世界最高峰のピアノ・コンクールの栄光と現実・秘話、コンクールと無縁の天才たち
ショパン・コンクールInternational Chopin Piano Competition
世界3大コンクールの1つで一流ピアニストへの登竜門と言われる「第18回ショパン国際ピアノコンクール」で、東京都出身の反田恭平さん(27)が2位に、山口県出身の小林愛実さん(26)が4位に、それぞれ入賞しました。優勝はカナダのブルース・リウさん(24)でした。日本人の2位入賞は1970年の内田光子さん以来、約50年ぶりの快挙です。
The International Chopin Piano Competition, often referred to as the Chopin Competition, is a piano competition held in Warsaw, Poland. It was initiated in 1927 and has been held every five years since 1955. It is one of the few competitions devoted entirely to the works of a single composer,[1] in this case, Frédéric Chopin. The competition is currently organized by the Fryderyk Chopin Institute.The Chopin Competition is one of the most prestigious competitions in classical music, often launching the careers of its winners overnight through major concert dates and lucrative recording contracts. Past winners have included Maurizio Pollini (1960), Martha Argerich (1965) and Krystian Zimerman (1975). The most recent winner has been Bruce (Xiaoyu) Liu of Canada in 2021.
内田光子さんは受賞後、1984年、小澤征爾の指揮するベルリン・フィル定期演奏会にバッハのピアノ協奏曲とメシアンの異国の鳥たちを弾いてデビューし、それ以降、国際メジャー・オーケストラの定期演奏会、そしてザルツブルク音楽祭、プロムス、タングルウッド音楽祭、ルツェルン音楽祭などの世界的音楽祭の常連となりました。 1991年、満を持して殿堂カーネギー・ホールにてデビューリサイタル。1999年にGreat Pianists of 20th Centuryシリーズに日本人で唯一の選出されました。また、ボルレッティ=ブイトーニ財団の評議員をつとめ、リチャード・グードと共同でマールボロ音楽祭のディレクターもつとめています。モーツァルト協奏曲クリーヴランド管弦楽団との弾き振りで、しかも収録曲がモーツァルトのピアノ協奏曲第20番、24番、27番の演奏は、情感豊かなものでオケの多彩にして慎ましやかな響きと相まって感動しました。「世界の内田」として名声を得たモーツァルト演奏から、並外れた実力を認めさせたベートーヴェン、高い知性と感性を感じさせるシューベルトやドビュッシー内田光子さんの技術の高さ感銘を受けました。
ショパンの魅力について、角野隼斗さんはショパンの魅力を「引き算の美学」と語っていて、これはおもしろい表現だと思いました。例として弾いてくれたリスト風「英雄ポロネーズ」には爆笑! たしかにリストはショパンとは正反対で、ある種の過剰さが芸術に高められた存在だと思います。ショパンは「引き算の美学」から、大きなドラマや豊かな詩情を生み出します。最後に角野さんが演奏した「英雄ポロネーズ」はまさにその実践だったと思います。小林愛実さんは、軽やかできらめくような装飾はショパンならでは「華麗な装飾音」を挙げてくれました。時代の他の作曲家、たとえばリストやシューマンとはまったく違った美学に貫かれています。
ショパン国際ピアノコンクールの審査
