムなど様々な絵画様式から影響を受け、日本趣味(ジャポニスム)の影響が色濃く反映しています。人物やテーブルなどが画面の端で断ち切られた構図は浮世絵版画の影響と考えられます。



 一方で、同時代の象徴主義演劇にも共鳴して、親密な室内情景を描いた作品を作品も制作しました。親密な室内情景を描いた作品はこの時期に集中しています。20世紀に入ると、目にした光景の印象をいかに絵画化するかという「視神経の冒険」に身を投じ、鮮烈な色彩の絵画を多数生み出しました。この部屋では、日本美術からの刺激を生かしたナビ派の興味深く面白い作品が並び、日本美術がナビ派に与えた影響を複合的に理解できました。




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黄昏(クロッケーの試合)1892年 油彩、オルセー美術館



 19世紀末パリに忽然と現れた画家25歳の時の作品です。舞台は夕暮れ時の別荘の庭で、木槌でボールを打ちゲートをくぐらせるスポーツ・クロッケーに興じるボナールの家族を描いたものです。向かって左端から二人目の男性が父親のウジェーヌ、真ん中の白いドレスの女性が妹のアンドレ、白い服の男性が妹の夫、右隣の格子柄の女性がいとこです。黄昏というタイトルが示すように、画面の右上には木立の隙間から夕焼けの空が、その下で白い服を着た5人の女性が踊っています。カーン氏は右上に描かれた少女のロンドを指しながら、この絵が非現実的な世界を交えた作品であることも強調し、全体を通じて命の喜びを謳歌するイメージが脈々と続いているようにまとめています。動物を好んで描いたボナールらしく、この作品にも犬が描かれています。


 美しい緑に包まれた庭でのひとときが映し取られた絵画ですが、四人の家族あまりに平面的です。着ている洋服は綺麗な格子柄の布をそのまま貼り付けたようです。木々や葉も飾りのようでリアリティがなく、庭も立体的な広がりを感じません。家族には笑顔はなく誰もが視線を合わせず、暗い影に潜んで見え、不安感が漂っています。それに対して右上の女性達は明るく生き生きと躍動しています。この一枚には生きる喜びと憂鬱。正反対の感情が重なり合って表現されているのです。

 

 この作品に遣われている浮世絵の手法を考察してみます。北斎漫画はこの作品の参考になりっていると思われます浮世絵の見返り美人の後ろ向きの美人の表現やボナールもこう極端なカーブを描くことによって歌麿線の絵の線の表現に近く、妹の自然なほど上がった肩と袖の大きな膨らみは女性らしさを強調する独特の表現は浮世絵の線の表現から学んでいると考えられます。父親といとこの格子柄の洋服や体の動きが生み出す模様のねじれをあえて描かず立体感を消そうとしています。木々の葉などは現実の風景を描き込んだ雰囲気はなく、浮世絵のように装飾的に描いています。


 時代の変革期に世紀の巨匠たちに絶賛された画家・ボナールは敢えて違和感のある絵を描いたのは、浮世絵の手法にとどまらず斬新な表現を追求したかったからだと思います。木々の間から覗くような不思議な構図のこの作品はボナールが若い頃に舞台美術の装飾を多く手がけていて、舞舞台セットで風景や建物が描かれた張り物のようにこの作品は10層で構成されていて、ボナールの家族四人を覗いているような不思議な感覚に襲われます。独特の構図は10層の平面を組み合わせは、一つ目は手前にある灌木、二つ目は画面上の黄緑色の葉、三つ目はいとこ、四つめが妹と犬と父親、五つめの層は父親の後ろにいる妹の夫、六つ目は家族の背後にある暗い茂み、七つ目は画面右側から突き出た茂み、八つ目はその茂みの奥の草原と踊り子たち九つ目は踊り子の背後にある茂み、最後に黄昏の空でボナールは10の平面を次々と重ね一枚の絵にしていたのでした。これがこの絵を見ている私たちに、舞台の観客がその世界を覗くような独特の遠近感に引き込まれる感覚にさせるのだと考えます。舞台の手法を取り入れたもうひとつの仕掛けは、一番手前の草にある木の茂みの部分にも所々あのオレンジ色を使うことで、黄昏の光というのがこの10層で構成されている画面全体を一つにまとめています。このような光の使い方は舞台の照明がステージ全体を照らす様と比較できる右奥の木立の隙間から差し込む夕日が、踊る女性たちを、生い茂る葉を、いとこの頭を、そして手前の灌木の輪郭までを照らしています。黄昏の光がまさに舞台の照明のように全ての平面に降り注ぎ、ひとつにつなぎ合わせているのです。たくさんの平面と光が作り上げる不思議な世界を作り出しています。



