ヴェルディが最後に世界に残したオペラプッファの傑作
ヴェルディ『ファルスタッフ』
GiuseppeVerdi ”Falstaff”

『ファルスタッフ』は、多数の傑作オペラを作曲したヴェルディの最後のオペラです。今まで手がけたことのないオペラブッファであり、シェークスピアの『ウィンザーの陽気な女房たち』と『ヘンリー四世』」を下敷きにした台本草案に基づいています。80歳のヴェルディが最後制作したオペラブッファで、ドタバタ喜劇のようありながら、悟りの世界に誘われるような清澄なコメディーに仕上がっています。
Falstaff is a comic opera in three acts by the Italian composer Giuseppe Verdi. The libretto was adapted by Arrigo Boito from Shakespeare's The Merry Wives of Windsor and scenes from Henry IV, parts 1 and 2. The work premiered on 9 February 1893 at La Scala, Milan.Verdi wrote Falstaff, which was the last of his 28 operas, as he was approaching the age of 80.
伝統的なオペラプッファには興味を示さず、ヴェルディにとって舞台作品の理想であったシェークスピアの『マクベス』『オテロ』を始め、沢山に優れた人間の悲劇に生涯取り組んできたオペラの巨人ヴェルディは、作曲を通じて感情移入ししながら人生を問い続け、人間の性格をオペラに映し続けました。人間の真実を表現しようとするヴェルディにとっては、『マクベス』や『オテロ』の中にみられる人間がもつ強さと弱さのアンバランスに共感したのだと思います。それまでの『マクベス』『オテロ』といったシェークスピアの作品は力のこもったヴェルディ・オペラという感じでしたが、この作品は、今までと違ってシェークスピアの匂いを強く感ずる作品でした。

ヴェルディは、老境に立って人間の普遍的な喜劇性が見えるようになり、技法の円熟とともにそれが表現できるようになって到達した境地と言えます。『ファルスタッフ』の特徴は、主役が放蕩の指南役だった今は時代錯誤の孤独な老人ということで、音楽は韻文で書かれ台本に相応しく上品で美しいですが、華やかで美しいアリアはあまりありません。しかし、言葉と結びついた音楽が延々と続き、今までオペラブッファとは一味違う輝かさがあるのです。第一幕、第2幕は九重唱の合唱で盛り上がり、最後の第3幕は、ロマン主義時代のオペラを厳格なフーガしかも、喜劇調のファルスタッフの音頭でリズムカルなフーガという意外性は心憎いと感ずるほど見事です。「世の中はすべて冗談、人はふざけるために生まれた。誠実もあやふや、理性だってあやふや」ファルスタッフの台詞を次々と受け継ぎ、十人のソロと混声合唱見事なフーガで締め括ります。「世の中総て冗談」と言って去っていく姿は、ヴェルディの数多くのシェークスピア作品の中でも人間の生術と人生の悟りを感じさせます。

当然オペラ『ファルスタッフ』の舞台は、タイトルロールを誰が演ずるかで全く違った舞台になることは容易に予測できますので、魅力のあるバリトン歌手の舞台を選んで観賞してきました。
最初に観た新国立劇場の舞台のタイトルロールは1970年以降で最も魅力のあるバリトン歌手といわれていたウィーン生まれのドイツ人・バリトン歌手・ベルント・ヴァイクルでした。ヴァイクルは元々ワーグナーを得意とする人で、高域に伸びのある明るく柔らかい歌声が魅力でした。

それから2年ぶりに、サントリーホールで聴いた『ファルスタッフ』は、イタリアのバリトン歌手で、彫りの深いノーブルな声と歌い崩しのない折り目正しい歌唱で最も正統的なヴェルディ・バリトンと言われたレナート・ブルゾン。オーケストラを舞台に上げたことによりオーケストラの音楽が前面に出てきていると感ずる部分もありましたが、ブルゾンはヴァイクルのような華やかさはありませんでしたが感情や内面的な表現力に魅力がありました。オペラの役作りに対する考え方が違うのではないかと思いました。ホールオペラという形式にも関わらず、今回のブルゾンの舞台の方が、新国立劇場のヴァイクルの舞台よりが演劇的な雰囲気、シェークスピアの匂いを強く感じました。この作品の最大の聴き所は主要人物9人によるデュエットですが、自分を励ますように歌うファルスタッフのアリアが私の心に強く残り、私自身も大いに励まされました。これもブルゾンの表現力に負うところが大きいと思いますが、ヴェルディの総決算のオペラだけあって観賞するたびに新しい発見のある奥の深い作品だということかもしれません。とにかく『ファルスタッフ』というオペラが好きになりました。

