楽聖ベートーヴェンはなぜオペラで成功しなかったか ?
交響曲の成功
交響曲第3番変ホ長調『英雄』に成功に自陣を得て燃えたぎる三十代半ばのベートーヴェンの創作意欲は、連続して書かれた交響曲第4番変ロ長調、交響曲5番『運命』ハ短調、交響曲第6番『田園』へ長調という3つの傑作に実を結びました。疾走感をもった第4番は古典的で軽やかな形式に優れ、緊張感をたたえた第5番は前衛的で重厚な構築を感じさせ、幸福感に満ちた第6番は標題音楽的で視覚的な構成に優れ、個性の違いを聴かせた3つ交響曲にはそれぞれ作曲の課題として成功しています。
特に交響曲第5番におけるきわめて短いモチーフを積み上げ組み立ててゆく圧倒的な構築感は、作曲技法的にも音楽的にも見事ですばらしいものでした。さらに凄いのは、西洋音楽の基本、属和音→主和音、及び短調→長調という構図を、「闘争」から「勝利」という図式として画期的でした。シンプルな構図で最大の効果と最高の説得力をもった「方法論」は驚きに値します。
交響曲第6番では、モチーフを何度も何度も繰り返し流すことで情緒的かつ視覚的な風景を生み出すことに成功しています。作曲技法としては、後のワーグナーの楽劇や現代の映画音楽の先駆と言うべき先駆的な手法に満ちています。この作品の描写音楽的手法は、ベルリオーズやワーグナーに最大の影響を与えた「ロマン主義」の原点とも言えます。
この3つの交響曲によって、芸術音楽の頂点を担う「交響曲」という概念を確立しました。続いて作曲された最も完成度が高いと言われる交響曲第7番(1812年)も含めて、完璧な作品であるだけでなく、「芸術」の偉大な証明であり、「希望」の啓示でした。それは一方で、元々は作曲手腕を示す「手段」が、作曲行為そのものの「目的」になってしまった「倒錯」の瞬間でもあったという見方もあります。
第9交響曲は、すべてのベートーヴェンに実際に存在するイデオロギーのメッセージを明確にします。深遠な世界に擁立された作品「第9交響曲」が謳い上げる至高の歓喜、人々がひとつになる人間の絆、自ら汲み上げたものを音楽に持ち込み、音楽はベートーヴェンが投影したメッセージとなり、ベートーヴェンの世界観を表明するものとなります。啓発の喜びは、すべての男性の兄弟愛の中で自分の利己主義を克服するという楽観的な委託・誓約を感じ、親愛なる父なる神は星空の上に住んでいると確信しています。大きな交響曲のハイドンのオラトリオ、ヘンデルのオラトリオに対する様な称賛はベートーヴェンを壮大な環境に向けた可能性があります。これは交響曲の土壌からの内部の必要性によって成熟しましたオーケストラを従えたボーカル音楽オペラで、疑う余地のないイデオロギー的意味の溝を飛び越える必要を感じたと思われます。
(文字をクリックするとリンクして、内容を見ることができます。)
オペラの創作に向かう
オーケストラによる「作曲」という新しい翼を得たベートーヴェンは、次に「具体的な劇性をもったドラマ」としてのオペラの創作に向かいます。それはある意味では当然の「進化」の方向と言えなくもありません。同じドラマ性の表出でも、抽象的にならざるをえない純器楽の交響曲より、セリフや筋書きのある「オペラ」の方がより理想的で壮大な世界を描けると考えました。
しかし理想の「芸術」を目指す作曲家にとって、現実の「興業」に巻き込まれるオペラの世界はあまりに制御不能だったのでしょう。徹底的に苦戦を余儀なくされ、「レオノーレ」「フィデリオ」と名前を変え、版を変えて書き直し、なんとか「オペラで成功する」ことを願いましたが、容易にそれは果たすことは出来ませんでした。
ベートーヴェンの人生の原則は道徳的な世界で、理想的で高揚した人道主義の純粋な領域から繁栄し、美しく高貴なものすべてへの熱意、善、美、不滅の統一を呼びかけました。芸術家は雲の中で高く舞い上がりました。彼にとって、作曲のすべてのルールには心理的な基盤がなければなりませんでしたが、ベートーヴェンは哲学者の作品から多くを学びました。ベートーヴェンにとって、音楽は魂の言語であり、神の無条件の献身においてのみ究極の完成に到達することができました。ベートーヴェンはこれらの原則に一生を捧げました。彼にとって「芸術を注ぐ」という概念は非常に異質であり、音楽を次のような表面的なオペラ素材に設定することは彼には不可能に思えました。ベートーヴェンはこれらの原則に一生を捧げました。