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『水の戯れ あるいは 旅』1906-10年 油 オルセー美術館




2.ナビ派時代のグラフィック・アート



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フランス=シャンパーニュ 1891年 多色刷りリトグラフ

 


 『フランス=シャンパーニュ』は、芸術家として世間に認められるきっかけとなったことかも分かるように、初期のボナールはリトグラフによるポスターや本の挿絵、版画集の制作に精力的に取り組みました。とりわけ、ナタンソン兄弟が創刊した雑誌『ラ・ルヴュ・ブランシュ』は、ボナールが独創的なリトグラフを試みる舞台となりました。雑誌の挿絵だけでなくポスター制作も手掛けており、大胆なデフォルメと意表を突く構図が際立っています。また、即興的なデッサンに象徴されるボナールのリトグラフの特徴は、油彩作品にも見ることができます。



 ピエール・ボナールがアーティストとしての成功を収めました。シャンパンの広告。ボナールは、1889年に石版を作りました。ポスターで覆い、旧 - パリの周りに貼り付ける結果とポスターがありポスターで覆われたパリの街に沿って、展示会での絵が31891年の終わりに向かってレビューを表示し、00年の雪の中のモンマルトルの風車の周りを彩りました。

 

 『フランス=シャンパーニュ』にはロートレックの影響を顕著に見ることができます。その最も重要と感じられるのが絶妙な画面構成です。手描きの名前のフランスシャンパーニュの女性と波打ち際のライン女性の右腕、肩や手などはんどすべてが湾曲しています。シャンパンの泡立てガラスや繊細で連続的なスカラップラインや、女性の髪の毛やドレスのラインは、壁・射面など微妙な音波が反射して返って来るようです。女性の傾いた頭は、誰からも抑制されない穏やかでリラックスした気分感じさせます。体を前方に傾けて、彼女はポスターから出てくるようです。日本の版画の影響は、色や濃淡の欠如、形を定義する線にはっきりと見ることができます。



3.スナップショット

 ボナールはポケットカメラを購入し1890 年代の初めから写真撮影を行うようになったそうです。水遊びに興じる甥っ子たちや、家族が余暇を過ごす様子恋人マルトと住んだパリ郊外のモンヴァルの家、庭の草木のなかに佇むマルトのヌードを写した写真の数々などを撮影していました。ここでは、ボナールが撮影した写真もたくさん展示され、ボナールの日常を見ているような楽しみもありました。写真には、中心を外した構図やピントのボケなどによる効果を狙った写真もありました。




4.近代の水の精たち

 ボナールは生涯にわたって多くの裸婦を描きました。ボナールにとって裸婦を描いた作品は最も重要な位置を占めていました。壁紙やタイル、カーテン、絨毯、小物、鏡などが織りなす重層的な室内空間のなかで、ボナールの描く女性たちは無防備な美しい裸身を露わにしています。今回展示された女性の裸体画の豊かなバリエーションは、ボナールという画家の才能の豊かさを体感できました。



 ボナールの描く彼女たちの顔は曖昧で、モデルが特定できない作品や、複数の女性の特徴がみられる作品もありました。モデルをつとめた女性は、生涯の伴侶であったマルト、ボナール家の医師の妻であったリュシエンヌや、マルトの友人でボナールの愛人となるルネ・モンシャティなど複数の女性たちが考えられます。その中でもボナールの絵画に最も多く描かれているのがマルトでした。



 1893年、パリの街角でボナールは後に妻となるマルト・ド・メリニーと名乗る少女と出会います。マルトと出逢った時マルトの年齢は16歳と彼に告げました。華奢な体つきに紫がかった青い目をした彼女は、やがてボナールの恋人になり、最良のモデルにもなりまました。ルトは、大の入浴好きで、一日に何度も入浴していたそうです。1日の大半を浴室で過ごし何度も入浴するマルトを、ボナールは「浴室の裸婦」として度々描いています。晩年は家に当時としては贅沢な浴室を備えて、晩年のボナールの大きなテーマとなりました。



 この美術展でもマルトの入浴の場面を描いた作品も多く展示されていました。他にも、室内でのマルトのヌードを描いた絵画や、屋外で撮影したマルトのヌード写真も展示されていました。



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『化粧室 あるいは バラ色の化粧室』1914-21年 オルセー美術館