現在、審査員は18人の優れたスペシャリストと、フレデリック・ショパンの音楽の演奏のスペシャリストで構成されており、そのほとんどがコンペティションに参加しています。陪審員は、コンペティションディレクターフレデリック・ショパン研究所のディレクターであるアルトゥル・シュクレネル博士によって任命および解任されます。大会の議長は、大会ディレクターの要請に応じて、文化・国定遺産・スポーツ大臣によって任命され、解任されます。陪審員の決定は公開投票で行われ、単純な過半数の投票によって認識されます。コンテストが裁定されるまで、審査員は参加者と各ステージの結果についての意見を開示しない義務があります。
ショパンコンクール参加者は、5台のピアノから選択でき、わずか15分で決定できます。 第18回ショパン国際ピアノコンクールの参加者が演奏する楽器を知っています。今回は、前回のショパンコンクールと同様、参加者はスタインウェイ(2楽器)、ヤマハ、カワイ、ファツィオリの4つのブランドから5台のピアノを選択しました。利用可能なすべての楽器をチェックするために これまでずっとピアニストは15分で決断を下しました。弾いて見て確認していた人もいれば、すぐに特定のブランドのピアノを選択した人もいました。ピアノ音楽愛好家にとっても5年に一度の檜舞台「ショパン・コンクール」は、数百人のショパン・コンクールの応募者選考プロセス、選考・審査に関する情報、コンテスタントの審査結果に対する異議申し立ての可否、演奏者の正統派か異端派の分類、ピアノ選択の難しさ、予選での選曲、ファイナルでの選曲とオーケストラとの相性など気になることは色々あります。ショパンらしい演奏」の基準の変遷が見られます。2015年のコンクールにメディア枠での参加者の予想と結果をピアニストの視点と鋭い文筆家としての表現から出てくるショパンの作品番号をみて、論点の弾きどころ/聴きどころが分かるようであれば、愛好家としてもかなりのレベルでしょうね。「コンクールの各参加者の解釈芸術-特にフレデリック・ショパンの音楽がピアニストに課す要件に重点を置いて」評価します。90年以上の歴史の中で、連続したコンペティションの審査員は、解釈の芸術とは何か、ピアニスト自身の個性のどれだけを伝えることができ、伝えるべきかについて議論してきました。これらの議論の効果は驚くべきものでした。最もホットな論争は1980年に起こり、個性的なクロアチアのピアニストイーヴォ・ポゴレリチによって寄贈されました。彼のライバルはショパンのスタイルの理想を追求するために競争しましたが、彼はしばしば作曲家の意図に反して、彼自身の新しい解釈を提案しました。それでもショパンの楽譜に100%基づいています。誇張されたアクセントとペースの変化は、背景のメロディーを前面に押し出し、ほとんどジャジーなフレージングが聴衆を興奮させ、陪審員を分割しました。斬新さと新鮮さの魅力、そして大胆な解釈をマルタ・アルゲリッチは高く評価しました。一方、審査員の評価では、ファイナリストのグループからポゴレリックは除外されました。マルタ・アルゲリッチは、決勝に出場できなかったポゴレリックを支持し、陪審員を抗議して去りまた。それはユーゴスラビア出身の若いピアニストにとって素晴らしいキャリアの始まりでした。競争の発展と、古い時代の音楽の演奏への反省は、ピアニストと審査員に新しい課題を設定しました。20世紀の終わりに、古楽器の演奏傾向が現れ、作曲家の時代の楽器やそのレプリカの作品の演奏が、記譜法だけでなく、時代のより広い文脈と演奏慣行を考慮して始まりました。音楽の起源。作曲家の演奏を再現するためにどれだけ努力すべきか、そして彼の作品を使って自分のビジョンを提示するためにどれだけ努力できるかについての質問は未解決のままです。ショパンコンクール歴代優勝者の歴史第1回は1927年開催。ソ連のレフ・オボーリンが優勝しました。優勝後はモスクワ音楽院で教鞭をとり、アシュケナージの師としても知られることになります。ちなみに第1回の最終成功は、あの作曲家ショスタコーヴィチの名前も残っていきした。ピアノも得意だったのですね。第2回で優勝したのは、アレクサンダー・ウニンスキー。出身は現在のウクライナ、キエフです。2位と同点につき、なんと最終結果はコイントスで決められました。このときの審査員席には、ラヴェルやシマノフスキといった作曲家も座ります。続く第3回も、ソ連のヤコフ・ザークが優勝。ウクライナで生まれ、地元で学んだのち、モスクワ音楽院に移り、優勝後は母校の教師となりました。ペトロフやアファナシエフを輩出しています。1949年の第4回では、優勝者が2人出ます。ポーランドのハリーナ・チェルニー=ステファンスカと、現在のアゼルバイジャン出身のベラ・ダヴィドヴィチ。