音楽史上初めて「芸術音楽」という概念を生んだベートーヴェン
ベートーヴェン

ベートーヴェンの登場まで、音楽は現在のポップス音楽のように、楽しむことを目的とした音楽でした。音楽の世界に芸術として向き合った最初の音楽家はベートーヴェンではないでしょうか。そこに至るまでベートーヴェンは大きな苦悩を乗り越えました。その歴史をレポートしてみました。
ベートーヴェンの音楽は初期に完成されていた
ピアノソナタ『悲愴』でベートーヴェン評価を決定づけました。
第一楽章 重々しい序曲から怒涛のような速く陽気な生き生きと活気生気に満ち曲想、転調を経て音楽はなだらかな降下線を描きます。
第二楽章 奥深い神髄の美しいアダージョ
第三楽章 流麗なロンド
曲の冒頭で聴く人の魂をつかみ、和音が凄いインパクトがあり、完璧なソナタでした。
ベートーヴェン: 第23番「熱情」ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」・第21番「ワルトシュタイン」・第25番・第26番「告別」完成度の高さが驚異的な作品、完成度の高さは筆舌に尽くしがたいもの
初期から中期にかけて、異常なほどの集中と高揚を示していきます。
作家ロマン・ロランは著作「ベートーヴェンの生涯」でこう語っています。
「ベートーヴェンは巨匠と言うよりそれをはるかに超えた偉大な存在なのだ。彼は悩み闘う人々の最も親切な友である。この世の悲惨に我々が心を痛める時、彼は我々の傍らに歩み寄ってくれる。」
難聴を苦にして自殺を決意・精神的な危機
ベートーヴェンは聴覚の異常を感じ、ピアノ演奏どころか日常生活にも不便な「難聴」の状態になりました。これは、音を扱う音楽家としては致命的でした。決定的な挫折を迎えたベートーヴェンは、32歳(1802年)には有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」を書くことになります。
偉大なる行為を成し遂げることを私は自分自身から進んで行なうべきだと考えてきた。
・・・・音楽家の私にとっては他の人々よりもより一層完全でなければならない感覚であり、かっては自分がこのうえない完全さをもっていた感覚、私の専門の音楽畑の人々でも極く僅かの人しか持っていないような完璧さで私が所有していたあの感覚を喪いつつある・・・・・・・なにも聞こえないという場合、それがどんなに私にとって屈辱であったであろうか。・・・・・・・私は殆ど将来に対する希望を失ってしまい自ら命を絶とうとする・・・・・・・そのような死から私を引き止めたのはただ芸術である。私は自分が果たすべきだと感じている総てのことを成し遂げないうちにこの世を去ってゆくことはできないのだ。
ここで、おそらく音楽史上初めて「芸術音楽」という概念が誕生します。それは「聴衆にこびたり、お金を得たり、社会的に健全を装う」ことを否定し、「純粋に自己の創作意欲のみに忠実に」音楽を創る姿勢であり、いわゆる「娯楽音楽」の反語となる(形而上学的な…早い話が非現実的な)概念です。
しかし、それは裏を返せば、もはや聴衆にこびることも、お金を得ることも、健全を装うことも「出来なくなった」ベートーヴェンが、絶望の果てに思い付いた「復讐の雄叫び」と言えなくもありません。これを後世ニーチェは「ルサンチマン」・・・弱者が強者に対して「憤り・怨恨・憎悪・非難」の感情を持つことなどの言い方で説明しています。現実の世界ではもはや何によっても勝利を得ることが不可能となった「決定的な弱者」は、理念(空想)の世界でのみすべてに逆襲することが出来るという考え方です。
ベートーヴェンは、他人に何と言われようと本音を叩き付ける…激情型の「作曲家」として生きる決意を固めたと考えられます。
芸術としての交響曲へ
1803年「交響曲第3番変ホ長調(エロイカ)」が生まれました。フランス革命の思想的な影響やナポレオン・ボナパルトの英雄像などを取り込んだこの音楽は、全4楽章で1時間近い巨大さと規模を持つ異形の交響曲です。それはこの時代としては誇大妄想狂の産物とでも言えるような作品かも知れませんが、それこそが「崇高」で「偉大」な、新しい「交響曲」という概念が誕生した瞬間でもありました。
以後、交響曲は、作曲家がその信じる思想と理想と妄想をすべてぶちまけた「集大成」的な作品として存在することになります。この作品から交響曲の歴史が始まったといえます。
運命をねじ伏せ、歓喜に至った第5番と、嵐(耳の病)の後の感謝の歌で名残惜しげに締めくくられる「田園」。この2曲は表現こそ違いますが、耳が聴こえなくなる絶望感を乗り越え、崇高な境地に達した(暗黒⇒光明)ベートーヴェンの精神的浄化の表現ではないでしょうか。
ベートーヴェンの音楽は初期に既に完成されていました。
中期は、完璧な作品だけでなく、それ以上に「芸術」で、「芸術」とは偉大さの証明であり「希望」の啓示でした。
後期は、深遠な世界に、「第9」謳い上げる至高の歓喜に、人々が一つとなる人間の絆。自ら汲み上げたものを音楽に持ち込みました。ベートーヴェンにとって、音楽は自己を投影させるメッセージであり、自己の世界観を表明するものでした。ベートーヴェンに従うならば、「強固な共同体という基盤を失った近代人は自己を確認しなければならない」音楽は確認した自己の芸術表現でした。
参考文献:
平野 昭 (著)『ベートーヴェン』2012年 音楽之友社
ロマン・ロラン (著),片山 敏彦 (訳)『ベートーヴェンの生涯』1965年
田村和紀夫『文化としての西洋音楽の歩み』2013年 音楽之友社
レーヴィット(著),三島憲一(訳)『ヘーゲルからニーチェへ』2015年岩波書店
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