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バスタブ付きのマーサ』1931年  オルセー美術館




 ボナールの裸婦には、ヌードそのものより、周辺の雰囲気と、調和した暖かくやわらいだ色彩に特徴があります。反映する室内の微妙な彩りー壁紙やタイル、カーテン、絨毯、小物、鏡などーが織りなす重層的な室内空間の中で、ボナールの描く裸婦たちは存在感を現します。




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連作『庭の女性たち』 1890-91

        カンヴァスで裏打ちされた紙 (4 点組装飾パネル)

オルセー美術館 

 

  『庭の女性たち白い水玉模様の服を着た女性』

  『庭の女性たち猫と座る女性』

  『庭の女性たちショルダー・ケープを着た女性

  『庭の女性たち格子柄の服を着た女性




 ボナールは「四季の女性」というテーマで多くの作品を描きました。4点の連作は四季を象徴しています。女性像は、四季や人生における段階を象徴しています。庭にいる女性たちは女性の服は平面的に描かれ、色彩の斑点によってアラベスク装飾のように表されています。服の柄と植物模様、色彩の調和が特徴的な作品です。春では、水玉模様の女性が春の到来に心が浮足立っているようです。他の3つの作品も季節に応じて全く違った雰囲気に描かれていて、独立した作品として楽しめるように描かれています。このように、季節を感じさせる表現の工夫がみられボナールの連作『庭の女性たち』では、引き伸ばされた細長い人物像の衣装が、それらを取り囲む植物文様の装飾と見事に調和しています。屏風として制作されたこの作品は、ナビ派の新たな美学が、装飾的な芸術に立脚していることを示しています。この作品は、今までの西洋絵画では見られない縦長の形をしておりますが。これは日本の浮世絵や掛軸にインスピレーションを受けたものと考えられます。一方で人物の心理描写の表現も際立っています。





5.室内と静物 「芸術作品―時間の静止」

 ナビ派として画家活動を開始してから、独自的で日常性の高い画題を数多く手がけていることから『親密派』(アンティミスム:装飾性と平面性を融合させた表現様式で、物語性の希薄な日常の室内生活空間を画題とする作品を手がけた画派)の代表的な画家となりました。 「親密さ」というテーマ大切にしてきましたが、作品の深い融合を感じる作品の落とし穴を回避するため、作品創作の段階から、静物画、親密な場面から牧歌的な主題、都市景観、アンティークな装飾まで、ボナールの作品は本能的に繊細な芸術家であることを感じさせます。明るく明るい色のパレットは、ボナール美術の主役のひとつであり絵画画面を調和させる手段でした。燃えあがる色彩によって、慣れ親しんだモチーフが未知のものへと変貌を遂げているように感じさせます。たボナールは日常世界の微細な変化にも目を向け、それを絵画空間に定着させて「時間の静止」を捉えました。ありふれた室内を描いた作品には、人工的な照明や独特な構図や縁取りによって、親密さと同時にどこか謎めいた雰囲気がただよっています。



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ル・カネの食堂1932年 油彩、オルセー美術館

       (ル・カネ、ボナール美術館寄託)




 ボナールはダイニングルーム、インテリアなどの作品も描きました。



6.ノルマンディーやその他の風景

 ボナールはやわらかな光の中に壮大な風景が広がるノルマンディー地方の自然に魅了されていました。1912年には、モネが住むジヴェルニーに近いヴェルノンという街に、セーヌ河岸の斜面に建つ小さな家を購入しました。テラスから空と水のパノラマを一望できたこの家での暮らしは制作意欲をおおいに刺激しました。庭には野生の植物が生い茂り、その重なりは精妙なグラデーションとして描き出されています。そしてボナールが頻繁に訪れたアルカションやトルーヴィルでは、表情豊かな空が大きな空間を占める海景画が生み出されました。


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『ボート遊び』 1907 年 油彩、カンヴァス オルセー美術館





7.終わりなき夏

 自らを画家 =装飾家とみなしていたボナールは巨大な装飾壁画も手がけました。そこでは生の喜びを謳い上げ、「アルカディア」を出現させようとした画家の創意が見てとれます。また 1909年、画家アンリ・マンギャンの誘いで南仏のサン=トロペに初めて長期滞在し、母に宛てて「色彩に満ちた光と影」が織りなす「千夜一夜」の体験を書き送ります。その後、病弱なマルトの転地療養のためもあり、1912年にはパリ西郊ヴェルノン、1925年には南仏ル・カネに家を構え、もっぱら庭の風景、室内情景、静物などの身近な題材を描きました。ボナールはコート・ダジュールを毎年のように訪れ、1926年にはル・カネの丘の上に建つ、地中海を一望する家をし、絵画は、一つの充足する小さな世界でなければならない」という理念の基、装飾性と平面性を融合させた表現様式でもっぱら庭の風景、室内情景、静物などの身近な題材を描き続けました。1947年に亡くなるまで、輝く色彩に満ちた終わることのない「夏」を描き続けたのでした。