初の女性優勝者となりました。第5回は1955年に開催された優勝者は、ポーランド出身のアダム・ハラシェヴィチは、今回審査員を務めています。アシュケナージをおさえて優勝したことで話題となりました。第6回では、マウリツィオ・ポリーニが優勝。イタリア出身の彼は18歳でショパンコンクールに挑み、審査員全員一致で優勝したといいます。第7回で優勝したのはマルタ・アルゲリッチ。アルゼンチン出身の彼女は、ショパンコンクールの前にすでにブゾーニ国際ピアノコンクールやジュネーブ国際ピアノコンクール女性ピアニスト部門で優勝していました。この回で、中村紘子が第4位に入賞します。第8回には、アメリカ出身のジュリアード音楽院で学んだギャリック・オールソンが優勝します。195cmの長身ピアニストです。この回では、内田光子が第2位、今回審査員を務めているピオトル・パレチニが第3位に入賞しました。第9回はポーランド出身のクリスティアン・ツィメルマンが史上最年少の18歳で優勝し母国を熱狂させました。優勝後はキャリアを積み、1996年からバーゼル音楽院で教鞭をとっています。第10回では、ベトナム出身のダン・タイ・ソンがアジア人として初めて優勝を果たします。ハノイの音楽学校を卒業したのち、モスクワ音楽院で研鑽を積みました。第11回は、スタニスラフ・ブーニンが優勝しました。第3位は今回の審査員クシシュトフ・ヤブウォンスキでした。ブーニンはインタビューで、ショパンについて「ショパンの楽譜には、人生そのものを理解するための鍵が隠されています。そして、渦巻く感情がそのまま表されている。それがどんな心情、体験を記録しているのかを見ていくと、自分の生活、人生と重なり合う部分が見つかるはずです」と語っています第12回では、優勝者がいませんでした。今回の審査員でもある第2位のケヴィン・ケナー(アメリカ)が最高位となります。日本人の活躍も目立ち、第3位に横山幸雄が入賞しました。第13回も第2位のフィリップ・ジュジアーノ(フランス)、アレクセイ・スルタノフ(ロシア)が最高位となりまました。第14回(2000年)優勝者となったのは、中国出身のユンディ・リ。コンクール優勝後はドイツのハノーファー音楽大学で研鑽を積み、2006年からは香港に移ります。第15回では、ポーランド出身のラファウ・ブレハッチが優勝し、マズルカ賞、ポロネーズ賞、コンチェルト賞、ソナタ賞も併せて獲得。今回の審査員長カタリーナ・ポポヴァ=ズィドロンに師事第16回(2010年)アルゲリッチ以来45年ぶりの女性優勝者となったのは、第16回のユリアンナ・アヴデーエワ。ロシア出身で、モスクワのグネーシン音楽学校、スイスのチューリッヒ音楽大学、コモ湖国際ピアノアカデミーで学びます。第17回(2015年)前回優勝したのは、韓国のチョ・ソンジン。2009年に最年少の15歳で浜松国際ピアノコンクール優勝、2011年にはチャイコフスキー国際コンクールピアノ部門で第3位に入賞、からのショパンコンクールで優勝という輝かしい経歴の持ち主となりました。ショパンを弾かないピアニストの存在世界中にたくさんの音楽コンクールがありますが、ショパンコンクールほど注目を集めるコンクールはほかにありません。それはこのコンクールが過去にポリーニやアルゲリッチなど、偉大なピアニストを輩出してきたからでもあるでしょうが、それに加えて、ショパンがピアニストにとって特別な存在だからという点も見逃せません。若い頃にショパンを熱望した優れたピアニストがどれほど多いかは驚くべきことです。1927年には、天才作曲家であり、舞台恐怖症になりがちなピアニストであるドミートリイ・ショスタコーヴィチでさえ、その中で競争しました。彼は名誉卒業証書を受け取りましたが、ワルシャワでは何も役に立ちませんでした。アンローズ・シュミット、クリスティ・アンツァカリアス、ネルソン・フレイレ、エマニュエル・アックス、ポールバ・ドゥラスコダ、アンジェラ・ヒューイット、アレクサンダー・ロンキッチ、アレクサンドル・タラウドショパンなど、ショパンを熱望したピアニスト一部はすぐにショパンをあきらめました。それは、ショパンの作品は解釈に引き起こした大きな問題にあります。ショパンは巧妙さが必要なですが期待するほど壮観な音楽ではありません。ベートーヴェンが好きだと言う人は、古典的な音楽の比率が高いクラシック音楽全体からすればマイナーなショパンこそがピアノ音楽の中心であって、ピアノ弾きの興味の中心でもあります。ピアノを弾く人にとって、ブラームスとベートーヴェンは地味な存在であることにも留意しておく必要があるかもしれない。