ベートーヴェンの音楽は、ベートーヴェンの音楽は、「運命」、「第9」、「皇帝」、「熱情」、とれをとっても、どこをとっても善、愛、叡智の勝利に対する確信に満ちています。途中で悩んで混沌とする部分もありますが、混沌と必死の格闘の末、善、愛、叡智、道徳が勝利しているのです。その隙のない完成度と確信に満ちています。
ベートーヴェン『フィデリオ』の限界
ベートーヴェンの第9交響曲は4つの楽章を通じて、この交響曲は暗闇から光への素晴らしい旅、苦悩、狂乱、息苦しさの状態から、希望と歓喜への移行でした。熱烈な情熱を持って追求された作曲家としてのベートーヴェンのキャリアにとって、そのような態度で劇的な結果をもたらし、彼の生涯を通じて、芸術家は彼の高潔な倫理によって規定された適切な台本を求めました。最後に『フィデリオ』の春の純粋で高貴な雰囲気すべてを繁栄させました。『フィデリオ』は、主人公レオノーレが「フィデリオ」という名で男性に変装して監獄に潜入し、政治犯として拘禁されている夫フロレスタンを救出、最後は、ソリストや合唱が代わる代わるレオノーレの勝利を讃えてのフィナーレで終わるサクセスストーリーでした。
しかし、人間社会の現実は理不尽に満ちて、そんな勧善懲悪の世界なんかじゃない。震災や原発事故で何の罪もない人が「天罰」を受ける。そんな世界で無力感に襲われるとき、ベートーヴェンのオペラ『フィデリオ』を観ても、何の救いも与えてくれません。ベートーヴェンの音楽は、みんな既成の価値観、道徳家と同じ方向を向いていて、現実社会で成功している人はともかく、矛盾の中で悩む人、迷える人に何も答えてくれないのです。
多様な価値観と利害が渦巻く社会で、ベートーヴェンの高潔な倫理に支配された勧善懲悪なシナリオを真剣に考える意味があるでしょうか?アウシュビッツや原子爆弾の恐怖の後、依然として前世紀の語る人道主義の音楽との誠実な対話はまだできるでしょうか?最近の格差社会が生み出す残酷な貧困を考慮して、大きな幻想の中で、決勝で祝われた普遍的な夫婦愛や兄弟愛を現実的に語る意味があるでしょうか?
ベートーヴェンに従うなら、強固な共同体という基盤を失った近代人は自己を確認しなければなりません。ベートーヴェンにとって「芸術を注ぐ芸術」の概念は、オペラで成功を重ねたオペラ作曲家とは全く異質であったため、音楽をモーツアルトの『ドンジョバンニ』や『コシ・ファントゥッティ』のような表面的なオペラ素材に設定することはベートーヴェンには不可能だったようです。
多くの楽曲分野で後世の目標となる業績を残したベートーヴェンにしては完全な成功作とは言えないという評価があります。確かに、『フィデリオ』の音楽は、愛好家や愛好家が考えることができるものをはるかに下回っていました。苦しめられたメロディーは、モーツァルト作品により私たちの心をつかむ幸せやたまらない魔法の感情的な魅力を欠いています。
間違いなくベートーヴェンの初期には強い音楽感覚が発達していた。ベートーヴェンは苦難と挫折を乗り越えて、自らの音楽により「芸術音楽」という概念を確立しました。一方モーツアルトは、父とともにミラノ、ボローニャ、ローマなどイタリアを3度訪れたのを始め、ウィーンやプラハで作曲した音楽を演奏しながら、交響曲、協奏曲、室内楽に加えて、あらゆるジャンルの演劇、シリアスなオペラからコミック的なオペラ、フランスのコメディなどに接し遊び心も含めて吸収し、自らのオペラの要素として蓄積していきました。モーツアルトは子供のころから天才で、生涯たぐい稀な天才であり続けました。ベートーヴェンは、モーツァルトの意味での子供の天才ではなかったということかも知れません。しかし、音楽家としては致命的な難聴を患い、自殺を考えるほどの苦悩と闘いに打ち勝ち、音楽史上初めて「芸術音楽」を確立したベートーヴェンに、これ以上何を望むのか、ベートーヴェンが楽聖と呼ばれるに相応しい大音楽家であることは誰も否定できないでしょう。