 

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『花咲くアーモンドの木』1946-47

オルセー美術館(ポンピドゥー・センター、国立近代美術館寄託)



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『白い猫』 1894年  オルセー美術館



 手足もしっぽも伸びていて、完全に首が体にめりこんでいます。奇妙な姿態ですが、人を引き付けるような、謎めいた可愛さを感じさせるのはなぜでしょうか。




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『猫と女性 あるいは餌をねだる猫』 1912年頃 




 最期の部屋の大きな壁画は、ボナールの色彩画家としての開花と幸福感に満ちたボナール絵画の魅力を満喫では来ました。





全体の感想・まとめ

 ボナールの画面は地味ですが暖色を主調にした華やかな色彩に変化していったのは。1909年、南仏を初めて訪問し、この地に強く惹かれ、パレットの中の色彩の鮮やかさがより一層増してゆき、印象派とも日本の版画とも一線を画すボナール独自の華麗な色彩表現を確立していきます。生涯にわたって「白」を研究し「黄色」も特別な意味を持っています。




 ボナールは、何の変哲もない情景に目を向けながら、親密な感情を持って、見慣れている日常生活から意外な面白さを見出し、親しげで魅力的な美しさを描いて見せてくれまとした。ポスト印象派とモダンアートの中間点に位置する画家として、幻想性と非現実性を調和させた柔らかな色彩を効果的に用いた独自の表現様式を確立し、明瞭な光と華やかさ満ちた絵画を制作しました。人物画、特に裸婦作品が多いですが、風景画や肖像画、風俗的画題の作品、ロートレックの影響を受けて商用ポスターや挿絵などのでも優れた作品を残しています。



 ナビ派として画家活動を開始してから、独自的で日常性の高い画題を数多く手がけていることから『親密派』(アンティミスム:装飾性と平面性を融合させた表現様式で、物語性の希薄な日常の室内生活空間を画題とする作品を手がけた画派)の代表的な画家となりました。 ボナールの作風は平面的、装飾的な構成で、ポール・セザンヌや印象派、フォーヴィスムなど様々な絵画様式から影響を受け、日本趣味(ジャポニスム)の影響が色濃く反映しています。人物やテーブルなどが画面の端で断ち切られた構図は浮世絵版画の影響と考えられます。



 この美術展を見て、光を意識した色彩表現が洗練されていく過程が理解できるようになりました。ボナールの画面は一見地味ですが暖色を主調にした華やかな色彩に変化していったの、1909年、南仏を初めて訪問し、この地に強く惹かれてからと考えられます。パレットの中の色彩の鮮やかさがより一層増してゆき、印象派とも日本の版画とも一線を画すボナール独自の華麗な色彩表現を確立していきます。生涯にわたって白を研究し黄色も特別な意味を持っています。人生後半の作品では、色彩感覚の素晴らしい才能を駆使することによって、光の幻想を紡ぎだしました。オレンジや黄色が主体となっている作品手でも、実際はもっと多くの色が使われていて、一枚の絵の中に無数の色が散らばっているとさえ思えてきます。色と色の相互関係から、時には不協和音が画面に色彩による幻想を生み出すことさえあります。眩いばかりの色彩に満ちているからこそ、私たちはボナールの色彩の魔術に魅惑されてしまうのだと、この美術展を見て体感することができました。






更に詳しく知りタフい方やご興味のある方は、下記の文字をクリックすると、リンクして見ることができます。

ナビ派  その全貌と歴史的な意義

ゴーギャン絵画と総合主義





参考文献

図録『オルセー美術館特別企画ピエール・ボナール展』国立新美術館で2018

高橋 明也, 島本 英明 ()「もっと知りたいボナール生涯と作品」2018

GuyCogeval, Isabelle Cahn (編集) ”Pierre Bonnard: Painting Arcadia” 2016

オルセー美術館特別企画ピエール・ボナール展|国立新美術館 公式サイト

美の巨人たち ピエール・ボナール「黄昏」2018-11-18放送





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by desire_san | 2018-12-23 22:01 | 美術展 & アート | Trackback | Comments(8)
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Commented by snowdrop-nara at 2018-12-20 20:27
こんばんは。
やはりボナール展に行かれたのですね!
テレビで関連番組を幾つか見ました。
ボナールの風景を再現展示したりしているのですか。
関東にお住まいなのがうらやましいです。