ベートーヴェンはソナタをたくさん書いた人程度の印象で、ブラームスに至っては、グールドの名演によって間奏曲などの小品は有名になったのですが、ピアノソナタがあるということを知っている人がどれだけいるでしょうか。ベートーヴェンやブラームスは、古色蒼然とした古い作曲家と見なされているようなきらいがあります。しかし、一方でクラシック音楽業界全体から見たショパンの位置と占める割合の少なさに、ピアノファンは愕然します。名ピアニストのアルフレート・ブレンデルが、こんなことを語っていました。「ピアニストには2種類いる。ショパンを弾くピアニストと、それ以外だ」実は当のブレンデルは後者のショパンを弾かないタイプのピアニストでした。ショパンを弾くとなったら、そのために膨大なエネルギーを注がなければならなくなるので、あるとき彼はショパンを弾かない道を選択したというのです。ブレンデルの演奏は、華麗さや派手さはないものの、中庸を行く知的で正統的な解釈で多くの音楽ファンを惹きつけている。レパートリーも、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、シューマンといった、ドイツ・オーストリア音楽の王道とも言うべき作曲家の作品を得意としています。グレン・グールドはショパンやリストに対して否定的であり、バッハの芸術至上主義的な姿勢に共感しました。ベートーヴェンやブラームスの録音もありますが、ワーグナー、リヒャルト・シュトラウス、シベリウスはグールドのお気に入りの作曲家であった。ロン=ティボー国際コンクールを初めとして、数々の受賞歴を重ねたブルーノ・レオナルド・ゲルバーは、ベートーヴェンやブラームスを偏愛しています。ショパンをあまり弾かないピアニストは意外に多く、リスト、ラヴェル、ドビュッシー、スクリャービン、ラフマニノフ、シューマン、プロコフィエフに手を出してみたりするのです。おそらく、伝説的巨匠フランツ・リスト、ラフマニノフ、シュナーベル、ギーゼキング、バックハウス、クララ・ハスキルらもショパンをあまり弾かないピアニストではないでしょうか。「ショパンを弾くピアニストと弾かないピアニスト」で多様な音楽表現が高く評価される多様性こそ、音楽、さらには芸術の醍醐味であり、限りなく奥深い魅力だと思います。参考文献青柳いづみこ著「ショパン・コンクール」(最高峰の舞台を読み解く) 2017年 中公新書8月25日再版副題小坂 裕子 (著)『ショパン (作曲家・人と作品シリーズ)』2004年、音楽之友社ショパン2021年12月号 2021音楽之友社ショパンに浸ろう- 2021年 音楽之友社許光俊『世界最高のピアニスト』2011年 光文社新書吉田秀和『世界のピアニスト』2008年 筑摩書房Wikipedia:ウィキペディア・フリー百科事典
その時は、コロナの最中で、管楽器抜きのピアノ協奏曲でした。ちょっと勘が狂いました。それでも満足したので、コンクールの演奏は、最高でした。😊
日本でも多くの人がいろんなコンクールで上位の成績を収めています。うれしい限りです。
日本人の ショパンコンクールに関しては、私は田中希代子さんのことが頭に浮かびますね。 10位とか それほどかもしれませんが・・
フェスティバルホールの独奏会、ステージに出ると脇目もふらずピアノの直進。すべてがピアノのため。。。
今回の反田さんとか 圧倒的に上手かのしれませんが。
私が ピアノ音楽を聴くのが好きになった いわば恩人。
すべてのコンクールや文学賞、映画賞について言えることですが、
その結果は絶対ではありません。
芸術は多様な価値観があり、特定の評価基準で測れない奥深さがあります。
例えば、ゴッホやゴーギャン、アンリー・ルソーなど、時代が追い付けないほど耳朶大を先取りした芸術家は、その時代には評価されません。
もちろん、現代に高い評価を受けている芸術家は、相当すばらしいと思いますが、それ以上の天才芸術家がいる可能性はありますね。
お久しぶりです。
貴兄のショパンコンクールに関しての記事読ませてもらいました。
私は音楽を知的に評論家のようには接することはできず、極めて私的に感覚的に捉えているだけ。旋律、和声、アゴーギクなど好いなぁと聴いているだけ。さて、自分の演奏は本当はこう弾きたいという考えはあるけど、それも一通りではなく、こんな風に表現するのもいいな、あれもいいなと。しかも、それを表現できるだけの技術と根性が伴っていないので、ある程度適当なところで妥協してしまいます。