そして今回再び、ブラジル、サンパウロ市生まれのより若い世代のバリトン歌手・ロベルト・デ・カンディアで『ファルスタッフ』で鑑賞してきました。ガンディアは、リハリの良い巧みな無頼な表現力や語り口もよく、声は少し軽めでしたがよく響き歌は上手で、1幕と3幕のアリアは自然で無理のなく無難に歌言い切りました。リハリの良い巧みな無頼な表現力や語り口、時々見せる威厳、大真面目ゆえのユーモアの表現適切で、シリカルな表現を意識した歌いぶりも良かったと思います。ただ、ブルゾンの感情や内面的な微妙な表現力を味わった体験からすると少し軽い印象を受けました。
それを見越してか、今回の舞では、人気のソプラノ歌手・エヴァ・メイではフォード夫人アリーチェ役で出演していました。容姿と歌に気品あふれるエヴァ・メイの透明感のある歌声はカンディアを引き立てます。容姿とともにとても気品あふれる歌唱でした。

フォードのマッティア・オリヴィエーリは二枚目で、声が軽くのびやかによく響きました。クイックリー夫人のエンケレイダ・シュコーザは少し細く気品があり、さわやかな歌唱でした。ページ夫人メグの鳥木弥生、バルドルフォの糸賀修平、医師カイウスの青地英幸の日本人歌手も検討していて、軽妙なアンサンブルは輝いていました。三澤洋史の指揮する合唱も、音楽面で難易度の高い曲を見事にまとめていました。
リッツィ指揮する東京フィルハーモニー交響楽団の演奏も非常に印象的でした。精密・緻密で音色はきれいで、フォルテは弾んでいてメリハリがありました。アンサンブルもとてもよく整理されていて、色彩感豊かな音楽で、難易度のとても高いこの漢学を、自然に美しく響かせていました。

ジョナサン・ミラーの演出は、シェークスピアが生きた17世紀の生活を人間観察から来るリアルな人間の行動を舞台に乗せて再現することを目標としていたようです。17世紀オランダ絵画風のセットが、室内になり、最後はそこに木が生えて森になるのですが、室内のセットはフェルメール絵画を思わせます。本来英国が舞台のこの作品の舞台をオランダに移したのは、17世紀のオランダはスペインから独立を勝ち取り、市民による共和国を築き、市民を主人公にした絵画が発展しました。17世紀当時の人々の生活を克明に絵画として記録したのは、オランダ人しかいなかったのです。この発想は成功し、フェルメール風の、人々の生活を慣習がのぞき込んでみているような雰囲気は、この舞台には大変効果的でした。
(2018年 新国立劇場・オペラパレス)
参考:
高崎 保男 (著) ヴェルディ全オペラ解説 3
「シチリアの晩鐘」から「ファルスタッフ」2015
音楽之友社(編)スタンダード・オペラ鑑賞ブック〈2〉
イタリア・オペラ〈下〉 音楽之友社
ファルスタッフはヴェルディのなかでは異色な印象がありますが、シェイクスピアの作風が反映しているためでしょうか。
desireさんのおかげでAIの絵画やCDの音楽などについて、思索を深めることができました。
まだ連載途中ですが、いつでもご感想など拝聴できると光栄です。
ヴェルディは、シェイクスピアを尊敬しており、「マクベス」「オテロ」などシェイクスピアの文学作品を音楽の力で、より輝かしい舞台を創造しようと努めていました。「リア王」や「ベニスの商人」のオペラ化を検討していたようですが,実現せず、最後の作品が、この『ファルスタッフ』となりました。
doitsuwineと申します。
kirafuneさんのブログから入りました。
カテゴリを見ていると、自分のブログのように見えてきます。
この冬はヴェネツィアで美術鑑賞しました。
どちらかというと私は「食」の方に興味があります。
日本はもっぱら京都を愛しています。
私もヴェネツィアをはじめ、イタリアが大好きで,現地地に行かないとみられない美術、芸術を求めて、イタリアに出かけています。
日本では、京都や奈良で日本の芸術を感ずると、生きていることを実感なできますね。
いろいろ共通の感性でお話できそうで、大変うれしいですね。
これを機会によろしくお願い致します。
イタリアオペラは本来正装やバーティ―の様な衣装をきて、畏まって聴くものではなく、庶民が気軽に楽しむオペラだったことを、このオペラは教えてくれました。

