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芸術と自然の美を巡る旅  

東大病院精神科を支えた「心の師」神谷美恵子の人生哲学

神谷美恵子『生きがいについて』

MiekoKamiya "On the Purpose of Life"

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 生まれて初めてはNHKの朝ドラの『まんぷく』を見ました。成功して富を得た人には光と闇の部分があるはずだと思っているので、この種の自慢話のようなサクセスストーリーは見ないのですが、安藤サクラと長谷川博己の演技が面白くて、しばらく見ていました。ドラマを見ていてふと思ったのは、『まんぷく』が本当の話なら、主人公のる安藤百福氏は、生きることを悩んだことなどなかったのだろうなあ、と思いました。サクセスストーリーの主人公のように、人生が成功体験の積み重ねでできている人は、「自分はなぜ、何のためにいきるのか」なんて悩むことはないのかも知れませんね。








しかし。私のような凡庸な人間は、学生のころから悩んでばかりいました。学生の頃は、ロマン・ローランの『ジャンクリストフ』、ルソーの『告白』、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』など、就職してからは、『般若心経』『愚管抄』や孔子、良寛の本を読みながら悩みました。一時は自己実現の概念などを提唱したアメリカの心理学者・A.H. マズロー『人間性の心理学』に共感したこともありましたが、物事がうまくいかなくなると、この種の本は救いになりませんね。ヴィクトール・E. フランクル『「生きる意味」を求めて』、アルフレッド アドラー『人生の意味の心理学』も説得力はありますが、弱者には眼が向いていないように感じました。



そんな時であったのが、神谷美恵子さんの『生きがいについて』という本でした。神谷美恵子さんによれば、人間の価値は、行動成果、利用価値ではなく、どうあるべきか」に重点が置かれていました。



「人間の存在意義は、その利用価値や有用性によるものではない。野に咲く花のように、ただ「無償に」存在しているひとも、大きな立場からみたら存在理由があるにちがいない。自分の眼に自分の存在の意味が感じられないひと、他人の眼にもみとめられないようなひとでも、私たちと同じ生をうけた同胞なのである。もし彼らの存在意義が問題になるなら、まず自分の、そして人類全体の存在意義が問われなくてはならない。そもそも宇宙のなかで、人類の生存とはそれほど重大なものであろうか。人類を万物の中心と考え、生物のなかでの「霊長」と考えることからしてすでにこっけいな思いあがりではなかろうか。」



人間は、野に咲く花のように、自然の中に生かされている地球の生き物であり、自然の中に生きる草花も木々も小鳥も、みな地球に生きる同胞と考えられるようになると、この地球の中で生きていること自体に喜びを感じられるようになりました。豊かな感性を磨いていけば、地球の自然のいたるところに、人類が作った様々な文化や芸術に、生きる喜びを感じられるようになり、幸せに生きられると思えるようになりました。




「戦時中の東大病院精神科を支えた3人の医師の内の一人」、「戦後にGHQと文部省の折衝を一手に引き受けていた」という逸話もあった神谷美恵子さんは、昭和32年、43歳時岡山県の離島にあるらい病の療養所「長島愛生園」の精神科非常勤医師となり、以来昭和47年まで、15年間に渡ってらい病患者の精神的ケアに関りました。ここで、最も生きがいのもてない患者たちにどのようにして生きがいをもってもらうかという臨床研究に向き合っていました。



ハンセン病の患者さんとの出会いや交流、長島愛生園での実践と思索の日々の中で、一人の女性として、また妻として母として、日常の雑事を生き抜いた生活者として、ときに迷いながらも、自らの信じる道を貫いた神谷美恵子さんのその生きる姿勢から生まれた、病めるものに寄せる思いと実践のなかから紡ぎ出された言葉の数々は、畢竟の名著『生きがいについて』をはじめ、『神谷美恵子の世界』は、当時の私には新鮮な輝きでした。




神谷美恵子さんが美智子皇后の相談役だったことを知ったのはそのしばらく後のことでした。



 「日清製粉」の社長の正田英三郎氏の娘として生まれ、現在の天皇・皇后両陛下である皇太子と美智子さまのご成婚に際して、「粉屋の娘のシンデレラ物語」などと紹介する外国のメディアもありました。ご懐妊と発表された後、胞状奇胎による流産では、お体の衰弱もひどかったですが、それ以上に「皇太子様のお子を流産するとは何事だ」というようなムチャクチャナな中傷がなされ、精神的に追い込まれました。聖心女子学院卒で、キリスト教に近かった美智子皇后が義弟の常陸宮の心の病に対して、聖書のことを話して励まされたことが大事件に発展したこともありました。体調の悪化と心の病が重なって、周囲の人間に心を閉ざして言葉が出なくなった失語症も大きく報道されました。



美智子皇后が精神的に悩まれていた際には、神谷美恵子さんが話し相手になられ、さりげなく支えられたといいます。彼女の精神的危機を救うために尽力したそうです。神谷美恵子さんは「頭の先から爪先まで優しさの詰まった方だった」と言いわれています。溢れる慈愛によって苦しんでいる人を癒す事のできた聖女のような精神科医でした。神谷美恵子さんがいう生きがいとは「どんな仕事をしているとか、どんな地位にある」といった世俗的なものではなく、「どんな立場にあっても、それぞれの人が心の中に創造し得るもの」であり、「与えられた役割をコツコツと果たしていく過程で手にすることができる」ものだと美智子皇后に伝えたと言われています。



 美智子皇后の病状に対して精神科医としての神谷美恵子さんが「孤独」と診断したことで、美智子皇后のことを書いた著物から、神谷美恵子さんとの関係を扱った部分が大幅に少なくなりました。神谷美恵子さんも皇后陛下との交流を一切書いてはいません。しかし、美智子皇后陛下は、神谷美恵子著作集をすべて読んだと言われています。魂の縁といえる美智子皇后との心の交流秘話、秋篠宮文仁親王妃・紀子様が神谷美恵子さんの著書を愛読する理由なども密かに語られているそうです。



神谷美恵子さんは63歳の若さお亡くなりになりました、しかす、美智子皇后が被災地などで、被災者と同じ目線で寄り添っている姿は、神谷美恵子さんがかつてらい病患者に寄り添ってお話している姿と生き映しのように似ていると、神谷美恵子さんを知る人は語っています。近年は天皇陛下も、美智子皇后に倣って、被災者の方々などと同じ目線で寄り添って、お話しされています。神谷美恵子さんの精神は美智子皇后の力で日本人に根付いていったように感じました。






神谷美恵子『生きがいについて』1966年 みすず書房








by desire_san | 2017-01-12 20:52 | 日本の旅と文学・映画・ドラマ | Comments(0)