シャンパンのポスター、
かろやかな泡は北斎の波しぶきの影響も受けているのでしょうか。
ロートレックよりもほのぼのしたポスターは
さらに女性好みかもしれません。
好きだった絵の道に進めた喜びでしょうか、
彼の絵にみなぎる幸福感に憧れます。
アーモンドの花、ゴッホよりもやわらかい印象です。

ロートレックとボナールを比べていると
蕪村と大雅のことが連想されます。
蕪村の絵はお好きですか?
よろしければ拙ブログにもいらしてください。
Commented by desire_san at 2018-12-22 13:57
snowdrop-naraさん いつも私のブログを読んでいただいてありがとうございます。

ボナール展が東京でしか開催されたないのを知って大変驚きました。巡回して、できるだけ多くの方に見ていただきたかったですね。

ロートレックとボナールの美学が蕪村と大雅の絵画と共鳴するというのは、何となくわかりますね。早速snowdrop-naraさんのブログをご訪問させて頂きます。


Commented by pinewoodP at 2018-12-29 15:18 x
他のサイトのコメントで本ブログを拝見しました。「白の研究」と云う点が興味深く思いました。今回のボナール作品ではオレンジやグリーンに牽かれました。
Commented by desire_san at 2018-12-29 20:15
pinewoodPさん

ボナールの絵画で、色彩感感覚のすばらしさは大きな魅力ですね。

Commented by たた at 2018-12-30 10:11 x
desire様
ブログにコメントありがとうございます。
丁寧なブログで、拝読して、ボナール展の印象がより深まった気がします。
印象派の展覧会で、ナビ派も一緒に展示されることがあるのですが、平面的で幾分稚拙に見える形のとらえ方に、スルーするという訳ではないのですが、画家の名前をとどめて、より知ろうというまででなかった感じでした。
ボナール展の印象では、色の使い方が非常に研究されている、感性+研鑽が感じられました。

ブログの他の方のコメントを拝読すると、ボナール展は東京でしか開催されないようで、それは残念だなと思いました。

ブログお気に入りに入れさせていただいたので、拝見させていただきたいと思います。
Commented by desire_san at 2018-12-30 12:05

たたさん 私のブログを読んでいただきありがとうございました。

ボナールは、印象派の陰に隠れて、日本では今ひとつ人気がないようです...
ボナール展は東京でしか開催されないと聞いて驚きましたが、知名度があまり高くないからなのでしょうね。

ご指摘のように、ボナールの色彩感覚はすばらしく、印象派を超えて。フォービズムを予感させることを今回のボナール展を見て感じました。

見に行った美術の展覧会には、たいてい鑑賞レポートを書いています。
これを機会によろしくお願いいたします。

Commented by Masayuki Mori at 2018-12-30 12:21 x
こんにちは!  
いつもながら、本質を的確についたボナール展の鑑賞レポートを読ませていただき、勉強になりました。

ボナールが描く裸体画では、あえで逆光にしたり、顔を下向きに描いたり、鏡に映っているけど、扉で顔が見えないとか、いろいろな方法で顔が見えないので、想像が広がるところが好きです。

顔を描かない方法選手権じゃない?
意図して「見えないことが自然」な構図を探していたとしか思えません。 顔は描かないのに、首から下の方が雄弁という見方なのでしょうか? または、表情で絵の中の人の感情に正解を決めず、体で雰囲気を伝えているのかもしれません。

Commented by Rei35tro075 at 2018-12-30 12:36 x
こんばんは。
ボナールの明るい夏らしい風景画は、ゴーギャンを感じます。 ボナールの室内画は、人と人との間に気まずい沈黙が流れるような、堪えがたい空気を感じます。ボナールは、ゴーギャンと仲良しではなくて、「腐れ縁」に近い切っても切れない縁に引き寄せられ、抜け出せず、翻弄される人生を感じます。仕事でも恋愛でも、「また同じこと繰り返してる…」と思うことがあります。分かっているのに罠にかかりに行く感覚、ムシャクシャが暗い室内画の中で起こってるように見えるのです。 ボナールの絵は「親密な情景」と評されます。暗いところで、まさか自分が見られているとは思ってない人たちを描いたから、「親密」と言われるのか、「親密な情景」の意味よく分かります ?