時代の価値観の変化
ベートーヴェンと同じ年に生まれたヘーゲルは、新しい時代に依然旧制度が支配しているドイツの社会を憂え、宗教・芸術・道徳と政治・経済・法律を世界史的な視野で歴史の面から追究し、フランス革命以後のジャコバンの独裁・ナポレオンの出現とその没後・ウィーン体制・七月革命へのめまぐるしい歴史的推移の反省や、個人中心の近代市民社会に内在する宿命的な矛盾が一九世紀のドイツの状況などが大きく影響していると考え、理性が世界を支配し、世界の歴史も理性的に進行する、全てのものは己のうちに矛盾を含んでおり、それによって必然的に己と対立するものを生み出す、という弁証法の理論を提言しました。ヘーゲルは、ドイツの現実をふまえて、「理想(自由)と現実(権力)とをいかにして統一づけるか」という問題を、積極的に追究し、「法の哲学」に基づく立憲君主制を肯定した民族、国家のあり方を探求しました。
次の世代のショーペンハウエルは、非現実的な恣意的意思を解き、哲学は、世界は調和し善きものを導くことを証明しようとしましたが、永劫に調和が実現し世界が善い方向に向かうのか、哲学の根本に疑いを向けました。世界を表象とみなし、その根底にはたらく「盲目的な生存意志」を説きました。この意志のゆえに経験的な事象は非合理でありこの世界は最悪、人間生活で意志は絶えず「盲目的な生存意志」で阻まれ、生の苦を免れるには意志の諦観・絶滅以外にないと説きました。この思想は、19世紀後半にドイツに流行し、ニーチェ、ワーグナーに大きな影響をあたえ、ロマン主義芸術の源泉となりました。
ベートーヴェンと同時代の文豪、ゲーテの『ファースト』『若きウェルテルの悩み』には、多くの哲学的問題が詰めこまれています。魂とは何か、人間の欲望と弱さ、愛と情欲、堕落と救済・・・・。ゲーテの文学には多様な人間のテーマが扱われ、過剰な言葉の奔流となって物語を押しながしているかのようです。ゲーテの『若きウェルテルの悩み』『ファースト』はフランスのオペラ作曲家グノーとマスネによって、屈指の名作オペラに仕上げられ、多くのオペラ愛好家に楽しまれています。
ベートーヴェンの唯一のオペラ『フィデリオ』が、モーツアルトのオペラからイタリア、フランスを中心としたロマン派オペラへのオペラの本流に乗れなかったのは、ベートーヴェンの「暗闇から光への素晴らしい旅」や苦悩を乗り越えて勝利し希望と歓喜のフィナーレに導く世界観は、フランス革命から始まる歴史的な変化に対して時代遅れになっていたことも大きな要因だと思います。
ドイツ・ロマン主義を確立した、ドイツ・オペラの金字塔ともいうべきウェーバーの『魔弾の射手』にしても、ドイツ・オペラを多数の録音と実演したベーム、カラヤン、ショルティの三人で、演奏録音を残しているのはベームの実況録音しか残っていません。カラヤンに至っては、『魔弾の射手』の全曲演奏をしたという記録すらないのです。生粋のドイツ人の指揮者でも、オペラ音楽の評価の厳しさを示していると思います。
それはともかくとしても、視力を失ってもなお音楽芸術を追求したベートーヴェンに、世界の潮流の変化に対応することまで求めるのは酷で無理な要求であり、音楽史上初めて「芸術音楽」の概念の確立の偉業だけで「楽聖」の名に十分値すると思います。
参考文献:
平野 昭 (著)『ベートーヴェン』2012年 音楽之友社
ロマン・ロラン (著),片山 敏彦 (訳)『ベートーヴェンの生涯』1965年
音楽之友社(編)ドイツ・オペラ 上 (スタンダード・オペラ鑑賞ブック)
魅惑のオペラ 24『ベートーヴェン:フィデリオ』2010年 小学館
加藤浩子著『オペラで楽しむヨーロッパ史』2020年 平凡社
田村和紀夫『文化としての西洋音楽の歩み』2013年 音楽之友社
レーヴィット(著),三島憲一(訳)『ヘーゲルからニーチェへ』2015年岩波書店
このページを見た方は、下をクイックしてしていただきようお願い致します。![]()
にほんブログ村


